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20.少女とは暴走に等しい



『……あのな、あのな? おまえ?』


 膝の上に座って俺の思考を辿っていたヴィラが、いきなり割り込んできた。


『象徴とか“ひこうき”とか、よくわかんないから詳しく説明してほしいところなんだけど、先に問題が発生しているようだぞ?』


 どういう意味かと問う間もなく、聴覚が同期される。

 本人のフード越しで大分くぐもってはいるが、屋敷周囲に多数の息遣いと足音があるのが聞こえてきた。


 ……これ、普通に兵士たちの足音だろ。そりゃ周りにみんな居るだろ。

『分布範囲と進行方向をよく聞けってば!』

 範囲と方向? ……ん、屋敷を取り囲むように集中してる? え、なんで?


 まさか、これは……。


『……うん。多分わたしたちを襲いににきたんだ……っ!』

 あー、そこは大丈夫だと思うよ。主子(しゅし)サマにこう言ってやってくれる?

『え……っと?』


「……ええと、主子よ、どうやら遅かったみたいだぞ」

「は? まさか、もう……?」


 聞き返しかけたコンシュの言葉をさえぎるように、ハゲが部屋に飛び込んできた。





左校(さこう)! 反乱です! 階下をご覧くだ――っ!!」


 窓に近寄るハゲの至近を、熱い線が天井まで貫いたのが、ヴィラの触覚からはっきり伝わってきた。

 ハゲが慌てて身をかがめて木窓を閉めると、続けて窓に五、六個の穴が空いた。

 そしてほぼ同時に聞こえてくる、多数の鈍い破裂音――多分これは銃声だ。


「ふむ。真っ先にここへの突入がないのを見ると、上位指揮官と教会術士は反乱に加わってはいないようですね」

「はっ、小官もそのように感じております」

「兵長、人員は全て階上まで退避。誘導に従う全員の退避後に階段を封鎖――いえ、落としてください」


 ハゲに向かって一通り指令を出したコンシュは、俺たちに向きなおる。


「窓には近寄らないように。また、私の死体を確保しないうちは、屋敷に火を放たれることは無いでしょう。そこはご安心を」


 俺が頷いて見せると、コンシュはドアの方に小走りに向かっていった。

 明らかに張りつめてきた周囲の空気とは逆に、一連の流れを聞いていたヴィラは警戒を解いたような顔で見上げてくる。


『まさかこれが反乱とかいうヤツなのか? ……わたしたちを攻めに来たんじゃなかったんだな。おまえが通訳させた言葉、なんかヘンだと思ってたんだ』


 人間の世界で起こる騒動ごとには、基本的に興味がないのだろうか。

 イザとなったらドラゴンに戻ればいいだけなんだから、それもそうか。


 まあこちらとしても、そりゃ火薬があるんだから銃もあって不思議じゃないよなとか。

 最初の一連の数発だけで銃撃が続かないのは、たぶん先込め式(マスケット)だからだろうなとか。

 つまり後装や連発機構に耐えるほどの強度を持つ金属も合金も、それを加工する冶金技術も無いんだなとか。

 ってことはミスリルやオリハルコンなんかのファンタジー金属も望み薄か、とか。

 じゃあこのアルミの剣は誰が作ったんだ、とか。

 そんな益体もない事をのんびり思っていたわけだが。


『……ええと、つまり反乱って、なに?』


 ヴィラののん気な質問に正気に戻る。

 とはいえ反乱連中相手に何ができるわけでもない俺は、ヴィラと一緒に状況を分析してみたりするしか、やる事もないのだった。

 ソファに深く寝そべるように座りなおして、頭をなるべく低くする。ヴィラは追随するように俺の上に、のへっと身体を乗せてきた。


 ええとな、じゃあ最初から纏めてみようか。なんで俺が“英雄”になってくれって言われたのかって話さ、なんでかわかる?

