82.
「魔道具は、物によっては半永久的に使えるんだ。メンテナンスは必要だけどね」
そう言って、シドは防犯魔道具を手渡す。受け取ったパクは、興味津々と矯めつ眇めつ眺める。軽く、抱えられる大きさのサイコロの形。一緒に見ていたレオが、パクと相性いい魔道具だよと、使い方を教えてくれた。
聞き終わる頃には、パクの目はきらきらに輝き、マスターすべく魔力が空になるまで連日練習。心配したファスとしらゆきたちに強制連行されるまで、パクは没頭したのである……。
見付かった!
目眩ましの魔法が破られたと、しらゆきが声を上げた。気配はどんどん近付いて、耳を澄まさずとも、魔物の声が聞き取れる。はやては窓から離れ、ダイチと並んで戸の前で臨戦態勢。
ギャ、ギャ、と巣の周りを歩き、乱暴に殴っては窓から覗く。人間の匂いに気付いているのだ。
ドンドンと何度も全体が揺れ、破られそうだ。
巣を壊される訳にはいかない。戸の土魔法を解除、と同時に飛び込んできた魔物に、風の刃をぶつける。追撃の火球を無数に浴びせ、木のムチでびしりと外へ叩き出す。
魔物らは、まさかの攻撃に悲鳴を上げ、小屋から距離を取った。しかし、唸るパクたちの姿を目に留め……ニタニタと笑い始める。魔猫は弱小種族、取るに足らぬ相手だと思ったのだろう。
ケケケ、と笑い声を上げながら、脅すように足を踏み鳴らし、手製の武器を振り上げる。完全になめ切っている態度だ。
パクたちの目が、鋭くなった。互いに尻尾で合図し合うと、ソラの肉球が光る。
周囲の木々が揺れ、ぐいぃと撓ると……魔物に向かって鋭く尖った枝が放たれた。さながら、弓矢のようである。魔物は目を見開き、逃げ惑う。
ダイチの肉球が光り、逃げた先を狙ってぼこぼこと穴を作る。どんどん落ちていく魔物共。踏み止まったモノには、しらゆきの火球をぶつけられ、落とされる。這い出ようとするモノには、はやての突風や風の刃が押し戻す。更にダイチは、穴を深く深くしていく。そして、
「にゃむ、にゃむにゃむにゃむにゃむむむぅー………!!」
パクによって増強されたオネムが、大きな大きな水球を作り、穴を塞ぐように落とした。
どっっっぱぁぁん!!……と響き渡る音で、微かな悲鳴は搔き消された。
「あった、あったぞぉぉ……、これ、コレぇぇぇ……」
そう言って、パタリと倒れたギルマスの手から資料を抜き取ると、トオヤは目を通し始めた。
ダンジョン異変から、ほぼ不眠不休で動き回っていたギルマスに鞭打つように、過去の資料を探させた男は涼しい顔だ。ヤダあいつ超コワイ。とはエルドである。
「前回の胎動は二百九十年前…、これも不確かなようだが。頻繁に起こる現象ではないし、短くても数百年単位か。資料が少なく、知っている者も居なくて当然だな……」
「逆に、なんでファスは分かったのって話になるんだけどな」
エルドに向ける、トオヤの目が冷たい。
「あいつ、実は人間じゃないとか?」
「今はいいんじゃないか?それは」
「今逃すと、お前ら言わねーだろ。好奇心で訊いてるんじゃねーの、信じてーから訊いてんの」
エルドは真剣だ。この男は、悪い人間ではないと分かっている。
しかし、話すのであれば、ファス達の許可を取ってからだ。トオヤの一存で決めていい話ではない。
「ファスがどんな訳ありでも、いい奴だってのは分かってんよ。メシうまだからな」
「どの道、誤魔化せるとは思っていない。だが、俺ではなくファスの判断に任せる」
「…って事は、トオヤは俺らを信用してるんだな?」
「場合によるな。あぁ、ファスの前にカイとうららの許可もいるから、そのつもりで」
「全員かよ。何なの、保護者なの?」
顔を顰めるエルドだが、答えに満足したか、ニンマリ笑う。ようやくやる気になったようだ。
この件は一時脇に置き、出来る限り二人で調べていく。記述が多いのはやはり、異常発生だ。過去を遡り、少ない資料を隅々まで読み、照らし合わせる。
「…やっぱ、異常時と現象は似てるんだよなー…。勘違いってのは、」
「無い。ファスのは、与太話と思わない事だ。嘘をつく理由も、必要も無い」
「だよなぁー…。な、風について、そっち何か書いてない?」
「……“大地が揺れ、木々は裂け、生の恵み、全て吞まれた”……“怪物の口は閉じられ、数多の命の慟哭が七日七晩続いた”」
「何て?」
「“怪物は生まれ変わる”……怪物はダンジョンの事だろうな。そして、胎動の記述。“再び口が開く”」
「まるで生き物みてぇに書かれてるな」
「“更なる悪夢、更なる恐怖と絶望を吐き出した”」
「恐いんですけど。何、何が起こんの?」
何?!と言いながら資料を捲り続けるエルドを横目に、トオヤは考える。
生まれ変わる、とファスは断言したが、その先は何も言っていなかった。つまり、パクたちも先については問題無いと判断したか。
それとも、本格的な変化が起こる前に移動するから問題無い、なのか。
この記述を素直に読み解くなら、悪夢と恐怖は、最悪の魔物大発生ではあるが。
いや、とトオヤは首を振る。パクたちは魔物だが、身内にファスが居る。最悪を感じ取ったなら、もっと早く此処を離れる筈であるし、黙っている事はないだろう。だとしたら?
