第9話【渦巻く混戦】
【2016/10/9】
┗一部加筆修正しました。
〈チッ、新手か!〉
上空に燕の群れが旋回している三河国・安祥城。
三河国の伊賀隊の隊長であるハンジはヒナタカミの出現に舌打ちをする。
硬さと速さを兼ね備えた1体だけでも厄介なのに、それが2体に増えたのだ。それもナイフ状になっている指――刃指をワイヤー付きで射出するという奇想天外な武装まで施されている。
ヒナタカミのメインアイから緑色の光が漏れ、標的をハンジの伊賀隊に向ける。
〈た、隊長……我々も撤退すべきでは!?〉
〈馬鹿か、ここで撤退すれば三河国は奴らの手に落ちる! そんな事、出来るわけがない!!〉
2機のヴェスティードに装備されているあの驚異的な耐久性を誇る装甲、その一端だけでも奪い取らなければ自分達が被った犠牲に釣り合わない。
幸い、ここは自分達の領域、事前に仕掛けていた地雷等で相手の動きを牽制すれば。
すると、ヒナタカミは再度右手の刃指を射出して伊賀隊の戦車を1機捕獲するために伸ばされる。
ウィィィンという駆動音と共にワイヤーが戦車に巻き付いてしっかりと拘束した。
〈なっ、隊長!!〉
部下からの悲鳴が届く。射出された刃指のワイヤーが急速に収束しヒナタカミの元に引き摺られる。
その途中、地面を引き摺られる戦車の衝撃によって次々に地雷が起動していく。
〈だ、誰か助け――ぐああああああああ!!!!〉
周辺一体の地雷を一掃するために捕獲した戦車を四方八方に振り回す。
1機の戦車が無数の地雷の衝撃をその身にただ為す術無く受けていく。その惨い光景に伊賀隊は開いた口が塞がらない。
やがてヒナタカミが左手も伊賀隊に向けた瞬間、ハンジは慌てて部下達に指示する。
〈各員、捕獲されないようにジグザクに散開しろ!!〉
指示を受けて戦車隊は動き始める。このままでは全員やられる、そう思った。
2機のヴェスティードの周囲を旋回しながら様子を伺っていると、ハンジは目を剥いた。
ヒナタカミに捕獲された戦車は無数の地雷を受けた事でその装甲はボロボロになっている。それはあまりにも無惨な有り様だった。
刃指の拘束を解かれてガコンと戦車が地面に転がる。プスプスと戦車から煙があがる。
固まっていたハンジは「ハッ!」と意識を取り戻して部下に通信を入れる。
〈おい、無事か?!〉
〈……は、はい。な、なんとか無事です……が、エンジン部にダメージが入ったのか戦闘続行は不可能です〉
〈そんな事はいい、さっさと退避しろ!〉
〈りょ、了解!〉
戦車から脱出して逃げ去る伊賀隊の隊員達の姿を見てミツコは息を整える。
殺さないように力加減を調節しながら地雷を処理つつ伊賀隊の戦力を削る事に注力したのだ、その精神的負担は予想以上に大きかった。
〈はあ……はあ……〉
大切な人を守るためには宿敵を傷つける事を肯定しその覚悟を決めたとは言え、やはり敵を殺す事に抵抗はある。
今回の作戦は三河国当主の居城である安祥城の制圧、ならば敵を殺す事よりも相手の戦力を削る方を選んだのだ。
さて、伊賀隊は2機のヴェスティードの周りを囲むように旋回している。
ゴーグルを通じて送られてくる映像を見ながら周辺の地形を確認する。
安祥城は周囲を森に囲まれており多数の木々が生い茂っている。
ヒナタカミの両手を真っ直ぐに伸ばして刃指を射出、左右の木々に刃指が丁度戦車の砲台の位置になるように命中して突き刺さる。
旋回していた戦車は伸ばされた刃指の細いワイヤーに気づかずに通過し、ピアノ線並みの強度を誇るワイヤーによってその身を引き裂かれる。
