42話 剣ではなく、対話を
鎮圧軍と反乱軍が戦端を開いたその頃、袋詰めにしたアウロ議員を肩に担いだヘリオンは、人気の無くなったウェスパシア訓練所を出ようとしていた……
「おい、そこの剣闘士止まれ!」
「うおっ?」
背後から急に声をかけられたせいで、驚きのあまりかん高い声をだしてしまった。
わざわざ反乱軍がいなくなるのを待っていたというのに即発見されてしまうとは、ヘリオンさんも油断したものである。
いきなり刺されても困るので相手を刺激しないようにゆっくりと繰り返れば、そこにいたのは……
「えぇ? ……スパルタクス?!」
「ほぅ、そういう赤毛のお前はヘリオンだな?」
あれだけの群衆を扇動しておいて、まさか残っているとは思いもしなかった。
いたずらが成功した子供のような表情でニヤリと口角を上げるスパルタクス。
そして、スパルタクスの鋭い視線がアウロ議員の詰まった袋へと注がれる。
非常にまずい事態だ……袋越しとはいえ、頭と足の形がくっきりと現れている。
中身は丸わかりだろう。
ここはいっその事、スパルタクスをぶん殴って気絶させてしまおうか……
焦った匠が物騒な解決策を考えていると、スパルタクスが重いため息と共に口をついた。
「その袋の中身、訓練所のオーナーの貴族だろ?」
「そ、そそ、そんな事……ない……けど?」
慌てて返答したが、緊張しすぎて後半は聞き取れないほど小さな声になってしまった。
そんな匠の緊張をどう受け取ったのか、スパルタクスは目つきを和らげてクスリと微笑んだ。
「君は、本当に優しいのだな。噂は本当だったか……そんなろくでもない貴族の命まで救おうとするとは」
え? ちょっとこの人、何を言ってるかわからないんですけど……
意図が読めず困惑する俺に、スパルタクスは、
「わかっている……みなまで言うな」
と言わんばかりの手振りで肯定を示す。
「ヘリオン、俺は君に会うためにここまで来たんだ」
まるで恋人に囁くような台詞を投げかけてくるスパルタクス。少々馴れ馴れしいが、おそらくはこれがカリスマというやつなのだろう。
不思議と悪い気はしなかった。
彼の態度や口調は、とても数万の反乱軍を束ねるリーダーとは思えないほど柔らかかったが、彼からは必死さも伺う事ができた。
なぜなら俺は、この世界でスパルタクスの命運を知る唯一人の人間なのだから。
「どうか君の力を、俺達に貸してくれないか?」
スパルタクスは俺を仲間にするために危険を顧みず、歴史を変えてまで帝都に来た。その気持ちには応えたいと思わなくもないが……
(匠よ、スパルタクスの行いには義があると私は考えるが、お前もそう思っているのだろう?)
確かにその通り。
さすがはヘリオンさんだ。
心では間違いなく、スパルタクスに協力したいと思っている。
だが……
「スパルタクス、すまないが俺には守りたい家族がいるんだ」
それは、前世に残してきた姉ちゃんの事ではない。
この世界で初めてスパルタクスの名前を聞いた時、俺は関わりたくないと思った。
「どうせ、彼ら反乱軍の待つ未来は全滅であり、磔にされる運命なのだから、」と。
フーガから、スパルタクスが俺を勧誘する為に帝都へ向かっていると知らされた時は、本当に驚いたし、嬉しく、誇らしささえ感じていたかもしれない。この世界での俺の頑張りが、歴史上の偉人から評価されるなんて思いもしなかったから。
そして、彼の演説を聴いて実際に会ってみれば、人の心を持ちながら、英雄であり続ける事の凄さと大変さが理解できた。
心から、彼の力になりたいと願わずにいられない。
だが……だがなのだ。
自問自答を続けている内に、気づけば匠は自然と心の内を吐露していた。
「俺は……とても遠いところから連れてこられたんだ。最初は大変で、死にそうな目に何度もあった。
だが、ここで知り合った連中は皆が本当に優しくして……」
最初の友であるゴズウェルとカルギスの顔が思い浮かぶ。
暑苦しいおっさん達ではあるが、死にかけた俺を懸命に看病してくれた。
飄々としていて、どこか胡散臭い雰囲気のリヴィアス。でもその実、彼は常に俺の力になろうとしてくれていた。
彼を助けるためなら、俺は命だって賭けられる。
優雅で花のように美しいパティアと、いつも一生懸命で眩しい笑顔を向けてくれるオドリー。
二人のおかげで、この世界はとても優しく色彩豊かだ。
