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第百十五話 浮遊大陸の噂

 キュウは今日一日、セフェールとリースロッテと一緒に過ごすことになっている。主な用事は『浮遊大陸』へ行く前の準備だ。


「薬屋に寄りますが、良いですか?」

「念のため確認しておきますがぁ、HPやMP回復のポーションを購入する必要はないですからねぇ。つうさんに頼めばぁ、M級ポーションをいっぱい作ってくれますからぁ」

「いえ、その、生活に必要なものを、できるだけ買っておこうかと」

「ハッキリしゃべる。それじゃあ何を買いたいか分からない。フォルから貰った金で無駄遣いをするつもりか」


 笑顔で穏やかでキュウを色々と気遣ってくれるセフェールに比べて、リースロッテの厳しい指摘が飛んで来て、キュウは尻尾をピクリと動かす。


 リースロッテは半目の無表情気味で抑揚無くしゃべるため、いまいち感情が読み取りづらかった。心音や筋肉の音も恐ろしく穏やかで、こっそり近付かれたら気が付けないかも知れない。


「いいえぇ、それはキュウが自分で稼いだお金だというのでぇ、使い道は好きで良いんですよぉ」

「フォルの物はフォルの物、私たちの物はフォルの物のはず」


「まぁ、悪い意味で捉えて欲しくない言い方になってしまいますがぁ、キュウはちょっとだけ私たちとは違うんですよぉ。だからぁ、私たちとキュウを一緒くたに考えるのはやめましょうねぇ。あ、これぇ、キュウにも言ってますからねぇ? キュウはぁ、私たちと自分を比較することはないですからぁ」

「い、いえ、リースロッテさんの言う通りです。私の物は、すべてご主人様の物です」


 キュウはお金が思った以上に溜まっていたので、必要な薬を少し多めに、普段着として使える服を何着か新しく購入した。セフェールがこれが似合いそうだと言ってくれたものを、そのまま買ってしまったので予算を大幅に出てしまったけれど、まだまだお金の余裕はある。


 街は『浮遊大陸』の噂で持ちきりだった。


「昨日の御覧になられまして? あれが落ちて来たらと思うと、掃除なんてやってられないわよねぇ」

「ほんとよねぇ。うちの人なんて、荷物を纏めて逃げだそうとしたのよ」

「主人は王城で騎士をやってるのだけど、昨日から帰って来てないのよ。きっと何かあったのよ」


「息子が神鳥が王城へ降り立つのを見たらしいわ」

「本当? じゃあ王女様が呼び寄せたのかしら」

「子供たちったら、朝からあの大陸を見つけるんだって駆けだして」

「上ばかり向いて走ってると転ぶから、注意したほうがいいわよ」


 あんなものが空の上に現れたら当然だし、街に住む人々はキュウと違って『浮遊大陸』を操っているのが主人だと言うことを知らないのだから、噂が噂を呼ぶのは仕方のない話だ。


「私も、ご主人様と出会っていなければ、一日中空を眺めていたと思います」


 そうして『浮遊大陸』の上に何があるのか空想に耽ることだろう。それはそれで楽しそうだけれど、今のキュウは明日から『浮遊大陸』へ行くため、現実的なものとして考えてしまって空想どころではない。


「不便で良い場所じゃない」

「えっ?」

「あはははぁ」


 リースロッテが突然不満を漏らしたので、二重の意味で驚いてしまった。『浮遊大陸』が良い場所ではないという事実と、主人に心酔していそうなリースロッテの口から不満が漏れたことに。


「良い場所では、無いんですか?」

「攻められ難いし防衛しやすい。でもそれだけ」

「どこの街に行くにも歩いて行けないですしぃ、経験値やドロップ効率の良いダンジョンが近場にあるわけでもないですしねぇ」

「でも、その、ご主人様が選んだんですよね?」


 セフェールが買った三段重ねのアイスクリームをぺろぺろと食べているリースロッテは、どこまで本気なのか分からない。


「私が生まれた時は、もうあそこだった。セフェならなんであそこにしたのか知ってる?」

「えぇーまぁー、そうですねぇー。簡単に行けたり、便利な場所だと、人がたくさん訪ねて来て面倒だったからですよぉ。何せフォルさん、敵が多かったのでぇ」

「そのせいで三ヶ月も【拠点】に帰還できなかったフォルは間抜け」

「厳しい意見ですねぇ」


 敵が多かった、そう聞いて息を呑む。色んな意味で肯定も否定もできないキュウは、曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。


「それでぇ、どちらへ向かっているんですかぁ?」

「フィーナさんに、拠点を変えることを伝えようかと」

「ああぁ、彼女ですかぁ。たしかお友達なんですよねぇ」

「は、はい」


 フィーナとは頻繁に早朝の洗濯の時に会うので、突然姿を消したら心配するかも知れないと思い、フィーナには予め伝えておくことにした。主人はこういう友人に伝えるために時間を取ってくれたはずだ。


