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【祝19万PV】転生式異世界武器物語 〜剣闘士に転生して武器に詳しくなるメソッド〜[月水金17:30更新・第二部完結保証]  作者: 尾白景
裁判と戦争編

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41話 鉄の処女

 レアティナ平原東。

 なだらかな丘陵地に陣を張る五万の反乱軍は左右に大きく広がり、その威容はまるで、眼下の鎮圧軍を丸ごと飲み込もうと天高く首をもたげる大津波のようであった。


 大地を埋め尽くす異常な熱気と、武具が擦れ合う無数の金属音。そして数万の男たちが発する濃密な獣のような体臭と土埃が、生ぬるい風に乗って戦場を撫でていく。


「横陣! 整列!」


 先頭に立つ頭目クリクススの、空気を震わせるような怒号の合図を受けて、兵達が一斉に構えを取る。横陣とはその名の通り、戦線を横に広げる陣形である。


 ただし、薄っぺらい一列というわけではなく、交代要員として数列の厚みを持たせて並ぶ。

『レギオン陣形』と呼ばれる三列で並ぶその戦法は、傷ついた前衛が即座に無傷の後列と交代できるため、異常なまでの高い継戦能力を誇る。

 それは、かつて一時代を築いたパルテナスの堅牢なる『ファランクス戦法』すら完膚なきまでに打ち破った、歴史が証明する最強の戦術であった。


「散兵!」


 再度のクリクススの号令により、密集していた兵はそれぞれに一定の間隔を取って横へと広がる。

 これは、勇名を馳せたトラキア人が得意とした『散兵戦術』と呼ばれるものだ。各人が間隔を取り、個人の武の自由度を上げる事で、軍勢の規模を何倍にも大きく見せる。


 小回りの効かない重装歩兵の密集隊形に対し、四方からの包囲攻撃を仕掛ける事で陣形を崩す、野性味あふれる戦術であった。


 号令を受けた反乱軍はさらに大きく、ぶわりと質量を伴って膨らみ、平原の視界を覆い尽くす。

 彼らは自らの「数の有利」を絶対的に信じ、勝利を確信した狂騒的な雄叫びを天に向けて放った。


 パパァーン! パーン!


 対するクラッスス将軍率いる六万の鎮圧軍。その沈黙する鋼の海から、ブッキナ(号令のラッパ)の無機質な音色が冷徹に響き渡る。


「エンボロンチャージ!」(楔型突撃陣形)


 各指揮官の号令が波のように伝播し、兵は一切の乱れなく、巨大なくさびの形を形成する。それは切っ先鋭く、分厚い布陣をも真っ向から穿つ、巨大な槍の穂先そのものであった。


「逃亡兵へのデキマティオ(十分の一刑)の脅しが、よく効いているようだな。悪くないぞ」


 陣の最後方。高所から、機械仕掛けのように整然と形を変える軍の隊列を眺めて、クラッススは愉悦の笑みを漏らした。


 軍隊に個人の武勇や感情など不要。

 必要なのは、強大なシステムを動かす「歯車としての正確さ」のみである。


「いいだろう。ケリュケイオンを前に出せ」


 呼び出されたのは、戦場には不似合いな豪奢なローブを纏った数名の男たち。

 ケリュケイオン(伝令使)とは、クロネリア帝国軍に随行するレギオン魔法の使い手である。


 鍵を模した重々しい錫杖を持ち、戦闘直前に部隊を極限まで強化する祝詞を、戦の竜へと捧げた。

 彼らは魔法の才能を持つ特権貴族から選出され、この任に選ばれる事は至上の名誉とされていた。

 しかし実態は、強大な魔法の行使後は魔力を使い果たし、そのまま後方で待機となる「使い捨ての起爆剤」に過ぎない。


「大いなる戦の父、竜ケイオスよ! 我らに敵を屠る牙と爪を与え給え!」


 狂信的な祝詞と共に、前線の兵士たちの体が不気味な淡い赤光に包み込まれた。

 次の瞬間、彼らの瞳孔は開き、死への恐怖心が完全に麻痺する。筋肉は異常に隆起して腕力は三割増しに跳ね上がり、致命傷を負っても痛みすら感じなくなる。


 兵士たちは人間であることをやめ、ただひたすらに前進し殺戮を行うための「生きた兵器」へと変貌を遂げたのだ。


「散兵戦術なぞと、浅知恵を気取るトラキアの田舎者め! そのようなハッタリの陣形、我がクロネリア帝国軍の分厚い装甲の前では紙屑同然と知れ!

