83.
「だから何があぶねーんだよ!あぶねーのは全員承知の上なんだよ!!」
「あぶねーって言ったらあぶねーんだ!あぶねーのに行ったらあぶねーだろ!!」
「中身!!あぶねー内容を言えっつってんのよ!!あぶねー言い過ぎてあぶねーが何か分かんなくなっちゃうでしょうが!!!」
「ダンジョンあぶねーんだ!!」
「よーし一歩前進!ダンジョンの何があぶねーんだ言ってみろオラァ!!」
オーベルの中身の無い注意喚起に付き合っている、強面同業者は恐らく、中身はいい人なのだろう。周りには、疲れて寝そべっている者多数。このやり取りは、軽く小一時間掛かっていた。
「お前の兄貴どうしたぁ!?」
「兄貴なら、トオヤと調べ物だ!俺は伝言に来た!兄貴とトオヤが言っていた!ダンジョン今不安定過ぎてあぶねーから絶対入んな!んで、周りも注意だ!もしかしたら変わる前触れかもしれんって言ってた!!」
「兄貴だけじゃなくトオヤさんも言ってただとぉ?!野郎共、撤収だぁ!!」
トオヤさんが言ってたんなら間違いないな!……と、全員立ち上がり、野営の準備をしていた者らはテキパキと片付け始める。
Sランクパーティ効果は絶大であった。オーベルはうむ、と頷いている。
「伝言ありがとよ。取り敢えず周りは調べたが、魔物も数匹程度でダンジョンも静かなモンだぜ。変わるってのは何なんだ?」
「まだ分からん!入った奴居るか?」
「あー、それを今調べてんだな。いや、全員揃ってる。お前も戻るか?」
「いや、ちょっとぐるっとしてから戻る。兄貴に言っといてくれ」
兄弟はワンセットと思われがちだが、こうして別行動を取る時もある。オーベルはオーベルで、考えて行動しているのだ。ほぼ野生の勘だが。
彼も、経験豊富な立派な冒険者なのだ。危機回避ぐらいはできる。しかし、そんな弟を兄は心配している。
「……」
適当に歩き回り、遭遇する魔物もさくっと倒していたオーベルの目の前に、小さな建物が。
木々に隠れるように建つ古びた小屋は、隠遁者の家に見えなくもない。
距離的に考えると町に近いが、危険は伝えた方がいいだろう。オーベルは近付こうと一歩踏み出す……。
「……」
細く開いた木戸から、猫が顔を出した。オーベルは隠れる。
猫は一匹ではなく、数匹。確認した限りでは、三匹。きょろきょろと辺りを警戒するように見渡し、ささっと中に戻る。普通の猫の動きではなかった。
オーベルは驚愕の余り目を見開き、ゴクリと喉を鳴らした。
「あ、あれは……!」
兄は、弟を一人で行動させるのは、余り良くないと考えている。
「魔女の家だ………!!」
ツッコミ不在だと、弟の思考が無法地帯になる懸念があるからである。
巣はこの先にある。
ファスは、トオヤと話すエルドを見た。彼ら兄弟は、いい人だ。薬不足時の一件ではお世話になった。何気に、お裾分けを渡す間柄にもなっている。
トオヤ曰く、騒々しく常に金欠で、先を見通していないようでギリギリ見通しているかもしれない、天才となんとかは紙一重のなんとかの方だが、為人は保証する。……らしい。褒めているのかけなしているのか。
それでもファスは、自分の印象とトオヤの目を信じると決めた。けれど、最終判断はパクたちにある。
「…、あれ……」
目眩ましの魔法陣が見当たらない。この辺りの筈と、繁みを掻き分け注意深く探す。小さな魔法陣はあったが、傷が付けられ、解かれている。
「ファス、どうした?」
「さっ先に戻ります!」
何かあったのだ。ファスは慌てて巣に向かう。
危ないかもしれないが、珍しい薬草は気になる。こんな機会は滅多に無い。
そう、全員で決めた事だ。でも自分が離れていたから、町に行っていたから、パクたちは逃げられずに。
必死に走り、木々を掻き分け進み、奥に佇む巣を見付けた。が、その周りは荒れている。
無数の枝が地面に突き刺さり、その地面も荒れ、あちこちに焼け焦げた跡、切り裂かれた跡が。
ファスは青褪め、巣に飛び込む。
「…っっ!みんなっ!!」
「にゃー!!」
にゃ――!!
