15話 コロッセオ
余こそ、地上海世界500万平方kmの大地に根付く50の属州、そこに暮らす6000万の民、その全ての支配者にして、50軍団30万兵の長。
クロネリア帝国第十三代皇帝インペラル・ディディ・フィルメヨール・アウグス・クロネリアである。
余を前にすれば、いかに超常な力を誇る竜共とて、ひれ伏さねばならぬ。
余を讃えよ――――
余の威光を蒙昧なる国民に、あまねく知らしめるには民草の程度に合わせる事こそ寛容。
それ即ち、剣闘なり。
帝位を譲り渡しておきながら、マクシミアを擁立せんと策動する我が父トルネウス。
賢しらにも深慮遠謀なる余の政策に嘴を挟もうとしてくる叔父クラウディ。
黙して眺めているがいい―――――
古代の英雄が封印せし、地下迷宮に潜む凶悪なる半神。
さらには東の神の筆頭者をも打ち倒した最大最強の獣。
余に阿る卑しき死の商人がもたらした是なるを用い、真に帝国の主へと至ってみせようではないか。
余を讃えよ――――
余に腰を折らぬ愚昧な者共に、残酷な終焉を与えん。
§§§
この時代、国民からの支持と尊敬を軽々に集めるべく、アウグス帝の命により、市民の娯楽である剣闘はひたすらに過激さを増していった―――
“大闘技場”外周530メートル、直径190メートル、収容人数8万人。
クロネリア帝国最大級の円形闘技場である。
「でっかぁ………」
大闘技場って、あのコロッセオだよなぁ。
遺跡ではないからか? だいぶイメージ違うぞ?!
この時代にどうやって作ったのか想像もつかないシンメトリー。外壁は茶色ではなく“石灰岩”で覆われた美しい白壁。
各階のアーチには、帝国の偉人や竜の威厳たっぷりの大理石像が飾られている。
壮麗な四階建ての屋上には巨大な帆布がせりだし、日除けの役割まで果たしていた。
「おい、ヘリオン。上を向いてポカンと口を開けるな! 既に見られていると思え。いいな!」
上位闘士用の豪奢な馬車に揺られながら、ダモンさんに叱責されたが、これは―――
「現代のドームやアリーナと変わらないぞ……」
ろくな機構もなく、電気もなく、ほぼ人力でこのスケール。呑まれるなという方が無理だろ。
「しようがない奴だな。馬車から降りたら、シャンとせいよ!」
「―――お、おう!」
ダモンさんの呆れた嘆息が聞こえてきたが、姉ちゃんから散々聞かされ続けた古代ローマの真骨頂を目の当たりにして、どうしても目を離す事ができなかった。
「猛者達の熱に誘われ集いし諸兄よ。さぁ、新たな上位闘士を迎えようではないか!」
今まで戦ってきた小闘技場とは比べようのない熱気。観客数からして十倍ほども違うのだ。
自ずと全身に緊張が走る。
天井の方からアウグス帝の上機嫌な演説が聞こえてくると、匠の心がざわつき始めた。
既に2年近く前の話にはなるが、アウグス帝から差し出された短剣を使い、対戦相手の殺害を強要された暗い思い出が蘇る。
―――ストゥルトス、名前しか知らないその男の腹部に突き入れた刃の感触を忘れた事はない。
歯を食いしばり、こみ上げる苦いものを飲み下して、柵のない床だけのエレベーターへと乗り込んだ。
ギッ……ギィッ……ギッ……
コロッセオには、入場口の他に地下からせり上がるように登場できるエレベーターが複数用意されている。
動力は、当然の事ながら奴隷達による人力ではあったのだが……
二階部分に設えられた皇帝専用の貴賓席を正面にして、俺たちは三方からエレベーターで登場した。
日よけが効いているのだろう。小闘技場とは違い、柔らかな光が振り注ぎ視界は明瞭だ。
だがそれ故に、突き刺さる視線の多さと熱気が圧力となってダイレクトに伝わってくる。
「vivat!アウグス!」「vivat!クロネリア!」
空気を揺るがす割れんばかりの大合唱。
総勢8万人の皇帝コールに満足げな表情で、頷きを返すアウグス帝。
声援の大きな方に笑顔を向け、大仰な手振りで指し示すとそちらに向かって“パン”や“セステリウス硬貨”が次々とばら撒かれ、それを見た周囲は負けじと声を張り上げる。
「とんでもない光景だな……バブルってこんな感じか?」
(下衆な鼓舞だが効果的だ。呑まれるなよ、匠)
どうやら、ヘリオンもアウグス帝とは趣味が合わないらしい。おかげで幾分冷静になって、共に上位闘士へと昇格するらしい二人を観察する事ができた。
闘技場正面から向かって、右側が俺。
俺の左手側、闘技場正面と向かい合って堂々と屹立しているのは圧倒的なまでの存在感を持った大男。
こいつ、カルギスよりでかいぞ⋯⋯
二十メートル以上離れている為にはっきりとはわからないが、周囲との遠近感がおかしい。
2.3? いや、2.5メートル近くあるな。
身長だけでなく、横幅も広い。厚みも相当ありそうだ。
巨体を誇示し、さらに迫力を増しているのは、これまた大きく異様な兜。
金色の金属にでこぼこした紋様、牡牛の頭をまるで美術品のように精確に模した兜は、伝説の魔獣ミノタウロスそのものに見えた。
「まさか、初戦の対戦相手はあいつじゃないよな⋯⋯」
つい、ハハッと空笑いが漏れたところにヘリオンの追撃が入る。
(匠、それはフラグというやつだな?)
あぁ、―――余計な言葉を教えるんじゃなかった。
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は6月22日(月曜)です。
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