二十四話
お待たせしました。二十四話です。
テストの点数が……いや、なんでもないですよ?
ウズベキスタン基地、北ゲート前。
ここでは、浜崎中隊と峯岸中隊が、ゲート前に部隊を展開し、基地への侵入を防いでいた。
峯岸中隊が、障壁を生み出し、浜崎中隊がそれを盾にしながら業魔を迎撃する。
この方法を使えばこれ以上進行されることはまずない。
すでに第10魔術師団に所属する舞台はほぼ全てが壊滅状態。まともに戦えるのは増援でやって来た第12独立魔術師団のみだ。
戦闘開始から10分。
ショックから回復した新井健太と、彼を介抱していた野上悠斗は、ここ、ウズベキスタン基地、北ゲート前で展開されている迎撃作戦に途中参加していた。
北ゲート防衛線、前方。
木製の杖を振るいながら、何やら指示を出している茶髪の女性に、悠斗は声をかけた。
「隊長!遅くなりました!!」
「!……野上くん。」
振り向いた茶髪の女性―――――峯岸秋穂は、いつになく緊張した顔で、悠斗に指示を出す。
「……あなたは7班。配置は分かる?」
「はい!」
返事をした悠斗は、踵を返すと、別の方角へと走っていった。
走った先では、5人の軍服を着た人物がそれぞれ、自分の目の前にある4メートル四方の、壁のようなものを両手で押さえつけ、業魔の進行を妨げている。
おそらく土魔法の障壁だろう。そんな壁に押し寄せる業魔たち。
その様はまるで、強化カーボンの盾を持ち、デモンストレーションを行う群衆を押さえつける警備隊のようだ。
しかし、業魔たちが壁を破壊する前に、その首が弾け飛ぶ。
遠方から浜崎中隊の狙撃部隊が、掃討してくれているのだ。
すると、壁を展開している舞台の内の1人が、彼に振り向いた。
ふわふわしたベージュ色の髪と、優しい眼差しを向ける瞳が特徴の少年だった。
少年は、普段はいつもニコニコしている顔を緊張で引き締めながら、悠斗に叫んだ。
「野上くん!早く来てくれえええっ!」
「あぁ、待ってろ!」
悠斗は少年の隣に立つと、両手を前に広げた。
「むん!」
術式を組み上げ、両の手のひらに魔力を注ぎ込む。
すると悠斗の眼前に、分厚い氷の壁が出現した。
直後、展開した壁に重さと衝撃が加わり、これをなんとか耐え凌ぐ。
「上手くいったな……!」
喜びもつかの間。すぐに第二波が来て、壁に衝撃が伝う。
「っ!」
透過性の高い氷の壁は、業魔の姿をバッチリと写す。
それは同時に、業魔の攻撃を受けるたびに、ガリガリと削られたり、ヒビが割れたりする様子も見て取れるということだ。
「強度はまだまだか……ッ!」
言うなり彼は、術式を組み直し、それを現在発動中の壁魔法に反映させた。
すると、鋭い爪に削り取られ、生々しく残っていた傷や、衝撃に耐え切れず入っていたわずかなヒビが、まるでと気を戻したかのように修復されていく。
「自己修復術式、もう覚えたんだね」
「まぁ、お前の教えもあったからだよ。ありがとな大貴。」
悠斗の隣に立つ少年は、峯岸大貴。
苗字からも分かる通り、彼は峯岸秋穂の実の弟である。
穏やかで優しい性格をしており、基本的にマイペースな彼は、峯岸中隊内においても、かなりの優男として名が通っている。
彼らは周囲の喧騒かき消されないように、なるべく大声で会話する。
「業魔との戦いっていっつもこんな感じなわけ!?」
「今回のは数が多すぎるよ!」
2014年あたりから、業魔の出現数は、約一ヶ月の間に、100体規模の群れが50。計5000体程度の個体が、世界各国付近のバラバラの地域にランダムに出現するといったもので、今回のように大量の個体が巨大な群れを成して現れることはとても少ないのだ。
なお、後々分かることだが、今回の業魔の出現数は、約4万体。たった一日でこれだけの数をたたき出すのは普通じゃない。
近年、類を見ないほどの大量発生なのである。
「(どうすんだ?このままじゃ数で押されちまう!)」
今、悠斗の壁の前にいるのは、3体の猿型だ。
各々の個体が体当たりや前足による打撃などで、必要に壁を傷つける。
その傷を自己修復術式で修復するたび、悠斗の魔力は減り続ける。
これでは悪循環もいいところだ。
「なんとか……なんだろうな…?」
人知れず呟かずにはいられない悠斗だった。
そんな悠斗達とは少し距離を置いた荒地を、3人の兵士が走っていた。
いや、正確には走らされているのだ。背後から迫る一体の個体から逃れるために。
彼らの後ろにいるのは、ワニのような形状をした個体だった。
ただし、本来のそれとは比べ物にならないほどの巨体で、全長は目測でも15メートルを超える。
本来なら四本のはずの足が八本付いており、その巨躯に似合わないスピードで彼らを食い殺さんと追い続けている。
「ハッ、ハッ、ハッ!」
その中には、アサルトライフルを持った新井健太の姿もある。
彼は目尻に涙を浮かべながら、唇を噛んでいた。
「(クソ……ッ!)」
浜崎中隊は中隊のメンバー達が、遊撃隊、機動隊、狙撃隊、突撃隊、後方支援隊の5つの部隊に分けられており、各々の小隊がそれぞれの役割を果たすことで真価を発揮する。
