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罰紋のクライ  作者: 向井木 真幸
裏面
5/8

『裏面』

赤く腫れた下まぶたと、赤くなった頬を両の腕で隠しながら、クライはベッドに座っていた。


「....」


「大丈夫か?」


チュウは心配そうにしながら横に座っている。


「....最悪だ....ヒロの前でも、泣いたことなんて一度しかないってのに....」


「そうなのか、なら俺もお前の親友って事だな」


クライは目を見開いてチュウを見た。


「ダメか?」


「いや....そんな事ない。

....ありがとう」


またクライは顔を戻して目線を下に落とした。


「なぁ、クライ....ヒロの墓、立ててやろうぜ」


チュウの言葉に無言のまま頷いた。


クライとチュウは、ヒロの家の前についた。


ボロボロの家に、チュウは特に驚いた様子も無いまま手を合わせた。

そんなチュウの様子を横目に、家を見上げ中へと入っていくクライ。


扉代わりの布の先には、壊れたベッドと散乱した様々なものが見えた。


地面に転がっていた、鉄の棒を拾い上げる。


鉄の棒には大きくバツが刻まれていた。


「なんだ?それ」


続いて入ってきていたチュウが尋ねた。


「昔....ヒロが帝衛隊ごっこしたいって言い出して、どっかから拾ってきたやつだ。

ほんとに子供の頃だけどな....

