20節.謀略
「……以上が魔獣使いツアイヒの捜索中に得られた情報の副産物です。サンムとも擦り合わせたので信憑性は高いかと」
「イーセンで聞いたことあった話もあったからな。ホラかと思ってたぜ」
「ふーむ、その二点は調べる必要があるな……」
カラッソの職務室。そこに訪れているのはロッザ・タンクス・サンムの三人。
ライオネルとの邂逅を発端に魔獣使いツアイヒを指名手配し、国総出で捜索していた中で、思わぬ収穫があった。残す五賢者の骨董品三つのうち、二つの有力な情報が入ってきたのだ。
一つの骨董品は現在、富裕層限定の競売にかけられており、市場に出回っているという。買取の値段も相当のレベルで積まれてはいるが、人の手に落ちたのは一度や二度ではない。骨董品の性質・貴重さ故、手に入れた人間は使い方が分からず、所持しているその間に盗みに逢うか殺され強奪されるかして、あらゆる人の元を渡り歩いているという。
そしてもう一つ。その所在は、なんとここベントメイルにあった。
南東の端、山近くの草木の生い茂った森林にある小さな村ムースカジ。ベントメイルではあれど、外部との関わりをあまり持たない村で知られているところであった。故にその全容も謎に包まれている部分が多くある。
しかし、骨董品の持ち主には居場所がある程度掴めるのだろうか、キリフェーレの首領リューヌルはこの村を警戒していたという。その噂が広まり、いつしか骨董品を所有している話が浮上していたのだ。噂を嗅ぎつけた盗賊達を追い払い続けているという事実も、その信憑性を確かなものにしていってしまっている。
「ムースカジか、あそこは陰気臭くて好かんのだがなあ。あの村の意固地どもが骨董品を渡す気が無いのなら、相当苦労するぞ……」
カラッソが何か考え事をするときや悩み事があるとき、決まって恰幅の良い腹部を摩るのが癖になっている。
「まあ、骨董品を野放しには出来まい。どれだけ大金を積んでも構わん、明後日には出発しろ」
「カラッソ宰相。今回の配置は?」
指示を仰ぐタンクス。
「好きにせい。半分くらいを残せば平気だろう。ったく、何故こうも一気に……平和で安寧な日々も、一月もせずに終わりを迎えたな……」
カラッソの漏らした言葉でロッザは一つのことを思い出す。
「そういや昨日、古株の士官が一人殺られたって聞いたけど、そのことか?」
ばつの悪い顔のカラッソ。
「う〜む、何かトラブルがあったとの話も聞かぬし、犯人の特定も難しくてな」
「へえ〜。権力争いに暇の無い人らのことは分かんねえからなあ」
そんな話をよそに、タンクスとサンムはムースカジへの出発準備をするべく動き出そうというところだった。衛兵の一人が駆け足で部屋を訪れる。扉をノックすれば、たちまちカラッソの声が聞こえて来る。衛兵は告げる。
「カラッソ宰相閣下! 伝令です!」
「入れ。何事だ」
額に汗を浮かべた兵は、カラッソの険しい顔にさらに拍車をかける事となった。
「先程、アケッゾス子爵の死体が発見されました……!」
「何!?」
先日の士官同様、タンクスもロッザも面識のある人物であった。
二人。連日、貴族が殺された。どちらも王と親しい人物だった。この事実は城内を騒がせるには充分すぎる出来事。
競売に掛けられている骨董品、ムースカジにあると噂される骨董品への調査はひとまず保留という形になった。
もう二日の時が経った。そして今現在、四人の犠牲者が出ている。
「あーあ、俺も王サマのご尊顔を一度でもいいから拝んでみてえなあ」
サンムが呟く。
「バーカ、新参のお前がそう簡単に見れるかよ。
大戦後の凱旋や他国との外交が結ばれたようなときくらいしかお目に掛かることは出来ないの。俺だってせいぜい二回くらいなモンなのに」
「最近だとウォンドオとの和平が一番近いのか?」
「いや、最初のままならそういう運びになってたこもしんねえが、今回のウォンドオの件はごたついたからな。やってねえよ」
「ほーん」
王を直に見ることは滅多にない。普段対面を許されるのは宰相であるカラッソか古株の侍女や召使いくらいのもの。城内で姿を見せる際には寝室の天蓋の窓掛け同様、薄い布の幕を垂らしている。
ロッザも二回という少ない回数ではあるが、王の顔は目に焼き付いている。何とも神々しく、それでいて底知れぬ深さを感じさせるような印象深いものであった。
「俺やタンクスが死んだりどうしても任務に就けなくなったら寝室護衛にはつけるかもしんねえが、顔を拝むのは運次第だな」
「ちぇ〜っ」
そんな話をしていると、回廊を歩いているマルコを見かける。
