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悪鬼戦乱のヴェスティード  作者: 語説囃子
【第1章:悪童の野望】
10/18

第10話【征する者】

【2016/10/16】

 ┗一部修正しました。

 駿河国・今川館。


「クソ、クソクソクソクソクソクソクソ!!!!」


 今川館の最上階にて、駿河国当主であるチカゲは苛立ちながら悪態を吐いていた。


「どういう事だ! ムネノは言っていたじゃないか、尾張国は我々の友軍だと! なのに、なんなんだこれは!!」


 偵察部隊からの報告によると、遠江国と駿河国の領域内で尾張国の戦車隊からの砲撃を受けたという。その事実にチカゲは胃に穴が開くほどの激痛に襲われる。

 腹を抑えて「ぐぅ!」と呻く。


「美濃国に仕向けた戦力を戻している時間は無い、遠江国からの支援があったとは言え、三河国との戦闘で戦力を大幅に削られている。……最悪だ、この時期でさらに尾張国からも襲撃されるとは最悪だ!!」


 それだけではない。美濃国に送った戦力だが、戦況的にこちらの方が若干不利であるという事にも頭が痛くなる。もし、美濃国に送ったこちらの兵力が尽きれば、美濃国からの報復を受けるかもしれない。

 まさに四面楚歌とはこの事だ。

 何とかしなければならない。だが、そのための策が一切思い浮かばない。

 焦る気持ちを抑えようとすればする程、途端に不安が押し寄せてくる。

 その様子を影で見ていたトモヨは溜め息を溢してスマホを見つめる。


「全く、お父様にはホトホト呆れますわ」


 トモヨにとって父親であるチカゲが早々に美濃国に戦力を割いたのは致命的なミスだと思っている。

 第一、「名を名乗れ」と言われて素直に自分の名前を相手に教える者が居るだろうか。処刑執行の妨害犯が言い放った「明智ミツコ」という名前が偽名である可能性を何故考慮に入れなかったのか。

 まずは美濃国当主の斎藤ザンドに事実確認の書状を送って相手の出方を伺うべきだった。その過程を省いた皺寄せが自分の首を締めている。

 チカゲは作らなくて良い敵をわざわざ自分で作ってしまったのだ。

 それに尾張国の件だってそうだ。トモヨも尾張国からの書状の内容を確認したが、どこにも自身が友軍であると明記していなかった。文章の流れからして恐らく(・・・)友軍なのだろうと勘違いした松井ムネノの言葉を鵜呑みにしたチカゲの明らかな認識ミスだ。

 トモヨにとってこの戦いの行く末は決まっている。ならば、少なくとも自分だけは生き残れるように画策する。


「妨害犯が使っていたあのカラクリ、名前はヴェスティード。女性のみしか操縦は不可能な機動着衣ですのね」


 スマホの画面に映し出されたヴェスティードの詳細を見てトモヨは考察する。


(あの妨害犯の性別は女性、そして恐らく実行したのは尾張国の者。それならば今回の尾張国からの襲撃も説明がつきますわ、あとは一体誰の仕業なのか……)


 トモヨが着目したのは駿河国に侵攻している尾張国の戦力の量だ。尾張国はこの付近の国では甲斐国と肩を並べる程の大国、遠江国と駿河国の戦力を合わせてやっと釣り合う。それなのに仕向けられてくるのはあまりにも少ない戦力。

 そしてあの通信越しに聞こえた荒々しく粗暴な声。トモヨは段々と心の内側から怒りが沸き上がってくる。


――オマエ、つまんねえ奴だな!――


 小さい頃、初対面の少女に社交界の場で言われた衝撃の言葉。思わず取っ組み合いの喧嘩をしてしまう程に。


「……いいえ、まさか、流石にあの女がこんな事をするだなんて考えすぎですわね」


 そう、そうだ。あの女が今回の件に関わっているはずが無い。トモヨは何度も自分に言い聞かせて最上階の当主の間を去った。





 戦車隊による戦闘が始まり、ヒナタカミとシッコクを収納したトレーラーは裏手から遠回りをして今川館を目指す。

 トレーラー内のリビングルームにおいて、トシキは溜め息を吐いてノブガに言う。


「ノブガ様、今回はまた派手にやりましたね」


「おう、やっぱ戦争はド派手にやらねえとな!」


 ほぼ大破寸前の状態にまでシッコクがボロボロになった事に対する皮肉を込めて言ったのだが、アハハハと笑ってお茶を飲むノブガには全く通じてなくそれ以上何も言えなくなってしまった。