考える横で、お手上げ状態となっているエルド。
「…まだ猶予はある。もう少し、詳しい話を聞きたい。戻るぞ」
「うーっす。これ持ってく?」
「あぁ。オーベルはどうした」
「あいつなら、伝言頼んどいた。聞かねーで入り込むのも居るからな」
この記述が本当ならば、ダンジョンに入っていなくとも、近くに居ると吞み込まれる可能性がある。半信半疑ではあったが、エルドもファスの為人を信じたようだ。
倒れたままのギルマスに許可をもらい、資料片手にギルドを出ると、ファスが落ち着かない様子で待っていた。宿に居る筈ではと首を傾げ、人だかりを目にし、現状把握。
「トオヤ、エルドさん」
「あー、モテるのも大変だねぇ」
「何があったんだ。いや、大体分かるが」
「あの、すぐ出れるようにと……待ってたんですけど、カイとうららが…」
捕まった、と。
場所柄、冒険者が多く出入りするものの、Sランクパーティが来るのは稀だ。町の人間がほとんど集まっているんじゃないか、という程の賑やかさである。
まぁ、あの二人なら隙を見て逃げられるだろう。トオヤはファスを連れ、外へ向かう。
いいのかよ、と言いつつエルドもちゃっかりついてくる。
「一つ訊きたい。ダンジョンが生まれ変わった後、何が起こるかは分からないか?」
「後ですか…?いえ、出現する魔物も罠も全て変わるらしいですが、それ以外は特に」
パクたちは何も言っていなかったようだ。思い出すようにファスは空を見上げ、にこりと笑った。
「ちょっと心配ですけど、楽しみですね」
「ん?」
「ダンジョンが変わった後は、その周囲で珍しい薬草や木の実が見つかったりするそうなんです。ダンジョンの魔素と、地上の魔素が混ざり合って、一時的に出てくるもので貴重らしいですよ」
それを採る為、此処に一時拠点を置いたらしい。
パクたちでも、中々御目に掛かれない希少な薬草。それは人間にとっても貴重なものになるのでは。そう思ったが、トオヤは笑って頷くだけだ。
特にソラが、ワクワクしているそうだ。変わった草花もあるかもしれないと、心待ちにしているとか。
「へー、まさかその薬草一つで、どんな怪我も治るとか」
「あ、あるそうですよ。もしかしたらですけど。それで薬を作ると、確か…エリクサーに匹敵する効果があるとか」
すごいですよね、と、のほほんなファスだが。冗談のつもりであったエルドは、珍しく固まっている。
慣れているトオヤは、微笑むだけだ。パクたちが、惜しみなくファスに教えたのなら、この情報は本物である。
エリクサーに匹敵するならば、加工せずともその薬草一つで、たちどころに治してしまうのでは。それを知ったならば、多くの冒険者、薬師、商人が詰めかけ、争い勃発は免れない。
しかも一時的。希少性はぐんと上がる。更なる争いが生まれる事だろう。
トオヤは気付いた。あの最後の記述。
「更なる悪夢、更なる恐怖と絶望、か」
「あ、」
エルドも気付いたらしい。
あれは、人間同士の欲望の争いを示していたのでは。
どんなに時を経ても、どんなに技術が進化しようとも、人間は変わっていない。繰り返す。
「…俺は何も知らないって事にしとく」
「そうだな」
トオヤとエルドは頷き合い、先を歩くフード姿を眺めた。
知っているのが、ファスで良かったと心底思いながら。




