吸血鬼
加賀魅先輩や朱天君とスポッチョに言った翌日、私は重い足を引きずりながら部室へと向かう。
もし今日部室に朱天君が顔を出していれば、何の魔者か特定しようと考えていた。
(昨日結局眠れなかったから調べてみたけど、身体能力の高い魔者は数が多くて特定が難しかったのよね。)
ブレザーのポケット漁ると、クロスのネックレスを取り出しため息を吐く。
(だから、比較的数の多い『鬼』か『狼男』あたりを想定して豆と純銀の十字架を持ってきたんだけども……気が重いなあ、こんなの日常会話でポンと出せるもんでもないし。)
悩んでいると、朱天君から携帯にメッセージが届く。
【加賀魅先輩のメンタルが落ちてて心配なので遊びに行ってくる。今日は俺も先輩も部室行かないから。】
それを見て、私はどこか安心してしまった。
(なら今日は1人かな。遥はあれから部室に顔を出さないし。)
そう考えながら部室の扉を開けると、私は目を疑う。
部室の中には、体操着姿の遥が偉そうに机に足を乗せながらいちごミルクの紙パックにストローを刺して飲んでいた。
遥は私の存在に気付くなり「遅い」と吐き捨てる。
「は、はるか……なん、何で……!?」
「何でって、僕はここの部員だよ?ここにいていい権利がある。……今日、最後の時間が体育でさぁ。僕の美しい脚が悲鳴を上げたから、召使いにマッサージでもしてもらおうと思ったわけ。」
遥は特に悪びれるような様子もなく、飄々と言い放つ。
脇に置いてある日焼け止めと遥の異常なまでの疲れ具合から、体育が屋外のものであったことが予想できる。
「……召使いって、誰のこと?」
薄々勘付いてはいるものの、私は遥に質問した。
「お前に決まってんじゃん。ねー早く、僕の足がムキムキになっちゃうよー」
私はそれを無視すると、いつもの扉前ポジションに腰を降ろす。
「懲りないよねぇ。そんなとこで待ってても相談なんて来やしないのに。可愛い僕に尽くす方が絶対楽しいよ?」
遥は隣に椅子を持ってきてそこに座り、私を茶化してきた。
「……怒ってないの?私のこと……関わりたくないんだと思ってたのに。」
私は俯きながら呟く。
遥は低い声で「はあ?」と声を上げた後
「崇高な僕の思考を勝手に想像してヘラってたわけ?」と尋ねてくる。
「……ヘラってた……訳じゃ……ちょっと気にしてただけだし。」
悪態を突くものの、私は内心関係が切れたわけではなかったことに安堵していた。
「まあでも、今後関わりたくないかどうかはお前の態度次第かな。あんまり反抗的だとこの世界一可愛い顔を拝めなくなるから気をつけろよ。」
遥は偉そうに言い放つと、おもむろにポケットからトップコートを取り出しこちらに差し出す。
「こ、今度は何?」
「来ないであろう相談者を一緒に待っててやるから利き手に塗って。自分でやるとヨレちゃうの。」
一見舎弟のような動きを強いられているようだが、私はよく知っている。
……これは、遥なりのコミュニケーションであると。
遥は昔から、「何かしてもらう」ことに価値を見出す子だった。
尽くしてもらえば貰うほど、相手の愛情を確認して安心できる。それが遥という人間。
このマニュキュアはきっと、遥の愛情確認なのだ。
(私も別に……絶縁を望んでいたわけではないし。)
恐る恐るトップコートを受け取り、静かにキャップを開ける。
マニュキュアからは特有の化学的な匂いはせず、独特な甘い匂いがした。
そして差し出された遥の右手にそっと触れると、丁寧にトップコートを爪に塗る。
やけに冷たい掌から、遥の体温が伝わってきた。
遥の手は白く透き通るような綺麗な手でありながら、スラッとした長い指と大きな掌が男性らしく、触れるだけで妙な緊張感を感じさせる。
そして遥の手の甲を見て思い出す。私を庇って怪我をした筈の遥の手が、翌日には何もなかったかのように綺麗になっていたことを。
思い出した瞬間手が止まってしまい、激しく心臓が鼓動する。
――そんなわけない。遥は……魔者なんかじゃない。
私は再び自分に言い聞かせると、全ての指にトップコートを塗り終えた。
遥はキラキラとした目で艶のある爪を眺め「すごい丁寧に塗ってるじゃん。やっぱりお前って僕のこと大好きだな。」と口にする。
その笑顔は9年前のものと何も変わっていなかった。
(ああ、この顔されると弱いんだよな。もっと色々してあげたくなっちゃう。)
しかし、この甘さがこのわがまま姫のような男を産み出したのもまた事実。
私は必死に感情を押し殺すと「今回は罪悪感があったからやってあげただけ。これっきりにしてよね。」と遥に釘を刺した。
そして、また扉の方に向き直り相談者を待つ。
……程なくして、遥が爪を眺めるのに飽きたのか「お前、なんでわざわざこんなとこで相談者待ってんの?退魔師って魔者を見たらすぐわかるんでしょ?」と疑問を口にする。
「私、魔者を感じ取るセンサー?みたいなのが、すっごく弱いらしいんだ。だから不特定多数の中から魔者を見つけるとか無理なの。」
「へー、やけに必死なのは何で?正義感?」
「……し……7月までに魔者を見つけないと、退魔師じゃいられなくなるのよ……」
唇を尖らせながら言うと、遥は少し黙った後「何それ!超切実!」と言いながらケラケラと笑った。
(……他人事だからって……)
私は限界を感じ「悪かったわね、無駄な足掻きで。」と言って立ち上がる。
すると、ブレザーのポケットに入れていた銀色の十字架が床に落ちてしまった。
「ごめん!」急いで拾い上げた時、遥が突然「助けてあげようか」と言い放つ。
「……え?」
「見つからないんでしょ?魔者。どこにいるか教えてやるって言ってんの。」
試すような笑みを浮かべる遥に、胸騒ぎを覚える。
言葉に詰まっていると、遥は堂々と
「僕、魔者だよ。吸血鬼なの。」
と私に告げた。
「遥……何……冗談やめてよ……」
私は少し笑い混じりに呟く。
内心は、恐れやショックでドロドロだ。
強がるような言葉に反して、足は震え、呼吸は浅くなっていった。




