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罰紋のクライ  作者: 向井木 真幸
始まり
4/9

まだ

「....強かった」


足元に転がったバンターの死体を見下ろしながら、呟く。


「ぐっ....!」


不意に、頭が割れるような痛みが走り膝を着く。


「くっ....倒れる前に、急がねぇと」


『ふん、フラフラだな。

頭痛程度でそうなるか。人間とはとことん軟弱だな』


壁に手を付き、汗が滝のように流れるクライの様子を、シキは嘲笑う。


「うるせぇよ....痛む頭もねぇ癖にとやかく言うな」


『頭が痛いからといって私に当たるな』


「別に当たってねぇよ....」


シキと話しているうちに、頭痛が治まっていく。


「マークは、どこだ」


『ふむ、このまままっすぐ行って、三つ目の扉だな』


「....分かった」


壁から手を離し、クライは歩き出す。




マークは応接間に避難し、パジャマのまま椅子に座りながらいびきをかいていた。


扉が開き鼻ちょうちんが割れ、マークは目を覚ます。


「んぁあ....バンター、終わった?」


目を掻きながら扉を見る。


「....?」


そこに居たのは、バンターではなく、見慣れない少年だった。


「誰?」


「誰じゃねぇよ、豚が」


クライは苛立ちながら、罵倒した。

その言葉にマークが目を見開き、指をさしてきた。


「お、お前!さっき僕のこと豚って言った奴だな!しかも今も!」


「あぁ、そうだよ。豚」


テーブルに飛び乗り、マークの方まで歩いていく。


『この豚は、さっきほど強くないな。オーラを感じん。ただ気をつけろ。アーティファクトを持ってるぞ』


「バ、バンターは、バンターはどこだ!バンター!!こいつを殺せぇ!」


「バンターなら死んだよ。俺が殺した。そんな事も分かんねぇのか?

豚の方が賢いな」


マークの額に、夥しい青筋が浮かんできて、白目を向いた。


「お前....何度も僕を豚呼ばわりした挙句ぅ!豚の方が賢いだとぉ!?

殺す、殺す、殺してやるぅ!!!」


「かかってこいよ、クズ」


「『煉獄竜巻ィィィ』!!!!」


パジャマの懐から、ネジのようなものを握りしめ、掲げた。


そこから、凄まじい勢いの竜巻が生まれ、クライに襲いかかる。


「ふん!!」


それを、クライは一閃して消し飛ばした。


「え、えぇ....??」


マークの顔に困惑が浮かび、青ざめていく。

椅子から転げ落ち、尻を引きずりながらクライから逃げようとする。


「ずっと、ここに来るまでに、考えてたんだ」


だが、マークの逃げる先には、壁と、マークの三倍程の大きさの鎧しかない。


「いや、俺が物心ついた時から、ずっと考えてた。

なんで、俺達が、×紋が、こんな仕打ちを受けなきゃいけないのか。

....誰を殺すべきなのか。

誰を殺せば、俺達は救われる?」


「な、何言ってんだよぉ!」


マークが、巨大な鎧に手をかけた。

そして、下卑た笑みを浮かべる。


「『アイアン・グレートォ』!」


「!」


マークの身体と鎧が、激しく発光し、クライは思わず目を覆う。


光が収まると、巨大な鎧を身にまとい、頭だけを出したマークがいた。


「ぶひっひっ!バカが!これでお前も終わりだ!

