閑話 春、らんまん
パクたちの好物は色々あるが、今が旬といえば、いちごである。
にゃあにゃあと喜んで食べる姿は、微笑ましく此方も笑顔になってしまう。それを思えば、少しばかり人が多い市場での買い物も、苦ではない。
王都、本日快晴。いい買い物日和である。
春を迎えて何度目かの市場、相変わらずの多くの人と、活気ある声。ファスは気合いを入れ直し、目的の出店へ向かう。店を構える場所は予め決められているらしく、毎回同じ場所。御蔭で慣れていないファスも、覚えることができた。
「おや、いらっしゃい。今年も来てくれたんだねぇ」
「こ、こんにちは」
毎度あり、とお客に野菜を渡すと、女将さんはファスに向き直った。
「今年はいい出来だよ、いちごかい?」
「はい、ありますか?」
「こっちだよ、ウチのはこれ限りだ。決まったら声掛けとくれ」
以前、どれにするかで悩み、真剣に見比べていたのを覚えていたらしい。ファスは頭を下げ、並べられた綺麗な赤を見る。しらゆきが喜びそうだ。
今年も粒揃いで、目移りしてしまう。大きめがいいかな、とファスは一つのカゴを手に取る……前に値段を確認。今日の日の為、いちご貯金でコツコツ貯めたが、果たして。
「買える…!あの、これを一盛りください」
思わず喜ぶファスに、女将さんは笑った。
「はいよ、いいだろ。いちごも病気せず大きくなってくれてね、豊作さ」
「どれも大きくておいしそう、みんな喜びます」
「兄さんは家族想いだねぇ…。あ、ちょっと待ってな」
お金を受け取り、女将さんは奥へ。いい買い物ができた。ホクホクと待っていると、いちごを詰めた袋と、もう一つ。
「これは、買ってくれた人へのオマケ。さくらの塩漬けだよ」
「…?さくらって、あのさくらですか?食べられるさくらもあるんですか?」
「そうだよ、知らなかった?まぁ確かに、こっちでは見るだけだもんねぇ。私らの国では色んな種類のさくらが、そりゃあ見事に咲き誇るんだ。早咲きや遅咲きもあってね、結構長く楽しめるんだよ」
八重のさくらで、大輪の華やかな姿をしているそうだ。塩漬けになった今の姿では、分かりにくいが。
「塩抜きしてお茶にすると、キレイだよ。あとはごはんと混ぜて、おむすびもいいね。お菓子にも使えるし。兄さん色々作れるんだろ?試しておくれな」
「は、はい。大事に使います…!」
これは、喜んでくれるだろう。新しい食材に、ファスの目は輝く。詳しい作り方とレシピを訊き、頭に叩き込むと寄り道せずに早足で帰ったのだった。
「にいぃぃぃ……!」
大粒のいちご。きらきらの赤。
しらゆきのまんまるの目は、輝きっぱなしだ。パクたちがにゃあにゃあ食べる中、うっとりと存分に眺めている。ジャムやケーキにする前に、まずはそのまま味わうのが定番になっていた。いちごは今年も好評だ。
そんな中、ファスはゆっくりとお湯を注ぎ、さくら茶を実践中。ゆっくりと花弁が開き、艶やかな香り。見惚れていると、鼻をヒクヒクと動かしながら、ソラが覗き込んできた。
「んにゃ……!んにゃ?にゃあにゃ??」
「これは、さくら茶だよ。それはさくらの塩漬け。食べられるさくらなんだって」
お花大好きなソラは、一目で気に入ったようだ。尻尾をピンと立て、味見したいと訴えてくる。ファスは微笑むと、ソラの分も注ぐ。
「ちょっと熱いから、気を付けてね」
ソラは頷き、ふうふう冷まして、一口。ほのかな塩気に、さくらの香りがすう、と抜け、なんとも華やか。ゼイタクなお茶だ。
「んにゃにゃー……!!」
ゴロゴロと喉を鳴らし、満足気なソラを撫で、みんなの分も入れていく。
「ごはんに混ぜたり、おやつにも使えるから、色々作ってみるね」
「んにゃ!」
「でも先に、いちごで何か……。そうだ、」
ファスはお茶を運ぶと、すぐに台所に戻りいちごを切り始める。ソラはパクたちにさくら茶を説明していた。キレイなお茶に、歓声が上がっている。
「バターと、花蜜で…」
小鍋を火に掛け、バターを溶かしていちごを投入。ざっとかき混ぜ、花蜜を入れそのまま煮込む。その間に、作っておいたパンを切って焼いておく。甘い匂いが、巣に漂い始めた。
「これくらい、かな」
いちごをボウルに移し、少し冷ましてから、刻んでおいたさくらを散らして混ぜる。パンに乗せていき、仕上げに水気をしっかり切った花びらを飾る……。
「できた、」
振り向くと、パクたちが期待の眼差しを向けていた。ファスはニコリと笑うと、運んでいく。
「どうぞ、いちごとさくら、両方使ってみたんだ」
「にゃあぁぁぁ……!」
蜜を纏ってつやつやないちごに、薄桃色の花弁。ゼイタクな春のおやつだ。全員目を輝かせ、いただきます。
「なぁー、なう!にゃ!!」
「ぶにゃにゃあ…!」
耳と尻尾をピンと立て、はむはむと食べ続けるパクたち。口に合ったようだ。
よかった、とファスは安堵し、薬草茶を入れておく。
カイ達も、気に入ってくれるだろうか。数日前に依頼を受けた彼等は、まだしばらく戻らない。今回は、花見はできそうにないと残念がっていたので、代わりにこれを出そう。
見て、お腹も満たせるお花見もいいかもしれない。
「にゃ、にゃーあ?」
「おかわり?待ってね。オネムはいちごだけだね」
「にゃあむ!」
その時は何を作ろうかな。
ファスは先を楽しみにしながら、賑やかな食卓へ向かった。
いちごの時期…本来は春から初夏にかけて、だったんですね。
農家さんの努力の賜物です…




