21.実力の片鱗 主に少女の方の
さて、何がやりたいのかというと、つまりはヤル気満々のヴィラに反乱を鎮めてもらおうという話だ。
完全に他力本願の極みだし、こんな十歳未満児にやらせる事かとも思わなくもないが、そこはほら……こう見えてもドラゴンだし。
まあともかく。
やってもらうのはいいとして、こちらの勝利条件は、
・俺とヴィラだけで――というかヴィラだけで――鎮圧する
・双方とも人死には出さない
・迅速に、しかも圧倒的に勝利する
って事になるだろうか。
戦力的な問題はないだろう。なんと言ってもヴィラは……こう見えてもドラゴンだし。
大事なことなので、二回言いました。
さて、そういうわけでヴィラ、こんな作戦で行こうと思う。いいか?
『え……え?』
ヴィラに思考で簡単に作戦を伝えた俺は、よっこらと腰を上げて、今度は自分の口でコンシュに宣言した。
「そこの主子。自分を“英雄”としようにも、実力を見せなければ誰も納得しない。ので、人死にしない――違うな、人死にを出さないよう気を使う。だからここは任せてくれ」
『……なっ? おまえ、人間語喋れたの!?』
なんでお前が驚くんだよ。契約の時にお互いの知識は交換してるでしょうが。
『そうだけど……ってことは、あれ? わたし、通訳する必要なかった……の?』
いや必要だったから。慣れるまでは理解できないから通訳やってくれって、この街に入る時にお願いしただろ?
『そ、そうなの……?』
そうだよ。
知識だけあっても、聞き取りにも慣れなきゃならない。だからちゃんと助かったし、感謝もしてる。
そして聞き慣れてしまえば、現地語はヴィラの言っていた通りほぼ日本語だった。語感も語順も、品詞の置き方も。
語彙がかなり違うとか、名詞の動詞化とか、新規の単語が多いとか、日本語と比べて簡素化された部位が散見されるとかはあるが、その程度だ。
要するに、ラテン語に対するスペイン語とかフランス語というか、標準語に対する方言というか。うんまあ、ぶっちゃけこれ、方言だ。
田舎に行った事のない人間が、初聞きで「んだってずないきちゃぽなさかだない」を「なんとも凄く急な坂ですね」と理解できる訳がない。そんな感じなのだ。
うん。つまりこれ、日本語。
とはいえ、さすがに昨日今日のにわかヒアリングだけで完璧に話せる自信は無い。だが、ぶっつけ本番でも使っていかないとまずいだろう。
鎮圧のシメは、魔道士である俺が喋らないといけないんだし。
よし、じゃあ行こか。
『う、うん』
まだ目を丸くしているヴィラを抱え上げて腕に座らせると、同じく呆けているコンシュの側を通り抜けて廊下に出る。
廊下では反乱に加わらなかった兵と上級士官っぽい兵たちが、バリケード構築に右往左往していた。
階段は既に落とされていたが、吹き抜けから下を見ると、ロビーへの反乱兵の突入はまだのようだった。
よかった、戦闘の火蓋はまだ切られていない。
これなら間に合う。
ヴィラを床に降ろして立たせると、通路の上から宣言する。
「これより我々だけで反乱を鎮圧する。諸君は持ち場を動くな!」
言い終えると同時に、手摺りを飛び越えて吹き抜けに身を躍らせた。
うん、こういうのは演出なんだから、芝居がかっていた方がいいんだ。
そうだ、全然恥ずかしくなんかないぞ――ってここ意外と高けえぇぇぇ!?