僕が『鉄人ちゃん』を着る隙を与えた、お前の負けだぁ!」


クライは、顔をうつ伏せる。


『油断するなよ。

かなりのアーティファクトだ』


「あぁ、分かってる」


飛び上がり、テーブルのクライに拳を叩きつけた。

テーブルが真っ二つに折れる。


「ぶひっ!死んだな、これ」


拳をどかし、クライのぐちゃぐちゃの死体を思い浮かべながら、テーブルを見る。


「....???」


あるはずの血がない。肉片がない。マークの思考は停止した。


「動きが単調だな。さっきのおっさんの方が百倍強ぇよ」


後ろから、クライの声がした。

肩を跳ねさせ、マークはすぐに後ろに拳をふる。


また、クライの姿を見失った。


「こっちだよデブ」


クライは、マークの振った拳の上に乗っていた。


「う、うわぁ!」


思わず拳を何度も大ぶりに振る。

飛んで、マークと距離を取った。


「ヒロは、お前にとってなんだったんだ?」


クライの声を聞き、拳を振るのを辞めたマークは、きょとんとした顔で、クライを見た。


「ヒロ....?」


「もういい」


クライは、特に表情も声色も変えず、マークに歩いていく。


「ち、近づくなぁぁぁ!!!」


鎧から、いくつか小型のミサイルが発射された。

ひとつは弾き、ひとつは避け、ひとつは切った。

他のミサイルは、そもそも見当違いな場所へ飛んで行った。


クライは飛び上がって、鎧の肩に乗った。

マークが怯えた表情で、唇を震わせてクライを見る。


「何だよ....化け物でもいたか?」


刀を、鎧の隙間から見えているマークの肩に突き刺した。


「うぁぁ!痛い!痛い!」


大きな音を立て、鎧が後ろに倒れ込む。


「ヒロは、もっと痛かったよ」


刀を引き抜き、マークの頬に刃を当てる。

頬が切れ、血が流れる。


「ずっと、

ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと....

考えてた」


「金か!?金が欲しいんだったらいくらでも持ってけぇ!!」


「ヒロは、今の俺を見て、どう思うかな」


「頼む!頼むから殺さないでぇ!」


「なぁヒロ、お前ならきっと....」


「助けてぇ....助けてよぉ....ママぁ....」


マークはついに、泣き出してしまった。


「それと、一つ聞きたかったんだよ。お前に」


「....?.....なんでも、なんでも答えるから!

資産のありかも、アーティファクトも全部あげる!」


「お前にとって、×紋って何だったんだ?」


質問の意図が分からない、とでも言うように、目を見開くマーク。


「ば、×紋....?金じゃなくて?」


「あぁ、×紋は、お前にとってなんなんだ?」


「そ、そりゃあ───」


クライの刃が、マークが何かを言うよりも先に、口を真っ直ぐ突き刺した。


「聞く価値もねぇんだよ。クズが」


引き抜き、構え直して、マークの頭を縦に割る。


何度も、マークの頭を切る。


原型が分からなくなったところで、クライはようやく止まった。


「気色悪ぃ」


脳と血、そして骨がぐちゃぐちゃに混ざったものを見て、クライは吐き捨てた。


窓に近づき、空を見ると、そこには満天の星空が広がっていた。


マーク邸から出て、後ろを見る。

マークの放ったミサイルの影響で、火が上がっていた。


クライは、しばらく立ち止まってそれを見ていた。


(ヒロ....)


既に死鬼を解除していたクライは、左手に刻まれた×の紋章を見た。

眉を顰め、唇を噛んで、左手の甲を地面に叩きつけた。


「こんなのが....こんなのが、あるからぁ!!」


何度も、叩きつけた。

血が飛び散って、骨が飛び出ても叩きつけた。


『無駄なことを』


あらぬ方向に折れ曲がった指が、元の乾燥した手に戻る。

まるで、何事も無かったように。


「あああああああああああぁぁぁァァァァァァ!!!!!!!」


クライは叫んだ。

喉がちぎれるほど叫んだ。

血が出て、声が出なくなっても、また再生して叫んだ。


「死ね....!死ねよ!なんで、なんで俺何だよ!

