第6話 閑話ウィル視点
ヴェルター爺さんとステラ婆さんの夫婦は冒険者の遺族孤児を引き取って育てて、独り立ちできるように支援をしていた。村のみんなは、この老夫婦に敬意を表していたと思う。
世話になった俺達は何かあれば、この老夫婦の様子を見にヴァイデドルフにあるこの小さな牧場に足を運んでいたが、五年前、爺さんがまだまだ生まれたての赤ん坊を抱えていたのを見て驚いた。俺達の弟分として一番下にいたユジンが、サンクレルの方へ職人の弟子入りして、爺さんも婆さんも一息付けたと思ったらどこかから引き取ってきたらしい――。
爺さんと婆さんに代わる代わる抱き上げられていた小さな赤ん坊――それがジャック。
アッシュブロンドに蒼い瞳をしたジャックは、この老夫婦が育てる最後の子供になるだろう。実際、爺さんにとっては最後の養い子になった。
あろうことか、爺さんの牧場にダンジョンが発生して、落ちていくジャックを庇って爺さんは亡くなったのだ。
この時、俺はメルクーア大迷宮の探索から戻ったばかり。ギルドにつくと、俺当ての連絡が入ってて、俺は探索終了直後にもかかわらず、ヴァイデドルフへ向かった。
――今まで俺達を育ててくれた老夫婦の面倒を見たいと思っていた。その申し出は爺さんに断られたけれど、そんなイレギュラーな緊急事態、想像もしてなかった。
今現在、婆さんと五歳のジャックが残ったこの牧場に俺とアーサー、デイジーとマリアとユジンの五人が戻ってきた。
「なあ、婆さん、ジャックって、大人しそうなのに、意外とやんちゃだな」
「お前が言うのかい」
婆さんの言葉に、デイジーとマリアがうんうんと頷く。
こいつら……。
「意外だったのが、ボスがダンジョンに潜ったら追いかけたことだよ」
爺さんと一緒に落ちて、軽い記憶喪失だったし。
もっと怖気づくかと思ったのに……。
そう言った俺の横で、デイジーとマリアは婆さんを手伝っている。みんなおやつを作っているそうだ。
「確かにね~ちょっと「え?」っていう行動に出るわよね……」
マリアは頷きながらそう言った。
「でもあのぐらいの年齢の子はそういうことをするわよね? お婆ちゃん」
デイジーの言葉に婆さんは頷く。
「それでも、ジャックは優しくて賢い子だ……元気であればそれでいい」
そうは言うけど、賢いか?
確かにボスや牛が入り込まないようにダンジョンの入口に囲いの柵を作ると言い出した時は賢いなとは思ったけど。
「ウィル」
婆さんが俺を見る。
「あの子は多分、お前と同じで、うちに出来たあのダンジョンに潜りたいと思うはずだ。だから傍にいて守ってあげておくれ」
そうなんだよなあ……ジャックのやつ、あれは潜る。
隠し部屋の噴水の縁から浮かび上がってきた宝箱の中身に魅入っていたし。
文字は多分フレーバーテキストだ。
俺とマリアは眩しくて見えなかったが、ジャックは読んだはず。
「わかった。幸い小さなダンジョンだし普通の子守よりも、俺的には慣れた場所だ。ジャックに危険が及ばないように見守るさ」
「でも、低層で小さいとはいえ、ダンジョンよ、危険がないとはいえないじゃない」
「止めて、黙って潜られるよりは、いいだろうさ」
……婆さんわかってるな……。
婆さんの言葉に、マリアとデイジーは「ほんとに、注意して見守ってよね」っていう念押しの視線を寄越す。
「メルクーア大迷宮都市の冒険者ギルドに行かねえとな……」
俺が呟くと、後ろから声がかかる。
「冒険者ギルド、サンクレルでもよければ、俺っち職場の帰りに寄るけど?」
「ユジン」
「なんていっても、半年前に、メルクーア大迷宮を踏破したパーティーはサンクレルにいるしさあ」
「そうだな……俺とアーサーは牛舎の清掃や餌やりもあるし……メルクーア大迷宮都市にはなかなか」
「だべ? マリア姉さんも鑑定できるけど、より詳細な鑑定やってもらった方がいいべ?」
「そうなのよ……あのお水が気になるのよ……」
「ボスが飲んでジャックも一口飲んだやつな」
俺がそういうとデイジーと婆さんはぎょっとしたように俺を見る。
「ウィル、ダンジョンの水って飲めるのかえ?」
婆さんの言葉にマリアが答えた。
「ダンジョン産の岩塩なんかは冒険者ギルドの食堂や、メルクーアやサンクレルの高級料理店でも使われるのよ。もちろん鑑定して、食べられるものが限定だけど」
「マリアその水を鑑定したのよね?」
婆さんの言いたいことを先回りしたデイジーがマリアに尋ねる。
「水、飲料水って事はわかったけど……ボスも牛も、ものすごく夢中よね。元気だからいいんだけど……わたし自身も鑑定のレベルは低いから……身体に有害か無害かぐらいしかわからないのよ……」
ダンジョンに潜ったボスとジャックを連れ帰った時、牛達がマリアのウェエストポーチをしきりにつついていたんだよな……。
水を汲んだ小瓶があるのがわかってるみたいに。
その場にいる全員が顔を見合わせる。
「じゃあ、ユジン、頼む。職場の帰りにでもサンクレルの冒険者ギルドにダンジョン鑑定の依頼を出してきてくれ」