まだ持ってたのか」


「....そのバツは?」


「ヒロが、俺達のシンボルだつって、釘とハンマーで刻んだんだ」


チュウはまじまじと鉄の棒を見て、笑みをクライに向けた。


「お前ら専用のアーティファクトって事か」


「ははっ、そうかもな」


笑って、鉄の棒をじっと見つめてからチュウの目の前に差し出した。


「これ、墓にしよう」


「....良いのか?」


「あぁ、良い」


クライの目の腫れは既に引いていて、どこか吹っ切れたようだった。


家の外に出て、ヒロの家の前に鉄の棒を刺した。

棒の前に二人で手を合わせる。


しばらくそうしてから、二人は手を下ろした。


「よし....チュウ、ありがとうな」


「いいんだいいんだ、気にするな。

俺達はもう親友なんだから、辛くなったらいつでも頼れよ?また泣いてもいいからな」


チュウの言葉にクライは赤面しつつ目を逸らした。


「それ....出来れば忘れてくんねぇかな」


「無理だな、多分一生忘れられない」


「....キツいって」


二人は一斉に笑いだした。


「ハッハッハ!....はぁ、お前らはまだ子供なんだから、泣いていいんだよ」


「もう子供って歳じゃねぇよ。俺十五だぞ」


クライの言葉にチュウは目を丸くした。


「十五!?....見えないな」


「よく言われる」


不満気に吐き捨てたクライ。


「多分....落ち着いてるせいだな。

ていうかヒロも十五か?」


「そうだよ」


感心したような息を吐き出し、チュウは腰に手を当てた。


「まぁ、俺もヒロも捨てられてるから正確な年齢は分かんないけどな。

それでチュウは?」


「俺は....四十だ」


「へぇ....五十くらいに見えるけどな」


ニヤニヤしながら言うクライに、チュウは困ったように頭をかいた。


「悪かったって....見えないって別に悪い意味で言ったんじゃないんだ」


「どうだか」


クライは子供のように口を尖らせた。


「....ハハ!やっぱ子供じゃねぇか」


言い返そうとしたが、今のは流石に言われても仕方ないなと唇を噛むしか無かった。


「じゃあ、俺は戻る」


「....分かった。

出来るだけ、ヒロに手を合わせに来て欲しい」


「もちろんだ。毎日来る」


背中を向けて、手を振りながらチュウは歩いていく。

背中が豆粒ほどの大きさになったのを見届けて、クライは鉄の棒に手を置き、しゃがみ込んだ。


「良い人だったな」


目を瞑って、鉄のひんやりとした感触を手のひらから感じる。


「あんな良いやつが、×紋ってだけでこんなとこに住んでて、マークみたいなクズが弱者を嬲って生きてる」


目を開けて、バツの中心を見る。


「俺は、どうしたら良いと思う?ヒロ」


返ってくるはずもない答えを、クライは待った。


「どうしたの?」


そうしていると突然後ろから声を掛けられた。

鈴の音のように心地いい声だった。


「お腹減ったの?」


後ろを見ると、白い肌に長い緑髪を纏めた、これまた緑の大きな目を持った少女がこちらを見ていた。


「....誰だよ」


クライの言葉に、少女はムスッとした顔をする。


「....誰だよってなによ。

お腹空いてるのかなーって思って声かけたんじゃない」


「?....だから誰だよ、てか何の用だ」


立ち上がりながらクライは語気を強くして言った。

少女の眉間にシワが出来る。


「何よその言葉遣い!私たちが炊き出しやってるから食べさせてあげようと思ったのに、もうその態度で決めたわ!あなたにはあげないから」


「炊き出し?」


少女の後ろから、小太りの男が走ってくる。

気弱そうな顔に汗を滲ませている。


「ちょ、ちょっとリリィ!またトラブル?」


クライの目の前に来るやいなや、汗を赤いハンカチで拭いながら少女に問いかけた。


「違います副隊長!」


「副隊長?」


「あぁ、申し遅れました。

私は帝衛隊第五番隊副隊長を務めております。

ボブ・メッシュと申します。

この子はリリィ・キャンベル。

ほらリリィ、挨拶して」


促されたリリィは、不満気にクライを見る。


「....リリィ・キャンベルよ。

....よろしく」


「いいよ別に挨拶なんて、どうせ二度と関わることないだろ」


クライの言葉を聞いて、リリィはクライを睨んだ。

ボブはあわあわとして、クライとリリィを交互に見る。


「い、いやぁそう言われましても、規則なので....」


「天下の帝衛隊様がなんで炊き出しなんて急にやってんだ?

今更ゴミ溜めの底辺共に媚び売ろうってか」


「ち、違いますよ」


「ちょっとなによその言い方!」


大きな甲高い声が、クライの鼓膜を揺らす。

不思議と、ここまで甲高い声でも不快な感じは無かった。


「帝衛隊は戦うことが仕事だろ?こんなとこで油売ってていいのかよ。

もしかしてあれか、帝衛隊のよく言ってる....なんだっけ、あぁあれだ。

『帝国民第一』の精神か?

だとしたら毎日炊き出しくらいしてくれても良いのにな。

それともこんなゴミ溜めの奴らは一回餌付けしとけば言う事聞くとでも思ってんのか?」


リリィは、クライの言葉を聞いて、自分の血管が切れたような気がした。

詰め寄ってクライの胸ぐらを掴む。

しかし、まだクライは言葉を投げかけ続けた。


「どうせお前ら、×紋もゴミ溜めも、帝国の高いビルから見下ろして嘲笑ってんだろ」


「私たちがあなたに何かした!?」


「何もしてくんなかったんだよ」


その言葉に、リリィはまだ何かを言おうとしていた。

だが唇を強く噛んで、胸ぐらを離した。

そしてボブの横へと、少し思い詰めた顔で戻る。


「あなたに何があったのか知らないけど....私たちは、いつだってこの帝国に住む人の味方だから。

....ゴミ溜めとか、×紋とか、自分でそんなに卑下しないでよ....」


いやにしおらしくなった少女を見て、クライは少しだけ面白く感じた。

感情の移り変わりが激しい彼女は、まるでヒロを見ているようだった。


「し、失礼しました、ほんとにすみません....

ほら、行くよリリィ」


「はい....副隊長」


ゆっくりとした歩みで、クライから離れていく二人。

途中でリリィが振り向いた。


「それと....ここは『ゴミ溜め』じゃなくて都市バルドの西地区、『ライン』だから」


それだけ言って、また前を向いて歩いていく。


「....それは、知らなかったな」


思えば、自分の住んでいる場所の正式名称を聞いたのは初めてだった。


クライは、頭を右手で掻いた。


「クソ....らしくねぇ」


『何をしている』


「うぇ!?」


突然頭に鳴り響いた声に、変な声を出してしまったクライ。

周りを確認して、小声になる。


「シ、シキ....お前今までなんで黙ってたんだよ」


『寝ていたのだ。力を使ったのでな。それで私が眠っている間に何人殺した?』


「ゼロだよ」


『ふむ、そうか。まぁ私が眠っている時は能力は使えんからな。

では、手始めに前の太った男と細い女を殺すぞ』


ボブとリリィの事だ。


「殺さねぇよ」


『何故だ』


「殺す必要がないから」


『何を言っている。

そういえばお前は、給仕の女も見逃していたな。

何故だ?何故そこまでの殺意を持っているのに使わない?