ダモンさんにトリトスさん、ティミドゥスにカサンドラ……そして、相棒のヘリオン。
彼らのおかげで断言できる。
「俺には、この世界を壊したいとは思えないんだよ」
「……君は、どうやらとても運がよかったのだな。剣闘士に堕とされておきながら、そんな風に思えるなんて」
そう、俺は本当に運がよかった。
オドリーに出会わなければ、奴隷にたいしてもっと欲望に忠実な生き方をしていたかもしれない。
ダモンさんが雇い主でなければ、反乱軍に嬉々として参加していたかもしれない。
ゴズウェルとカルギスに出会えなければ、剣闘士としての生き方に明るい未来を見いだせなかっただろう。
そして、ヘリオンさんの中に転生していなかったなら、最初の試合で命を落としていただろうから……
「その通りだ。俺は運よく、この世界の素晴らしさを知る事ができた。
魔法があるとはいえ、古代にこれほど文化的で、人が人らしく生きられる場所があるなんて。
ここは暴力が全てではないんだ。商人がいて、教師がいて、議員もいる。弁護士だっているんだ。
剣を取らなくても、話し合いで解決する方法もあるんじゃないのか?」
珍しいほどスラスラと言葉がでてくる。
これは間違いなく、俺がこの世界に感じた本音だ。
「剣ではなく対話を……か。それは恵まれた者の言い草だな。俺にとっては優しい言葉も、温かい食事も、水さえも、欲しいものは剣と拳で奪い取る物だったのだからな」
スパルタクスの冷ややかで寂しげな言葉が胸に刺さる。
栄華を誇る華やかな帝国の裏では、豊かな生活を送る人々の何倍もの人間が、正当な報酬を理不尽に奪われ、虐げられて暮らしている。
その事は俺も理解はしているし、変えなくてはいけないと思う。だが、そのための手段として剣を取ってクーデターを起こすというのは、どうしても納得がいかなかった。
日本人はよく、ことなかれ主義だとか言われるが、決められた枠組みの中で、変革するというのも悪いことではないと思うのだ。
これはもう、育った環境の違いとしか言いようがない。
俺は幸いにも帝国の日当たりの良い場所を歩いてこられたわけで、スパルタクスは影を歩く事しかできなかった。
どう言い繕っても、理解し合えるわけなどなかった。
「どうやら……見込み違いだったようだな……」
「力になれなくて、すまない」
なにかを振り切るように目線を落とし、踵を返すスパルタクス。
彼の背中は寂しげで、今にも崩れ落ちてしまいそうなほど弱々しく見えた。
悲しい選択だがこれでいい。
せめて、彼の進む道に希望の光が灯される事を願って別れよう。
(匠、これでいいのか?)
スパルタクスについて行けば、二度と今の仲間とは会えないだろう。必要とされるのは嬉しく思うが、仕方のない選択だ。
(ふむ……少し思うところがある。身体を借りるぞ)
「スパルタクス!」
立ち去ろうとするスパルタクスを、ヘリオンの大声が呼び止める。
「ん? なにかな……」
「お前は言ったな。欲しいものは剣と拳で奪い取ってきたと!」
「ああ。確かに言ったが、それが……」
「私の協力が欲しいというのなら、それこそ剣と拳で奪い取る。それがお前の流儀ではないのか!」
え……ヘリオンさん?
俺の話、ちゃんと聞いてた?
せっかく納得してもらって、感傷的な気持ちで見送っていたのに、こっちからそんな、誘うような事言ってどうするんだよ!!
(うむ。ちゃんと聞いていたぞ。私達が見込み違いではないという事を、スパルタクスにきっちりと教えてやろう!)
それは、スパルタクスなりの建前というやつで……あぁ、まったく!
「アハハ、君はなかなか面白いやつだな」
心の中でヘリオンの失言に地団駄を踏んでいると、スパルタクスが目に浮かべた涙を拭って笑っていた。泣くほど笑わなくてもいいと思うが、はたから見たら俺の言動は支離滅裂だ。
「いや、確かに君の言う通りだ。ならば今まで通り、剣と拳で君を従えてみせようじゃないか!」
「応!」
応! じゃないんだよ、ヘリオンさん!!
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は3月20日(金曜)です。
気に入って頂けましたら評価★★★★★ブクマをお願いいたします。ランキングと作者のモチベーションが上昇いたします。
よろしくお願いいたします。