砲台のみが刎ね飛んで一気に10機程の戦車が戦闘不能となる。
一方で刃指が左右の木々に突き刺さった事で身動きが取れないヒナタカミに狙いを定めて伊賀隊の1機が攻め込む。
〈くそ! 良い気になるなよ!!〉
〈ま、待て! 下手に突っ込むな!!〉
〈止めないで下さい、隊長!〉
ハンジの制止の声を振り切って部下が勝手にヒナタカミに向かっていく。
すると、シッコクがヒナタカミの前に立ちはだかるかのように現れた。右手は砲撃によって既に潰されているので左手で向かってくる戦車の砲台を掴んでハンジ達の居る方向にへと投げ飛ばした。
〈くっ!〉
〈……チッ、外したか〉
ハンジは間一髪それを避ける。部下の戦車の爆発四散する音が聞こえ、汗が頬を伝う。
ノブガが残念がっているとミツコからの通信が入る。
〈ありがとう、ノブガ〉
〈なあに、こっちは燃料が残り少ないからまともに戦えないが、これぐらいの手助けなら出来るからな〉
ヒナタカミは両腕の内部に仕込まれたローラーを急速に回転させてワイヤーを収束させて刃指を手元に回収する。
狙いを指揮官であるハンジの戦車に定めてスラスターを解放してブースターによる加速を行う。
その速度にハンジは思わず「なにっ?!」と声を漏らす。
それはそうだろう。何せヒナタカミはシンクとシッコクと異なり全身の随所にヒヒイロカネを用いる事で積載量を増やす事に成功し、燃料の量はシンク達試作機に比べて約3倍となりスラスターの数もそれに伴って増設されている。
その影響でサイズが一回り大きくなったが、瞬間速度は試作機に比べて桁違いだ。
〈くっ、間に合わないなら!〉
ハンジは瞬時に戦車の機動性ではヒナタカミの接近を回避出来ないと判断して砲撃手にアイコンタクトで指示し、ヒナタカミに向かって砲撃を行う。
ヒナタカミはクルンと回転して砲弾を回避すると刃指を射出して砲弾にワイヤーを巻き付けると勢いよく腕を振り回し、遠心力を利用して砲弾を戦車にへと撃ち返した。
〈なっ!?〉
撃ち返された砲弾は戦車を掠めて森の木々に命中して爆発する。ハンジは察した、相手はわざと外した、と。
武装を解除して降伏しろと、そう言われたような気がしたのだ。
それは兵士であるハンジにとっては堪らなく屈辱的であった。思わず奥歯を深く噛み締める。
〈三河を、舐めるなぁ!!!〉
その言葉と共に手元のスイッチを押すと上空から閃光弾が撃ち込まれた。空中でそれが弾けて辺りを白い光が呑み込む。
〈〈っ!!〉〉
突然の閃光弾によって視界を遮られ、ミツコとノブガは思わず目を閉じる。
数分後、光が収まるのを感じて恐る恐る目を開くとハッチの開いた戦車がいくつも乗り捨てられていた。
今の閃光弾によって撤退したのか、警戒するように周りを見回していると森の方からヒナタカミの足元に向かって銃弾が撃ち込まれた。
〈これは……〉
〈奴ら、森の中に逃げ込んで狙撃するつもりか〉
次の瞬間、森の中から次々に狙撃砲による銃撃の雨がヒナタカミとシッコクに襲い掛かる。
ヒナタカミはシッコクの前に立つ事でシッコクが被弾する事を防ごうとしている。
〈おい、ミツコ! 何やってんだ!!〉
〈だって、これ以上攻撃を受けたら貴女の機体は!!〉
〈そんなの気にしてる場合か!〉
それでも決して退こうとしないヒナタカミの背中を見つめてノブガは溜め息を漏らす。
〈仕方ねえな、おい。ちょっと退け!!〉
シッコクは無理矢理ヒナタカミを突き飛ばすと銃撃の雨を一身に受け、そのせいで装甲が徐々に剥がれて吹き飛んでいく。
それを気にする事無く森に向かって少しずつ歩き、腕の中に仕込まれている小型粘着榴弾の残りを全て木々の方へ盛大にばら蒔いた。