『ううん、わかんない』

 つまりな、この国か教会には、たぶん“お前らドラゴンを殺してはいけない”って戒律があるんだ。


 コンシュが言っていた魔道士云々あたりの話と合わせると、竜ってのは禁断の知識の守護者で不可侵な存在とか、そんな扱いなのだろう。

 要するにこの国の連中にとって、できるかどうかはともかく竜を殺すってのはタブーなのだ。

 当然、竜殺しの“英雄”になりたがるヤツなんかいるわけもない。


 このあたりをヘタに突っ込んで聞くと、俺が元教会員でない事がバレたり、それどころかこの世界の人間ですらない事までバレてしまう可能性があるので、怖くて聞けないわけだが、大きくハズレてはいないはずだ。

 多分だが、昔どこかのバカがヴィラの同族に手を出して、そのとばっちりかなんかで滅んだ国でもあったんだろう。


『えーと、つまり?』

 つまり、ここの兵士連中の運命は、ドラゴン討伐を命令された時点で八方ふさがりだったのさ。

 普通ならドラゴンと交戦しようものなら全滅するだけ。もし万が一に討伐できたとしても、今度は教会から禁忌を犯したと責められるわけだ。

『ふうん? でも、それじゃ余計にわからなくないか? なんにせよ生きる道がないなら、ここで暴走する意味なんてないでしょ。勝手に散って逃げればいいんじゃないか?』


 ヴィラは俺に寄りかかり、見上げるように視線を投げかけてくる。


 ところが、実は生きて帰れるパターンも、無くはないわけで。

 指揮官が死んでしまえば、部隊は任務を遂行する能力はなくなる。

 作戦遂行の責任者が存在しなくなるので、その場合、帰還しても部隊構成員が厳しい処罰を受ける可能性は低くなる。

 俺が“殺しの依頼は受けない”と言ったのは、こっちの可能性だ。


 そしておそらく、反乱の理由もこれだ。

 コンシュを司令官に据えた誰かさんも、この流れを期待したんだろう。


 まあ、反乱が成功したって、結局はなんだかんだ理由をつけられて、口封じのために全員処分されるんだろうけどさ。


『じゃあここにいる“教会”の連中はどうなんだ? “主子”が死んだのを確認する役目ってこと?』

 んー、そこまでじゃないだろうけど、反乱兵たちはそう見てるかもね。

『やっぱりそうなのか』

 ああ。


 教会から兵たちの行動に対して“法を犯さないために彼らは努力しました”という口添えがあれば、処罰が軽くなる事も期待できるだろう。


『なんとなく理解できた。国も教会も、この“主子”の敵なんだな。だから下の連中はここで“反乱”を起こさざるをえなかった……でしょ?』

 いやまあ、教会とやらに関しては、情報が少なすぎて何も明言できないけどね。

 ああもちろん、見届けに来てる可能性もあるんじゃないかってだけで、実際は反乱には全く関与していないのかもしれないよ?

『つまりそこは、これからの奴らの動きを見るしかない?』

 そういう事になるね。

『なるほど。そして……』


 呆れ半分で内心肩をすくめつつ思考をまとめると、その過程を読み取ったヴィラは、俺と同じ結論にたどり着いたようだった。


『……そして主子がおまえを“英雄”にした真の理由は、下の連中のためだったんだな? “赤いアイツを倒した後に教会から睨まれる役はおまえがやれ”という意味だ』

 そういうこと。ま、それを伝える前に、連中が暴発しちゃったわけだけどね。


 ……こいつ、頭は悪くないんだよなぁ、いろいろ知らないだけで。

 まさしく打てば響いてくるヴィラの思考に、思わず感心する。


『だから全部流れてきてるんだってば! ……まあいい、褒め言葉と受け取っておく。それで、おまえはそんな身勝手な話に乗ってやる気でいたの?』


 ヴィラが不審そうに、微妙に不快そうに、瞳を向けてくるが、俺としてはそこらへんはどうでもよかったので、ただ首を傾げて見せてやるだけだった。


 何の問題もないだろ? 赤いアイツを倒せるチャンスなんだぞ。

 そもそもこの世界の人間でもない俺が、教会に睨まれたからなんだってんだ。それとも、アイツを自分の手で倒さなきゃいけない事情でもあるのか?

『ううん……主子はわたしと境遇が似てるから、おまえがいいんならわたしも協力してやるのも……やぶさめ? じゃない?』

 “やぶさかではない”って言いたいのか? 別に難しい言葉を無理に使おうとしなくていいから。

『……ええと、吝かじゃない! ……んだけど……』


 しばし考え込んだヴィラは、俺の胸に手をついて上体を起こすと、ドアから半身を出して各員に指示しているコンシュの背中に向かって声を上げた。


「主子よ、反乱してる連中は敵を見誤っている。教会を含めた下の連中に、誰が“英雄”になるのか、そして誰が赤いアイツを倒すのかを見せ付けてやらなきゃならないんだぞ!」


 おい、また勝手に暴走かよ!