パクたちが目を輝かせ、ファスに飛び込んでいく。巣の中は少し散らかっているものの、全員、無事なようだ。毛皮は汚れているが、怪我も無い。元気にモフモフすりすりと喜び合う。
「よかった…!大丈夫だね、怪我もしてないね?よかった、本当によかった……!」
「にゃーあ、にゃうー」
「ごめん、遅くなって…、何があったの?魔物が来たの?」
「なぁう、な!」
「ぶにゃにゃ!」
倒してやった!とはやてとダイチは得意気だ。全員ででんと胸を張っている。
魔猫は確かに、弱い魔物だ。けれど、快適な巣があるといったとて、パクたちは外で暮らしている。生き抜いてきた知恵と力があるのだ。そして、ぽわぽわを取り入れているパクたちは、他の魔猫と比べるとちょっとだけ強かった。
「にぃにぃ。にゃんにゃ!」
「え、変な気配…?」
「にゃむにゃ、むぅ!」
「んにゃ、んにゃにゃ!」
パクたちは今までずっと警戒し、交代で外を窺っていたという。不穏な気配があるのだ。魔物とは違う、何かが外に居る。
もしもの為にと、ごはんとおやつで回復。それから向こうの動きを張っているが、全く動かず、けれど気配は消えない。相手の意図が分からず、全員不安になっていた時、ファスが帰ってきてくれたのだ。
「そ、そうなんだ…。今も?」
「にゃ、」
「に、にぃ!」
近付いてくる!しらゆきたちは、ファスにぎゅぎゅっと集まり、パクは防犯魔道具をぎゅっと握った。
「えー、と…」
「何も言うな。お前は入るな。あの空間は守るべき空間だ」
うん、分からん。
エルドは開けっ放しの木戸の向こう、猫まみれになっているファスを眺めた。
あれはただの猫じゃあないだろう。話しているし、ファスも言葉を理解しているようだ。該当するのは、人前には姿を見せない、珍しい魔物である魔猫。
突然駆け出したファスをそのままにはできず、一緒に追ったはいいが……。
「お前の判断によっては、消えてもらう事になるが」
「怖いわ、怖すぎるわ。俺だって弁えるわ」
トオヤの本気しか感じられない殺気に、エルドは必死に首を振る。
吹聴したら、ファスとあの魔猫たちがどうなるか。考えずとも分かる。三人がずっとダンマリだった理由を知り、エルドは納得した。
「言わねーよ。…あんなん、幸せ家族じゃねーか。それに、」
「兄貴――!!そこは魔女の家だぁぁぁぁ!!!」
にゃ―――!!!
高速で近付いてくる不穏な気配に、パクは仲間を守る為、防犯魔道具を起動。
パクの能力により、増強された反射の力で、
ばちこぉぉぉぉぉぉん!!
「あ、」
兄弟は透明な壁に吹き飛ばされた。
…尚、トオヤ含む三人組は、ちゃんと除外されているらしい。
……カイとうららが疲れた姿で巣に現れたのは、夕方近くであった。
巣の外で正座している兄弟は目に入っている筈だが、二人は遮断するように戸を閉める。
「ファスぅぅぅ……」
「やっと見付けたぁ、お腹空いたよぉぉぉ……」
「お、お疲れ様です。ごめんなさい、先に出てしまって…。パクたちが心配だったので」
「遅かったな。お前達ならすぐに撒けると思ったが」
巣の片付けを手伝ったトオヤは、先にくつろいでいた。ファスはカイに抱き着かれ赤くなっていたが、お茶を用意する為台所へ。
「にゃあ」
「パクちゃん…!!久しぶりだねぇ、しらゆきちゃんはやてちゃんダイチちゃんオネムちゃんソラちゃん……!もふもふだぁぁ……!」
目に入れただけで癒されたのか、うららはへにゃりと笑う。
二人の疲れ具合が伝わったか、パクたちは座りなよ、と促した。カイはトオヤを睨む。
「抜け駆けしやがって…」
「戻りたがっているファスを無視する訳にはいかんだろう。実際戻って良かった、巣が襲撃されていたからな」
「な!?なにそれ!どいつ??!黒焦げにしてやる!」
「パクたちで撃退したんですよ。怪我もなくて、巣もこうして無事でよかったです」
どうぞ、とお茶を置き、クッキーも添える。そのままファスは、外の兄弟にも持っていった。
「うん、俺のファスは放置なんて無理だよなー。トオヤ、説明」
ファスが気に掛けていなかったら、放置の腹積もりであったらしい。うららは、モフモフたちを褒めちぎるのに忙しそうだ。トオヤはクッキーを口に運ぶ。
「簡潔に言えば、兄弟にパクたちの存在を知られた。だが、口外する気は無いそうだ」
「外に居る理由は?」
「パクたちが拒絶している。オーベルが驚かしてな…。あの巨体がいきなり現れたら、仕方のない反応だと思う。今の所、ファスがとりなしても駄目の一点張りだ」
ファスが戸を開けて、固定している。足元に居るしらゆきとソラは、警戒態勢を崩していない。
兄弟は大人しくお茶を飲み、クッキーを取り合っている。
「んに、ににぃ…!」
「ソラ、あの人はゴリラじゃないよ。冒険者の人だよ」
「にゃん、にゃんにゃ…!」
「しらゆき、人の言葉を喋るゴリラじゃないよ。人間の冒険者だよ」
「ずっとあんな感じだな」
カイはお茶を吹いた。