「お。悪い、外すぜっ」
そう言ってサンムはロッザを残し、マルコの元へ走っていってしまった。
「ったく、忙しい奴だ。王、かあ……」
書類を運んでいるマルコに声が掛かる。
「マルコっ」
自分より年上で団長達の知人でもあり、”後輩”でもある男。
「調子どうだ?」
「……別に」
「あんまり話したこと無かったろ」
やけに図々しい。まあ、これまでを見ていれば分かっていることではあった。
「話したいことなんか無いですよ」
「俺はあるのっ」
目をキラキラと輝かせている。才能が無く、親交も多くは無い自分の、特筆すべき要項と言えば、一つしかない。
(バルドさんの次はこの人か)
サンムは小声になり顔を寄せてくる。
「骨董品さ、使った感じどうなんだ? 自分が最強って感じ?」
まるで初めて剣を手に取る子どものようだ。
「……ええ。あれを持てば、俺に敵う人間は居ないでしょう。いや……どんな魔物や魔獣でも、一瞬で斬り伏せると思います」
誇張は感じられなかった。本心でそう言っている。サンムはその言葉に体を震わせた。
「すげえ……すげえな!! この国の最強戦力じゃねえか! 俺も”暴君の鎧”とやらが残ってたんなら来てみたかったんだがな〜」
有頂天なサンムを疎ましく感じる。
「まあ、もう俺の手にはありませんけど」
機嫌が良さそうには見えない。
「なんでだ?」
周知の事実の筈だ。わざとらしく聞いてくるサンム。
「知っているでしょう! 俺の骨董品の所持が認められなかったんですよ!」
「“取り返せばいい”」
「……え?」
聞き間違いだろうか。
「何て……?」
「没収されてるなら自分の有用性を示せば良い。それでも駄目なら、ブン取ればいい。違うか? そんな弱者の言うこと、聞く必要があるのか?」
考えてもみなかった。新兵の自分が、実力も実績も無い自分が、我欲を通すことなど、選択肢にすら無かったのだ。
だが、自分だからこそ分かる。骨董品を使った自分はもっと評されし、歴史に残るべき英雄だと。
「そんなこと、思いつきもしませんでした……」
「力のある者こそが正義。この世界はそういうモンだろ? 強えってのは騎士の、戦士の誉れ。イエスマンになるな。自発的行動が成長の要だぞ」
マルコにとっての上官は絶対という固定観念を覆されたようだった。この国の、この騎士団の意見に納得したことがあっただろうか。
「大元が腐ってると組織ってのは良くならない。俺は……応援してるぜ」
もはや、マルコの脳内を占めているのは一本の剣のみであった。
「……良い事を教えてやるよ」
「イクシオ様!」
マールーテン教団集会場所。
「何度も言っているでしょう、様なんてやめて下さい。私達が謳っていることをお忘れですか? 真なる平等。集団として活動する上で、一応はまとめ役が必要というだけで、私達に上下はありませんよ」
イクシオは教団の掲げる理念を、改めて同胞に告げる。イクシオを敬ったこの男は新人の一人であった。
「ならばせめて、イクシオ代表と……!」
「やれやれ」
それ以上は引く様子の無い同胞。それも、イクシオの人望あってのものであった。イクシオ代表。この呼び名が、同胞達が最大の敬意を示したまま、譲歩した結果だった。
壮年の男が教会入口から近づいてくる。
「リオット」
「“彼”は順調に事を進めているそうだ。……君とももう長い付き合いになるな。ここ一、二ヶ月で急に勢いづいた君だが、根本は変わっていない。
いよいよ、我らの悲願が果たされるのも目前か……」
感慨深い様子の二人。
「ええ……もうすぐ、もうすぐであの男の喉元に、”刃が届きます”」
リオットは思い出したように横にいた同胞に訊ねる。
「そう言えば、この間言っていた男はどうなった? 戦力になるって話は?」
「え? ああ、あの赤い外套の男ですね。好条件は出したのですが、一向に首を縦には振りませんでした。盲目ながらあの強さ。相当な戦士故、仲間に引き入れたかったのですが……」
イクシオは背を向け、教会の上方にあるステンドグラスの煌びやかな窓を見つめる。
「断られたのなら仕方がありません。味方についてもらえれば百人力でしたが、皆に選択の権利があるのですからね。我らが行う、”愚者の浄化”も残り僅か。“彼”には、最後の駒を詰める為のとっておきもあるみたいですし———愚かな罪人に、裁きの鉄槌を!!」
リオットと新人の同胞も同じく声を上げる。
「愚かな罪人に、裁きの鉄槌を!!」
教会の窓には、幾人もの平民の顔が平等に、同一に描かれていた。