ヘンに格好つけて飛び降りたことを後悔する間もなく、尻から落ちた。
無様に転がる俺の横で、ヴィラが軽やかに降り立つ。
少女はその勢いのまま、正面扉前に築かれていたバリケードごと扉を破って、邸外へと躍り出て行った。
おおう……あのガレキの山を一撃かい……。
※
少女の破壊力(物理的な意味で)に感心しているヒマもなく、あわくって後を追うように破壊された扉から外に出る。
コの字型の建物の手前側に広がる主庭に集合していた反乱兵の中では、小さな暴虐の嵐による混乱がすでに始まっていた。
突然の事態に対応できないでいる反乱部隊。
その中で暴れている小さな影を見守りつつ、伝えておいた作戦を反芻する。
まず無力化したいのは、術士または指揮士官の存在だ。
しかしコンシュ主子の言っていた通り、その辺りの指揮系統はおそらく存在しないだろう。
術士は軍属ではなく教会所属だ。兵との接点はあまり無いらしいので、反乱勢力に取り込まれる機会はほぼない。
また、兵たちの動きもそれほど組織立ってはいない。つまり大人数を統合的に指揮できる能力を持つ上級士官クラスも居ないってことだ。
実際こうやって眺めても、そういったマクロ視点での指示を出す声も動きもない。
つまりここにいる連中は、勢いで集まっているだけの烏合の衆だ。
それに兵士の全員が積極的に反乱に参加しているとも思えない。半数以上は様子見の構えか、勢いに乗せられているだけの連中だろう。
ここに集う兵の四分の一も行動不能にすれば、反乱は自然消滅するのが道理だ。
では実際にどう鎮圧するのか。
まずは狙撃隊の鉄砲――連中が水平に構えている筒状の長い道具――を奪い取る。そうすれば彼らの遠距離攻撃の手段がなくなる。
ジグザグに動いて筒の正面には立たずに、なるべく背後に他の兵士を置く。そうすれば彼らは同士討ちを恐れて撃てなくなるだろう。
遠くで、立ち止まったヴィラが火縄銃か火打石銃っぽい物を構えた兵と対峙する。
牙をむき出しにして凶悪そうに嗤ったかと思うと、身をかがめて低く突進し、そのまま蹴り上げた。
銃身が高く舞い上がる。
そして少女は次の目標へ。
お、フェイントか。それもアリだな。
相手は連射の利かない先込め式銃なので、撃つのに慎重になるし、こんな乱戦では一度撃ってしまえば再装填は不可能だ。対処はかなり楽なはず。
しかし本当にマスケットしか無いようだ。原始的な薬室も閉鎖機も作れてないって事は、やっぱり化学も材料工学も十九世紀以前って事だな。
って、ああ……尻尾で足元をなぎ払うのはいい手だと思うけど、色々バレかねないからヤメて……。
濃い茶色のマントが通過した端から、銃が放物線を描いて遠くの方に飛んでいく。
そうそう、誰もいない方向に投げるんだ。拾われたり、落ちて暴発した時に誰かに当たったりする危険が減る。
長いジャンプのたびにマントのすそから黒い尻尾が見え隠れするが、こればかりは誰も気にする余裕のない事を祈るしかなかった。
程なくして銃が空を舞う光景が止んだ。
思った通り、さほどの数は配備されていないようだ。
同様の飛び道具兵種として想定される存在に弓兵があるわけだが、事前に思っていた通りこちらは居ないようだった。
そりゃね、ドラゴン相手に弓とか何の意味も無いもんな。弓兵という兵種がこの世界に在ったとしても、連れてこないだろう。
さて、狙撃隊を無力化し終えたら、次は一般兵だ。
片っ端から手近な奴の武器を叩き落す。これは遠くに捨てる必要は無い。力を見せつけて戦意を挫くだけで十分だからな。
ヴィラが沈んでいった集団の辺りから、鈍い金属音と怒声が上がり、すぐにうめき声へと変わっていった。
「すさまじい戦力、ですね……」
いきなり背後から声がかかった。
振り向くと、呆れ顔のコンシュがのんきに戦況を見分している姿があった。
まあ俺だって、ヴィラが人型のままでも強いだろう事は確信していたが、正直ここまで圧倒的だとは思ってなかったわけだが。
身の軽さと速さが身上だと思っていたら、パワーまで物凄いありやがんのね、あの子ったら。
小さくてもさすがはドラゴンか。
「いったい魔道士殿は、お嬢さんをどのようにして拾われたのです?」
「拾われた? ……むしろ俺が拾われた感じなんだけど?」
「それにしては、ずいぶんと手懐けていらっしゃるようですが」
「てなずけ……?」
主子の語彙選択に、微妙な違和感を覚える。
現地語にまだ慣れていないからだろうか。
スラングを上手く聞き取れないだけだろうと、見当をつけつつ答えた。
「いや、わがまま言われ放題だけどな?」
「ご謙遜を。では誰が彼女に、首輪を締めたというのです」