〈そっちが数で攻めるならオレも数で攻めてやるよ!!〉
木々に小型粘着榴弾が接着し、「ピ、ピ、ピ」という音が森の中で響き渡る。
それを見たハンジはすぐに退避を命じる。
「全員、銃撃止め! 直ちに下がれ!!」
命令を受けて伊賀隊は即座に後方に移動して衝撃に備える。
接着した小型粘着榴弾が爆発し森の一部を吹き飛ばす。
木々が吹き飛んだ事で森の中の様子が少しだけ露になる。
しかしダメージが蓄積したためか、シッコクのメインアイから光が失われ機動停止に陥った。
〈ノブガ!!〉
ヒナタカミはシッコクに駆け寄る。ノブガからの通信が入る。
〈……心配すんな、戦車と違ってこれは頑丈だからな。シッコクの燃料が切れただけさ〉
ミツコはその言葉にホッと息を吐く。そして森の方を向く。
シッコクの捨て身の攻撃のおかげで安祥城の城門が丸裸である。
あとはあそこを攻めて制圧すれば本作戦は完了となる。
〈ほら、行けよ〉
〈でも、ノブガを置いて行くなんて〉
敵地に無防備にノブガを1人だけを残す事に難色を示した。
〈早く戦を終えられればその分だけ犠牲者は減る。その方がお前にとっては好都合だろ〉
〈それは……〉
ノブガの言葉に詰まる。確かにノブガの言う通り、三河国を制圧すればその時点でこの戦いはひとまず終わる。
そうすれば尾張国と三河国、双方の被害はこれ以上悪化せずに済む。
〈この戦いを終わらせられるのは唯一動けるお前だけだ。お前の手に全てが懸かってるんだ〉
〈……分かったわ〉
ミツコは神妙に頷くとヒナタカミのを動かして安祥城の城門に向かった。
その後ろ姿を見つめ、城門を突き破って城内に侵入する所を確認してからノブガはそっと安堵の声を漏らす。
〈やっと行ったか……〉
そうして、両腕と接続している端末から腕を引き抜くと懐からスマホを取り出し、トシキにメールを送る。
“作戦はもうすぐ完了、遠江に駐在している戦力の一部を安祥城に送ってくれ”
メールにはそう書かれており、送信に成功するのを見届けるとコックピットハッチをコンコンとノックする音が聞こえる。
――ああ、やっぱ来たな
不敵に笑ってゴーグルに映し出される外の様子を見る。
シッコクの周りを伊賀隊に囲まれ、先程ノックしてきたのはハンジだというのが分かる。
コックピットハッチを開けようと銃声まで響いてくる。
通信機能を切って独り言を漏らすように呟く。
「あーあ、仕留め損なったか」
愉快そうに「しくったなぁ」と笑ってコックピットハッチを見つめる。
ガンガンという騒音も最初は心地よかったが、段々それは煩わしさにへと変わっていく。
いい加減飽きたのか、自らコックピットハッチを開く。
すると、外で待ち構えていたハンジはノブガに声をかける。
「よお、尾張の大ウツケ姫様。随分とヤンチャを重ねてくれたな」
「そっちこそ随分としぶといじゃねえか。まるで害虫並みの生命力だな」
「っ――」
ハンジは表情を無くして持っていた拳銃の柄の部分でノブガの頭を殴った。
額から血がツーと流れ落ち、ノブガはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
ハンジは冷たく呟く。
「お前と一緒にすんな。俺はお前とは違う」
「不純物を持ってる時点で同じだろうがよ。直接会った今なら分かるぜ、オレには。お前からはオレと同じ匂いがプンプンする」
ノブガはあくまでも嘲笑う姿勢を崩さずにハンジを挑発する。
一方のハンジは冷静さを取り戻すために自身の部下に静かに「拘束して連れて行け。厳重にな」と指示する。
