カミングアウト
「冗談だと思う?じゃあそのペンダント俺の手に置いてみなよ。」
遥はやけに自信に満ちた顔で挑発した。
――吸血鬼にとって、純銀の十字架は猛毒だと聞いたことがある。
母からは、目にしただけで避ける個体が殆どだと聞いていた。
(もし遥が吸血鬼なら、こんな挑発するわけないし、もっと怯えるはず。)
私はそう思いながらゆっくり遥の手に十字架を降ろし……触れそうなギリギリの所で手を止める。
――いや、止まったと言った方がいいだろうか。まるで金縛りをかけられたみたいに、手をそれ以上下に降ろすことができなくなってしまった。
もし、万が一にも遥が吸血鬼だったら……この綺麗な白い手が焼けてしまう。
吸血鬼は傷の回復は早いが、十字架や聖水などで焼けた傷はほぼ一生残るらしい。
(何考えてるの、魔者の手に傷が付いたからって、なんだって言うのよ。)
躊躇っていると、遥は痺れを切らしたように「もういいや」と呟き立ち上がり、じっと私を見下ろす。
今まで気に留めていなかったが、いつの間にか遥は私の背丈を越してかなり背が高くなっていたことに気付く。
遥は私の頬に触れながら「ほら、ちゃんと見て。これが人間のものじゃないことくらいお前にもわかるでしょ?」と言って口を開く。
すると、遥のチャームポイントである犬歯が、みるみるうちに鋭くなっていくのが見えた。
遥の目は爛々と赤く光っていて、頬に触れていた指に硬いものが掠る。
横目で見ると、彼の爪が鋭く尖っているのが確認できた。
(これが……吸血鬼……嘘だ……ほんとに、遥が魔者だったなんて……)
何の為に遥は自分が魔者であると開示したのだろう?
私を哀れんだから?……それとも、お前に明かした所で痛くも痒くもないというマウントだろうか。
「ほら、僕が魔者って分かったでしょ?それ……僕の顔に当ててみなよ。退魔師なんだろ。」
遥は私を見下ろしながら、十字架を使えと要求してくる。
でも身体はなぜか言うことを聞かない。
少し人相は変わってしまっているものの、この可愛い顔を傷つけることを脳が拒んでいた。
「できないの?……震えてるじゃん。怖いならお前の代わりにやってあげようか。」
遥が十字架に触れようとした時、反射的に「だめ!」と叫び彼を突き飛ばしてしまう。
私は浅くなっていた息を整えながら、すぐに遥を突き飛ばしたことを後悔した。
遥は、壁際に押し出され何が起きたか分からないといった様子で呆然としている。
「遥……!ごめん、大丈夫だった?」
すぐに声を掛けると、「生意気だ」と怒り出すだろうと内心ビクビクしていた私に、遥は
「そんなに僕のこと傷つけたくないんだ……善意で提案してやったのに。」
と、とても嬉しそうに微笑む。
「……試したの?」
まるで、弱みを握られてるみたいだ。
遥は初めから、私が彼を傷付けられるはずないと確信していたに違いない。
私は悔しさで声を震わせながら遥に尋ねる。
「ううん?本気で言ってたよ。ほら、お前が退魔師じゃなくなったらこの部の存在理由なくなるじゃん。学校で堂々ゲームしたり部費でお菓子買ったりできなくなるもん。
流石に顔に十字架当てられそうになったら逃げるつもりだったけど。」
「は」
あまりにもあっさり打ち明ける遥。
しかもその子供みたいな理由に肩透かしを食らう。
「なんなら、ずっと僕が吸血鬼だってバレてるんだと思ってた。……あ、でもよくよく考えたらお前のお母さんも気付いてなかったし、母さんがかけてくれた阻害魔法とやらが効いてんのかな?」
言われてみれば、遥や遥のお母さんと私の母は度々交流していたが、全く気付くような素振りは見せなかった。
