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終わりと始まりは突然に  作者: 水無月 真珠
ガラク皇国編
182/182

同胞への手向け

 ぱちりと目を覚ます。

 頭に靄がかかっているかのようにぼんやりとして、体は鉛のように酷く重い。


 少し体を起こして眺めた部屋は、うっすらと弱いオレンジ色に照らされていた。


「色々考えてたら、そのまま寝落ちたのね……」


 隣のベッドを見ると、さくやさんがまだ静かに寝息を立てていた。

 そっと音を立てずにベッドを降り、服を着替える。


 シャワーがあるって言ってたから、後で借りようかしら。

 そんな事を考えながら、部屋を出る。


 シュイーンという小さな音を立てて開閉する自動ドア。

 山の中にこの研究室が作れているせいか、窓がなく時間がわからない。

 私が廊下に出ると、すぐに明かりが灯る。

 人感知センサーがあるんだろう。


「あいつは……どこにいるんだろう」


 昨日の事もあってあまり声を聞きたくないとは思うものの、無視していい相手ではないのでギベオンを探す。


『おはよー。よく眠れた?』


「……ええ、おかげさまで」


 あんまりお礼を言いたくはないのだけれど、追われて命を狙われているさくやさんがいる中、こんなにゆっくりと休めたのは事実なので、渋々お礼を言う。


 ギベオンがいたのは、一番最初に案内されたモニターのようなものがある部屋。


『さくやはまだ寝てるのね』


「色々慣れてない事ばっかりだから疲れてるんでしょ?」


『そう言えば、二人はどうしてここに来たの?』


「私は元々オルケストゥーラ王国に向かってて、この国を通っている最中だったの。そしたらさくやさんの後継者争いに巻き込まれて。追手に追われてさくやさんが崖から落ちて、それを助けようとして私も崖から飛び降りてって感じ」


『へー。めんどくさそー』


 自分が聞いておいて、全く興味がない事がわかる返事を返される。


『あ、そうそう。これ、渡しておくね』


 機械からアームが伸びて、CDの様な丸い物を渡された。


「これがその遺跡の中で使える奴?」


『そうそう』


「キロの森にはこんな機械的な物ってなかったわよ? ほんとに古代の遺跡みたいなのだった」


『キロの森ってどこの事を言っているのかわかんないんだけど、ボクが作った装置の外観はわざとそんな風にしてるのよ』


「どうして?」


『ボクがそういうのが好きって言うのが一番の理由だけど、遺跡ってさ、みんな大事に保存しようとするでしょ? そう言う心理を逆手にとってって感じ? あと野ざらしになってる部分に機械的な物を露出させてると、劣化が早いじゃない? まあ石とか土に見えても、色々混ぜ物してたりするんだけど』


「呆れた。ただのあなたの趣味の部分が多いのね……。おかしいと思ったのよ。こんなに機械的な建造物が中にあるのに、外に繋がる通路と扉の見た目は古代の遺跡なんだもの。キロの遺跡もそうだった」


『えへへ、興奮するでしょ?』


「しないわよ。じゃあキロの森の遺跡の何処かにも、機械的な仕掛けがあったって事?」


『うん、あるはずだよ? あー、オルケストゥーラ王国がだめでも、そこの装置でもいいんじゃない?』


「キロの森の遺跡は壊れたわ。私が壊したんだけど」


『あー、何があったか聞かないけど』


「興味ないだけでしょ?」


『わかる? でもね、完全に中の装置が壊れてたらいいんだけど、中途半端に壊れてたら誤作動を起こす可能性もあるから。もし誤作動を起こしているんだったらそれがどんなものかは気になるわね』


