みんながいるから大丈夫
「ルーボアに戻って診てもらった、左肩にヒビが入ってて、治癒魔法使える人のお世話になったんだけどねー。それからしっかりとお説教もされたよ」
アハハと笑いながら話すリステル。
「リステルも辛い思いをしてきたのね……」
ルーリが呟く。
「今話したのが、一番危なかったかな? それでも、なんだかんだ言ってコルト達にずっと守られてたわけだけどね」
「そっか。私ももっと頑張らなくっちゃだめだね」
リステルに体をゆだねたまま、大きく息を吸い、ぐっとお腹に力を入れる。
「あー違う違う。もっと頑張れって言いたいんじゃないのよ。ただ、私も瑪瑙の気持ちがわかるよって言いたかっただけなの。瑪瑙はずっと頑張ってるのは、ちゃんとわかってるからね?」
「ありがとう。それでもやっぱり私はもっと頑張らなくっちゃ!」
少し無理やりにでも言葉に出して、自分に言い聞かせる。
ここで心を折っているわけにはいかないんだ。
あの子にも諦めない、絶対に帰るって言ったんだもん。
ただ、今はもうちょっとだけ、この温もりの中にいさせてもらおう。
まだ少し震える手を、リステルの背中にもう一度回し、ぎゅっと抱きしめる。
リステルの温もりと、背中に感じるルーリの温もりが、強張る私の心をゆっくりとほぐしていくようだった。
「瑪瑙……。ごめんね? ちょっともう無理……」
不意にそんなことをリステルに言われた。
「え?」
もしかして嫌だったかな?
愛想をつかされちゃったのかなって心配になって、動揺してしまう。
「足が……」
「足?」
「痺れてこの体勢むりー!」
そう言って、バタンと仰向けに倒れる。
勿論全体重をリステルに預けていた私と、私の背中に抱きついていたルーリは、一緒に倒れこむことになった。
「ふぎゅっ」
私とルーリにのしかかられる形になったリステルが、変な声をあげる。
「もーっ! びっくりさせないでよ! 愛想つかされたのかって思ったよー!」
「そんなわけないじゃない。何言ってるの瑪瑙ってば」
そう言って苦笑しつつも頭を撫でてくれるリステル。
「……ずるい。お姉ちゃん達だけでずるい」
そう言って、ほっぺたをプク―っと膨らませたハルルがやってくる。
そして、おもむろに座り込むと、リステルの足をツンツンとつつきだした。
「ちょっと! ハルルっ! ひゃーっ! やめてやめてっ!」
悶えるリステル。
そんなやり取りを見ていると、心が温かくなってくる。
よし。
さっきに比べたら、気分は軽くなっていた。
「みんなありがとう。元気出てきた!」
できるだけ明るい声で言う。
「瑪瑙? まだ震えてるわよ?」
後ろからお腹のあたりをぎゅっと抱きしめてくれているルーリが言う。
もちろんわかってる。
手の震えもまだまだおさまっていないし、恐怖心なんてそう簡単に消えてなんてくれない。
それでも、大丈夫だって思えるんだ。
リステルにコルトさん達がいたように、私にはみんながいる。
震えながらだって、私はきっと前へ進むことができるんだ。
「みんながいるから、これくらいすぐにおさまるよ」
起き上がろうとしたけど、ルーリが背中に乗っかっているので起き上がれない。
「もういいの?」
私が起き上がろうとしたことに気づいたルーリが、私を引っ張り起こしながら聞く。
「いつまでもこのままって訳にもいかないでしょ? さっきも言ったけど、みんながいるからきっと大丈夫だよ」
今も周りは食事の準備をしていたり、周囲を警戒したりと、やることはあるんだ。
コルトさん達にも心配をかけてる。
私のせいで、みんなにこれ以上迷惑をかけたくはない。
「コルトさん達にお礼を言わないと」
そう言って、ゆっくりと立ち上がる。
さっきまでの浮足立った感覚は小さくなっていた。
「瑪瑙お姉ちゃん」
さっきまでリステルの足をツンツンしていたハルルが、裾を掴んで私を見上げている。
「どうしたの? ハルル」
「ハルル達は頼りない? 瑪瑙お姉ちゃんまだ怖がってる。ハルル達が頼りないから、無理するの?」