 全軍、斜線陣を維持! 敵右翼に向けて突撃!」


「突撃ィィィッ!!」


 パーン!


 全軍司令官クラッスス将軍の号令一下、甲高いブッキナの合図と共に六万の鎮圧軍が巨大な生き物のように動き出す。


 帝国軍は必ず先手を取る。

 相手の出方を待つような真似はしない。圧倒的な暴力で先制し、相手に絶望的な戦闘を「強要」するのだ。


 巨大な楔形となった鎮圧軍は、少しだけ進路を北に向け、薄く広がった反乱軍の右翼へと一点突破の突撃を開始する。


 地鳴りが響き、平原の土煙が空高く舞い上がった。


「くそっ! もう動き出しやがったか! 包囲突撃だ! 飲んでしまえ!」


 呼応するようにクリクススが叫ぶ。

 横陣からの散兵戦術で大きく広がった反乱軍は、丘陵を一気に駆け下りながら、一直線に突っ込んでくる鎮圧軍を左右から包み込もうと殺到する。


 自軍の左翼側に戦力を偏重させたこの楔形陣形は、名将エパミノンダスがレウクトラの戦いで披露した『斜線陣』と呼ばれる陣形の亜種である。


 重装歩兵戦術の祖であるファランクス戦法は、右手に槍を持ち、左手の大盾で「隣の味方の右半身」を守り合う。

 それが隙間なく横一列に並ぶのだが、必然的に一番右端の兵を守る盾が存在しない為、右側(右翼)を崩すのが定石中の定石となっていた。


 エパミノンダスは、その弱点を極大に突くため、自軍左側(左翼)の戦力を数倍に分厚くして先行させ、敵の脆い右翼を素早く殲滅した。そして逆に、自軍右翼が交戦するタイミングを意図的に遅らせたのである。

 結果として、敵右翼を殲滅して回り込んだ自軍左翼と、遅れてぶつかる自軍右翼とで、敵軍を完全な挟撃に持ち込む事ができた。


 クラッススは、この緻密な軍学を極めて高い練度で再現していた。


「こ奴らを、北に逃げた連中と合流させはしない。スパルタクスよ、貴様らの野望はここで潰えるのだ!」


 クラッススには、明け方に一万余の反乱軍が北に向けて出発したという報告が、優秀な斥候からすでにもたらされていた。


「戦力を二分するとは愚かな者どもよな。一極集中こそが兵法の絶対の要であるというに。クックック……」


 ドゴォォォォォンッ!!


 すさまじい激突音。

 質量を持った鉄の壁が、生身の肉体に叩きつけられた。重装騎兵エクイテスを先頭に、重装歩兵ホプロマクスを主軸とした鎮圧軍の重い楔が、散兵戦術で薄くなっていた反乱軍の右翼に深々と、そして致命的に突き刺さる。