 仕切り直してミツコの方を向く。


「えー、明智さん。今回の整備は約1時間で終わる予定ですので、それまでゆっくり休息を取って下さい」


 ミツコは首を傾げた。


「い、1時間も? 私、そんなに雑に扱ってたかしら」


「オレを庇って盾になってたからじゃねえか?」


 ヒナタカミを粗雑に扱っていたのかと地味にショックを受けてるミツコの腕をニヒヒと笑いながらノブガは肘で突っついた。

 トシキは首を横に振る。


「明智さんはノブガ様と違ってとても丁寧に扱ってくれてますよ」


 ノブガはミツコの首に腕を回して眉間に皺を寄せてトシキを睨む。


「なんだよ、被弾率ならオレとミツコはどっこいどっこいだろうが」


「装甲の耐久性が違いますからね」


「はあ?!」


 トシキの発言に声を荒げる。その際に首が絞まったのかミツコは苦しそうな表情を浮かべてノブガの腕を叩く。


「ヒナタカミとシッコクに使ってる装甲はどっちもヒヒイロカネだろ!!」


「ええ、確かにどちらも装甲はヒヒイロカネです。ただ、ヒナタカミの方には少々特殊なシステムが搭載されてますので……まあ、開発したのはカイなのですがね」


「特殊なシステムぅ~?」


 カイが開発したと聞いて胡散臭そうに表情を歪めるノブガの頭をミツコは思いっきり叩いた。


「もういい加減放しなさいよ、首苦しいのよ!!」


「痛ぅ、だからって叩くなよ」


「全く。それで前田さん、どうしてヒナタカミの整備に1時間もかかるんでしょうか?」


 ミツコの問いにトシキは苦笑いしながら答える。


「そうですね。まだヒナタカミの武装は不完全ですから、追加武装のセッティングに少々お時間を頂きたいんです」


「あ、そういう事なら。因みに追加武装ってどういうのですか?」


「ええ、足先から小型粘着榴弾を射出できる機構を追加するつもりです」


「足先から?」


 何故足先からなのか疑問を持つミツコに、トシキは説明する。


「元々は手に追加する筈だったんです。刃指を射出するとハンドガン等が使用できなくなるので射出中にも使用できる武装として考えていたんですよ。そしたら、豊臣さんから提案されましてね」


「ヨシノから?」


 兵器開発とは何の関連も無い予想外の人物の名前にミツコだけでなくノブガも首を傾げた。


「豊臣さんから複数の武装を1ヶ所に集約する事の危険性を指摘されたんです」


 そう言って、トシキは尾張国の開発工場での出来事を話し始めた。



 2時間前、尾張国・開発工場。



「どうせなら足に付けようよ!!」


 開口一番にそう叫んだヨシノに対して、トシキは何度か瞬きする。

 突拍子の無い発言に戸惑うばかりである。


「あの、どういう意味でしょうか?」


「だーかーら、手にばっかり武装を追加したらアンバランスだって言ってるの。もし相手に手を破壊されたら武装が全部使えなくなっちゃうんだよ!?」


「ああ、そういう事ですか。まあ、確かにそうですね」


「でしょでしょ!」


 ヒヒイロカネは驚異的な耐久力を誇るが故に装甲として用いるのには最適なのだが、加工するために金属表面を曲げようとすると加工する機械がヒヒイロカネの耐久力と耐熱性に押し勝てず壊れてしまうのだ。

 なので、内部骨格となる基礎フレームは複雑な機構のためにヒヒイロカネを用いずに特殊繊維性カーボンを用いている。

 ヒナタカミの手のパーツはその中でも特にその基礎フレームが露出している部位、これはヒヒイロカネで外部を覆うとスペースを圧迫して『物を掴む』という動作が出来なくなってしまうからだ。

