22 大賢者ザントの憤悶(3)
「フリートに新しい女ができてる……」
マイヤが陰惨な顔でゼーネを睨んだ。
街道の木陰には前任の大賢者フリートを中心とした人の輪ができている。
それを外から眺めるしかないザントは疎外感を味わっていた。
「マイヤ様ったら、ゼーネ様は信頼に値する方ですわ。だって、聖剣に触れることができたのですもの。……こら、ジャアナ。そんな失礼なことを言ってはいけません」
セイナが何か独り言をつぶやいた。
彼女はたまに姿の見えない誰かと会話している。
「え、聖剣って触れられないものなの?」
と、ゼーネが目を丸くし、フリートが口を開く。
「神が勇者に与えた、魔を払う剣だからな。魔族が触れると手が焼ける。聖剣はお前を魔族ではなく、人間として見ているってことだな」
「へえ。さすが聖剣ね。なかなか見る目があるじゃない」
温かい笑いが起きると、ザントの疎外感は一層強くなった。
なぜ笑っていられるのだ。
奇襲した挙句、返り討ちに遭い、あろうことか勇者の象徴たる聖剣を奪われたのだ。
重大インシデントであり、捉えようによっては国辱でもある。
勇者ユークは泡を吹いて気絶している。
談笑などしている場合ではないだろう。
そう思った。
「あの……」
と、ザントは思い切って声を上げる。
視線の先にいるフリートが柔らかい目でこちらを見る。
女の子に囲まれてへらへらしている彼が鼻持ちならなかったから声をかけたが、すぐに後悔した。
いろいろ理屈をつけても、これは、ただの言いがかりだ。
やっぱりなんでもありません、と笑って誤魔化そうとして、途中で言葉が止まった。
フリートにぴったり寄り添うようにしてこちらを見る3人の美少女。
その目がどこか異物を見るようなものに感じられた。
まだいたの?
そう言われたように感じたのだ。
無論、ザントも自分の考えすぎであることは理解している。
しかし、わかっていても止められないものもあるのだ。
再び腹の底についた火が勢いよく燃え上がる。
その火勢に任せて、ザントは言った。
「フリート様……いや、フリートさん! 僕と決闘してくれ。大賢者の証を賭けて」
フリートはぽかんとしていた。
しかし、自分が新任の大賢者なんだ、とザントが名乗ると、納得したように首を縦に振った。
「わかった。そういうわけなら、受けよう」
二人は街道を外れて、広々した原っぱで向かい合った。
(この人、本当に大賢者なのか?)
フリートのたたずまいを見てもピンと来るものはない。
膝は伸びきっているし、コートは着たまま。
杖も持たないばかりか、革かばんすら下ろそうとしない。
とてもこれから決闘をしようという人物には見えなかった。
大賢者に関して、いい噂はあまり耳にしない。
とはいえ、悪い噂もユークの口以外から聞いたことはなかった。
大賢者フリートの人物像はすっぽりと闇で覆われていた。
(僕に勝てるだろうか)
ふと不安が兆す。
3人もの絶世の美少女が見つめる前で盛大に負けたら、二度と立ち直れないかもしれない。
でも、自分が負けるイメージは湧かなかった。
今まで、ただの一度も魔法で負けたことはないのだから。
「それじゃ、いくぞ!」
ザントは姿勢を低くし、杖の先に火の玉を浮かべた。
そして、爆風に呑まれて原っぱをゴロゴロと転がった。
目の前に木の破片が散らばった。
杖が木っ端微塵になっていた。
(負けた……? え、なんで……)
何が起きたのか理解不能だった。
ただ、負けたことだけは顔中が熱くなる感覚で理解できた。
「僕は……何をされたのですか?」
よろりと上体を起こして、ザントは尋ねた。
何をされたのか理解すらできないなんて、こんなことがあるのだろうか。
これが魔法だとするなら、明らかに理を越えたものだ。
「まさか、固有魔法なのですか?」
理屈を超越した魔法ならば、あるいは、そんなこともありえるかもしれないと思った。