……あー、ソコ来るんですねー。
ほんとコイツ、マントの中までよく見てるわー。
天を仰ぎたくなった。
どうやら違和感もクソも、普通に俺の聞こえたままの意味で喋っていたらしい。
つってもまあ、いつかは誰かがそこにツッコミ入れてくると思っていたわけで。
……だから首輪はやめてって言ったんだよなあ。
コンシュの言葉には答えずに、ヴィラに目を戻す。
ちょっと目を離したスキに、すでに集団の半分近くが、身体のあちこちを押さえてうずくまる兵士で占められていた。
残る半数も何が起こっているのか把握できていない様子で、右往左往しているだけだった。
「あ、やべっ……」
これはまずい。展開が予想以上に速すぎだ。
早く仕上げに入らないと、俺がここにいる意味がなくなる。
「すまないが話はあとだ。危険だから離れてくれ」
手で下がるように示そうとして、言っておかなきゃならないことを思い出す。
「そうだ、主子サマ」
「なんでしょう」
「俺はあそこの暴君と約束してて、ウソはつけないんだ」
「はあ……?」
「だから俺がこれから宣言する内容は、全部事実になる。それでいいな?」
「……努力しましょう」
コンシュは一礼を返すと、足早に離れていった。
※
コンシュが玄関先まで戻ったのを確認してから。
「諸君、注目!」
大声で衆目をこちらに集めた。
託された“竜殺しの剣”を、まっすぐ天に向かって突き上げて見せる。
同時に、事前の打ち合わせ通りに、ヴィラが俺の宣言にタイミングを合わせて音価を発声する。
超音波域に届きそうな耳鳴りを伴った高周波が、反乱部隊の集まる庭園に響いた。
剣の示す先に青白い燐光が集まったかと思うと、次の瞬間、まばゆく咲く。
かなりの高度に出現した、庭園上空の半分ほどを覆わんばかりの、巨大な、球状に渦巻く雷。
焦げた空気の匂いに、化学の実習実験で嗅いだ事のある、つんとしたオゾンの刺激臭が混じる。
周囲には小さな球雷がいくつも発生し、数瞬漂っては消えていた。
おいおい、あの小さいの一つで人間なんて消し飛ぶには十分だぞ……。
人界結界内では新規に精霊を集められないとはいえ、それまで積層していた精霊の使用は問題なく行える。
ヴィラに聞いた結果が「だから、小さめの定点雷撃の一発くらいなら、余裕だぞ!」との事だったので、お願いしてみたわけだが。
うん。デカすぎだろこれ。
騒然としていた反乱兵たちも、その光景に一様に固まっていた。
逃げ場のない電位差に熱せられた剣が、火傷しそうなほどに熱くなっていた。
あちち……魔法が効かないはずの俺でも、やっぱり剣の熱さは感じるんだな。
――なんて、俺が呆けたままでは話にもならない。
なんとか気を取り直し、声もなく立ちつくしたままの兵士たちに大声で告げた。
「私は! このたび竜討伐の主格術士に任命された魔道士である! 私が今作戦の責任の一切を負う事となった! この、竜をも殺める雷撃魔法の発動を以って、対竜包囲演習を終了する! その意味を理解したなら、各自武器を収めよ!」
要するに「俺が赤いアイツを殺す責任を全部負うし、反乱も演習って事にしておくから、さっさと原隊に復帰しろ」ということだ。
……正しく通じてるのかは不安だが、こういうのは勢いがモノを言うんだから、これでいいんだよな。
うん、いいんだ。これでいいの。
放心したように静かになってしまった兵たちに向けて、最後の一押しをする。
「理解してもらえたなら結構だ。今から指揮官の訓示がある! 総員そのまま傾聴せよ!」
声高に事後処理を主子に押し付けて“竜殺しの剣”を納める。
呆けておとなしくなった兵の群れの中から、ヴィラがてててっと駆けてきた。
武装解除も原隊復帰も確認する気などあるわけもなく、ヴィラを腕に座らせるように抱えて、場に背を向けた。
コンシュ一団が泡食ったように近づいて来るのが見えた。
「後は適当によろしく」
すれ違いざまに後始末を押し付けると、足を緩めたコンシュが口元を歪めた。
「“英雄”っぷりを見せつけておいて、そんないい加減でよろしいのですか?」
「知るかっつうの」
コンシュとしては俺を脇に置いたままでなにかぶち上げたい所なのだろうが、俺としては今の猿芝居だけでもういっぱいいっぱいだった。早いところこの場から消えたい。
戸惑った様子のコンシュに、ヴィラが得意げな顔を向けた。
「適当っていうのは“適切で妥当に”っていう意味で、いい加減ってことじゃないんだぞ。ええと、だから――」
「――ともかく、よろしく」
さらに言い募ろうとする少女の口を強引に塞いで、俺は逃げるように邸内へと戻った。