 特殊繊維性カーボンもある程度の強度はあるが、ヒヒイロカネと比較するとやはり格段に低い。

 なので戦闘中では真っ先に手のパーツがやられる危険性があるのだ。


「ですが、榴弾自体は腕に収納されてるので手が潰されても発射機構は問題ありませんよ」


「でも腕の中には刃指のワイヤーも仕込まれてるんでしょ? 何かの拍子でワイヤーが引っ掛かって誤爆したりしない?」


「……確かに、その可能性は拭えませんが。だからと言って代わりに脚部内に仕込めばそれはそれで危険ですよ、もし誤爆すれば歩行出来ないので機動不能に陥るわけですし」


「それは大丈夫!」


 ヨシノはサムズアップして自信満々に言う。


「その時は背部のスラスターの推進力で飛べばいいんだよ!」


「え゛……」


 あまりにも突飛な発想にトシキは固まって言葉を失った。


「は、背部のスラスターで飛ぶ……?」


「そうそう、だって戦闘機が空を飛ぶんだよ? ならヴェスティードだって空を飛びそうでしょ」


「いや、それは流石に理論の飛躍な気が……」


「えー、そうかなぁ」


 トシキとヨシノが意見交換していると、カイが「何してんの?」と会話に入ってきた。

 ヨシノはカイにも意見を求める。


「カイさん、カイさんもヴェスティードが空を飛ぶって思うよね!」


「え、ヴェスティードが空を……?」


 「むぅ」と目力を籠めてカイを見つめる。一方のカイはいきなりの話題で目が右往左往しつつ、ヨシノの言葉を考える。


(ヴェスティードが空を飛ぶ……空を、か)


 今まで考えた事も無かった発想に感心しつつ、彼の中にある脳内データベースから情報を取り出す。

 すると、何かに至ったのか「あ、そういえば」と手を叩く。


「南蛮でジェットブースターを着けた人が空を飛んだっていう開発テストの文献があったね」


「おぉ!!」


 ヨシノは目を輝かせながらトシキに言う。


「ほらほら! やっぱり飛べるんだよ、人が飛べるなら人型のヴェスティードだって飛べるよ絶対!!」


「……いや、最初の追加武装の話はどこに行ったんですか。いつの間にか飛行機能を取り付ける話になってませんか?」


「うっ、それは……でもでも、やっぱり追加武装は足が良いと思う。撒きびしの要領で使えるし、回し蹴りすれば広範囲に飛ばせるし!」


「まあ、確かに戦闘に多様性は生まれるとは思いますけどね」


「じゃあ!!」


 子供のように期待する表情を浮かべるヨシノの顔を見て、トシキは「仕方ありませんね」と溢して肩を竦めた。


「豊臣さんの案を採用しましょう」


「やった! あたしだって、ちょっとはミツコの役に立てるんだよ!」




「とまあ、こんな経緯がありましてね」


 開発工場での話をし終わると、ミツコとノブガは何とも言えないような表情を浮かべる。


「私、あまり足技は得意じゃないのだけれど」


「つーか、結局ヒナタカミに飛行機能を取り付けるのか?」


 ノブガの言葉にトシキは苦笑しながら首を横に振る。


「いえ、流石に1時間でそういう追加機構を増設するのは出来ませんし、ヒナタカミ自体も空を飛ぶ事を前提にしてませんから。なので、脚部内を二重構造にするつもりです」


 小型粘着榴弾をストックするスペースを新たに確保し、基礎フレームを小型粘着榴の誤爆から保護するように構造を変えるつもりだ。

 腕時計の時間を確認し、トシキはソファーから立ち上がる。


「さて、それじゃあそろそろ本格的な整備を始めますね。1時間後に整備室に来て下さい」


「え、ええ。分かりました」


 ミツコはぎこちない笑顔を浮かべてトシキを見送って溜め息を吐く。

 ノブガは「くくく」と腕を組んで笑う。


「まあ、良かったじゃないか。ヤスナのOSにヨシノのアイディア、まさにヒナタカミはお前の友人の結晶だな」


「……貴女も私の友人でしょ」


 ノブガの言葉にそっぽを向いて言うミツコの姿を見て、ノブガは目を見開いた後にニヤニヤする。

 抱き着く勢いで首に腕を回す。


「なーんだ、オレがお前の友人だぁ? 嬉しい事言ってくれんじゃん!」


 ミツコは「ちょっと!」と顔を歪めて、抱き着いてこようとするノブガの腕を掴んで防ごうとする。


「いきなり抱き着いてこないで!」


「そう照れるな照れるな」


「別に照れてないわよ!」


「あっはっは! ミツコは相変わらず可愛いなあ!!」


 嬉しそうに満面の笑みを浮かべて一切力を抜かないノブガに対してミツコも全力で抵抗する。

 ノブガとしては抵抗されればされる程、構いたくなってしまうので完全に逆効果である。




――――――――――――――――――――――――――――。




 同時刻・今川館。


 トモヨは自室に戻って現在の戦況を確認する。自身がチカゲから貰い受けた偵察隊からの報告を元に情報をまとめる。


「遠江国と駿河国は共に尾張国と交戦中、そして三河国は既に尾張国の手に落ちており、その三河国の戦力も尾張国の後方支援を行っている。また遠江国の方は芳しくなく、あと1時間程で二俣城が陥落する恐れもある、と」


