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第百十七話 混ぜるな危険

 フォルティシモはベッドの上で目を覚ました。一昨々日はキュウを待って徹夜、一昨日はピアノとのチーム命名決めと、チームの施設決めに徹夜だったため、昨日はすっかり熟睡してしまった。


 アルティマと合流してからわざわざ三人部屋を取り直したにも関わらず、フォルティシモのベッドにはキュウとリースロッテが一緒に寝ていた。


 この部屋にはフォルティシモ、キュウ、セフェール、リースロッテの四人が居て、ベッドは三つしかない。そこで昨晩、床で寝ると主張したキュウを黙らせてベッドへ連れ込み、それに悲鳴を上げたリースロッテがフォルティシモのベッドへ侵入して来た結果、一つのベッドで三人が寝ることになってしまった。


 ちなみに横から笑いながら色々言っていたセフェールは、ひとしきり笑ってから隣のベッドで寝息を立てていた。最後のベッドは誰も使わなかった。


 起き抜けにキュウの安心しきった寝顔と尻尾が目に入ったので、とりあえず尻尾を撫で回しながら今日の予定を頭の中で反芻する。


「あ」


 キュウが目を覚まして、フォルティシモと視線を合わせた。


「起きたか」

「おはようございます、ご主人様」

「おはよう」


 撫でているキュウの尻尾がぴくりと動いたので、名残惜しいが手を放した。


 思ったよりもぐっすり眠っていたようで、時計を確認するとラナリアとピアノと待ち合わせしている時間までに大きな余裕があるわけではなく、フォルティシモは二人の従者を起こして、キュウに準備を始めるように伝える。


 その間に、異世界に来てからずっと世話になっている宿の主人に礼を伝え、チップ代わりに少し多めの料金を渡した。アクロシアの王女やギルドマスターが訪ねてくる大物冒険者だと思われているようで、どうぞ次もよろしくお願い致しますという丁寧な言葉へ曖昧に返事をしておく。


 相変わらず朝早いキュウと、欠伸をしているセフェールと、寝ぼけ眼なリースロッテを伴って、王城近くにある公園へ向かって行った。


 ヒヌマイトトンボと話す時に訪れた公園で、広くて見晴らしが良いのが気に入った場所だ。この公園をラナリアたちとの待ち合わせ場所にしたのは、他に良い場所が思い至らなかったのが理由である。


 周囲を見回してもラナリアの姿もピアノの姿もなかったので、近くの横長ベンチに腰掛ける。すかさずリースロッテがフォルティシモの膝を枕にしてベンチに寝転がった。


「どうしたリース」

「まだ眠い」

「よく眠るな」

「昨日フォルが寝かせてくれないから」

「あっという間に寝てただろうが」


 リースロッテは他の従者に比べて幼い容姿で作成したため、いくらなんでも性的な対象としては見られない。幼い容姿である理由は、表面積が小さいほうのが被弾率が低いという理由だ。


 リースロッテがフォルティシモの膝を枕にしたので、頭を撫でてやると本当に寝息を立て始めた。


「さすがに早すぎたのではぁ?」

「俺は待ち合わせの五分前に相手が現れなければ苛立つ主義だ」

「それって主義ですかねぇ」


「おはよ。早いな」


 待ち合わせの十分前くらいに、キュウと同じコートを着込んだピアノが一人でやって来た。以前会った時にキュウが着ていたものをピアノが気に入ったらしく、買った店を聞かれたと言っていたので購入したのだろう。


 システム上、チームメンバーの【拠点】が同じマップにあると、相互に施設の利用や経験値入手ができるため、ピアノも『浮遊大陸』のどこかに【拠点】を移す予定だ。こればかりはフォルティシモに合わせて貰うことになっている。