そう言って、うつむくハルル。
「そんなわけないでしょう? 私がみんなの事、どれだけ頼りにしてると思ってるの? 頼りにし過ぎて、愛想をつかされないか、逆に心配しちゃうくらいだよ?」
ハルルをぎゅーっと抱きしめる。
「ハルルそんなことしないもん。でも、瑪瑙お姉ちゃんが無理してるのは、間違いないでしょ?」
ハルルも私を抱きしめ返してくる。
「それは仕方のない事だよ? この世界の事を私は全くわかってないんだもん。ちょっとは無理もしなくちゃ。ね? でも、ダメになっちゃう前にみんなに相談したり、今みたいに甘えたりするから」
「絶対だよ? ハルルと約束」
「ハルルも頼るんだよ? ハルルはしっかりしているから、我慢してないか心配になるよ?」
私が十歳だった頃は、どんな子だっただろう?
少なくとも、ハルルみたいに人の心の機微を感じ取ることができる子供じゃなかったはず。
そう思うと、ハルルもきっと、私が想像できない程の苦労を重ねてきたのだろう。
「ハルルは我慢なんてしてないよ? あ、お腹はペコペコ」
そう言えば、魔法を使ったって言ってたね。
私は空間収納から包丁とジャガイモを取り出し、握る。
深呼吸して、ジャガイモの皮を剥いてみる。
ショリショリっと。
――よし。
ちゃんと皮を剥くことができた。
「それじゃあ、お夕飯の準備手伝ってくるね?」
そう言って、カルハさんとアミールさんの所に行こうとすると、
「あらー? それは残念でしたー。準備ができたから呼びに来たわよー?」
カルハさんがのほほーんとやってきた。
「メノウちゃん。もう大丈夫なのー?」
心配そうにじーっと私を見てくる。
「元気いっぱい! って訳ではありませんけど。ご心配をおかけしました」
ぺこっと頭を下げる。
「無理はしないようにねー? じゃあ五人はシルヴァと先に食事をとってねー?」
「わかりました」
カルハさんに促されて、大人組がいる所に行く。
一通り心配の言葉をかけられて、ある程度は大丈夫ですと笑って返しておいた。
食事をとりつつ、今後の方針について話すことになった。
コルトさんとカルハさん、アミールさんとスティレスさんは周囲の警戒にあたっている。
「明日からの事なんだが……。メノウ、戦えそうか?」
率直に聞かれて、少しびくっとしてしまう。
恐怖心が消えたわけじゃないから、返事を躊躇ってしまった。
「無理なら無理で良いんだ。その場合、フルールへ戻ることも考えているからな」
「軍隊蜂は良いのかの? 人間を襲うことはあまりないと言っておったが、危険な魔物なのじゃろう?」
シルヴァさんの言葉に、疑問の声を上げるサフィーア。
「ああ、放置はできないな。だが喫緊の問題である殺戮狼の討伐は終わった。複数いなければだがな。襲ってきた群れの規模から考えて、その可能性は少ないだろう。ただ、戻るにしても、できれば軍隊蜂の巣がある場所は知っておきたいんだ」
蜂の巣捜索と聞いて、私達の顔は苦虫を潰したような表情になる。
「そう嫌な顔をするな。苦手なのはわかっているが、それでは突然襲われた時に困るぞ?」
言われていることはわかるのだけど、苦手意識が強いので、そう言った意味でも気分は重くなる。
「わかりました。頑張ってみます」
それでも、依頼を受けようと言い出したのは私だから、最後までちゃんとやり切ろう。
そう思って返事をする。
「瑪瑙がそう言うのなら、私達も頑張らないとね。でも、瑪瑙の様子を見ながらだよ?」
リステルが私を見ながら言う。
「わかってる。リステル様が同じようになった時は、しばらく不調になったからな。そこの判断はちゃんとするさ」
シルヴァさんは当然とばかりに答える。
「リステルが不調?」
シルヴァさんの言った言葉に、思わず反応してしまった。
「さっきルーボアへ行った時の事を話したでしょ? あの後しばらく体が上手く動かなかったんだよ」