「……」


『呆れないでよー。しょうがないじゃん興味がないものは興味が無いんだから。あ、でもメノウの事はすっごく興味あるわよ?』


「あなたの装置で転移して来たからでしょう? いわゆる実験対象と言うか観察対象みたいな」


『この短期間でよくボクの事をそこまでわかるよね?』


「よく似た感じの人と話したことがあるからね」


 アルバスティアと嫌なところがよく似ている気がする。


『まあいいや。とりあえず、それを装置の中に入れればいいよ』


「装置の中って言っても、見た目は古代の遺跡風に作ってあるのよね?」


『ああ、メノウが魔力を流したらすぐにわかるわよ。ここの研究室みたいに声とかは流れないと思うけど、光が灯って誘導するはずから』


「……わかった」


『今日はまだゆっくりしていくの?』


「朝食を食べたら出て行くつもりだけど、さくやさんとも話をしないと」


『そっかー。じゃあ君達が出て行ったら、ここも休眠状態にしておくかー。メノウのおかげで当面の活動エネルギーは確保できたし。また誰か来てくれたらいいのになー』


「こんな崖下の所にある遺跡なんて、人なんてめったに来ないわよ」


『だろうねー。まあその時はその時だよ。八千年経っても不具合なく動いてる技術力を信じてるわ。また一万年後とかに誰か来るかもしれないし?』


「そうだと良いわね。そうだギベオン、給湯室借りるわよ。朝食の準備をしておかなくちゃ。あ、それとシャワーあるんだっけ?」


『あるある。昨日入らなかったから別にいいのかと思ったけど、まあだいぶお疲れみたいだったしね。気兼ねなく使ってね!』


「ありがとう」


 給湯室に行って、朝食の準備に取り掛かる。

 食材はたんまりとあるけれど、何処で必要になるかわからないから大切に使っていこう。


「……めのうさん?」


「さくやさん、おはようございます」


「――! おはようございます!」


 何か怖がっているような感じのさくやさんが、私を見つけた瞬間嬉しそうにしてとてとてと近づいてくる。

 着替えもせず、まだパジャマのままだ。


「着替えなかったんですか? お渡ししていましたよね?」


「すみません、一人じゃ心細くて……」


「あー、見慣れてない建築物ですからね」


 こくこくと、無言で頷くさくやさん。


「とりあえず、朝ごはんにしましょうか。ごはんとお味噌汁、それと卵焼きです」


「わ! 美味しそう! でも、ちょっと多くないですか? 二人……三人分? にしてはかなりの量を……」


「ギベオンは幻なので食事はできませんよ。これからまた外に出て、落ち着いて料理ができるとは限りませんからね。いつでもすぐに食べられるようにしておこうかと思いまして」


「なるほど……」


 朝食を済ませた後、お味噌汁は状態維持(プリザベイション)の魔法をかけて空間収納へ。

 残った大量のご飯は、手に塩を塗っておにぎりにしていしまう。


「よっよっよっ」


 手際よく三角に握っていく。


「……うう。めのうさんと同じ形にならない。めのうさんお上手ですね」


「これは慣れですよ。手のこの部分とこの部分を使ってこんな感じで……」


「えっと、こうですか? あ、さっきより綺麗にできました」


「そんな感じです。後は数をこなせば」


 できた大量のおにぎりは竹の皮で包んで、お味噌汁と同じように状態維持(プリザベイション)をかけて空間収納にしまっておく。



「はー、さっぱりするー」


「温かい。昨日の夜に入っていれば良かったですね」


 二人でシャワーを浴びる。

 プールにあるシャワー室と同じ構造をしていて、使い方はすぐに分かった。


 残念ながら石鹸の類はないため、私がフラストハルン王国のフォルティシモ学園で知り合ったアンバーから大量に買い付けた石鹸を使う。


 ここに残っていたとしても、八千年前の年代物だ。

 消費期限なんかとうに過ぎてるだろうから、使う勇気はない。


 いつも思うけど、シャンプーとトリートメントが使いたい。

 まぁこの髪がキシキシするのにもだいぶ慣れたけどね……。


「めのうさん! これ、とてもいい香りがしますね! フラストハルンにはこのような物もあるのですね」


「知り合った子が商会の娘さんだったらしくて、そこで取り扱っているものを買い置きしています」


「空間収納って本当に便利な魔法ですね。……あ、ギベオンさんが私もちょっとした魔法だったら使えるんじゃないかっておっしゃっていたことを思い出しました!」


「そう言えば、一番最初に話しかけてきたのってそれでしたね。出たら聞いてみますか」


「はい!」



『ん? あーそんな事言った言った! ボクもメノウの事ですっかり忘れちゃってわ』


 実際の人ならわかるけど、ここにいるギベオンは機械的に再現されているもの。

 機械ってもの忘れとかするの?


