第2話 転生して孤児になったけど、なぜか兄と姉が増えた。
「ねえ~マリア、ジャック大丈夫かしら? まだ身体のどこかが痛むのかなあ。あの年齢の子にしては大人しすぎじゃない?」
「お婆ちゃん、ジャックってあんな大人しい子だった?」
お姉さん二人、デイジーお姉さんとマリアお姉さんの声がキッチンの方から聞こえてくる。
デイジーお姉さんは22歳。歳明るいブラウンの髪に茶色の瞳。
マリアお姉さんは20歳。黒髪で薄いグレーの瞳をしてて、デイジーお姉さんは可愛い系、マリアお姉さんは綺麗系(前世でいうところのモデル系)の二人だ。
狭い台所で三人が食事の支度をしている。
「好奇心は旺盛ではあったけども、ウィルほどやんちゃじゃなかったねえ」
「あ~……ウィル兄さんはねえ」
「想像ができる」
僕はそーっと、キッチンを横切って、牧場の放牧地に出た。
僕の前世は大人だったけど、日が経つにつれて、前世の記憶が薄らいで、思考や言動が幼くなってるけど、これはそういうものなのかと、最近納得してる。
放牧地の一角にダンジョンができたので、ダンジョンの入口に向かって歩く。
後ろから大きな犬がついてくる。
この犬はすごく賢くて、放牧した牛を追いたてて、牛舎に戻してくれたり、柵越えする牛を知らせてくれたりと、お爺さんのお手伝いをしていた。
名前はボス。
牛が言うことを聞くからお爺さんがそう名前をつけたらしい。
見た目は前世でいうところのバーニーズ・マウンテンみたいな犬種だ。
もふもふしてる。性質も似てるかもしれない。
僕はボスにしーって口に指を立てると、すりすりと僕にすり寄って伏せる。
乗れって言ってるみたいなので、いいのかなと思いながら、僕がボスの背にのるとボスは立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。
途中、牛舎を横切るけど、そこには二人の兄さんがいた。ウィル兄さん――多分、この老夫婦に一番はじめに引き取られて、冒険者になった言わば長男みたいな人で、年は25歳。冒険者をやっている。メルクーア大迷宮っていう大きなダンジョンにも潜っているらしい。
そしてそんなウィル兄さんとお話してるのがアーサー兄さん、同じく冒険者になった次男っぽい人で年齢は24歳。
「なあ、ウィル……ジャックのやつ、大丈夫かなー? 頭打っただろ?」
「気が付いての最初の一言が『ここはどこ、ぼくはだれ』だもんな……マリアも、一時的記憶の混乱までは治せないらしいぞ」
え、マリアおねえさんが治すってどういうこと? お医者さんなの?
「だよねえ」
「ユジンはどうした?」
「あいつはとりあえず、朝一でサンクレルに戻った」
「こっからサンクレルって歩いて一時間半はかかるからなー」
「隣のマシューさんが毎日サンクレルに行くから便乗させてもらったらしい」
「いつのまに?」
「爺さんの葬儀の時に交渉したらしいぞ」
「ジャックが来るまであいつが一番年下だったけど、あいつ、そういうところがちゃっかりしてるというか……」
ちなみに……ユジン兄さんはサンクレルの方で工務店にお勤めの19歳だ。
冒険者ではなくて、この人は職人の道に進んだらしい。
朝早くこの家を出て行ったのを僕は知ってる。
ウィル兄さんとアーサー兄さんがいる牛舎を横切って、放牧地の端にできた、小さなダンジョンの前までいく。
放牧地の端のところにダンジョン……。
規模の小さい牧場だけど、放牧したとき、牛が入り込むのはちょっとなあ。
ここに牛が入り込まないように柵をつくらないとダメだな。
ボスも入っちゃダメだよ?
ダンジョンの入口は穴ぼこみたいになっていて、土の形が、階段みたいに下へ誘う形状。
このダンジョンが出来た時は、垂直な落とし穴っぽい感じだったのに、わずか数日でここまで自然に形状が変わるのか。
地上からの高低差はだいたい三メートルか四メートルぐらいだったと思う。
お爺ちゃんは引き上げられた時はまだ息があったけど、しきりに僕の名前を呼んでいた。
ちょっと泣きそう。
大人にそんなに大事にされたこと、前世のこのぐらいの年ではなかったから。
「ジャック――飯ができたってよー、ここにいたのか」
ウィル兄さんが僕に声をかけてくれた。
僕は顔を上げる。
ウィル兄さんの赤い髪が風に吹かれていて、ゆるく揺れる。
「なんだ、ボスに乗っかってるのか、お前ぐらいだとボスに乗れるかあ……ちょっといいな」
犬の背に乗るのって、小さい子にとっては夢だよ。
馬じゃないところがポイント。
「……うん。ここ、ボスとか牛が入らないように、さくを作る……」
「あーそうだなー」
「ぼくつくる」
「うん、俺も手伝おう」
手伝おうとか言うんだ。自主性を重んじてくれてるのかな……。
「ウィルにいさんは、ダンジョンにもぐらないの?」
「潜るよ。今調整中だから」
「ちょうせい……」
「ダンジョン攻略っていっても、準備必要なんだよ」
まあそうか。
「どうして……ここにダンジョンができたんだろ……」
「ダンジョンの仕組は謎だからなあ……ここは、メルクーア大迷宮と近いし、こういった小さいダンジョンの出現はあちこちあるらしい」
「そうなの?」
「うちはまだましさ」
「まし……」
「爺さんの命とお前の記憶が犠牲にはなったけどな……5年前に第四河川にダンジョン出現があった時なんかは、橋梁工事の仮桟橋が一部ダメになったことがあって、死者も多かった……まあその出現したダンジョンが中州を作って、新橋の強度は増したとか言われてるけどな。かなり深いダンジョンになったみたいで、第四河川ダンジョンは俺レベルの連中ならいい稼ぎ場になってる」
「そうなんだ……」
「うちにできたダンジョンも冒険者ギルドに近々申告しないとな。一番最初に潜ったところ、五層までだった。小さいほうだが……これからどうなるかわからないから」
そういってウィル兄さんはダンジョンの方に振り返る。
「大したダンジョンにはならないとは思うけどな……」
「ウィルにいさん、だんじょんのおはなし、もっとして」
「おー、ジャック、やっぱ大きくなったら、冒険者になるかあ?」
ウィルにいさんはそう言って、快活に笑って、僕を抱き上げて肩車をしてくれた。
将来冒険者になりたーいってわけではない。
僕は知りたいんだ。
生まれ変わって、この目に入る新しいこの世界のことを――。




