22節.迷いは矛を鈍らせる
「不審な動きしてるのは、どこの誰かしら」
フードを取り、素顔を露にするサンム。
「リシア、誤解だ。何か勘違いしてるぜ」
「まだ私何も言ってないわよ?」
腰に差した短剣をゆっくりと抜くリシア。
「おいおい言動と挙動がマッチしてないぜ……」
ゆっくりと歩み寄るリシアに、後退りを余儀よぎ無くされる。
「さっきマルコとロッザ達が一悶着してる時、陰から除いてたわよね? 黒づくめで、いかにも怪しい格好。説得力ないわよ」
その通りだった。
普段と違いすぎる暗躍の為の姿。そして、普段手にしていない時すらある短槍を所持している。疑われない方がおかしい。
「……上手く隠れていたとは思ったんだけどな」
リシアが笑う。
「こう見えても元暗殺者よ? 私。あなたみたいな慣れてない人間を尾けるのなんて、わけないわ。夜目だってまだ効くの。……本業に勝る道理は無いでしょ?」
(正直、結構上手だったけど)
こんな城の裏で戦うつもりなのか。一人で追ってきているのなら、それは悪手だ。
「何も聞かず見逃しちゃあくれないかね。お前さんに危害は加えないからさあ」
ふざけている。リシアの刃がサンムの喉元を狙う。
「おおっと!」
初撃を防がれる。だが、想定内だ。追の連撃にて火花を散らせる。
(こいつっ、手際はかなりのモンだな。それに、スピードだけならロッザ並みか……やりづれえっ!)
槍を薙いでリシアを吹き飛ばす。
「ッッ!」
「……いい短剣だ」
(耐久力がず抜けてる訳ではないが、力の逃し方も上手いし、重さも質も使い手に“合ってる”)
構えを解き、剣を下ろすリシア。
「マルコを唆したのはあなたね?」
同じく、槍を首の後ろに回し、戦闘体勢を解除するサンム。
「唆すだなんて人聞きの悪い。俺は背中を押してやっただけさ」
のらりくらりと躱すような言葉。真実を述べるのを避けているようだ。
「今は2人しか居ないわ、応援も呼んでない。
本心が知りたいの」
真っ直ぐな目だ。諄い。そう感じるほどに。
「あなたは悪い人間ではない。色んな人間を見てきたから分かるわ。恐らく、最近城内のお偉いさん方を殺していたのもあなた。なぜそんなことを?」
槍を地面に沿わせる。土に槍の跡が出来た。
「本業なら口は固く、信用に値する……か?」
「嘘なら仲間を呼んでもいいわよ。というより、あなたのやり口にそもそも疑問だけど。どれだけ優秀なお仲間が居るか知らないけど、こうして真っ向から喧嘩を売って、あの化け物集団に勝てると本気で思ってるの? もしマルコを秘密兵器として招き入れるつもりだったのなら、逃げた彼を追ってもあれじゃあ使い物にならないわ。それくらい、あなたなら分かりそうなのに」
熟考し、沈黙するサンム。
「はあ……俺達の計画はもう終わる。完遂目前だ」
観念したように話し出す。
「俺達? やっぱり仲間がいるのね」
「……仲間じゃねえ。“雇い主”だ」
傭兵。
彼は傭兵でありながら、カラッソ宰相の行った国力増強目的の徴兵にて、異例に騎士団へ入った唯一の人間。その実力の高さを見込まれてのことだったが、彼には先約が居た。彼のことを数ヶ月前から継続して雇っていたのは、マールーテン教団という謎の団体。活動を平和に安心して続けられるよう雇ったと言っていた。それにしては、彼は余りにも強すぎた。
実力の高さから傭兵としての金額も安くはないのに、大金を叩いて雇っていたのだ。一団体にそれほどの脅威があるわけでもなく、そこそこの傭兵を雇えばいいものなのに。
そんな団体がこのタイミングで彼を譲ると申し出た。国の力になれるならと。
「もしかして、マールーテン教団。あの連中が関わっているっていうの?」
信じ難いが、リシアが怪しさを感じていたのは事実だった。サンムはそのまま続ける。
「……残りは王と宰相のカラッソだけ。あともう少しで終わるんだ。ロッザ達には手を出さねえし、大人しくしてて欲しいくらいなんだ」
王の近衛であるカタストロフ騎士団に、よくもそんな口が利けたものだ。