死にたい、死にたい、死にたい....」


『完全に馬鹿だな』


今度は、頭を地面に叩きつけた。

額から血が出ても構わず叩きつけた。擦り付けた。

狂気的だった。


「ヒロ、ヒロぉ....ヒロォォ!!」


既に、この世に居ない友人の名前を、何度も叫んだ。

そこに居たのは、残酷な復讐者などではなく、年相応の少年だった。


「あぁ、あぁぁ....」


クライは、目を拭いて、ゆっくりと立ち上がった。


「ごめん、ヒロ。まだ、そっちには行けない。

俺にはまだ、やらなきゃいけないことがある」


振り返って、マーク邸の庭を出ていく。



マーク邸からしばらく歩き、ゴミ溜めの通りに差し掛かった所で、クライは、胸を抑えながら歩いていた。


「ハァ、ハァ、クソが....もう時間かよ....ハァ」


『ちなみにだが、変身にも反動はある。

今お前に返ってきているのは紫炎の反動だけでは無い』


「お前....ハァ....思ったより使い勝手悪いんだな....」


『何を言う。慣れれば反動もその分弱まる。使い込む事だな。

お前が使い込めば、私の力も伸びていくだろう』


立っていられない程の動悸がして、胸を抑えながら倒れ込む。


「かっ、ハァッ.....ハァッ.....まずい....まだ、家に、ついてねぇ....」


クライは、目を閉じ、気を失った。




後日、マーク邸


「うわぁ、これすんごいね」


浮遊する水晶玉に乗った、幼女の姿をした女が、隣のメガネをかけた真面目そうな男に話しかけた。


「はっ!帝衛隊第十番隊隊員!グラス・ロバート!報告したく思います!」


ビシッと指先を伸ばし、敬礼するメガネに、幼女は呆れた顔をする。


「....それさぁ、無駄だからいいよ」


「え、しかし、隊長」


「はい報告!」


幼女がビシッと指をさし、おどおどとしていたメガネが姿勢を正した。


「はい!屋敷内でアーティファクトを使われた形跡あり!死者多数!生存者は現在、給仕の女性のみ!」


「ふーん....完全に帝衛隊の管轄だねぇ。んで?給仕の人はなんて?」


「はい!容疑者は十六か十七歳、黒髪の青年です!」


「え、わっか」


幼女の驚いた顔を見て、メガネは心の中で一瞬思った。


(隊長が言えますかね?)


「こら!」


「!?」


突然、大きな声を上げた幼女に、メガネは肩を跳ねさせる。


「忘れたぁ〜?この水晶は、周りの相手の心を読めるんだよぉ?」


「あ、そ、そうでした....失礼しました!」


「....んふふ、君には、後で私のおやつでも上げよう」


妙に上機嫌な幼女を、メガネは不思議そうな顔で見つめた。


「おうおうおう!ミロル!」


「....うげ、めんどくさいやつ来たよ」


突如遠くから大きな声がして、幼女は眉を顰めた。


「!帝衛隊二番隊隊長!ご苦労さまです!」


メガネが挨拶した先には、身長が異様に高く、スラッとした体型の悪人面の男がいた。

その男が、メガネをジロっと睨む。


「あ?....誰だよテメェ」


「し、失礼しました!帝衛隊十番隊───」


「いいからいいから、こいつに挨拶なんてしなくていいよ。

ちょっとギラ!新人虐めないでよ!てかなんであんたがいんの?

調査は十番隊の管轄でしょ!?」


「うっせぇなぁ、暇だったから見に来てやったんだろうが。

あのマークがぶっ殺されたって聞いたからよォ」


「はぁぁ....二番隊は二番隊の仕事をしてよ....」


弱々しい声で、水晶玉に頭を伏せながら幼女が言った。


「マークって野郎は、確か帝犯(反帝法所持犯罪者)の調査対象だったよな?

黒い噂もよく流れてたなァ....

チッ、俺がいつかぶっ殺してやりてぇと思ってたのによォ」


マーク邸を見て、舌を鳴らした男。


「....グラスくん、こいつはもう居ないものとして扱っていいから、とりあえず報告続けて」


「は、はい....そして!給仕の女性は、青年に『マークの悪事は知っていたか』『×紋についてどう思うか』と質問されたようです!」


メガネの言葉を聞き、男と幼女は目を見開いて、見合わせた。


「....死鬼」


幼女と男の声が重なった。メガネはきょとんとする。


「シキ....?」


「いや....何でもないよ。気にしないでいいから」


「....くくく、はっはっはっは!」


暗い顔をする幼女に対し、男は大きな声で笑いだし、大きな口を開けて舌なめずりをする。


「面白くなってきやがった....!」


男に面食らい、一瞬唖然としたメガネだったが、すぐに持ち直し報告を続ける。


「そ、それと、青年のものと思われる血痕が、庭にあったとの事です。

現在、鑑識に回しています」


「意味ねぇよ」


男が口を挟む。


「どうせ、相手は×紋って事だろ....

