58話 広告塔
超大国の帝都として平和を享受し続けたが故、常に刺激的な娯楽を求めるクロネリア市民にとって、裁判とは剣闘試合や観劇に次ぐ見世物という面が強かった。
特に本件は帝国宰相直々の訴えという、帝国史に名を残し、語り継がれる裁判である。
耳聡い噂好きな者たちが見逃すはずがない。
ごった返す傍聴席で身をよじりながら公判に目を向けてみれば、そこで繰り広げられるのは、元老院における派閥争いに端を発した監禁、殺害未遂、そしてドラマチックな救出劇。
命からがら脱出に成功した被害者自らが語る臨場感抜群の証言と、被害者を救った勇敢な英雄の登場に沸き立ち、創作ではない生の感触に観客は息を呑む。
すでに十分すぎるほど衆目を集め、場は過熱していたが、ここにきて舞台はクライマックスを迎える。
「それでは、被疑者オクタヴィアス・アウロ・スブドゥルス元老院議員を召喚します」
検察官の宣言に、皆が固唾をのんで見守る。
鮮血のように赤いマントは、戦と生命の象徴。
金色の戦装束は、神聖さと富の証。
腰に吊るした獲物は帝国を象徴する剣、グラディウス。
壮麗な出で立ちをした美丈夫の登場に皆が目を見張った。
鍛え抜かれ均整の取れた肉体に、女性だけでなく男達まで見惚れ、逆巻く渦のような長い赤毛は彼の存在感を最大に引き立たせるトレードマークだ。
もはや帝都において彼の事を知らぬ者はいない。
話題の剣闘士ヘリオンがアウロ議員を引っ立てて登場したのである。
「おい、あれはブルトゥスの魔獣殺し、ヘリオンじゃないか?」
「見ろよあの立派な衣装を。俺は彼が農具で戦っていた頃からのファンなんだ。こんな場所で見られるなんて嬉しいねぇ」
「ヘリオン様だわ! 近くで見ると本当に素敵……あのお身体に触れてみたいわ」
突然の英雄の登場に裁判所は再び大騒ぎである。ヘリオンに関する様々な話題や憶測が飛び交う中、訳知り顔の男がひときわ大きな声で解説を始めた。
「知ってるかい? ヘリオン様の金主はリヴィアス議員なのさ。つまりヘリオン様も、この裁判の当事者というわけだ」
「金主が監禁されていたなんて……大変なご心労だったに違いないよ。お可哀そうに」
「アウロ議員だっけ? 悪い顔だねぇ、私にはわかる。あいつが黒幕で間違いないさね」
(ど、どうしてこうなった?)
慣れない金ピカの衣装を身に着け、引きつる笑顔を張り付けて、匠は自問する。
元々の話では、アウロの身柄を確保して真実の口に連れてくるまでの荒事が彼の担当だったはずであった。
スパルタクスの演説に居合わせ、スパルタクスとの決闘をなんとか切り抜け、ようやく肩の荷が下りたと安堵していた矢先、クリニアス監察官から呼び出しを受けたのである。
「ヘリオン殿、公判の場にアウロ議員を安全に送り届けるのは君の仕事だ」
唐突な申し出ではあったが、アウロの護送という意味では役目の延長と理解できたのだが……
(だからといって、何故こんなド派手な衣装なんだ!)
「君はリヴィアスのクリエンテスだろう? 剣闘士がその影響力をパトロヌスの為に使うのは当然だ。役目を全うしたまえ」
匠はこれまで多くの人間から何度となく『剣闘士は広告塔である』という言葉を聞かされてきたが、その意味がようやく理解できた気がした。
意味は理解できたのだが、裁判でその影響力を行使する事には少なからぬ葛藤がある。
(裁判ていうのは事実を突き合わせて答えを判断するものだよなぁ……人気とか影響力なんてものはできるだけ排除するほうが正しいんじゃないか?)
匠の小市民的な倫理観は、クリニアスのやり方に疑問を呈していたが、リヴィアスを救おうと奮闘しているのも確かだ。
(裁判には勝ちたい。だがこれが正しいのか? 俺は⋯⋯加担してもいいのか?)
剣闘士としての実績を積み、それが認められる事は嬉しい。だがその戦いぶりではなく、名声だけを利用される事に嫌悪感を拭えない。
帝都の英雄であるヘリオンの来訪に騒然とした場が落ち着くのを待って、被疑者であるアウロ議員への質問と陳述が始まる。
アウロ議員の護送を務めたヘリオンは法務官からの労いを受けて退席した。
この裁判はクロネリア帝国宰相であるクラウディ公の迅速な手腕によって整えられたものだ。
当然、法務官は公の推薦を受けた優秀な年長者であり、被疑者の罪を追及する検察官は、クリニアスに並ぶ優秀な腕利きが選出されている。
裁判におけるもう一つの重要な役どころである弁護人。帝国の裁判にも当然、必要不可欠な存在なのだが……
帝国宰相閣下に真っ向から対立する役目を率先して引き受ける者などいるわけも無く、借金で首の回らなくなった者が、先達からまるで生贄の如く差し出され、なくなく弁護人として出廷する有り様であった。
そんな検察官と弁護人である。
帝国宰相と居並ぶ元老院議員達に睨まれながら行われる質疑応答は当然、ひどく一方的なものとなった。
「アウロ議員、貴方がリヴィアス議員を監禁、失礼。軟禁していたのは事実ですか?」
「それはその……コピルの町でリヴィアス議員がですね、反乱を煽動していたという話を聞きまして……」
「これは単なる事実確認です。明確に『はい』か『いいえ』でお答え願います。水時計の流れは貴方の長話に割く時間を許しません」
ピシャリとアウロの言を遮る検察官。
「はい」
「では次の質問です。リヴィアス議員を監禁するように命じた責任者は貴方ですか? それとも貴方の上位者ですか?」
そう、これは戦争責任の所在を問うような難しい問題ではないのだ。
元老院議員を監禁した事実と、それを指示した者を問う糾弾の場。監禁するに至った理由すら尋ねられる事はない。
リヴィアスを救う為とは言え、余りに一方的な進行に、退席後も匠は自分を納得させる事ができずにいた。
ヘリオンの人気を使ったあざとい演出も利用されたような気がして、正直気に食わない。
(勝つために何でもするっていうのは、こういう事なのか? 公正さを求めるのは青臭い事なのか?)
根回しの数と勢いで押し切る様は、裁判というよりも戦争……政争そのものだ。
クラウディ側が畳み掛けているからこそ、子供じみた疑問を持てる余裕があるわけで、万が一シディウスの思い通りになっていたなら、リヴィアスはあっという間に戦争責任の冤罪を着せられて石打ちの刑にでもなっていた可能性がある。
理屈では理解できるが、やはり心が納得できない。
もやもやとした気持ち悪いものを抱えて、匠は控えの席で重いため息をつく。日頃、匠を助けてくれる姉、真綾の声さえも、この問題にはノータッチらしかった。
(感謝だけはしておいて、クラウディ公には近寄らないのが良いだろうな⋯⋯俺には世話焼きなリヴィアスくらいが丁度良さそうだ)
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は4月27日(月曜)です。
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