「ん? その話をしたのか。確かにあの後、剣術も、魔法も落ち込んだ時期があったな。恐怖って言うのは、そう簡単に忘れたりできるもんじゃないからな。間合いを見誤ったり、剣に力が入っていなかったりと、コルトも心配していたな」
リステルとシルヴァさんが話してくれる。
「魔法も不調ってあるんですか?」
「もちろんあるぞ? 集中力とイメージすることが大事だからな。そこが疎かになってしまうんだ。そうすると、魔法の発動が不安定になる。思った通りの威力や範囲が出なかったり、その逆になってしまうこともある。魔力を余計に消耗したりもするから、魔力切れを起こしてしまったりな」
シルヴァさんの言葉に、急に不安になってくる。
私は自分の頭上に頭と同じくらいの水球を作り浮かべる。
そして、その水球を一瞬で中心部まで凍り付かせ、粉々に砕く。
「……よかった。制御はちゃんとできてるみたいです」
「相変わらずサラッと凄いことをするな。今は落ち着いているから制御できているだけかもしれないから、注意するんだぞ?」
「わかりました」
返事を返す私を、シルヴァさんがじーっと見つめている。
「どうかしましたか?」
首を傾げて聞く。
「いや、思ったより立ち直るのが早いなと思ってな。リステル様の時はもっと泣きじゃくってたりしたんだがな……」
「ちょっ! 恥ずかしいことを思い出させないでよシルヴァ!」
「でも確かに立ち直るのが早い気がする。瑪瑙ってそこまで気が強いわけじゃないもの……」
恥ずかしがるリステルを横目に、ルーリが心配そうに私を見る。
「……たぶんサフィーアが瑪瑙お姉ちゃんにかけた魔法のおかげだと思う。あの時から瑪瑙お姉ちゃんは少し元気になってたから」
ハルルがサフィーアの方を見て小声で話す。
「そうじゃのう。妾が渡したペンダントの効果もあるじゃろうな。あれは心への負担を軽減するものだからのう。じゃが、あくまで軽減じゃからな。過信するでないぞ。それに、恐怖心を打ち消すものではないからな?」
サフィーアもシルヴァさんに聞こえないように小さな声でいう。
(そう言えばメノウよ。シルヴァは、メノウが異世界から来たという事を知っているのか?)
そして、サフィーアから心語りが届く。
「うん。それは知ってる。アミールさんとスティレスさんは知らないけど」
私もこっそりとサフィーアと話す。
「シルヴァ、悪いんだけど瑪瑙を見張りから外してもらっても良い?」
「大丈夫だ。元々見張りから外す予定をしていたんだ」
「えっ? どうしてですか?」
シルヴァさんの思わぬ発言に、驚いてしまう。
「メノウとルーリにサフィーアは、夜間の見張り自体慣れてないって言うのもあるが、特にメノウは、ゆっくり休んでおいた方がいいと思ったからな」
どうにもみんなに気を遣わせてしまっているみたいで、申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「瑪瑙? そんな顔しないで? 瑪瑙が頑張ったおかげで、私達は余力を残せているんだから」
ルーリが私を慰めてくれる。
「わかりました。お言葉に甘えさせてもらいます。みんなありがとう」
私がお礼を言うと、みんな笑顔で答えてくれた。
食事を終え、私達はテントの中へ。
大人組が夜の見張りを引き受けてくれた。
お腹が膨れて気が緩んだのか、私の体と瞼が酷く重い感じがする。
「瑪瑙お姉ちゃん大丈夫? 凄く眠そうだよ?」
ハルルが私の様子に気づいたのか、声をかけてくる。
「ちょっと眠いかも。体もちょっと重いかな?」
「メノウはそのまま寝てしまってもいいぞ。確認は妾がやっておくのじゃ」
「ん……。そうさせてもらおうかな? 確認ってどうやってするの?」
マントを外し、折りたたんで枕にして横になる。
「魔法をかけた時と一緒じゃ。直接触れて、感じ取るのじゃ。必要ならばかけ直しておく」
「ん~。わかった……」
意識がすーっと遠のいていく気がした時に、不意にお腹に何かがのしかかった。
ん?