そのままノブガは大人しく手首に手錠を嵌められて拘束され、伊賀隊の隊員によって連行される。
「なあ、伊賀隊のハンジさんよ」
「……何だ?」
ハンジは半分嫌そうにノブガからの言葉に返事をする。
「お前、ここに来る前に――いいや、そもそも戦いが始まってすぐに誰かを殺したな? 隠しきれない血の匂いがするぜ」
「……さあてな」
少し間を置いて答えたハンジの表情を見てノブガは確信する。
口角を歪に上げて不気味に笑うそのハンジの表情に見え隠れする狂気、そしてシッコクとの戦闘で既に城全体に火の手が回っているのにも関わらず安祥城から誰も出てくる気配も無ければパニックに陥っている様子も感じられない。
連行される中、ノブガはミツコが侵入した安祥城を横目で見た。
(あれはただの空き箱、何の中身も無い……)
〈何よ、これ……〉
侵入した安祥城の惨状にミツコは固まり、唖然とする。
城内にまで火の手が回っており、その中で倒れている死体の山。
美麗な壁の模様は赤い血で染め上げられており、銃弾の穴が複数目立つ。
制圧する事などもう考えられず、その前に生存者の捜索にあたる。
〈誰か、誰か居ませんか!?〉
ミツコの呼び掛けに答えるものは居らず、どんどん上の階にへとヒナタカミの足を進める。
ついには最上階にまで辿り着くと、その場所は三河国当主の間であった。
そこは他の階より一層酷かった。
〈どうして……なんで……〉
目の前に広がるのは、頭を粉砕された男性が壁に釘によって磔にされ血に染まっていたのだった。
着ている服の装いからして、恐らく三河国当主であった松平ヒロタなのだと伺える。
〈一体、ここで……何が起きたの?〉
そう思わず目を呟くと懐にしまってあったスマホが鳴り響く。右腕の端末の接続を一時的に解除してスマホを見るとヨシノからのメールが1通入っていた。
それを開くと、ノブガがハンジ達伊賀隊の面々に拘束されて連行されている画像が複数枚添付されていた。
“ミツコ! ノブガさんが大ピンチみたい(;・ω・)!! すぐにノブガさんの位置情報をゴーグルに送るね!”
そのメールの一文と目の前の光景、それが頭の中で重なった瞬間、ミツコはヒナタカミのブースターを最大解放して安祥城の壁を突き破った。
空中にその身を投げ出すと、ヒナタカミの重みによって急速に下降していく。
〈っ!!〉
刃指を城壁に突き立てて落下する勢いを少しずつ軽減する。ガガガという壁を擦る音をあげながら地面に着地した。
すぐにシッコクの方へと向かえば、野原には何の姿も無かった。
恐らく、シッコクの機体も伊賀隊によって奪取されたのだろう。
〈ノブガ……〉
ミツコが項垂れていると、ゴーグルに映るこの周辺一体の地図に赤い点が表示された。
〈これは、もしかして……〉
それは、先程ヨシノからのメールに記載されていたノブガの位置情報だった。
「ん?」
伊賀隊の1人が上空を見上げて首を傾げる。ハンジの方を向いて尋ねた。
「隊長、まだ初夏なのになんで燕が群れてんですかね」
「さあな、無駄口を叩いてないでさっさと行くぞ」
尾張国との戦闘開始時からちらほらと空を飛ぶ燕の群衆、ハンジは「住処の引っ越しでもしてるんだろ」と特に気にする事無く進んでいく。
目指すは三河国の要塞とまで言われた城――吉田城である。
あそこを占拠して籠城し、尾張国への人質としてノブガを突き付ける。
(まだだ、まだ挽回できる機会はある。こちらにはこの女が居るんだ。……まあ、人質として機能するかは正直言って微妙だが)
「なあ、ハンジさんよ」