「ギベオンはどうしてさくやさんが魔法を使えるなんてわかったの?」


『さくやから魔力を検知したからね。魔力の波長が水のマナに近いみたいだから、水属性の魔法が使えるんじゃないかなって思って』


「確証はないわけね?」


『ボク魔法学は門外漢だから』


「……そうですか」


 わかっていたことだけれど、無責任なギベオンのせいでさくやさんが少し落ち込んでしまった。


「まあでも、水のマナに近い波長の魔力を検知したって事は、少なからず検知できる程には魔力があるって事なんでしょうし、ちょっとやってみましょうか」


「はっはい!」


『いいねぇ。ボクもみーとこっ!』


 まずはさくやさんと両手を繋ぐ。


「右手から咲夜さんの体を通るようにして、私の左手に循環するように魔力を流します。まずはそれを感じ取ってみてください」


「はい」


 私は自分の目に意識を集中して、魔力とマナが見えるようにする。

 右掌から青い光が沸き上がるのが見えるようになった。

 そのまま青色の光はさくやさんの体の中を通り抜け、私の左手へと流れていく。

 ゆっくりと青い光が循環する。


「何だか凄く冷たくて爽やかな何かが私の中を通り抜けていくのを感じます」


「これが魔力です。私が流したのは水属性の魔力で、その性質を感じ取れたんですね。では実際に魔力を操作してみましょう。掌に意識を集中して」


 左手は放し、右手の平は重ねたまま言う。


 さくやさんの左手の平に、少し薄い青色の光が集まってくる。


「ちゃんとできてますね。次は水を生み出す感じで」


「えっええ!? えーっと……」


「言われてもわかり辛いですよね? では」


 私はさくやさんの手の平の真ん中に人差し指だけ触れて、魔法で水を出す。


「わっ! わわ、こぼれちゃう!」


「いま、水が手から湧き出てるように感じませんか?」


「感じます」


「そう、じゃあそのままイメージし続けて」


「……はい」


 私は魔法を止めゆっくりと人差し指を放す。

 すると……。


 先程と同じように、さくやさんの手の平から水が溢れ出し始めた。


「あれ!? めのうさん、まだ魔法を使っていますか??」


「いえ、落ちた水を良く見てください」


 さくやさんの手から溢れ零れた水は、地面に触れた瞬間青色の光る粒子になって霧散していく。

 私が魔法で生み出した水は霧散することなく残り続けるので、この水はさくやさんが魔法で出現させたもので間違いない。


「じゃ、じゃあこれは、私が魔法で出したってことですか!?」


「はい。魔法が使えるようになりましたね!」


「やったっ! やったー!」


『ほえー、そんな風にして魔法を教えるんだ? メノウって教えるの上手ね』


「私に魔法を教えてくれた人たちがとても上手だったから。私はその真似をしただけよ」