「冗談でしょ。殺しの黙認なんて出来るわけ無いし、王を殺す? 馬鹿げてるわ。だって」
「こんな大それたことを言ってるんだ。理由は小せえものじゃねえよ。……俺は金を貰って、仕事としてやってる。傭兵なら雇用主の言うことは絶対だ。こっちに配属されてからもずっと俺は教団に雇われてる」
サンムの考えが変わるようにはとても見えない。
「どんな理由があろうと、君主を殺すなんて民の考えること? 仮にそんな考えに及ぶ人間が居たとしても、そう思わない人間は絶対に手を貸さないものだわ」
「今の王もだが、厳密には“先王に恨みを持ってる”。それに関わっていた人間を皆殺しにするって計画だ」
先王。
病に臥して亡くなった先王、オルゼバーン。現王のイーレモートのことすら詳しくは知らないリシアが、他国の先王のことを知っているわけがなかった。
「先王……だから老兵やキャリアのある人間が狙われたのね」
元々“幸せの平等”なんて言うようなものを掲げている団体。不透明な部分も多く、全容が掴めなかった。
だが、これほどまでに確固たる悪意を持ち込むとは。王城の誰も気に留めなかったであろう。
「金が理由、それは本当だ。だが、俺は奴らの考えが分からねえわけじゃねえ。“賛同”じゃなくて“共感”だがな」
「……?」
「そんな大掛かりな事に協力する以上、一通りの詳細は聞いた。……理に適っていた」
サンムの人柄は現在まで見てきて分かっているつもりだった。そんな彼がこんなに物憂げな表情をしているのをリシアは初めて見た。
「金額分の働きはする、最後までな。……それが雇われた俺の矜持だ。話は終わりだ」
フードを被り、その場を去ろうとするサンム。
「あなた、そんなことして本当に良いと思っているの? ロッザやタンクスの前でも同じことが言える?」
サンムの足が止まる。
「偉そうにマルコに講釈でも垂れたんじゃないの? どの口が言ってるのかしら。どんな運びでそうなったか分からないけど、あの二人には久しぶりに会えたんでしょ? 私には、この騎士団であなたが見せた笑顔は本物に見えたわ。騎士団の雑用、なんていってロッザや皆が困っている人を助けたりするのにも、笑いながら精力的に力を貸してた。……あなたがやっているのは国に対する叛逆行為であり、国を崩壊させる悪行。そして……友への裏切りよ」
何故。何故、同じく新参者である筈の女の言葉が響くのか。何故、この国の人間でないものの言葉が刺さるのか。
傭兵は“金で人を殺す仕事”。罪悪感なんてものは、とうの昔に捨て去ったと思っていた。
自分がこの仕事を選んだのは過去があったから。人は助けてくれないし、“生まれ”で、ある程度の人生が決まる。そんな中、知識は要らず、己の腕っ節だけで成り上がれる。それが、傭兵。
ベントメイルで生まれて二十まで、毎日死に物狂いで生きた。そして、流れ流れて遙か遠くの国に行き着いた。
イーセン。そこで運良く傭兵稼業にありつき、現在の三十二まで生活出来るに至っていた。
依頼の一つで随分と久しぶりにベントメイルの地を踏んだ。そこで腕を見込まれ、とんとん拍子で教団に雇われた。その流れに身を任せ続けていたら、まさか、のたれ死んでいたと思っていた旧友に会えるとは。サンムにとって、大人になっての唯一の知り合いであった。
(……くそっ。なんでこんなに胸が気持ち悪ィんだ……)
「……だからお前が黙ってくれれば! 残りの二人を殺せば! それで丸く収まるんだよ!!」
短剣の鋒を向けるリシア。
「丸く収まる……? 一国の王を殺すのよ? どんな正当な理由があるか知らないけど、それで国がどうなるか、本当に想像出来てる? キリフェーレの二の舞よ」
王族を皆殺しにし、国が崩壊。そして“力”で統制していた男も消えたせいで事実上の消滅を果たしたキリフェーレ。
いざこざの当人であるベントメイルが事態の収集として、領土を吸収した形になったからよかったものの、ウォンドオやベリーマルクゥでは非道い有様になっていただろう。植民地として、資源は搾取され、奴隷で溢れる地獄絵図になっていたに違いない。