 交戦開始から1時間、絶え間無い度重なる戦闘によって遠江国と駿河国の戦力はかなり消耗している。

 このまま行くと、先に遠江国が落ち、そちらの戦力もまた尾張国側につく事になる。

 そうなれば駿河国は実質1対3、圧倒的に不利だ。戦争に詳しくないトモヨの目からしてもこの戦いは明らかに負け戦である。

 下手に抵抗せずに早々に降伏して和睦締結のための話し合いを進めるべきだろう。だが、チカゲにそのような考えが思い浮かぶ筈も無いとトモヨは諦める。

 せめて自分だけでも生き残るためにはどうすれば良いのか、そう考えていると「ドンドン!」という自室を叩く音が聞こえる。


「何かしら?」


 扉の方に向かおうとすると、扉が破壊されて数人の駿河兵に囲まれる。


「トモヨ様、我々と共に来てもらう!!」


 トモヨは慌てずに視線だけを駿河兵達に向ける。このタイミングで謀反とは予想出来なかった。

 そんな中、駿河兵の1人がトモヨに剣先を向ける。


「貴女が、いや、貴女とお館様が徳川ヤスナを迫害しなければこんな戦争は起こらずに済んだんだ!!」


「……一体、何の話ですの?」


 駿河兵の言葉の意図が読めず、トモヨは心の底から首を傾げた。

 駿河兵は「とぼけるな!」と叫んで怒りを露にする。


「貴女のご友人から聞きましたよ、貴女が徳川ヤスナを迫害した事で三河国がその報復にやってきたと。貴女がそんな事をしたから俺達の同胞は無駄死にしたんだ!!」


 トモヨに剣先を向けたまま抗議する駿河兵はよく見れば、今川館の牢獄の門番をしていた者だった。

 どうやら彼はノブガのハッタリ話を真に受けているようで今回の戦争の原因は今川親子であると思い込んでいるようだ。

 しかし、トモヨはそんな事を知らないためただただ怪訝そうな表情を浮かべる。

 一体、この者達はどうしてそのような思考に至ったのか不思議でしかない。

 それでも、ここで下手に否定すれば頭に血が昇っている彼らに殺されるかもしれない。むしろ彼らの言葉を利用して父親にのみヘイトを集中させれば好都合だ。

 トモヨは懐から扇子を広げると優雅な所作で口元を隠して話し始める。


「貴方方は勘違いしておりますわ」


「勘違い……?」


「ええ。(わたくし)がヤスナ様を虐げていたのは全てお父様からの指示なんですの」


「な、チカゲ様が……?」


 その後、少しだけ目尻から涙を流して目を伏せる。その様子に駿河兵達は戸惑う。


(わたくし)は当主の娘、ヤスナ様は三河国からの人質にして分家の養子、そんな(わたくし)達が親しくなる事にお父様は良い顔を致しませんわ。お父様からの指示を受けて仕方なく(・・・・)虐げていたのです」


 “仕方なく”の部分を強調して「よよよ」とトモヨは再度涙を流し、狼狽える駿河兵の姿を横目で見て畳み掛ける。


「お父様はご自分が蒔いた種に見て見ぬふりをし、決して降伏をしない姿勢でこの戦いに臨むつもりですわ」


「そんな!!」


 本当は降伏するという選択肢を考えていないだけなのだが、目の前の駿河兵達にそんな事は分かる筈も無くトモヨはしてやったりと内心でほくそ笑む。


「皆さん、どうかお父様の暴走を止めて下さいませ」


 目を潤ませて両手を強く握り締め、駿河兵達に懇願する。駿河兵達は「しょ、承知しました!」と声をあげて慌ただしくトモヨの自室から去って行った。

 その様子を笑顔で手を振りながら見送るトモヨであったが、彼らの姿が見えなくなった瞬間、手首を捻らせて扇子をピシャリと閉じた。その表情はまるで人形のように無表情である。


