40話 反乱軍の凋落
「えいっ! えいっ!」
「応! 応!」
レアティナ平原東側丘陵地、反乱軍陣地。
荒い息遣いと、土を掘り返す音が熱気と共に立ち上る。
頭目クリクスス指揮の下、戦闘員も非戦闘員も入り交じり、一丸となって堤を築き、堀を穿つ作業が進められていた。
帝国軍のように整然としたものではない。
石を積み上げて『アッガー』と呼ばれる堤を、土を掘り『フォッサー』と呼ばれる堀を作る。
それは帝国軍の野営地設営を、見よう見まねで模倣した急造の防御陣地だ。
だが、これがあれば、直接戦闘のできない者でも高所からの投石で援護が可能になり、弓兵も安全圏から本領を発揮できるだろう。
「皆、ここが正念場だ! 気合いを入れろよ!」
「応!」
「帝国の連中に思い知らせてやる!」
帝都を目前にした直接戦闘。
泥と汗にまみれた顔、顔、顔。その瞳には、長年虐げられてきた者特有の暗い情熱と、復讐の炎が燃えている。彼らの士気は高い。
「クリクスス将軍、ついにこの時が来ましたな」
「そうとも。これ以上、帝国の旗が支配者面ではためくのを見ていられるものか!」
クリクススに仕える壮年の副官が深いしわを寄せ、感慨にふけるような呟きにクリクススは強く同意する。
スパルタクス。あの男は確かに凄い奴だし、誰もが認めるリーダーなのは間違いない。
しかし、どうにも復讐心と野心に欠けるというか、高潔すぎるのだ。
クリクススにはその綺麗事が、鼻について仕方がなかった。
奴解解放を掲げ、故郷への帰還を願うスパルタクス。
帝国への復讐、究極的には『打倒帝国』を目指すクリクスス。
似て非なる目標を指し示す二人のリーダーは、反乱軍が巨大化するに連れ、その歪みも大きくなっていった。もはや修復不可能なところまで、亀裂は深まっている。
反乱軍の武官を束ねる腹心のクリクススとしては、部下を適切にコントロールするため、ある程度のガス抜き――戦闘と略奪は必要不可欠だと進言し続けてきた。
だが、スパルタクスは戦闘を最小限に抑え、略奪行為に至っては、個人的な略奪と保管を厳しく禁じていた。これでは兵の鬱憤は溜まる一方だ。
ついつい、スパルタクスへの恨み言を吐きそうになるが、それをぐっと飲み込んで話題を変える。
クリクスス率いる抗戦派の悲願、帝都襲撃は叶ったのだから。
「武器の分配と調達は問題なさそうか?」
クリクススは近くの兵が腰に差している剣に目をやった。反乱軍の主武装は『サイフォス』と呼ばれる直刀型の短剣である。
彼らはサイフォスの中では長めに作られた、全長五十センチ程の物を標準装備として採用していた。
現在、帝国軍の主武装となっている『グラディウス』は、最先端の技術で作られた殺傷力の高い剣だ。
対して反乱軍が蜂起した南部では、一世代前の武器であるサイフォスが未だに主流であった。
また、彼らの武器は自らの手足にはめられていた鎖を溶かして、仲間内で精錬した物も多い。
刀身には気泡が入り、脆く、切れ味も鈍い。
サイフォスより二割も長く、強靭なグラディウスを生産する事は、反乱軍の懐事情と技術力が許さなかった。
「厳しいですなぁ。サイフォスの装備率は六割ほどでしょうか。行き渡らぬ者には、農具の手斧や、竹を削った手槍を持たせて武装させていますがね」
「ミトリダテス王に見限られ、海賊共に裏切られては……装備が行き届かぬのもやむ無しか……」
クリクススはギリリと奥歯を噛み締めた。
スパルタクスは反乱軍を蜂起して以降、反帝国を掲げる様々な組織に書簡を送り、援助や協力を受けていた。
特に、アドレア海より東方のアナトリア半島を支配地域とするポントゥス王国、ミトリダテス王。
東方の覇権を狙うクロネリア帝国に対して粘り強く抵抗していた彼は、利害の一致するスパルタクス最大の後援者であったはずだ。
しかし、スパルタクスが『反帝国』よりも『奴隷解放』を掲げるに連れて、王の関心は薄くなり、やがて援助は途絶えた。王が欲しかったのは、帝国の喉元に突きつけられた刃であり、自由を求める思想家ではなかったのだ。
その後、新たな後援者としてアドレア海を根城にするキリキア海賊が現れた。
彼らは、スパルタクス達をシキリア島へ脱出させる契約を請け負い、反乱軍から大量の金をせしめた。
だが――
彼らは荒天を理由に一方的に契約を破棄。輸送船は約束の場所に一隻たりとも現れる事は無かった。
雨に打たれながら、来ない船を待ち続けたあの日の絶望は、今もクリクススの胸に黒い澱として残っている。
この二つの事件を契機に反乱軍は行く宛を失い、前向きな行動が取れなくなってしまった。
歴史に『もし』はあり得ないが、
もし、ミトリダテス王がスパルタクスの後援を続けていたなら、スパルタクス達は東部に領地を得ていたかもしれない。
もし、キリキア海賊がスパルタクスとの契約を履行していたなら、反乱軍は立て直し、属州であったシキリア島を征服していたかもしれない。
「いまさら悩んでも詮無きことか……なに、俺達が帝都を占領すれば良いだけの話」
「……ですな」
「しけた顔をするな! スパルタクスが帝都で反乱を起こし、挟撃してくれるはずだ」
「……本当に信じておられるので?」
「ああ、奴ならやる!」
「では、私も信じましょう。奇跡が起きる事を……」
「オエノマウスの奴は出発したのか?」
「はい。クリクスス様が陣地の指揮を取られている最中の事です。一万二千の脱出派の者を引き連れ、北へと出発なされました」
「そうか。俺は復讐と略奪さえできれば文句はないが……脱出の希望は、オエノマウスが叶えるのか……そうか」
そう言えばオエノマウスには懸想した巫女がいた。
俺達三人の内の一人くらいは、アルプスを越えて幸せな家庭を持つのも悪くないだろう。
血に塗れた自分には、とてもそんな役は似合いそうもないが……。
仲間の幸せを願うなんて、らしくないなとクリクススは苦笑する。
反乱軍五万対、鎮圧軍六万の決戦。
運命の時まであと少し……。
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次回は3月16日(月曜)です。
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