遥は元々、私のセンサーが弱くなくとも上手く人間に紛れ込めていた魔者だったのかもしれない。
「魔者って見つけるだけでいいわけじゃないよね?一応倒さなきゃいけないんじゃないの?ほら、魔者退治っていまいちどうやるのか知らないけどさ、適当にどーんとやっちゃってよ。」
遥は言いながら腕を広げる。
しかし私は躊躇いながら「……い。」と呟く。
「は?なんて?」
「私も……退治ってどうやるのか……知らない……」
消え入りそうな声で言う私を、遥は呆れたような顔で睨む。
「ちょっと何その顔!仕方ないじゃない、初めて魔者に遭遇したんだもん!」
「……ネットには、魔力を封じてから従えようとかなんとか書いてあるけど。」
「封じ……方が、わからないの……」
私は指を突き合わせながら答える。
遥はそれを聞いてため息を吐くと、
「お前、退魔師辞めた方がいいわ。そんなんだといつか殺されるよ?魔者って危ないんだから。」
と諦めたように言い放つ。
「こ、殺されるって……少なくとも遥は普通にしてれば人間と変わらないし……理性があるじゃない。」
私が口答えした時、遥の眉が少しだけ動いた。
そして突然持っていた十字架が熱くなり、驚いて手を離す。
十字架が宙に浮き上がったかと思うと……徐々に赤くなっていき、まるで限界を迎えたかのように一気に燃え上がる。
何が起こったのか分からないままに遥を見ると、彼が手を伸ばして十字架に何かしていることが分かった。
「もう対抗手段ないね。どうしようか?」
遥はそう言って私を壁に追い詰める。
そして私の髪を耳に掛けると、首に噛み付こうと大きく口を開けた。
(噛まれる……!)
思わず目を瞑ってしまった次の瞬間、おでこを指でピンと跳ねられる。
「……へっ」
「言わんこっちゃないだろ。こういうことが有りうるから言ってやってんの。
ザコはザコらしく退魔師なんて辞めて普通に働けよな。」
(ちょっと……いや、かなり怖いと思ってしまった……!)
恐怖や羞恥心、悔しさ等が一気に押し寄せ私の顔を熱くする。
「で、でも!遥みたいに敵対する意志のない魔者を退治したって何にもならないじゃない!」
やっと出てきた反論の言葉を聞いて遥はケタケタと笑い
「お前、なんも知らないんだな。どうして退魔師が魔者を見つけ次第退治しようとするのか、ちゃんとした理由があるんだよ。」
と口にした。
「理由……?」
「魔者は恋をすると悪い魔力が暴走して闇堕ちする。……だから、その前に捕まえて制御しなきゃいけないんじゃない?
なに、お前のおかーさまとおとーさまはそんなことも教えてくれなかったんだ。」
遥は眉を下げながらバカにしたような笑みを浮かべる。
教えてくれたとは思うが、いかんせん私の才能がないせいで必要のない知識になってしまい、完全に忘れてしまっていた。
「……遥、一緒に遥を退治する方法調べてくれない?」
縋るように頼むと、遥は低い声で
「嫌に決まってんだろ」
と切り捨てた。
★ ★ ★ ★
遥と桃子が話し合っていた頃、鬼丸は薄暗い加賀魅の部屋にいた。
「先輩、大丈夫?大分塞いでるけど……そろそろ何があったのか話してよ、ちゃんと秘密にするから。」
鬼丸がソファの上で蹲る加賀魅にそう言葉を投げかけると、その瞬間異様な感覚が部屋を包む。
「せん……ぱい?」
鬼丸はその邪悪な空気に、言い知れない恐怖を感じ取った。
「俺……どうしたらいいかわかんないんだ、なんかずっと、感情のブレーキが壊れてて……」
加賀魅は言いながら、伏せていた顔を上げる。
その目は、青く、はっきりと。
薄暗い部屋の中で光を発していた。