給仕の女の時は、明確に殺意が強くなっていたというのに、それでも殺さなかったな』


「もう殺す奴は決めてんだ。心配しなくても殺してやるから、安心しろ」


『........今はそれでもいいだろう。

それで、次はどいつを殺す?』




リリィとボブは二人並んで肩を落としながら歩いていた。


「もう、リリィ....感情訓練したじゃん」


「はい....すみません....

あいつの感情が、移っちゃってました」


「君の『心移し』は人一倍強いんだから、気をつけないと飲まれちゃうよ。

ここにはああいう人はたくさんいるから、良い練習になると思うけど、トラブルはごめんだよ」


「分かってます....でも、あんなに悲しみと怒りを感じたのは、久しぶりです」


先程のクライとの会話を思い出しながらリリィは言う。


「私....今の世の中を変えたいと思って、帝衛隊に入ったんです。

ここみたいな所に住んでる人もお腹いっぱい食べて、いっぱい笑って、何も心配しなくていいような....そして、差別もない世の中になればと思って。

でも、ここを見てるとなんだか、みんな絶望したような顔で」


「まぁねぇ....帝衛隊も頑張ってはいるけど、現実はそう簡単にいかないよ。

さっきの人みたいな、『自分は×紋だから差別されてるに決まってる』みたいに思い込んでる人もいるし、実際差別してる人もいるしねぇ」


リリィは戻ってきた炊き出し所を見た。


「どうすれば良いんでしょうか」


「強くなりゃいい」


後ろから突然声がして、二人は振り向く。

まず細い腰が見えた。


だんだんと目線を上げると、異様に細長い体が猫背気味に曲がっていて、細い目を更に細めた悪人面の男がニヤリと不気味な笑みを浮かべていた。



「ギ、ギラ隊長!お疲れ様です!」


ボブの額に一瞬で脂汗が浮き出る。

すぐに頭を下げて挨拶をした。

リリィはボブの言葉を聞いて、姿勢をピンと正して敬礼のポーズを取る。


「ギラ隊長!初めまして!私は帝衛隊第五番隊隊員、リリィ・キャンベルです!」


「よぉボブ、と、リリィだったか」


ギラはグッとリリィに顔を近づけ、目を合わせてジッと見つめる。

リリィは微動だにせず目線を返した。


「....へェ、俺ァよ、見る目には自信あんだ。

こいつァ強くなンぜ」


リリィを指差しながら、ボブの方を見る。

差された人差し指を、リリィは眉を顰めながら見ていた。


「あ、ほんとですか、ハハ....ありがとうございます....

ほらリリィも」


「人に指差すの辞めてください」


リリィがそう言い放った瞬間、まるで時が止まったような感覚を、ボブは覚えた。


次の瞬間には、ギラがリリィを無残に殺してしまうんではないか、そういう光景がボブの脳裏に浮かんだ。


「た、隊長!彼女はまだ新人で」


「カッカッカ!」


ボブの心配とは裏腹に、ギラは楽しそうに目を覆って笑った。


「面白ェ、大抵の雑魚どもは俺にビビって物も言えねェってのに、新人にこんな事言われたのァ初めてだ。

面白ェじゃねぇかお前。もう一回名乗れ」


「?....さっき言いましたけど....」


「悪ィ、さっきは覚える気無かった。人の名前覚えんのめんどくせェからよ」


「....リリィ、キャンベルです」


不快そうな顔を隠しもせずリリィは言った。


「リリィ・キャンベル....リリィ・キャンベル....よし覚えた。

お前二番隊に来いよ」


「え!?ちょ、ギラ隊長それは」


「嫌です」


「えぇ!?リリィちょ」


「そうか、分かった」


「えぇぇえぇ!?!?」


ボブは目を交互に白黒させながら、フラフラと頭から湯気を出し、ついにはフリーズしてしまった。


何とか平静を取り戻し、ボブはギラに尋ねる。


「....な、なんで二番隊がここに?

もしかして....」


「あァ、帝犯関係だ」


「『死鬼』....ですか?」


「いや....まァそれもあるっちゃあるが、ちょっと違ェな」


「一体....」


「『裏面』だ」

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