「あなた何にも分かってないわ。結局は自分のことだけ。そうしてここが“終われば”、また次の国で荒稼ぎ? ———自分の胸に問いかけて見なさいよ」
「俺は、俺は……」
握りしめていた拳を開く。手のひらは、強く握った指の跡で、白んでいた。
「……くっ」
走り去るサンム。今の自分にはそれしか出来なかった。
「グーマンドは?」
「部屋だ。かなり参ってる」
ロッザの問いにタンクスが答える。翌日、城は当然の如く大騒ぎだった。主に、カラッソ宰相が随分と肝を冷やしていた。
騎士団会議室。グーマンドを除いた全員が集まっている。サンムの姿は無かった。
「随分と肩入れしてたからなあ」
「?」
リシアの表情に気づくモスケット。
「ああ、グーマンドの旦那には弟がいましてね。そいつもウチの団員で、両手に片手斧を携えた凄腕の戦士でした。斧使いの兄弟として恐れられていましたよ」
グーマンドは三人一組で傭兵をやっていた時代があった。その内一人は弟であった。
「でも、あっけなく戦死しちまった。旦那は強面で寡黙な人だ。慕われてはいるが、頻繁に頼られたり喋りかけられたりするようなタイプじゃない。そんなのは弟くらいのモンだった。
……きっと、マルコを弟と重ねてたんでしょう」
重い空気が流れる。亡くした仲間のことを思い出したのだ、無理もない。グーマンドがマルコの面倒を見ていた背景にそんなことがあったとは。リシアは何と言っていいのか分からなくなった。
“二人の弟”を失ったようなものなのだ。
「真面目な奴だ。後先を考えれば、あれだけの事をしておいて、おめおめと国に帰れるとは思ってない筈。だが、どれだけ戦果を上げようと武功を重ねようと、それはそう簡単には変わらねえ。……馬鹿なことをした」ロッザは静かに怒りを見え隠れさせた。
悲しいかな城内は、マルコの事よりも団員の反乱、そして骨董品が持ち出されたことによる損失を嘆いていた。
教会にサンムは居た。
「勝手な真似を! 計画通りに事を進めて貰わねば困るっ!」
武器を調達し、万全を期していたところ、予定外の行動に出たサンムに憤るイクシオ。
「……済まなかったな」
サンムはやけに疲れたような顔をしていた。
「ふぅ……いいですか。ここまで慎重に事を運び、やっとゴールが目の前にあるのです。波風を立ててもらっては困ります。決行は明後日の夜。我ら、至高の武器を得た全勢力を持って王を殺します。それまで、我らが捕まる訳にはいかないのです。あなたが最後まで協力してくれるのが理想ですが……その顔、何かありましたね? サンム。無理は言わないので、邪魔立てはしないで頂きたい」
機械のような心を持った筈だった。自責の念に駆られることなど一生無いと。自分は、どちらに付くべきなのか。自分の過去と現在を照らし合わせて、果たしてどちらが正しいのだろうか。自問自答の堂々巡り。
「今更、良心の呵責ですか? 教団に反対なんてしませんよね? もし止めでもしたら…………こっ、“殺しまァすヨぉ?”」
「!?」
突然、豹変するイクシオ。一瞬とはいえ、とても“この男”から発されるような殺気ではなかった。サンムとリオット、共に二人は鳥肌を立てる。
「うっ、ぐふっ……ごほっ!」
蹌踉き、腹を押さえるイクシオ。リオットがイクシオを宥める。
「だ、大丈夫か? 落ち着け。疲れてるのかもしれないが、おかしくなるのは王を始末してからだ」
「と、とにかく。俺は失礼するっ」
そそくさと教会を離れるサンム。
「情報を洩もらすなよ!? いいな! ……使えない傭兵め。全て終わったら評判落としてやる」
サンムの背中はどんどん離れていった。リオットはイクシオの背中を摩りながらそう呟く。
「……すみません、一体何がっ? 取り乱しました……心配入りませんよ。事を暴けば、無事ではなくなるのは彼も同じ。一蓮托生。……彼に味方など、どこにも居ないのですから。」