「魔法を上達するには、どうしたらいいんですか?」


「イメージトレーニングと反復練習ですね。……でも、この国の魔法体系って私が知っているのとかなり違うんですよね。どうしよう……」


 そこであるものを思い出した。


 私がまだフルールの街でコルトさん達三人に剣術や魔法を叩きこまれている時に、シルヴァさんから貰った魔導教本。

 これを後で渡そうと思った。


 何故今渡さないのか。


 一つはどうせ手荷物は私の空間収納の中に入れてしまうのだ、後でも良いだろう。


 もう一つは、ギベオンに今の魔法体系を知られたくないと思ったから。


 このギベオンは本物じゃない事はわかっているんだけれど、あまり情報を与えない方が良いと私の頭の中で警鐘が鳴り響いている。

 だから、この研究所から出た後で話そうと思う。


「一番いいのは誰かに教えを乞う事ですね。この国の場合は魔法ではなく、妖術になるのでしょうけど」


「そうですか。ゆっくりできる時間が出来たのなら、それもいいかもしれませんね」


「そうですね。そのためにも色々と頑張らないといけませんね」


「はい」



 諸々の準備は整った。

 これでいつでもこの研究所から出ることができる。


「それでさくやさん、これからどう動きますか? 闇雲に動く訳にも行けませんし……」


「そうですね。狐族の里を目指そうと思います」


「狐族……ですか?」


 頭の中に、ぽっとつばきさんの姿が浮かび上がった。


「はい。正確に言えば、その里のさらに奥にいる一族ですね。生まれつき妖力が高く、複数の尻尾を持って生まれた妖狐と呼ばれる一族が住んでいる所です」


「どうしてそこなんですか?」


「そこの人達は古くより此花家、私の祖先と親身にしてきたのです。実は私も幼いころから親交がありまして。何かあったら頼ると良いと言われていたのです」


「それはあなたの弟も一緒だったのでは?」


「……いえ、それが……。どうしてか妖狐の方々は私としらゆきだけしか関わりを持たなかったのです。とうやは、私が妖狐の方々と親身にしていたことは、全く持って知りません」


「しらゆきさんも知っているんですか?」


「はい。だから、私が次に頼る所は妖狐の方々だとしらゆきもわかっているはずです」


「じゃあ……」


「はい、リステルさん達はしらゆきと行動を共にしているでしょうから、妖狐の方々の所へ行けば、合流できると思います」


「……そうですか」


 私は、自分の服の襟をぎゅっと握る。


「……やっぱり、気が進みませんか? リステルさんとルーリさんと合流するのは」


「え? どうしてですか?」


「めのうさんはこの世界に来たくて来たわけじゃないんですよね? 無理やり連れてこられたと。私はそれをとても酷い話だと思いました。原因がそのお二人なんですから、めのうさんはやっぱり許せませんよね……」