「一体どこの何方(どなた)がそのようなデマを吹き込んだのかしら」




――――――――――――――――――――――――――――。




「ぶえっくしょぃ!!」


 トレーラーのリビングルームにおいて、ノブガは盛大にくしゃみを溢した。

 ミツコは心配そうにノブガを見つめる。


「大丈夫、ノブガ? もしかして風邪?」


「いいや、それは無い。なんてったって、バカは風邪をひかないからな」


「それはただの格言でしょ」


「そうか? 結構的を射てる言葉だと思うぜ。風邪をひいてる事にすら気づかずに元気に振る舞うのがバカってやつなんじゃないか」


「……まあ、それは否定しないけれども」


「だろぉ?」


 ミツコとノブガは互いにクスクス笑うと、リビングルームにトシキからのアナウンスが流れる。


〈明智さん、そろそろ出撃の準備をして下さい〉


「……来たわね」


 ミツコはグッと手を握り締めて立ち上がる。ノブガはお茶を啜る。


「ミツコ、駿河の戦力は残り少ない。そう気負う事は無いさ」


「ええ、分かってるわ。この戦いが終われば本当の意味で、貴女への借りを返せる」


「……そうだな」


 最初に約束した彼女達の取り引き。ヤスナを救う代わりにノブガの反乱に手を貸す。

 その取り引きを完遂させるためにミツコはヒナタカミの元に向かった。

 ミツコが去って行くのを見送り、湯呑みを机の上に置いてノブガは思案する。


「……」


 静かに息を吐くと、ソファーから立ち上がってトシキの居る整備室にへと足を運んだ。



 ミツコはゴーグルとグローブさらにブーツを身に着けてヒナタカミのコックピットハッチを開けて搭乗する。

 ヒナタカミの装甲は三河国制圧作戦の時と比較すると、装甲の色が赤色ではなく緋色になっており、顔には桔梗紋も無い。


〈明智ミツコ、ヒナタカミ、起動します〉


 ミツコは両手を端末に接続させて、XX(ダブルクロス)システムを起動させる。

 すると、整備室内のサブアームが作動して桔梗紋の仮面をヒナタカミの顔の前に運ぶ。


〈家紋面、ヒナタカミに装着します〉


 トシキのアナウンスが流れた後、家紋面がヒナタカミの顔に装着された。

 すると、ヒナタカミの装甲が緋色から赤色に見る見る内に変色し始めたのだ。


「なあ、トシキ。なんだあれ?」


「あれはカイが考案した家紋面システムです」


「家紋面システム?」


 整備室からヒナタカミの様子を伺いに来たノブガは首を傾げながらトシキに問う。

 あれが特殊なシステムなのかと。

 トシキは懇切丁寧に説明する。


「そもそも、ヒヒイロカネは特定の電圧を装甲表面にかける事でその特性と色を変化させます。これはシンクが落雷を受けた時に発覚したものです。そこでカイは機体全体に特定の電圧をかける事をOSに指示する追加デバイスを開発しました、それが家紋面システムです」


 そこで一旦区切り、続いて家紋面システムの詳細を伝える。


「家紋面はそれぞれの電圧設定が異なります。家紋面を装着すると特定の電圧を装甲にかけるという指示をOSに送ります。するとOSが指示通りに機体全体のヒヒイロカネに電圧をかける事で、搭乗者にとって最も扱いやすい機体性能に変質するんです。簡単に言えば、家紋面を装着して武装を整えればどのような機体でもその人物の専用機となるわけです。面の紋様が家紋なのはその人物を一目で識別しやすくするためらしいですよ、カイ曰く」