「おはよう。なんだお前一人か?」

「ああ。ルーカスたちには今回のこと言ってないし、フレアはもしもの時のために待って貰ってる」


 ルーカスが誰なのか思い浮かばなかったものの、ピアノが連れていた仲間の誰かだろうから気にすることはない。


「引っ越しを言ってないのか?」

「ん? 自分の【拠点】を移転するなんて、いちいちパーティメンバーに言わないだろ?」

「俺はギルマスや知り合いに言ったが。キュウも友達に言ってたみたいだし」

「でも【拠点】ってなんだ、って聞かれないか?」

「普通に家を引っ越しするって言うだろ」

「【拠点】と自宅は違うだろ?」

「同じだろ?」


 自分の感覚が間違っていたのか悩み始める前に、ラナリアが現れた。


「お待たせしてしまったようで、申し訳ありません」


 ラナリアはシャルロットを始めとした護衛たちを伴っていた。護衛たちは全員が女性で、緊張した面持ちである。


「おいラナリア、護衛を連れても【拠点】には入れないって言っただろ」

「フォルティシモ様のお言葉は十分に承知しております。しかし、お父様やお祖父様が私を心配して、どうしても行ける所まで同道させるように命じていまして」

「リース!? 何をやっておるのじゃ!?」


 アルティマがフォルティシモの膝枕でベンチで寝ていたリースロッテに気が付き、高速で近づいて、リースロッテの両足を掴んで引きはがした。リースロッテの頭は容赦なく地面に叩き付けられていた。大きな音がしたので痛そうだ。


「あ、アルっ!?」


 さすがに起きたリースロッテが驚愕の表情でアルティマを睨み付ける。


「妾がラナリアの護衛という大義をこなしている間! 汝は何をやっておるのじゃ!」

「フォルの膝は柔らかかった。匂いも良い。昨日はフォルのベッドで寝たし」

「汝に決闘を申し込むのじゃあ!!」

「ワンオンワンで私に挑む? はっ、返り討ち!」

「やめろよ、お前ら」


 下らないことで争い始めた二人を止める。


「むー」

「うー」

「ラナリア、こっから【転移】を使うつもりだが、その護衛はどうするつもりだ?」


 ラナリアは楽しそうにアルティマとリースロッテのやりとりを見ていたようで、フォルティシモに話し掛けられても反応が少し遅れる。


「彼女たちはここで私を待つのが仕事ですので、フォルティシモ様がお気になさる必要はありません」


 ラナリアにそう言われて考えてみると、今日の用事はキュウとラナリアを従者たちに紹介することなので、数時間もあれば済むものだと思われる。社会では上役の用事が済むまでに何時間も待つことくらいは良くある話で、特に問題はないだろう。


 一応、知り合いにだけ声を掛けておく。


「シャルロット」

「はっ!」

「しばらくラナリアを連れていくが、まあ夕方には戻るように言う」

「承知いたしました、フォルティシモ様」

「あ、ああ」


 シャルロットの傅き具合が、今までにないほどで対応に困ってしまう。シャルロットはもっとフォルティシモを警戒していたはずだ。


「フォルティシモ様、このような時ですが、セフェール様に【蘇生】スキルの使用をして頂いたこと、最大の感謝を述べさせて頂きます」

「【蘇生】? ああ、なんか聞いたな。辻リザみたいなもんだから気にするな」


 シャルロットが王城に侵入していた何者かに殺され、セフェールによって蘇生したことは聞いている。実際に以前と何も変わらずに動いているところを見ると、本当に殺されたのかどうか判断できないほどだ。


 ふとシャルロットに尋ねたいことが思い浮かんだ。


「いや、少し気になることがあるから、対価を要求させてくれ。お前にとっては思い出したくもない話だろうが、殺された時の話を聞きたい。機会は都合がついたら連絡する」


 ファーアースオンラインで死亡した場合はアバターが動かせなくなるが、霊体のような半透明な状態になって情報ウィンドウの操作が可能で、チャットやアイテムの整理など行える。【拠点】へ帰還するコマンドを使わなければ、その状態で最大二十四時間粘ることができる。


 シャルロットが死んだ際にどういう状況だったのか聞いてみたいと思う。創作物では霊体や魂、天国や地獄という死んだ後の話が度々登場するので、もしかしたら死んでも周囲の状況が見えていたりするかも知れない。