「さくやさん、その話は誰にもしないでくださいね? リステルとルーリにはもちろん、ハルルにもサフィーアにも」


「……え? どうしてですか?」


「私はリステルとルーリが原因だと思っていません。やっぱりそこのギベオンが全ての元凶だと思います」


『えー? それって酷くなーい?』


 ギベオンがぶーっと頬を膨らませているが、無視をする。


「私はあの二人に助けられました。見ず知らずの、異世界から来たという訳の分からない事を言う人間の私を。一緒にいて楽しかった。沢山助けてもらいもしました」


「……」


 さくやさんは、私の言葉を黙ってじっと聞いてくれている。


「私はあの二人が大好きなんです。もちろんハルルとサフィーアも。だからってわけじゃないですけど、あの二人に思うところは何もありません」


「そうですか」


「はい。もしこの事を知ってしまったら、リステルとルーリは一生自分を許せなくなってしまう。私はそんな二人を見たくないんです」


「……わかりました」


『いいなー。そんな風に想える人がいて。ボクもそんな風に想える人がいたらよかったのに……』


「あなたの場合は、その自分本位を直さなくちゃ誰もついて来てくれないわよ」


『言ってくれるね? ボクだって好きでこんな風になったわけじゃないんだけどって言っても、ボクが生きた世界を知らない人に言っても仕様が無いわね』


「……どんな理由があろうと、私の人生をメチャクチャにしたのはあなただから私は許さない」


『そっか。まあボクがしたことの報いだと思っておくわ』


「あなたに言っても仕方ないんでしょうけどね」


『そうね。本物じゃないからね。あくまで疑似人格の立体映像だからね!』


 そう、それがわかっているせいで何ともやりにくいのだ。


『……おや?』


「今度は何?」


『この研究所の近くに誰か来てるわ。複数人だね?』


 突如としてギベオンが発した言葉に私は背筋が冷たくなり、さくやさんは顔がさっと青くなった。


「モニターに映像を出せたりする?」


『やっぱりメノウのいた世界はそれなりに文明レベルが高い水準にある世界なんだね?』


「出せるの? 出せないの?」


『出せる出せるー』


 ギベオンを映し出している立体製造の隣に、新たな映像が映し出される。


「……!」


 そこに映し出されたのは、黒ずくめの集団と見知った顔の二人だった


「長とそてつさんだわ!」


「ギベオン! この映像の場所はどこ!?」


『えっ!? えーっと、えーっと! この研究所から出て上に上がったところ!』


「さくやさんはここにいてください!」


「めのうさん!? どうされるんですか!?」


「助けに行きます! ギベオン! 私が戻ってくるまで絶対に扉は開けちゃだめだからね!」


『まっかせてー!』


 私は全力で研究所を抜け出し、一人まだ薄暗い山の中へと飛び出した。



『おらおらおらおらー! 早く逃げねえと死んじまうぜー!』


『うつぎ、前に出すぎだ!』


 ギベオンの言ったとおりに研究所から出て山を登り始めるが、場所を間違えたらどうしようかと心配していた。

 だけどその心配とは裏腹に、楽しそうな怒鳴り声が聞こえてきたことですぐに場所がわかった。


 この声には聞き覚えがあった。


 たびらさんの首を投げつけて子供を人質にとっていた、楽しそうにしていた奴……。


 木々の合間を縫って、全速力で走り抜ける。


 黒ずくめの姿は三人。


 今にもそてつさんと長さんに追いつきそうだった。


 ここまで来るのに静かに移動しているわけがなく、すでに私の足音は察知されている。


『まさかまだこんな所にいるとはなあああああああああ!!!!』


 男の一人が私の姿を見るや否や、口角を吊り上げて私目掛けて突っ込んでくる。


 すぐさまフローズンアルコーブを発動して、地面ごと凍り付かせて行動不能にしようとするが……。


『はっ! そうだよな! お前は一番最初に身動きを封じようとするよな!』


 私の行動を先読みしたのか発動した瞬間に男は飛び上がり、私に向かって飛び蹴りを放つ。


「くっ!」


 私が思っていた以上の手練れだった。


『おらおらおらおらおらー! そんなもんなのかよお前の力は―っ!!!!』


 出鼻をくじかれて体勢を崩してしまった私に、立て直す暇を与えない剣戟と打撃を混ぜた猛攻繰り出す男。


 それでも落ち着いて、躱し逸らしいなす。

 男の攻撃は激しいが、直線的。

 対処できないものではなかった。


 ここっ!