 盾が砕け、肉が潰れ、骨がへし折れる不快な音が戦場を支配した。


 それは戦闘などと呼べるものではない。あまりにもあっけない、一方的で無慈悲な蹂躙劇。


「な、なんなのだ……これは……。この圧倒的な差は……ッ! ポンペイでは十分に渡り合えたのに!」


 目前で繰り広げられる一目瞭然の実力差に、クリクススは血走った目を瞠目させる。

 最新最高の鋼で固め、魔法のバフまで乗った重装騎兵渾身のチャージ(突撃)は、粗末な武器を持っただけの素人の群れなど、木の葉のようにいとも容易く吹き飛ばしてしまう。


 宙を舞い、地面に叩きつけられる反乱軍の兵士たち。


 倒れ伏した者を、続く重装歩兵が機械的に、一切の感情のこもらない濁った瞳で次々に踏みつけ、刺し貫いていく。


 血の飛沫を吹き上げてバタバタと虫けらのように倒されていく同胞達を前に、クリクススは自らの見積もりの甘さ、痛恨の極みとも言える絶望を痛感する。


「これが……これが本物の、クロネリア帝国正規軍だというのか……ッ」


 帝国軍の白兵戦は「斬撃」ではなく、「刺突」が基本である。

 剣を振り下ろす斬撃は硬い鎧や盾に弾かれやすいが、全体重を乗せた刺突であれば、この時代の鎧の隙間や、鎖帷子程度なら紙のように貫く事ができたからだ。


 また、密集隊形は言葉通りに肩が触れ合うほど密集している為、剣を大きく振り上げて戦うだけの空間的余裕がない。


 相手の盾の隙間をすり抜け、鎧を突き通す、最短距離にして最速の「刺突」が基本となるのは軍事的な必然であった。

 後の世、日本刀の刃には『樋』(ひ)と呼ばれる、細長い溝が掘られている。

 これは別名『血流し』と呼ばれる物だが、実は血を抜くためではなく、刺した肉と刀身の間にわずかな空間を作り、刃の「抜け」を良くするための先人の工夫であった。


 人間の筋肉は異物が深く刺さると反射的に収縮し、ものすごい力で刃を締め付ける。この工夫がないと、刀身が肉の万力に挟まれて抜けなくなり、次の動作に遅れが生じてしまうのだ。


 しかし、当時最先端の剣であった『グラディウス』に、そのような親切な樋は付いていない。

 その為、敵の腹に剣を深く突き刺した後、ぐりっ、と剣を九十度横に捻って回し、傷口と内臓を強制的に広げ、空気を入れてから剣を抜くのが歩兵の心得とされていた。

 抉られる想像を絶する激痛と、確実に敵を殺し、次の敵へと刃を向けるための冷徹極まりない技術。システム化された暴力の極地である。


 ここからさらに、射程距離に入った後続の反乱兵に向けて、ピルム(投槍)と弓矢が、空を暗く染める死の雨の如くに降り注ぐ。


 ヒュンヒュンヒュンッ! バチバチバチッ!


 空を裂くおぞましい風切り音と共に、数千の槍と矢が一斉に放たれた。天を黒く埋め尽くすその死のとばりは、見上げる者に抗いようのない絶望を与えただろう。


 帝国標準装備であるピルムは、刃先がもりのような「かぎ針」の形状をしており、敵の盾に刺さると決して抜けなくなる。

 さらに先端から下の長い金属部分は、細くしなる柔らかい作りで、折れずにぐにゃりと曲がる。これが盾に突き刺さって曲がると、重みで著しく重心が崩れ、敵は防御の要である盾を捨てざるを得なくなるのだ。


 これら無数の先進的な工夫、洗練された悪意によって、帝国軍は今世最強の強さを誇示する。個人の勇気や怒り、あるいは復讐心など、徹底的にシステム化された巨大な暴力の前には赤子同然に無力だった。


 反乱軍の右翼に深く、致命の傷口のように突き刺さった楔は、かん高いブッキナの号令を受けて、戦場の中央で素早く、そして無機質に形を変える。


「右向け! 右! レギオン陣形へ移行!」


「応ッ!」「応ッ!」


 ガシャンッ、ガシャンッ!


 魔法に支配された兵たちは、寸分違わぬ統制された動きで三列横隊へと姿を変え、パニックに陥り混乱する反乱軍右翼を瞬く間に壁のごとく封じ込めた。


 それはまるで、迷い込んだ獲物を自らの内に閉じ込め、無数の針で串刺しにする残酷な拷問器具、『鉄の処女アイアン・メイデン』のように。

 洗練と工夫を重ねられた装備、体系化され血肉となった組織論、そして計算し尽くされた戦術。

 帝国軍は地上海において、特別に強靭な肉体を持つわけでも、勇敢に秀でた種族というわけでもなかった。


 彼らの真の強さは、情報が秘匿される個の時代において、他国に先駆けて行われた「徹底した組織運用」と「死のグラデーションのマニュアル化」によって果たされていたのである。


 残念ながら、本気になり、その強大なシステムの全容を稼働させたクロネリア帝国軍正規兵を相手に、ただ怒りに任せて数を集めただけの反乱軍など、最初から勝てる道理は存在しなかった。

毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。

次回は3月18日(水曜)です。


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よろしくお願いいたします。

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