「私もフォルティシモ様のお時間を頂きたいと思っておりました。是非よろしくお願い致します」


 話をしている内に待ち合わせ時間になる。時間ぴったりになった瞬間、公園に十メートルはある巨大な青い渦が出現した。【転移】スキルによって発生するポータルで、移動先に居るフォルティシモの従者が開いたのだ。


 ポータルの中から人影が現れる。


「おっ待たせしました!」


 活動的な印象を受ける黒い短髪の少女が、身長よりも大きなリュックサックを背負い、右手で敬礼をしながら八重歯を見せて笑っていた。


「時間通りだ、ダア」

「いやだな、様式美ですよ」


 彼女はフォルティシモが四番目に作成した従者ダアトだ。


「おやっ? あなたがキュウですか? いやー、本当にアルそっくりで。こりゃあフォルさんが放っておかない訳です!」

「わざとやっとるじゃろ!? 妾がアルティマなのじゃ!」

「わ、私がキュウです」

「ええ、ええ、分かっていますとも」


 ダアトがからからと笑ってキュウの肩を叩く。キュウはどうしたら良いか分からず、目を白黒させていた。


「フォルティシモ様、この青い魔力の塊が、『浮遊大陸』へ繋がっているのですか?」


 ラナリアが怖じ気づいたような言葉を口にして、ダアトが作った巨大なポータルを見つめていた。


「そうだな。ラナリアは何度かポータルを使っただろ。今更驚くことか?」

「規模が違います。この大きさで移動できるものは無制限なのですよね?」

「時間制限はあるけどな」

「フォルティシモ様の従者の中で、これを操れる御方はエンさんと彼女でしょうか?」

「この大きさまで作れるのはエンとダア………あとはまあ」


 厳密に言えばもう一人居るのだが、フォルティシモが言い淀んでいたのを察してか、ダアトがラナリアの前まで移動する。


「王女様が仲間になるとは心強いですね。まずは私に掛かる税の完全撤廃を、ぐはっ!?」

「なんで自分オンリーなんですかねぇ。それにぃ、そういうことを要求すると余計な軋轢を生むのでぇ、やめておきなさいぃ」


 セフェールのチョップがダアトの脳天を直撃していた。


「軽い冗談ですよ、セフェさん」

「ダアトさん、ラナリアと申します。今後共何卒よろしくお願い申し上げます。税の完全撤廃とはいきませんが、商売を始めるのであれば是非私もご協力させてくださいませ。もちろん税の優遇だけでなく、貴族や商人の紹介、そして王宮からの発注もさせて頂きます」


 ラナリアの優遇策を聞いたダアトがニヤリと笑った。


「おやおや? 話が分かりそうな後輩じゃないですか。まずは【転移】の使い手が少なそうなので、ポータルを利用し圧倒的な輸送力を使った独占商売を」

「素晴らしいお考えです。それにダアトさんもフォルティシモ様と同じインベントリをお使いになられるのですよね? 一度に運べる物量もかなりの量になりますね」

「ラナリアはフォルさんから聞いていませんか? 私のインベントリの容量は、フォルさんの軽く十倍はありますよ? それが仕事みたいなもんですからね。お任せあれ」

「十倍っ。すみません、後ほど、二人だけでお話できませんか?」

「もちろんです。いやー私こそがこの国で最も活躍できる存在だと理解して貰える後輩と出会えたようで、嬉しいですね! もうフォルさんは時代遅れなんです! 私の時代!」


 フォルティシモはダアトの頭を鷲づかみにする。


「ジョークです、ジョークですよ、フォルさん! 私なりにキュウとラナリアの二人に自己紹介を兼ねた歓迎をしただけですから!」

「そうですよフォルティシモ様。私もダアトさんのお話に乗らせて頂いただけですから」


 ラナリアとダアトの二人は笑顔だったけれども、なんだか会わせてはならない二人を引き合わせた気がした。



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