 ほんの少し男が大ぶりに剣を振ろうとした瞬間に反撃を試みる。


「いけないっ!」


 長さんが大きな声を上げた瞬間、私の右足に何かが絡みつき思い切り引っ張られ、私はそのまま転倒する。


「なっ!?」


『はっ! 良いざまだな!』


 男は私の胸目掛けて剣を突き立てようとするので、体をよじって躱し、左拳を握り締め、腹部にめがけて風を纏わせて殴りつける。


『ごはっ!』


 直撃すれば肋骨ぐらいはへし折れる程度の威力はあるのだけれど、無理な体制で繰り出した分ダメージは低そうだ。

 風を纏わせたおかげでその突風で男は軽く吹き飛ばすことができ、距離を離すことには成功した。


 立ち上がろうとするけど、すぐさままた右足を引っ張られ転倒する。

 右足を確認すると、重りの付いた鎖が私の足を絡めとっていた。


『うつぎ、大丈夫か?』


『げほっ。いってぇ! きぶし、お前の鎖鎌のおかげで助かったぜ』


『突っ込みすぎなんだお前は』


『うっせえっ! あの女は良いぜ! ぐっちゃぐちゃにしてぇ!』


『手は?』


『貸せ!』


 楽しそうに会話している黒ずくめの男二人の会話を聞いていると、どんどんどんどん私の中で何かが冷たくなっていく。


「ずいぶん……」


『あ? あんだよ?』


「随分楽しそうね?」


 私は右足に絡まっている鎖を、魔法で液化する。


 すぐに鎖は液体となって元の形が維持できなくなり、どろりと私の足から流れ落ちる。


『なっ!? 僕の鎖鎌が溶けたっ!?』


「人をいたぶるのが、殺すことが、そんなに楽しいの?」


 ゆっくりと立ち上がり、剣を鞘へと納める。


『なっなんだお前! その眼は何だ!』


 きぶしと呼ばれていた鎖鎌を握っていた男が、私を指さして叫ぶ。


 ああ、そう言えばさくやさんに魔法を教えるときに目に魔力を込めてマナが見えるようにしてそのままだったっけ。

 どうりでまだ早朝で薄暗いのに、よく周りが見えているわけだ。

 マナの光でまるで真昼のように明るく見えていた。

 それに今まで気づいていない事を考えると、今の私は冷静とは程遠い所にいるようだ。


「あなたには関係ないでしょう?」


『ひっ!』


 私がにらみつけると、小さく悲鳴を上げ男はたじろいだ。


『化け物上等! 嬲り甲斐があるってもんだっ! きぶし! 合わせろっ!』


『あ、ああ! やってやるさ!』


 先程と同じようにうつぎと呼ばれていた男が私に向かって突っ込んでくる。

 相変わらず直線的な攻撃だけれど、それをカバーするように鎖鎌の攻撃が飛んでくる。


 とても、邪魔だった。


 うつぎが上段からの剣を振り下ろすのに合わせて、剣を添わせて右側に逸らす。

 右足を軸にして左足を踏み出し、肩で体当たり。


 うつぎの体に被せる様にしているので、きぶしはフォローできないだろう。


『こいつっ! ごはっ!』


 私の体重じゃ大した威力にはならないけれど、この密接した状態ではうつぎは剣も触れないし、拳も使えない。

 距離を取ろうとした瞬間、両手持ちしている剣の柄頭でうつぎの鳩尾を思い切り打った。


『うつぎ!』


 うつぎが息を吐き悶絶している隙に、私はきぶしに魔法を放つ。


「シャドーバインド!」


 きぶしの周りから黒い触手がいくつも湧きあがり、両手足をがんじがらめにして拘束し、


『なっ――しまっ!? あがあああああああああっっっ!?』


 手足をすぐさまへし折った。


『きぶしっ! てめぇ!!!』


 激昂したうつぎが私に飛びかかってくる。


 怒りに任せて振るわれた上段からの斬撃を左足を軸に体を逸らして躱し、私は逆に剣を振り上げることで、うつぎの両手首を刎ねる。


『あああああああっ!? 俺の手がっ! 俺の手があああああ! ごえっ……』


 喚くうつぎの脇腹に再度柄頭を全力で叩き込むと、白目を剥いて昏倒した。

 すぐに治癒魔法を使い、うつぎの斬り落とした手の出血を止める。

 再生はしない。


 長さんとそてつさんの方を見ると、対峙していたもう一人の黒ずくめはそてつさんに首をへし折られて殺されていた。


「お二人とも大丈夫ですか?」


「私は何とか……。だけどそてつの傷が酷くて……」


「……俺は熊族だから、へっちゃらだよ」