拘束されながらもノブガはハンジに話しかけたが、ハンジは眉間に皺を寄せて言う。
「なんだ、ウツケ姫。それと気安く名前で呼ぶな」
「ウツケ姫じゃねえ、織田ノブガだ。良いじゃねえかよ、オレ達はある意味で兄妹みたいなもんだろ」
「お前のような女を妹に持った覚えは無い」
「はは、言葉通りに受け取るなよ。そういう意味じゃねえのは分かってんだろうが」
「……用件は何だ」
ハンジはノブガの言葉の核心には触れず、ノブガの用件を伺う。
ノブガもそれ以上は言及せず、自分の持つ疑問を素直にぶつける。
「お前、反乱でも起こすつもりか? ……いや、もう当主は死んだから反乱は成功か」
「だとしたらどうする」
「風の噂じゃ、“鬼のハンジ”は三河一の忠臣だろ。なのに、何故自身の主君を裏切った?」
その問いにハンジは暫く黙ると、静かに冷たい声音で言う。
「主君は裏切っちゃいないさ。俺達の主君は、松平ヒロタじゃないからな」
「どういう事だ?」
ハンジの言葉の意図する事を理解出来ずにノブガは首を傾げた。ハンジはそれを鼻で笑う。
「俺達の主君はずっと昔から、松平ヤスナ様只1人のみ」
「……ヤスナだと?」
「ああ。駿河国が執行しようとした処刑、それを阻止してヤスナ様を保護してくれた事には感謝している。だからこそ、お前をギリギリまで生かしている」
どうやらあの時伊賀隊と遭遇したのは、ノブガ達同様にハンジ達もまたヤスナを救出しようと動いていたからのようだ。
「ほう、そりゃあヤスナに感謝しねえといけねえなぁ」
ヤスナのおかげで自分はまだ生かされてる。それだけでとりあえずは十分。死んでしまっては元も子もないのだから。
松平ヤスナ――ヤスナがまだ三河国に居た時の旧名だ。そして、目の前の男はヤスナが幼い頃からの家臣と言ったところか。
ノブガはハンジの行動目的を探る。この男の行動は些か不可解な点が多い。
何故守る城も国も裏切ってまで尾張国に敵対する理由が分からない。
「なあ、ハンジ。お前の主君はヤスナなんだろ、なら何故駿河の女学院を襲った? 下手すりゃあ、ヤスナはあの時死んでたぜ」
「……ああ、あれは確かに誤算だったな」
ハンジは「ククク」と肩を震わせて笑う。そのまま立ち止まると、唐突に大木を蹴り飛ばした。
大木は折れて勢いよく地面に倒れ込み、ハンジはノブガを横目で睨んだ。
「あの一件だ。俺達がお館様――松平ヒロタに見切りを着けたのは」
拳を強く握り締めながら忌々しそうに言う。
「俺達があの男に付き従っていたのは、ゴロツキだった俺達を拾ってくれたヤスナ様の父君だったからだ。あの日も、俺達はただ駿河国の奴らを皆殺しにするように命じられただけだった。ヤスナ様を奪った奴らを殺す良い機会だと……」
怒りが治まらないのか、奥歯を強く噛み締めながら目が徐々に血走り始める。
「だが蓋を開けてみれば、あの男は……どさくさに紛れてヤスナ様を殺そうとしていた、俺達を使って」
「それで、松平ヒロタを殺したのか」
「あの男は! 俺達に対してこう言った! “なんだ、アイツもついでに殺せば良かったのに”ってな!!」
気づいた時には既にヒロタは死んでいた、そう語った。
10年前も他国への遠征作戦中に為す術無く主君であるヤスナを駿河国に連れて行かれた。
女学院で会った時、成長した彼女にすぐに気付けなかったが顔をよく見てヤスナだと分かった、連れ戻そうにもヤスナはミツコとヨシノと共にヴェスティードに乗り込んで女学院を脱出してしまった。
「解せないな」
ノブガは眉間に皺を寄せる。
「なら何故オレ達に抵抗する? オレもお前も目的は松平ヒロタを倒す事に変わり無いだろうに」