前と同じ?
直接触れる?
それって……。
嫌な予感がして、重い瞼を開ける。
私のお腹の上に乗っかっていたのは、ハルルちゃんでした。
そして、私のブラウスに手をかけて、ボタンをポチポチ外している所だった。
「ハルルちゃんはなんで全部脱がせようとしてるのかな?!」
眠気がどこかに飛んで行ってしまった。
「こっちの方が触りやすいと思った」
ニッコリ笑顔で言うハルルちゃん。
「「大人しくしましょうねー?」」
嬉しそうに、私の両腕を掴んで動けなくするリステルとルーリ。
「お前さん達の好きにすればいいのじゃ……」
遠い目をして、半笑いになっているサフィーア。
いや、止めてよ!
あっけなく上半身を剥かれた私の左胸に、サフィーアの可愛らしい手がフニっと乗る。
そしてサフィーアの手が青く光る。
「む。魔法が切れかかっているのじゃ。まぁ無理もないかのう?」
そう言った時だった。
「何騒いでいるんですか? さっさと休んでく……ださ……い……」
コルトさんが幕を開けて、覗き込んできた。
『あ……』
「あー、お楽しみの所を失礼しました。ですが、メノウをゆっくり休ませてあげてくださいね。後、声は抑えてくださいね……。それでは」
コルトさんは、視線を泳がせ早口に言い切り、そそくさと出て行ってしまった。
「ちょっと? 何だかとんでもない誤解を招いた気がするんだけど?」
「そうか? いつもの事じゃろ? それより魔法をかけ直すからじっとしておれ」
何でもない事の様に言われて、私はため息をついた。
魔法をかけ直してもらったあと、ペンダントの状態も見てくれた。
まだまだ大丈夫とのことだったけど、やっぱり消耗具合は良くないらしい。
魔宝石に魔力を込め直すことはできるそうだけど、大量の魔力と時間が必要になるので、安全な街に戻った時にすると言う話になった。
そして、私はぶり返してきた眠気に襲われて、眠りに落ちるのだった。
何事も無かったらしく、私はゆっくり眠ることが出来た。
テントから出ると、
「おはよう瑪瑙。ゆっくり眠れた?」
と、笑顔で出迎えてくれる。
「おはよう。私どれくらい寝てたの?」
「六時間くらいかな? 四時間交代だったから、大人組は今ゆっくり休んでるよ」
リステルが答えてくれる。
「ごめんね? 私だけゆっくりさせてもらって」
「気にしなくて良いのよ。それより調子はどう?」
ルーリが私の顔をじっと見ながら言う。
「ん~? うん。大丈夫そう!」
深呼吸をして、手をぐーぱーぐーぱーする。
昨日みたいに震えてない。
そんなわけで、私が起きたらする作業。
そう朝ご飯の準備です。
昨日の夕飯が残ればいいんだけど、ウチにはハルルちゃんと言う、お腹の中がブラックホールになっている子がいるので、三食ちゃんと作らなくてはダメなのです。
よし。
キャベツとベーコンにお豆たっぷりのスープにしよう。
レシピを決めて、作り出す前に周囲の状況を確認する。
問題が無いことを確認してから調理を開始する。
今回のお手伝い役は、ルーリさんとサフィーアさん。
お手伝いと言っても、キャベツとベーコンを切ってもらう位だから、簡単簡単。
「~♪」
鼻歌を歌いながら、スープの味見をする。
塩胡椒で味を調えながら、ゆっくりお鍋をかき混ぜる。
キャベツの甘さがしっかり味わえていい感じ。
この寸動鍋の中身が、一回の食事でなくなってしまうことを考えると、思わず苦笑いがでてしまう。
「瑪瑙お姉ちゃん、お腹すいた……」
そう言って、私の裾を掴むハルル。
「もうちょっとでみんな起きてくるから、それまでの辛抱だよ?」
「うー。味見は?」
ダメ?