「見せてもらいますね?」


 座り込んで浅い息を繰り返すそてつさんの体をみる。


 出血もひどいが、


「左腕が千切れかけてる……」


「さっきのやつがなかなか手ごわかったんだ。左手だけで済んで良かったよ。お嬢ちゃんはよくあの二人を倒せたね」


 私は何も言わず、傷口に手をかざす。


 青い光が手の平から零れ、そてつさんの傷をどんどん癒していく。


 千切れかけた左手には、より一層魔力を込めて治癒魔法を行使する。


「……信じられん。左手が動く。体の痛みもまったくなくなった……」


「よかった。次は長さん」


「……あ、ああ」


 すぐに長さんの治癒も終え、何があったか話を聞く。


「嬢ちゃん達が逃げた後、他の戦っていた子達も上手く逃げ遂せたんだけどね、この三人は執拗に私のそてつを狙ってくるから、逃げようとしたのさ。実力もこいつらの方が上だったからね。丸一日逃げて偶然ここまで来たんだ。体力的にもギリギリだったよ。本当にありがとうね、お嬢ちゃん」


「いえ、お二人が無事でよかったです」


「それにしても、嬢ちゃんはなんでこんな所に? みんなもいるんだろう?」


「それが、崖から落ちてみんなとはぐれてしまって……」


「そうだったのかい。無事で何よりだよ」


 私を見て優しい笑顔を浮かべる長さんとそてつさんだけど、倒れているうつぎときぶしを厳しい目で見ている。


「嬢ちゃん、……止めを貰っていいかい?」


 私を見る目は優しいそてつさんだけど、声には怒りと憎しみがこもっていた。


「……」


 私は何も言えず、頷くこともできず、顔を逸らすことしかできなかった。


 そてつさんは倒れているうつぎに近寄ると、胸倉を掴んで揺さぶった。


『とっくに気が付いているだろう、うつぎ』


『……へっ。へへへ、ばれてたか……』


『最期に何か言うことは無いか?』


『俺はもう戦えねんだ! こんな手になっちまったんだからよ! 死んだも同然なんだ! 命ばかりは助けてくれねえか!?』


 そてつさんに私が斬り落とした手首を見せて、命乞いを始めた。


 そてつさんはゆっくりとうつぎの頭を掴み、木に押し付けた。


 私は思わず目を背けた。


『いだい! やめてくれ! 悪かった! 俺が悪かった!』


 メシメシとうつぎの頭から嫌な音が聞こえ始めた。


『やべで! やべでぐだざい! やべ――』


 ばきゃっ。


 まるでかぼちゃが割れるような音が聞こえ、うつぎはこの世を去った。


『ひいいいいいいっ!?』


 うつぎの凄惨な殺され方みたきぶしが悲鳴を上げた。


『さてきぶし。次はお前の番だよ?』


 長さんは穏やかな口調で、きぶしの首元にナイフを添えている。


『まっ待ってくれ! 情報! 情報を提供する! 俺が知っていることだったら何でも話すから! 命だけは助けてくれ!』


『……ほう? じゃあ手を貸している奴らの名前を言って見な?』


『静はほとんどがこっち側だ! 霞は俺達の他にも何人かがとうや様についてる! こがまとすいばもいた! ああそうだちがや、ちがやもだ!!』


『若い連中ばっかりじゃないかい。やれやれだ』


『墨染も静と同じで、ほぼ全員がとうや様についている。天城と夢萩(ゆめはぎ)は、僕でもわからない』


『夢萩は個別主義だからね。好きに動いてるだろう。お疲れさん』


 長さんは、ぐっとナイフをキブシの喉に突き刺した。


『ごはっ! なん……で……』


「長さん!?」


 私は長さんのとった行動に驚いて声を上げる。


『そんな事で許されると思っていたのかい? お前は里の同胞を何人殺した? 苦しんで死にな。それが同胞への手向けだよ』


『がはっ! かひゅっ!』


 苦しみ身悶えるきぶしの姿を見て、思わず拘束していた魔法を解除してしまう。

 だけど手足をへし折っているので、その場でのたうち回るしかできない。


 少しずつ呼吸が浅く、動く力も弱くなっていくきぶしと目が合ってしまった。


 たすけて。

 死にたくない。


 そう言っているのがわかる。


 だけど私はきぶしからも目をそらし、やがて動かなくなった。

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