「俺の目的はヒロタ殺害じゃない。ヤスナ様の奪還、そして三河国の新たな当主になってもらう事だ」
その言葉を聞いてノブガはニヤリと笑った。それこそがこの男の行動理念。
ヤスナへの崇拝とも言える忠誠心、そして執念。
当主の座を彼女に納める事によって自らの理想は初めて完成するのだ。
「なーるほどな、よく分かったぜ」
ならば、何故この男がノブガと敵対するのかにも納得がいく。この男が求めるのは尾張国に居るヤスナの身柄のみだ。
そして自分を生かすのは、ヤスナを救ってくれた事の恩義だけではない、ヤスナを取り戻すための交換材料にしようとしているのだ。
「こんな回りくどい事しなくても、ヤスナなら返してやるぜ」
「信用ならないな。服部一族は、一度織田一族に滅ぼされかけているからな」
ノブガは肩を竦めて「そう言われてもなぁ」と飄々と溢す。ノブガとしても、きちんとヤスナを保護してくれるのならハンジに任せてもいいと思っている。
警戒を取る事無くこちらを睨み付けたままのハンジの様子を見て、こちらの言葉は向こうに届かない事を悟る。
ノブガは自由を好む、いつまでも大人しく拘束されているつもりは無い。
遠くの方でブースターを吹かす音が聞こえてくる。その音はハンジにも届いているようだった。
「なっ、何故この場所が分かった?!」
「さあてな。まあ、こっちには優秀な偵察者も居るんでね」
「くっ!」
ハンジは顔を歪めノブガの肩を掴んで「こっちに来い」と言って、部下と共に茂みの中に入り込んでその姿を隠す。シッコクを運んでいたトラックに迷彩用の布を被せる。
物音を立てずに暫く様子を伺う。
――ズンズン
ブーストを止めて歩行している音がする。恐らく、相手はこの付近にノブガが居る事を知っている。
ハンジは額から汗を流して右手に持つ狙撃砲を力強く握り締めた。
足音は一度止まるとそれ以降聞こえてくる事は無かった。
〈見つけた〉
ヒナタカミが上空から勢いよく着地し、その衝撃で木々が吹っ飛ぶ。
どうやら、足音を出してこちらの動きを察知されるのを防ぐためにジャンプして一気に距離を詰めたようだ。
「チィ! 全員撃て!!」
ハンジの言葉によって、全員一斉に狙撃砲による銃撃を開始する。
ヒナタカミは銃撃を防ぐために一旦身を屈む。
その隙にハンジが逃げようとすると、身を屈んだ状態で刃指を射出してハンジ達を囲うように木々に当てて固定する。
ピアノ線の強度を超えるワイヤーによって行く手を阻まれてハンジは舌打ちを漏らす。
(どうやってここまでこちらの正確な位置を掴む事が出来た? この辺りを見回りした限り、偵察者の気配は無かった。なのに――)
そこまで考えて、ふと上空から「バサバサ」という鳥の羽音が聞こえる。
その音を聞いて恐る恐る上空を見つめる。
部下の言葉を思い出す。
――隊長、まだ初夏なのになんで燕が群れてんですかね――
奴らはずっとハンジ達を見ていたのだ。尾張国と戦闘が始まった時から、ずっと。
空には燕の群衆、それがハンジ達の上空を旋回している。
(まさか……)
燕の群衆からキラリと光が反射した。
(まさか、こんな手が……)
目を凝らして燕達を見れば、彼らの首元には小型カメラが取り付けられていた。
気付けば部下達による銃撃の音が聞こえなくなっていた。カチカチという引き金を何度も引く音から察するに弾切れに陥ったのだろう。
退路を断たれ、最早反撃のための武器すら無い。
〈ノブガを、返して!!〉
ヒナタカミから漏れる声、その声でハンジは小さく笑う。
「その声、あの時の学生か……」