「ほう。なら、オレの家紋面をヒナタカミに取り付ければオレ専用機になるってわけか」


「まあ、そうですね。作戦内容によっては戦闘中に家紋面を換装する事で搭乗機を乗り変えるという事も可能になります」


「そいつは面白いな!」


 ノブガがユニークなシステムに大いに満足していると、出撃ゲートが徐々に開いていく。

 トシキは胸元の小型マイクを通してミツコに指示を送る。


〈ゲートオープン、完了。明智さん、いつでも発進できます〉


〈了解。明智ミツコ並びにヒナタカミ、発進します!!〉


 ミツコの言葉と共にカタパルトデッキが急加速する。


〈っ…!〉


 自身に振りかかるGの反動に少し表情を歪めてゲートに到達したところでスラスターを起動、ヒナタカミは勢いよくゲートを通って発進して行った。

 その様子を見送るとノブガは溜め息を吐いて整備室から去ろうとする。


「さーて、あとはのんびり朗報を待つか」


「おや、ノブガ様は出撃しないのですか?」


 こちらに背を向けるノブガをトシキは呼び止める。

 ノブガは首を傾げた。


「いや、オレのシッコクの修理はまだかかるだろ」


「確かにシッコクの修理にはまだまだ時間を要しますが、代わりの機体ならあるので」


「マジか!」


 ノブガは目を輝かせて嬉しそうにヴェスティードに搭乗するための準備を整える。


〈……〉


 しかし、いざ搭乗してみると先程までのテンションの高さが嘘であるかのようにげんなりしていた。


〈どうしました、ノブガ様?〉


 通信越しに聞こえてくるトシキに対して睨み付けるように言う。


〈おい、なんだこの機体は〉


〈量産予定の機体『アッシガール』です〉


 その名前にノブガは「それだよそれ!!」と猛抗議する。


〈つまりは足軽だろ! もっとマトモな名前は無えのかよ!!〉


〈カイが“足軽とガールを合わせた完璧な名前”と自負しておりましたが〉


〈……アイツ、帰ったら殺す〉


〈それでは、ノブガ様の家紋面をアッシガールに装着させますね〉


〈おい馬鹿マジでやめろ〉


 ノブガはこのアッシガールの名前も気に入らないが、何よりも不快なのは見た目の鈍重さだ。丸みを帯び笠を被っている容姿がまさに足軽である。

 そんな機体に織田一族の家紋を装着させるのがノブガは我慢ならない。


〈こんな足軽に織田の家紋を取り付けてみろ、末代までの恥だ!〉


〈ですが、アッシガールは家紋面を装着する事を前提に開発されてますから、装着しないとシッコクにも劣る機体性能ですよ〉


〈ぐっ……他の家紋面は無いのか〉


 諦めきれずに抵抗する。


〈ありません。量産用の家紋面はまだ開発段階です〉


 しかしトシキはそんな抵抗を容赦なく切り捨てた。ノブガは「ぐぬぬ」と奥歯を噛み締めて言う。


〈わ、分かった。一思いにやりやがれ〉


〈了解です〉


 すると、ガシャンという音と共にアッシガールに織田の家紋である五つ木瓜の紋様の家紋面が装着された。

 それによって、アッシガールの装甲のヒヒイロカネの色が緋色から黒色に変色する。

 アッシガールはカタパルトデッキに移動し、出撃ゲートにセットされる。

 既にゲートは開いているので、あとはノブガ自身が発進すれば良い。


〈織田ノブガ並びに…………アッシガール、出撃する!〉


 「アッシガール」の部分はとても嫌そうに呟いていた。


〈カタパルトデッキ、加速します〉


 トシキのアナウンス通りにカタパルトデッキが急加速し、ゲート通過時にスラスターを起動、ミツコ同様に出撃するのだった。

 ノブガはアッシガールを加速させたままヒナタカミを探す。

 数分もしない内にヒナタカミの後ろ姿を捉えて通信を送る。


〈おい、ミツコ〉


〈ん? ノブガ、貴女も出撃したの?〉


〈……変えろ〉


〈は?〉


 ノブガの言葉を理解出来ずに首を傾げると、突如アッシガールがヒナタカミを後ろから羽交い締めにするかのようにホールドしてきた。


〈ちょ、ちょっといきなり何?!〉


〈家紋面を取り換えてオレと機体を交換しろ!〉


〈はぁ?!〉


 ヒナタカミはアッシガールの拘束を外そうと両手でアッシガールの両手首を掴む。


〈第一、なんで大将のオレが量産機でお前が専用機なんだ!〉


〈そんなの知らないわよ! いいから、放しなさい!!〉


〈嫌なこった! なあミツコ、オレ達友人だろ? なら少しくらいヒナタカミを貸してくれよ!〉


〈こんな所でそれを持ち出さないでよ!〉


〈いいから変えろ!〉


〈私だって嫌よ! それにそんな手間、時間の無駄でしょうが!!〉


