55話 同僚
「リヴィアス殿伏せてください!」
先導役の頭を吹き飛ばして巨漢が叫ぶ。
リヴィアスが指示に従い、サッとかがんだところでクラウディ公からの使いと目される巨漢が、今度はリヴィアスの後ろで剣を構えていた兵に飛びかかった。
「ぬおおおおおぉぉぉぉ!」
雄叫びを上げながら両手で兵を高々と持ち上げ、そのまま屋敷の壁に投げ飛ばす。
ローマン・コンクリート製の壁に叩きつけられて、ぐったりと動かなくなった番兵を尻目に、二人は屋敷の門へと走り出した。
「君、この後の予定を教えてくれるかな?」
「はっ! まずはこの屋敷から脱出します。その足で『バシリカ・アエミリア』で行われる裁判に出廷していただきます」
「裁判だと? もう始まるのか?」
「はい。クラウディ閣下はアウロ議員がリヴィアス殿を害す事を危惧し、私を彼の作戦部隊に潜入させていました。
アウロ議員が直接行動に出た時点で、クラウディ閣下は全ての予定を中断して裁判を開くそうです」
シディウス伯ではなく、クラウディ公自身が裁判を起こすという事はクリニアスが余程いい仕事をしてくれたのだろう。
為政者が表に出てくるのはいつだって勝負が決まっている時だけなのだから。
「助けてもらったというのに名を聞くのが遅れたな。君に命を救われたよ。ありがとう」
「はっ! クラウディ公にお仕えするカルギスと申します。リヴィアス元老院議員」
快活な笑顔を見せて巨漢は名乗った。
「君はヘリオン君と殴り合いの試合を行なっていたウェスパシア訓練所の……」
「お見知りくださっていたとは光栄です。恥ずかしながら、あの試合で解雇されまして公に拾って頂きました。ヘリオンの奴とは家を行き来する仲ですよ」
豪快で裏表のない実直な強者。
話し好きで人の良さそうなところは為政者の手足に向かない気もするが、それ以外は満点の逸材に思えた。
公が側に置きたがりそうな人材だとリヴィアスは納得する。
「私もある事件をきっかけに閣下に拾って頂いたのだ。よかったら同僚となる君の事を聞かせてもらってもいいかな?」
リヴィアス同様、カルギスは公が直接のパトロヌスとなる。役職や財力に大きな差はあるだろうが、リヴィアスの方から同僚という表現を使う事でカルギスは気を良くしたようだ。
「リヴィアス殿から同僚などと呼んでいただくのは少々おもはゆい気がしますが、光栄です」
照れくさそうに頭をかきながら、カルギスは裁判所までの道すがら身の上話を語ってくれた。
「私には病に伏せる八歳の一人息子がいまして、息子の薬代の為に剣闘士をやっていたのです。件の試合の後、療養していた私の元へ閣下自ら足をお運びくださいまして」
クラウディ公は人情家であり、稀代の演出家でもある。
カルギスを見舞う彼は、息子を心配する慈しみ深い父のように見えたに違いない。
クラウディを師事するリヴィアスにはその姿を容易に想像する事ができた。
「閣下は仰いました。医療に関しては帝国よりもパルテナスの方が進んでいる。私なら君の息子に世界最高峰の治療を施す事ができると……」
「それで君は閣下のクリエンテスになったわけだね」
カルギスは少しはにかんで答える。
「ええ、そうです。そしてこうも仰いました。後ろ暗い仕事をさせるつもりはない。だから息子の心配をせず、仕事に邁進するように」
「確かに、閣下にお任せしておけば息子さんの心配はいらないだろう。そこは私も受け合うよ」
先ほどのカルギスの戦闘力、そして明瞭な目的意識と意志の強さをリヴィアスは気に入った。
(なんという事だ。ヘリオン君よりもよほど扱いやすく優秀ではないか……私が彼を欲しいくらいだが、閣下がパトロヌスではどうにもならぬか……)
世間話を交えながら、彼を自分の部下にできないものかと思案しながらリヴィアスは歩を進める。
「リヴィアス殿、もうすぐ付きますよ」
カルギスの声で我に返ったリヴィアスは貴族街と行政地区の境で足を止めた。
「どうかなさいましたか?」
訝しげな視線を向けるカルギスにリヴィアスはニッコリと作り笑顔を向けた。
「閣下は観劇のようにドラマチックな裁判を画策なさっているはずだ。
命からがら逃げ出し、カルギス殿に救出されて裁判所に駆け込む役目としては、少々小綺麗すぎる出で立ちだと思ったのさ」
「そういうものですかね……」
「カルギス殿は神話や観劇を嗜まないのかね? 閣下にお仕えするなら、ぜひ学んでおきたまえ」
リヴィアスは先輩風を吹かせて説明しつつ、嬉々として上質なウールでできたトゥニカを泥で汚し、躊躇なくビリビリと破り始めた。
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は4月20日(月曜)です。
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