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21 大賢者ザントの憤悶(2)


 ユーク・ザント組とマイヤ・セイナ組。

 二手に分かれて茂みに身を隠す。

 天下の勇者パーティーがこそこそ待ち伏せだ。

 あまり絵にならなかったが、誰に見せるわけでもない。


 ほどなくして、街道の向こうから二つの影が近づいてきた。

 男女のペアだから、御者の話にあった二人に相違あるまい。

 男のほうはザントよりひと回り年上で、灰色の髪を風に揺らしていた。

 手袋をはめた手に革かばんを持っているだけで、武器は確認できない。


 一歩引いたところを寄り添うように歩くのは紫の髪の少女だった。

 やや痩せているが、町を歩けばそれは目を惹くだろう大層な美貌の持ち主だった。

 その頭には2本の真っ白な角が覗いている。


「来たぞ! 魔族だ!」


 ユークがはしゃぐ。

 声が向こうに漏れ伝わるのではないかと、ザントは不安に駆られた。

 それに、相手はどう見ても魔族ではなく、半魔だ。

 半魔は世間から白眼視されている。

 だが、勇者パーティーが滅ぼすべき三魔――魔王・魔族・魔物の中には含まれていない。

 半魔は、人間。

 それがザントに認識だった。

 冒険者の中にも半魔はいるが、いずれも高い魔法適性を持つ、尊敬に値する人物ばかりだ。


 ザントは胡乱な顔で尋ねた。


「本当にやるんですか? 勇者様」


「当たり前だ。ボクの聖剣に斬られるんだから、あの魔族もきっと喜ぶだろうよ」


 喜ぶわけがないだろう。

 しかし、何を言っても無駄なようだった。


「マイヤ様、弓をお下げになって」


「えっ、フリート!?」


 向こうの茂みから何か聞こえてきた。

 時を同じくして、ユークが聖剣を引き抜いた。


「この魔族め!」


 もっと引きつければいいものを、ユークは堪え切れずに飛び出していた。

 声など上げたら奇襲性が薄れてしまう。

 唖然としつつ後に続くと、ユークが何もないところで転んだ。

 直後、強い風がザントの横を吹き抜けていく。

 風の中にわずかな魔力を感じて、ユークが足を払われたことに気がついた。

 素早く的確な魔法だ。

 どうやら、先方はとっくの昔に待ち伏せに気づいていたらしい。


「ほら、ゼーネ。山賊が出たぞ。稽古の成果を見せてくれ」


 少年のほうが面白がるように言った。


「あれ、山賊なの? ま、別にいいけど」


 ゼーネと呼ばれた半魔の少女が前に出る。

 ずっと眺めていたくなるような美しい顔をしていた。

 だが、中身はセイナ以上に苛烈なようだった。

 転んでいるユークの顎を土魔法でカチ上げると、がら空きの腹に氷の砲弾で畳みかけた。

 腹を抱くようにして前のめりに倒れるユーク。

 その顔が地面に触れるよりわずかに早く、ゼーネの長い脚がユークの顔面を蹴飛ばしていた。

 胴と繋がっていなければ、ユークの頭は元いた茂みの中に飛んでいったに違いない。


 筋がいいと思った。

 魔法は、属性によって発動原理が大きく異なる。

 土属性と氷属性では、ピアノとトランペットほどもかけ離れている。

 複数の属性を立て続けに使うのは、それだけで上級冒険者相当の実力になる。

 流れるような3連撃にも目を見張るものがあった。


(……感心している場合じゃなかった!)


 ザントは慌てて杖を構えた。

 勇者に害なす者なら、半魔とて敵だ。

 杖に魔力を送り込む。

 得意とする火の魔法を立ち上げた。

 杖の先に火炎が舞う。

 そのとき、少年がこちらに手を向けたのが見えた。

 そして、炎が制御を失った。

 赤い閃光が視界を覆い尽くし、気づけば、木立の合間から青空を見上げていた。

 何が起きたのか、皆目見当もつかなかった。

 火の魔法を使おうとした瞬間、爆風で飛ばされたようだった。


 ザントは痛む体をかばって起き上がった。

 敵がその気なら、今の一瞬で自分は殺されていたはずだ。

 追い打ちがなかったことで、相手に害意がないことは伝わった。


 ゼーネは聖剣を手にしていた。


「ねえ、フリート。これ、やけに上等な剣ね」


「そうだろう。本物の聖剣だからな」


 少年にそう言われて、ゼーネの目が点になる。


「え、本物の聖剣!? じゃあ、さっきのポンコツ、もしかして勇者だったの?」


「そうなるな。残念ながら」


 少年はどこか恥じ入る様子でコクコクと頷いた。

 そこに、マイヤとセイナが遅れて駆け込んできた。

 二人は人目もはばからず少年の胸に飛び込んだ。

 離れ離れの恋人と運命の再会を果たしたような、そんな様子だった。


(フリートって、まさか……)


 大賢者フリート・ホーキング。

 王都の魔法学院を歴代最高成績で卒業したとされる天才と、少年の名は同じだった。


(追放された大賢者が戻ってきた……)


 それは、後釜に座ったザントにとって心胆を寒からしめる出来事だった。

 まったくの幸運から手にした栄光の椅子。

 それを奪い返されるなんてとんでもない。


 ザントはこみ上げてくる激しい感情を視線に込めてフリートの横顔にぶつけた。

 だが、心にはどこか怯えのようなものもあった。

 火の魔法を使おうとした瞬間のことだ。

 フリートはこちらに手を向けた。

 あのとき、何かをされたのだ。

 そして、ザントは土の上に打ち倒された。

 その何かが胸の奥に得体のしれない恐怖として刻まれていた。


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