 2人が言い争っていると、トシキから通信が入る。


〈何してるんですか、貴女達は〉


 その呆れた声にミツコが文句を言う。


〈ちょっと前田さん、注意するならノブガにして下さい! この娘、いきなり機体を交換しろとか言い出したのよ!!〉


〈ミツコが素直に機体を交換すれば済む話だ! つーか、大将が量産機っていうのは示しが着かないだろ!!〉


 双方の言葉にトシキは軽く耳を抑えると、とりあえずミツコに言う。


〈すみませんが、明智さん。こう言い出すとノブガ様は頑固なので中々譲りません。めんどく――ゴホン、時間を浪費しないためにも早急に機体の交換を行って下さい。では〉


 ブツッという音と共に通信が切れ、ミツコは慌ててトシキに通信を繋ごうとする。

 しかし、繋がらない。


〈前田さん、ちょっと前田さん?! 貴方、ただ単にノブガの相手をするのが面倒なだけよね?!〉


〈よーし、ミツコ! トシキが言ったみたいに直ちに機体を交換するぜ!〉


〈…………もう、勝手にして〉


 ミツコは溜め息を漏らして肩を落としていた。

 互いの家紋面を入れ換えた事で、ヒナタカミの装甲は黒色、アッシガールの装甲は赤色にそれぞれ変色した。

 機体を交換して再度接続し直す。


〈織田ノブガ並びにヒナタカミ、改めて出撃するぜ!〉


〈……明智ミツコ並びにアッシガール、出撃します〉


 元気なノブガの声と対照的にミツコの声はとても疲れていた。

 無駄になった時間を取り戻すかのように2人は同時に加速させて今川館に向かう。


〈そらそら退け退けぇ!! 織田ノブガ様のお通りだぜ!〉


〈……ああ、私のヒナタカミがあんな乱雑に〉


 道中の駿河国の戦車隊を剣で斬り伏せていき、あっという間に今川館まで到着した。

 既に今川館では駿河国と尾張国による戦車隊同士の戦闘が始まっていた。

 それに加えて戦闘ヘリと戦闘機による空中からの爆撃が尾張国の戦車隊を襲っていた。

 ノブガとミツコはとりあえず空中の敵に狙いを定めて戦闘を開始する。


〈んじゃあ、早速新装備を試すとするかぁ!!〉


 ヒナタカミは足先のパーツを開けると、その場でバク転する要領でクルンと1回転する。

 その拍子に大量の小型粘着榴弾が上空に舞い上がると続いて刃指を射出して榴弾を弾き飛ばす事で戦闘ヘリと戦闘機の装甲に榴弾が接着していく。


〈くっ、なんだあの巨人は!〉


 戦闘機のパイロットは一旦戦線から離脱しようとする。

 しかし、ピピピという音と共に小型粘着榴弾が一斉に爆発した。


〈ぐああああ!!!〉


 爆発四散する戦闘機と戦闘ヘリを見つめてノブガは「あはは!」と笑いを溢す。


〈こいつは中々気持ちが良いな! やっぱ専用機は一味違う!〉


〈笑ってないでさっさと次を落としなさい!〉


 自分の機体ではしゃぐノブガにミツコは通信を入れつつ、ハンドガンを用いて戦闘ヘリのプロペラや戦闘機の動力部を狙い撃つ。

 少しでもこちらの戦況が有利になるように周りの状況をゴーグルで確認する。

 駿河国の戦車隊がこちらに意識が向くのを確認してスラスターを起動させ、その砲弾を回避していく。

 脚部に内蔵された剣を取り出して砲台を斬り落として破壊する。

 ノブガに上空の敵を任せて、ミツコは周囲の敵を一掃して援護する。


〈ノブガ、そっちの調子はどう?!〉


〈問題ないぜ、この分なら余裕で終わらせられる。尾張に帰ったら盛大に宴を開くか!〉


〈あんまり調子に乗らないでよ!〉


 2機のヴェスティードの登場によって緩やかに戦況が尾張国側に傾き始めた。




 一方その頃、今川館の最上階にて。


「ぐあああ!!」


 今川チカゲは顔を返り血で染めながら自らの刀で駿河兵を斬り伏せていた。

 血走った目で自分を囲う部下達を睨み付ける。


「貴様らぁぁぁぁ! これは主君に対する反逆だぞぉぉぉ!!」


 「はぁはぁ」と息を荒くして刀を振り回す。チカゲを囲んでいるのはトモヨの話を聞いて最上階にまでやってきた駿河兵達だった。

 既に最上階を守護する番兵達は人数差で駿河兵達によって殺害されており、残るはチカゲのみ。


「今川チカゲ、貴方の首を以ってこの戦を終わらせる!」


「何を戯けた事を!!」


 駿河兵の言葉に益々チカゲの怒りは増していく。


「貴様らが討つべきは尾張国だ! 決して私ではない!!」


 チカゲは「きええええ!!」と奇声をあげて駿河兵を1人また1人と斬っていく。


「私を誰と心得る! 我が覇道を邪魔する者をこの手で殺め、常に栄光を手にしてきた駿河国当主の今川チカゲであるぞ!!」