と、可愛らしく首を傾げるのを見て、器に少しだけ入れて渡してあげた。
可愛いから仕方ないよね?
「どう? 美味しい?」
「ん! 美味しい。優しい味がする」
パァっと笑顔になったのを見て、私も満足する。
それからしばらくして、大人組が起きてきた。
「メノウちゃん。調子はどう?」
朝食を食べている時に、アミールさんが心配そうに聞いてくる。
「ゆっくり休ませてもらったので、元気ですよ。ご心配をおかけしました」
ぺこっと頭を下げる。
「だったらいいんだけど、無理はしないでね?」
「はい。ありがとうございます」
朝食をとりつつ、今日の方針を決める。
軍隊蜂の巣の捜索と、出来れば討伐と巣の破壊。
今私達は、東の草原の中央辺りにいる。
ここからキロの森方面へと向かい、森から出てくる甲殻蜥蜴を探して、後を追うことになった。
「問題は甲殻蜥蜴が見つかるかどうかだな。こればっかりは行ってみないとどうしようもないが」
スティレスさんが腕を組み、考えるように言う。
「遭遇する確率はー、意外と高いと思うんだけどねー。でもそうなるとー、軍隊蜂の巣が大きいってことになるのよねー」
カルハさんが頬に手を当てて話す。
「巣の大きさはともかく、場所の特定は必須ですから、行くしかありません」
コルトさんがそう言うと、みんなは静かにうなずいた。
朝食を終え、テントなどを片付け、キロの森方面へ向かう。
二~三時間歩いたら、すぐにキロの森が見えてきた。
ここまでは魔物に襲われることもなく、静かに進むことが出来た。
「さて。ここまで何事も無く到着しましたが、キロの森がすぐそこです。気を引き締めていきましょう」
コルトさんが、みんなに声をかける。
森に沿ってさらに歩く。
一応前回に甲殻蜥蜴を見かけた場所へ向かっている。
しばらく歩いていると、のっしのっしと森から出てくる巨大なトカゲさんを発見。
甲殻蜥蜴だ。
前回と同様に、こちらを襲おうと森から出てきたわけではないようだ。
「気を引かないように注意しましょう。機嫌を損ねてこちらに向かってこさせては、意味がありませんからね」
コルトさんはスッと右手を肩の位置まで上げて、止まる様に指示を出す。
私達は、甲殻蜥蜴から距離をとって後を追う。
すると、前回軍隊蜂を捕獲した場所周辺に到着した瞬間に、嫌な羽音が聞こえてくる。
「うわぁ……」
空を飛ぶでっかい蜂の魔物を見て、鳥肌が立つと同時に、思わずそんな声が漏れた。
軍隊蜂は前方をのっしのっしと歩いている、甲殻蜥蜴を観察するように、頭上高くをしばらく旋回して去っていった。
「今去って行った方向に恐らく巣があるんだが、甲殻蜥蜴を警戒している感じだったな」
「偵察が一匹だけだったら、巣の規模は小さいんですけどね……」
シルヴァさんとコルトさんがそんな話をしている。
その話を聞いて私は心の中で、小さい巣でありますようにと、お祈りをした。
そして、そのお祈りが届くことはありませんでしたぁぁぁぁぁ!!!!