『おまえの計画に合わせてるだけでしょ!』


「身を低くして! 教会員の方は早くこちら――へ?」


 白い長衣の術士たちを部屋に引き込んでいたコンシュが、予想外の言葉をかけられて困惑の表情で振り向いた。


「へ? じゃない! あの赤いのを討たなきゃ、結局ここにいる皆が死ぬだけだ。でも下の連中はアイツを倒せる算段を持てず、“英雄”になりたがる者も居ない。だから暴走している――と、わたしの契約者は言っている!」

「はあ、まあ……しかしこの状況では話など通じませんよ」


 混乱のさなか、指揮を執るのに忙殺されているはずのコンシュだが、それでも丁寧にヴィラに対応してくれる。

 俺とヴィラの表情や態度の落差に、誰が主体になって喋っているのかを悟ったようだ。その目は俺に向かって「彼女に何を吹き込んだんです?」と聞いていた。


 俺は片手を顔の前に立てて頭を下げた。

 ごめん、知らない間に俺、こいつの地雷かなんかを踏んだらしい。


 俺と主子との無言のやり取りの意味に気づかないまま、ヴィラは続ける。


「命令する側が他者を利用することしかできない愚か者なら、それに踊らされている貴様らも同じだ。これだから人間は度し難いんだ。言って分からないなら、力を見せ付けてやらなきゃならないんだぞ。潰してでも」


 ヴィラ、お前それ……人間じゃないって宣言してるようなモン……。


 口調は俺と話す時のままだが、少女の声には妙な凄みがあった。室内の空気が、次第に張り詰めていくのが感じられる。これは……殺気なのか?


「その……どうにか最低限の損害で事を収めたいのですが。お嬢さんの仰るとおり、敵は階下の彼らではありません。潰されては困ります」


 かなり狼狽した様子で答えるコンシュの表情には、若干の恐怖が混じっていた。

 身をよじってコンシュの方を向いているヴィラの顔は、俺からは見えない。だが見なくてもわかる。きっと、ねずみを追い詰めた猫のような顔なのだろう。

 喋っているうちにどこか嗜虐(しぎゃく)のスイッチでも入ったのだろうか。

 ヘタに放置したら大惨事になりかねないので、なんとか落ち着かせようと語りかけてみる。


 なあヴィラ、お前いま、あの赤い奴と同じ感じだぞ。このままじゃ破壊衝動の自制もできないケダモノって扱いだが、いいのか?

『……え? あ、あれ?』


 赤い奴と同じという一言が予想以上に効いたのか、うろたえながらこちらを振り向いた時には、いつもの雰囲気に戻っていた。


『で、でも外の人間は、わたしたちの敵になる事を選んだ連中だぞ? 半分くらいは潰さないと、こっちの話も聞かないでしょ?』

 落ち着かせなきゃならないのはその通りだけどさ、衝動に任せて暴力を振るうだけじゃアイツと一緒なんだよ。そしてお前、今そうしようとしてただろ。

『う……だって』

 そんなことしても撒き散らせるのは恐怖だけだ。沈静化じゃない。


 だいたい彼らが居なければ、山体を崩壊させるための爆薬設置も、複数の出入り口があった際に必要となるであろう同時起爆も、実行できない。俺たちだけではあの赤竜を封印できないのだ。


『じゃあどうするんだ、このまま見てるのか? 殺し合いが始まったら、どちらにしろ収拾が付かなくなると思うんだけど?』

 まあ、ね。


 確かにそこは、その通りだ。

 ここで死者でも出したら、遺恨はどうしたって残るだろう。


 そして俺たちの――というかヴィラの――実力を見せ付けるというのは、今後のためにも有効な手段であるのは間違いない。

 ふむ……。


 幸運にも反乱連中との戦端はまだ開かれていないようだ。

 俺は“竜殺しの剣”を携える手に力をこめた。


 政治経済の授業で先生が言っていた事を思い出す。「軍隊とは暴力機関だが、提供される暴力は制御されている必要がある」だったか。

 そうだな、死者を出さない程度に制御された暴力で圧倒的に勝つ方が、かえって力の差を見せ付けることになる。

 象徴とはいえ、担ぐ神輿だって豪華な方が、担ぎがいも出てくるってもんだろう。




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