 部下の返り血を浴びながらも乱心のあまり刀を振り回すチカゲの姿を見て、駿河兵の1人が思わず「お、鬼だ……」と呟く。

 チカゲはそれを聞き漏らさず、発言者の元へ首をぐるんと回す。


「貴様……今、私の事を“鬼”と言ったかぁ?」


「ひぃ!!」


 目を見開き、口角を歪に上げて笑う姿にその場に居た全員が戦慄する。


「そうだ、私は鬼だ! この世に巣食う化け物を殺す鬼だとも! 鬼……良い響きだ、まさに私に相応し――」


「お前に“鬼”は、些か荷が重いぜ」


「――な、に?」


 気付いたときには、チカゲの首が斬り落とされ首から噴水の如く血が吹き出す。

 チカゲの首を斬り落としたのはハンジだった。どうやら遠江国の二俣城を陥落させてから、こちらに急行した後、今川館に忍び込んだようだ。


「あ、貴方様は……?」


 駿河兵の1人が恐る恐る尋ねると、ハンジはニヤリと笑う。


「俺の名は服部ハンジ。主君の暴走を止めようと反旗を翻したお前達が気に入った。だから、手を貸したまで」


 チカゲの髪を掴んで生首を持ち上げると、それを駿河兵に差し出す。


「これを尾張のウツケ姫に差し出せ。そうすれば、この戦は晴れておしまいだ」


「……は、はい」





〈ノブガ様、明智さん。服部さんからの連絡で、駿河国の兵が今川チカゲの首を討ち取ったそうです〉


 トシキからの通信を受けてヒナタカミとアッシガールは攻撃の手を止める。

 駿河国の戦車隊を見れば、主君が討ち取られた事が通信で行き渡ったのか、次々に白旗を掲げ始めた。


〈駿河国の兵がチカゲの首を討ち取っただと?〉


〈どういう事かしら?〉


 ミツコとノブガが首を傾げているとトシキが事情を説明する。


〈どうやら駿河国の兵士達は今回の戦を無謀と判断したようです。無駄に死んでいくのなら当主の首を渡す事で穏便に終えようとしたのでしょう〉


 その言葉にノブガは「なるほどな」と頷く。


〈当主よりも部下の方が利口だったってわけか。まあ何にせよ、これでオレは3国を討ち取ったってわけだ!!〉


 約束の期限まで残り1日。ギリギリの所でノブガは三河国・遠江国・駿河国の3国を制圧する事に成功した。

 その後の事だが、3国を討ち取った証拠品として松平ヒロタ、松井ムネノ、今川チカゲの生首を回収した。

 今川館に居たトモヨは重要参考人兼捕虜として連行され、ノブガ直属の兵士達によって各国の主要城は管理されている。

 そして、ノブガが3国を見事落としてみせた情報が尾張国の偵察部隊によってノブガの父親である織田ヒデユキに届けられる。



 尾張国・末森城。

 その最上階にて、ヒデユキが書類に目を通していると、偵察部隊がヒデユキの背後に音も無く立った。

 そのまま小声でブツブツと呟くと、ヒデユキは眉間に皺を寄せた。


「なに、ノブガが3国を討ち取っただと?」


 偵察部隊は首を揃えて頷く。

 3国を制圧が事実だと知り、ヒデユキは神妙な顔立ちで思案した。


「まさかあのウツケ娘が成し遂げるとは、これは中々の誤算だな」


 ノブガと交わした成功の暁には次期当主として自身を指名する。確かに、この短期間でここまでの戦果を挙げたのなら指名せざるを得ない。

 それだけに、ノブガの功績は大きい。


「ハナヤ御前とユキノ派の者達が騒ぎそうだ」


 ノブガがこれから直面するであろう家督争いに、ヒデユキは娘の身を案じるように溜め息を溢した。


(ノブガには幸せな人生を送ってもらいたかったのだがな)


 本心では成功してほしくなかった。出来る事なら失敗し、そして一族から除名する事で平民として、いやただの“ノブガ”としての人生を送らせる事が彼女にとっての本当の幸せなのではないかとずっと思っていた。

 母親に憎まれ、弟に蔑まれ、周りから奇異の目で見られる。そんな環境よりも、平民として自由に生きる方がよっぽど向いているのではないかと。

 そこまで考えて首を横に振る。


「駄目だな。今までろくに父親として振る舞う事が無かった私が、今更どの面を下げてノブガの幸せを願おうと言うのだ」


 ノブガは自分の手で道を切り開き、見事栄光を掴んでみせた。今はそれを素直に称賛しよう。

 彼女に降りかかる火の粉を軽減する事が、今の自分に出来る父親としての務めだろう。

【次回予告】


 ノブガが掴むは当主の座。

 対する敵は母と弟。

 尾張は2つに分かれ、憎み争う。

 次代を担うは己か貴様か。

 その身に刻んだ“織田”に懸けて。


 次回、【家督内乱】


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