そして、卑怯だとも思った。
ズルだ。
決闘さえ成立しない固有魔法なんて反則だ。
無性に腹が立ってきた。
「今のは固有魔法じゃないよ。そもそも、俺は固有魔法を使えないんだ」
フリートは頭をかきながら言った。
「でも、なら、どうして……」
「魔法相殺は知っているか?」
当然、知っている。
相手の魔法に魔法をぶつけて消し去る技だ。
火の魔法なら水の魔法で相殺できる。
相手の出す魔法を見極めたうえで弱点属性をぶつける必要がある。
後出しになる分、素早い状況判断と迅速な魔法の立ち上げ、そして、正確に正面から魔法をぶつける魔法制御力が求められる。
魔法の中でもトップクラスの超高等技術だ。
「それを俺なりに少し改造してみたんだ」
「……魔法相殺を改造?」
言われた意味がわからなかった。
フリートは手に火の玉を浮かべた。
「魔法相殺はなんというか、じれったくてな。だって、相手が魔法を撃つのを待たなきゃいけないだろ? だから、相手が魔法を立ち上げる瞬間を狙うんだ」
火が突然、ボッと膨れ上がった。
フリートが火の玉に風を送り込んだからだ。
「さっきお前は火の魔法を使おうとしただろう? だから、俺は今見せたように風の魔法を使ったんだ。火に圧縮空気をぶつけると、燃焼が爆発的に進む。ザント、お前は自分の火で吹き飛ばされたんだ」
言われたことが、にわかには信じられなかった。
魔法相殺がじれったい?
相手が魔法を撃つのを待たなきゃいけない?
だから、立ち上げる瞬間を狙う?
一瞬という時間の中で行われる魔法の撃ち合い。
それをじれったいと思ったことはない。
すべては居合のごとく刹那のうちに決まる。
相手が魔法を立ち上げる瞬間に自分の魔法を重ねて暴発させるなど、絶対に不可能だ。
マイヤやセイナが口々にフリートを称賛し、ゼーネは旦那が褒められたかのように誇らしげだ。
ザントは恥辱に呑まれた。
腹の底を黒いものがさすり、半ば無意識に手のひらをフリートに向けていた。
(火でダメなら、雷で!)
ザントは指の間に紫電をほとばしらせ――
「……」
気づけば、青い空を見上げていた。
真っ白な雲の横で、セイナが柔らかな笑顔を浮かべている。
「フリート様、ザントさんが目を覚まされましたよ!」
どうやら、治癒魔法を施してくれたようだった。
体を起こしたザントは混乱のままに尋ねた。
「僕は負けたのですか? 一体どうして?」
「指の間に紫電が見えたから、水の魔法で干渉したんだ。電撃は水を通じて短絡し、お前の体に流れ込んだ」
フリートは事もなげにそう言った。
(それで気絶したのか……)
衝撃的だった。
最速最短で立ち上げた魔法に横から干渉されるなんて。
「僕、卑怯を承知で不意打ちしたのに……」
「卑怯か? そんなことないだろう。かくいう俺も不意打ちが基本戦術だ。わざわざ正面から立ち向かうのはユークだけで十分だ」
フリートはザントに手を差し伸べた。
「大賢者の仕事は賢く立ち回ることだ。勇ましさはいらない。ほら、悪知恵というだろう? 知恵って半分は卑怯なんだ。ザントはちゃんと大賢者気質だよ」
下から見上げるフリートの笑顔は太陽のようでまぶしかった。
ザントは手を取って立ち上がった。
「どうやら、僕は思い上がっていたようです。フリート様、またお手合わせしてください。次は正面から勝って見せますから」
ザントは自ら大賢者の職を辞した。
街道の分かれ道で勇者パーティーに別れを告げる。
風を受けて歩き出すと、清々しい気分になった。
上には上がいる。
井の中で満足していた自分がみっともなくて笑えてきた。
世界は果てしなく広く、魔法に上限はない。
「行くかな、魔法学院!」
今はとにかく魔法を学びたかった。
踏み出した足は翼が生えたみたいに軽かった。
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