しばらく歩いていると、今度は一匹のでっかい蜂が、でっかいトカゲさんの頭上をずーっとグルグル旋回し始めた。
私達の位置は、甲殻蜥蜴から結構離れているけど、羽音がここまで聞こえてくる。
そんなことお構いなしに、のっしのっしと進んでいく甲殻蜥蜴。
すると、旋回している軍隊蜂が一匹から二匹に増えていき、さらにトカゲが進むと、でっかい蜂も増えていって、今では十匹以上が、グルグルと旋回している。
……すっごく帰りたい。
「あー、これは大きいですね」
「大きいだろうな」
「大きそうねー」
コルトさんのつぶやきに、シルヴァさんとカルハさんが相槌を打つ。
「お嬢様。アミールとスティレスに、解毒薬を渡しておいてください」
「わかった。コルト、もう飲んでおく?」
リステルは空間収納から、小瓶を取り出し二人に渡す。
「まだです。飲むタイミングはもうすぐわかると思います。その時は指示しますので、各々三本ずつは持っておいてください」
「あ、空間収納から出しておけよ? 下手にマヒ毒をうけると、魔法が上手く発動できなくなるからな」
私も空間収納から小瓶を取り出し、右腰に下げているベルトポーチに押し込む。
「みんな持ちましたか?」
『はーい』
コルトさんの言葉に、みんなが返事を返す。
そうしている間にも、トカゲと蜂の群れは進んでいく。
「うう。気持ち悪い……」
そう言って、ハルルが私の手を繋いでくる。
「正直私も怖いし帰りたい」
鳥肌と冷汗が、さっきから止まらないんですが……。
トカゲの上を飛び交う蜂はさらに増えていく。
「これは……マズいですね。まだ増えますか」
コルトさんが顔をしかめながらそう言うと、私達の頭上でも、三匹の軍隊蜂が旋回を始めた。
「ちっ。こうなるのはわかっていたが、甲殻蜥蜴だけを警戒していて欲しかったな」
シルヴァさんも顔をしかめて、頭上を旋回し始めた蜂を睨む。
「みんなー。小瓶を手に持ってー、すぐ飲めるようにしておいてねー?」
カルハさんがそう言うので、慌てて小瓶を取り出し、いつでも飲める体勢をとる。
そして……。
ガチンガチンガチンと凄い音が鳴り始めた。
「みんな止まってください! 巣が近いので、顎を鳴らして警告しているんですよ。さ、薬を飲みますよ!」
急いで小瓶の蓋を開け、一気に中の液体を飲み干す。
「うえーっ! 苦いっ!」
そして喉がヒリヒリする。
「ケホッケホッ! なにこれすっごく喉が痛い!」
リステルは涙目になって、咳き込んでいる。
ハルルは……。
ちょーっとハルルちゃん?
可愛い顔が台無しになるから、その表情やめようか?
ルーリは鼻をつまんで、目をギュっと瞑って飲んでいた。
……そう言えば、私は慌てて飲んだけど、これ、今頭上を飛んでる軍隊蜂から作られたんだっけ……。
「不味い……」
下をべーっと出して、見事なしかめっ面を披露して一言呟いたサフィーア。
確かに美味しくない。
美肌効果があるとか言われても、これはもうご遠慮願いたい。
大人組は平然と飲んでいる。
「飲みましたね? それでは巣の場所を確認したら、一度ゆっくり離脱します。走ったり、急に動いたりしてはいけませんよ? 無理だった場合は、サフィーアの宝石魔法の結界で守ってもらうので、注意してください」
『了解!』
コルトさんの指示に、私達は返事を返す。
「では、進みます!」
そうして私達は、軍隊蜂の巣へ近づいていくのだった。