×紋だったら、まともな個人資料がある可能性のほうが少ねぇ」


「意味無いってことは無いでしょ」


幼女が反論し、男が睨んだ。


「んだァ?ミロル、俺とやりてぇのか?」


「すぐにそうなる....これだから星紋は」


「槍紋の分際で....」


幼女と男が、互いに睨み合う。

一触即発の雰囲気に、メガネは生きた心地がしなかった。




クライが目を覚ますと、そこは、見覚えのない場所だった。


「ここは....?」


「おぉ!クライ!!!やっと起きたのか!!!」


突然、横から抱きつかれる。


「って、チュウ!?」


独特の匂いで、クライはすぐに正体が分かった。


「良かった....良かった....四日も寝込んでたぞ....もうダメなのかと思った....」


「なんで....」


「仕事に向かう途中で、お前を見つけたんだ。

びっくりしたけど、すぐに連れ帰ったさ」


「なんで....?」


「....?」


クライは、チュウの顔を見ながら、尋ねた。


「なんで、俺なんかを....?」


「!....

クライ....俺は、お前とヒロに助けられた。

その分の、恩を返したかったんだ」


チュウの言葉に、クライは少し瞼を開き、膝を寄せて目を伏せた。


「ヒロが....死んだんだ」


チュウは目を見開き、口をわなわな震わせ、何度か横に目をやって、クライの背中に手を当てた。


「....そうか....辛かったな」


「....ありがとう」


クライは、口を噛み締め、堪える。


そして、ベッドから降りて、扉に向かう。


振り向いて、笑顔を向けるチュウに、ぎこちない笑顔を返した。


「ありがとう、チュウ。

俺は、もう行くよ」


「──待て、クライ」


ノブに手をかけたところで、真剣な声色のチュウに動きを止めた。


「俺は....お前のことも、ヒロのことも、正直深くは知らない。

....だがな、お前達は、俺から見たら、まだ子供だった。

子供なのに、俺なんかよりもずっと立派だった。

凄いと思う。....でもな、それでも、お前はまだ子供なんだ。若いんだ。俺なんかよりずっと」


「だから、なんだよ」


ノブを握る手が固くなる。


「俺から見たら....分かんないけどな、俺から見たらだぞ?

お前は、

────自分一人で、抱え込んでるように見える」


思わず振り向く。チュウの顔は、まるで、子供を心配する父親のようだった。


「無理すんなよ?」


クライは、目の奥から、何かが込み上げてくる感覚を覚えた。


「あれ?....なんだ、これ....ひっ、ちが、うっ、おれ、お、おれ、は」


込み上げてくる何かを、必死に腕で拭うクライに近づいて、チュウは優しく抱きしめた。


「いいんだ。泣きたいなら、泣いていいんだ。

お前は、大人びてるけど、まだ子供なんだ」


「ちが、う....ひぐっ、ちがうんだ、チュウ、おれの、お、おれの、せいで」


優しく頭を撫でられ、クライは、それを大人しく受け入れる。

込み上げてくるものを止めようとすればするほど、溢れてくる。

体が、言うことを聞かないようだった。


「違う、クライ。お前のせいじゃない」


「お、おれ、うっ、がんばった、ひゅっ、がんばった、のに、だめだ、だめだった」


「そうだな、頑張った」


頭を撫でられる度、安心した。

やっと、少しだけ、救われたような気がした。

クライは、幼子のように泣き続けた。

鼻水が服についても、チュウは気にしなかった。


「今は、ここで、好きなだけ休めばいいさ」


チュウが言葉を紡ぐ度、クライは、自分がまだ人間な気がした。

×紋←ばつもん

星紋←せいもん

翼紋←よくもん

槍紋←そうもん

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