ヤスナとヨシノをヴェスティードを乗せて見事自分達の包囲網を突破して脱出してみせた少女。
それがまさか明智一族の者とは、何とも世は因縁深いものだと内心で思う。
大人しく狙撃砲を地面に置いて両手を挙げる。
「……降参だ。その代わり、部下達の身柄を保護してくれると助かる。首が欲しいのなら、俺の首を持って行きな」
「んなのいらねえよ」
ハンジの言葉に答えたのはノブガだった。
「首は松平ヒロタのだけで十分だからな」
「なら、死罪に処すか?」
「いいや、それは余計な手間だ」
すると、懐のスマホが震えた。ノブガはスマホを取り出して開くとトシキからのメールが届いていた。
“ノブガ様からの指示通り、安祥城に只今到着しました。あと、整備のためのトレーラーも用意しています”
そのメールに「了解」とだけ返信し、ハンジの方を向く。
「ほうら、仕事の時間だぜ、鬼のハンジさんよ」
何か良からぬ事を企んでいる表情を浮かべるノブガに、ハンジは思わず口が引き吊る。
「お前、一体何を?」
ハンジの問いにノブガは引き笑いを漏らしてサムズアップした。
「鬼の血を受け継ぐ人間が3人も集まったんだ。このまま一気に遠江と駿河を落とすぞ」
『えっ?!』
ミツコとハンジは声をハモらせて驚愕する。目の前の少女は3国を1日で攻め落とそうとしているのだから。
遠江国・二俣城。
今川一族の遠江国における拠点となる城。山の頂点に建てられ、また2つの川の合流地点でもあるため水運に恵まれたその城はまさに遠江国の要として相応しい城塞である。
周辺の様子を展望台から監視していた遠江国兵は見回していた首を止めた。
「あれは、尾張国の戦車?」
自分達の友軍として三河国から領土を取り戻してくれた尾張国の戦車隊が静かに二俣城の山道を進んでいるのを確認した。
「一体、何の用で――え?」
展望台から双眼鏡で先頭の戦車を見つめると、その砲台がこちらを向いた。
何故砲台を向けられたのか、その理由が分からないでいると、尾張国の戦車隊は一斉に二俣城への砲撃を開始した。
展望台は破壊され、城壁に砲弾による凹みが次々に形成されていく。
「お、尾張国は我々を裏切ったのか!!」
城主であり遠江国当主である老人・松井ムネノは声を荒げる。現在、遠江国の自衛用の戦力を全力投入して尾張国の戦車隊と交戦を開始する。
〈隊長、俺達逃げなくて良いんですか?〉
尾張国の戦車に搭乗している伊賀隊の面々は通信によってハンジに意見を仰ぐ。
〈ここで逃げれば俺達は尾張のウツケ姫によって皆殺しだ。仮に皆殺しを避けられたとしても、ヤスナ様と会うための繋がりを永遠に失う事になるだろう〉
まさかノブガが自分達伊賀隊を自らの戦力として投入するとは思わなかった。
流石大ウツケと呼ばれるだけあり、非常識な作戦を提案してくれる。
(遠江国は俺達伊賀隊が担当し、駿河国はあの明智のお嬢ちゃんが対処する、か。いくら駿河国の戦力が三河国との戦闘で疲弊していると言っても1人でどうにかなる量じゃない)
そこまで考えて部下達に指示する。
〈お前ら、二俣城は2時間で制圧するぞ。それが終わったら、駿河国の今川館まで一直線だ〉
〈ちょ、隊長! 正気ですかい?!〉
部下の言葉を笑い飛ばす。
〈バカな大将について行くにはこっちもバカになるしかないさ。それに、ここである程度借りを作っておけば良い交渉材料にもなるだろうよ〉
3つの勢力が入り乱れて混戦する戦場は、いよいよ佳境にへと向かっていたのだった。
【次回予告】
ついに始まる最終戦。
勝利の美酒は誰の手に。
言える事は只1つ。
戦乱の火種は、その手の中に
次回、【征する者】