 つい先日フィーナが宿泊している宿の場所を聞いたので、そちらへ向かっていると、見覚えのある冒険者の一団が向かいから歩いて来る。


「キュウさん! セフェさんも!」


 探していたフィーナと、その仲間の少女サリスとノーラ、そして主人の友人であるカイルと仲間のデニスとエイダの六人だ。


「フィーナさん、こんにちは」

「おやぁ、皆さんお揃いですねぇ」


 六人は口々にセフェールに感謝を述べていた。


「お陰様で見つけることができましたしぃ、色々と助かりましたぁ。あ、この二人はぁ、あの時探していた妹ではないですよぉ。妹みたいなものですがぁ」


 セフェールやカイルたちが話している横で、キュウも用事を済ませる。


「あの、実は拠点を変えることになりまして」

「そう、なんですね」


 フィーナが悲しそうな顔をする。キュウも寂しい気持ちが湧いてきた。


「で、でも、いつでも戻って来られるってお話なので」

「キュウちゃんたちもか」

「私たちも、ですか?」

「昨日のことで、アクロシアが危険だから別の国の冒険者ギルドに移るって奴らがけっこう居るみたいなんだ」

「昨日の反乱では、街は大丈夫だったって聞いてますけど、何かあったんですか?」


 主人がたった一人で誰も殺さずにベッヘム公爵軍を止めたのだ。間違った噂が流れているのであれば、ラナリアに頼んで訂正して貰らおうと思う。


「いやいやいや! 昨日と言ったらあれでしょうが! 空の大地! あれが落ちて来たらって思ったら、おちおち寝てられないって!」


 サリスが空を指さす。


「え? あ、そ、そうですね?」

「サリス、あれはフォルティシモがやったのよ。だから大丈夫」

「そうなんです。明日、浮遊大陸へ行く予定ですし、リーダーはあれをアクロシアに墜落させたりなんかしません」


 エイダが笑いながらサリスを安心させようとしていたので、キュウも援護射撃をした。


 カイルたちの視線が一斉にキュウに集まり、リースロッテに頬を抓られた。


「ひたいでふ、りーふろってはん(痛いです、リースロッテさん)」

「冗談だったのに、ほんと、なの? あいつが、あの空の大地を? あいつ、何者なの?」


 エイダが嘘を吐いてキュウを引っかけたのだ。キュウはやってしまったことに気付いて、さぁと血の気が引いてしまい、焦ってセフェールを見る。


「まあぁ、あれだけの貴族の前で堂々と降りて来たんですからぁ、あっという間に広まりますよぉ」

「それもそうだった。ごめん、キュウ」

「い、いえ」


 それでも主人が主人の力を誇示する場面は主人が決めるものであることは間違いなく、キュウが外で喧伝して良いものではない。


「実はですねぇ、あそこにはフォルさんや私たちの家があるんですよぉ」

「あそこに住んでるの!?」

「私も行きたい!」

「ちょ、ちょっとサリス!?」

「私も行きたいです」

「ノーラまで!」

「お招きして良いかどうかはぁ、家主のフォルさんに今度聞いてみますねぇ」

「お願いします、セフェさん!」


 六人はこれからレベルアップを兼ねた冒険に出るらしく、ギルドへ向かって行く様子を見送った。


「カイルとフィーナという二人はキュウさんの話にも出てましたしぃ、フォルさんに言えば面倒を見るくらいは言うかもですねぇ」

「フォルの知り合いなの?」

「はい。フィーナさんはご主人様が初めて会った冒険者で興味を持っていそうでした。カイルさんはギルドで会ってから見かける度に話をしていて、ご友人なのだと思います」

「ふーん」


「あと、フィーナさんが持ってる杖はアルさんが作ったものです」

「その話は初耳ですねぇ? アルとも知り合いなのですかぁ?」

「セフェさんと会う前に、アルさんと買い物をしていた時に会って」

「アルがその場で【アイテム精製】をするほど、意気投合したのですねぇ」

「はい、そうです」

「あれで意外と気が利きますからねぇ」


 アルティマがエンシェントとセフェールと合流してからというもの、それまでの言動をほとんど控えて、二人の決定に唯々諾々と従っていたのを思い出す。加えてマウロと出会った際も殺さずに捕らえ、遙か格下の冒険者たちに狙われても誰一人として殺しておらず、これだけ優秀な従者の中で誰よりも先に主人フォルティシモと合流を果たしている。


 キュウはアルティマに感じていた人物像を大きく改めた。やはり彼女も凄い主人の凄い従者の一人なのだ。


「キュウはアルの評価を改めたかもしれないけど、それは偶然だから」


 リースロッテがキュウの心を読んで口を挟む。


「え?」

「あはははぁ」


 結局、どっちが真実なのか分からなかった。


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