今現在、狙撃隊、後方支援隊が北ゲート前にて峯岸中隊と共同作戦を展開し、ゲートを死守している。
突撃隊が最前線に躍り出て大暴れし、機動隊はそれをサポート。
そして、健太が所属している遊撃隊は、ピンチに陥っている部隊の救援や援護などを担当していた。
そんな中、報告を受けて、機動隊と同じく最前線にいる相沢中隊の小隊の救援に向かった矢先、このワニ型の個体に遭遇したのだ。
果敢に挑んだ遊撃隊だったが、予測の出来ない動きで翻弄され、瞬く間に10人中7人が、ワニ型の餌食になってしまった。
勝てないと悟った彼らはひとまずゲート前の防衛ラインまで撤退することを決意した。
今、この場を走っている遊撃隊のメンバーは、健太を含めた男が3人。遊撃隊の隊長と、自分の先輩である男の隊員。たったそれだけだった。
健太はこの状況を作り出した背後の個体に憎しみを抱きながらも、何も出来ずただ逃げるしかできない自分が悔しかった。
「何なんだよこの化物はぁ!」
耐え兼ねたように健太の右前方を走る先輩が怒鳴った。
それに怒声で返したのは、左前方を走る遊撃隊の隊長だった。
「うるさい!今は逃げることに集中しろ!」
こんな状況下でも的確に指示を出す所は流石と言える。だが、彼も人間だ。
むしろ今一番驚いているのは彼かもしれない。
自分が今まで引っ張ってきた部隊が、一気に全滅の危機に瀕しているのだから。
「(このままじゃ追い付かれる!なんとかしないと!)」
と、健太が解決案を練り始めた、その時だった。
健太の生存本能が何かを訴えた。
それに従い、健太は咄嗟に大きく左に跳んだ。
健太の左前を走る隊長は、健太の奇行に驚愕し、何かを言おうと口を開いた。
しかし、実際に言葉が発せられることはなかった。
ドン!と。
背後にいたワニ型がいきなり前方へと跳躍したのだ。
大きな口を限界まで開けて、目の前の3匹の餌を捕食しようとする。
一歩遅れて隊長も左に跳躍した。
しかし、右にいた男の隊員の反応がわずかに遅れた。
「あっ」
それが、彼の最後の言葉だった。
悲鳴らしい悲鳴すら上げることもできず、男はワニの口の中に収まっていった。
バグン!と、ワニ型嫌味なほどにいい音を立てながら、男の肉体を噛み砕く。
「須崎ィィィ!!」
ワニ型の餌食となった仲間の名を叫びながら、隊長が転がりながら態勢を立て直す。
「センパァァァァァイ!!」
また、見てしまった。
頼れる先輩が喰われる所を。
そして、見せてしまった。
頼られるべき我々が、為す術なく蹂躙される様を。
「(もう逃げられない……ここでやるしかない!)」
そう決意した隊長は、腰に吊ってあったスタングレネードにピンを引き抜き、ワニ型に投げつけた。
ワニ型の目と鼻の先で、スタングレネードが凄まじい轟音と閃光を迸らせる。
一時的にワニ型の視覚と聴覚を封じてる隙に、隊長は腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。
元から入っていた九ミリ弾の弾倉を抜き取り、新しい弾倉を装填する。
新しい弾倉に装填されているのは、9ミリ口径の徹甲榴弾。
目標に突き刺さり、時間差をつけて爆発する代物だ。
「(コイツを口の中にブチ込んで、内部から破壊してやる!)」
覚悟を決めた隊長が立ち上がり、引き金に指をかけた時。
視覚を封じたはずのワニ型の口の中が、隊長の眼前に広がっていた。
強烈な光に目を瞑っていた健太が、再び目を開いたとき。
そこに写っていたのは、下半身だけを残した隊長の姿だった。
断面から噴水のように赤い液体を吐き出したソレは、やがて力なく崩れ落ちた。
「あ……」
隊長は、まさか目の前のワニ型が、本来ヘビが持つべきピット器官を備えていようなどとは夢にも思わなかったのだろう。
視覚や聴覚を奪っても、赤外線感知器官であるピット器官の前では無意味なのだ。
「あ…あぁ……」
健太は眼前で何が起きているのかわからなかった。
いや、脳が状況の理解を拒否しているのだ。
突きつけられた無慈悲な現実は、健太の心をへし折るには十分だった。
最後の餌を捕食するために、ワニ型が口を開いたが、健太にはもうそれを知覚するだけの余裕がなかった。
体が動かない。動かせない。
脳が働かない。働けない。
今の彼は、ただ食われる瞬間を待つことしかできなかった。
生に対する渇望すら湧いてこない。いっそのこともう死んでしまいたい。
それが、健太が最期に抱いた欲求となる。
はずだった。
ドゴンッ!!という轟音が響き渡り、ワニ型が真横に10メートルほど吹っ飛ばされた。
そして、つい先程まで大きく開かれたワニ型の口の中が写っていたはずの健太の視界には別のものが写っていた。
そこにいたのは一人の兵士。
ダークグリーンの軍服の上から、漆黒のロングコートを羽織り、肩に120センチはあるであろう巨大な戦棍を担いだ、一人の男。
「大丈夫か?」
落ち着いた声でそう話しかけるのは、天川中隊のNo.3。八重樫強志だった。
次回の投稿予定日は12月17日です。よろしくお願いします。




