79.
「んにゃ、んにゃんにゃ」
無事に山の巣へ帰って、数日が経った。
冬の間も時折点検に来て、対策はしていたので、傷んでいたり壊れている事は無かった。有難い事である。それでも、掃除がてら全員で、隅々まで点検。キイキイと音が鳴る箇所は直し、補強しと忙しくしていたので、ようやくのんびりと過ごせるようになった。
山は肌寒い日はあれど、すっかり春模様。遅れた分、薬草や山菜採りに精を出し、まだ暖炉は使うので枝も集めておく。保存食も、あと少しだ。
「にゃあ、にゃにゃ」
「んーにゃ、にゃっ」
薬草の下処理を終え、束にしてから梁に吊るして干す。様々な薬草の匂いが、巣に漂う。
いつもなら、大好きな匂いと鼻を動かし喉を鳴らしているソラなのだが、ずっとご機嫌斜め。今もイカ耳のまま、生地を捏ねている。ファスは手を動かしながらも心配気に見ており、同じく生地を捏ねるパクたちも、声を掛ける。
「ソラ、俺はもう気にしてないよ。だから…」
「んにゃあ、にゃ!」
ソラが怒っているのは、帰る時に出会った冒険者達が原因だ。頑張り屋で優しいファスに、あんな酷いこと言うなんて…!と、本人よりもお怒りなのだ。それはパクたちも同じだ。できる事なら、あの場で全員引っ搔いてやりたかった。でも多くの人が行き交う中、魔猫とバレたらもっと騒ぎになっていただろう。あの時は、あれで良かったのだ。カイ達が話し合うと言っていたし、任せるしかない。特にカイは目が笑っていなかったので、ソラよりも怒っていたのではないか。パクたちはそう思っている。
それにしても、普段温和なソラがここまで怒るのは初めてだ。ずっとそのままなのは、良くない。何とかしないと、と考え……お花見を思いついたファス。幸い、山は花盛り。大好きな花をたくさん見れば、落ち着くのではないかと、みんなでお花見準備中なのだ。
怒りながらも、お花見はしたいソラ。みんなと参加している。勿論、手袋は忘れず着けて。
「あ、大きいねダイチ。上手」
「ぶにゃ!」
ダイチの手元には、大きな丸のクッキー生地。刻んだドライフルーツが入っている。一度でいいから、大きなクッキーを食べてみたいっ、というダイチの夢が詰まっているのだ。真ん中には肉球印が。ファスは微笑み、生地を崩さないよう、鉄板に移しておく。
「ぶにゃ?にゃあ」
「じゃあ、手伝ってくれる?」
みんなより早く終わったダイチはまだやりたそうなので、ファスは手招き。一緒に丸めて、平たくしていく。その間にも、それぞれ個性ある形のクッキーができていく。
「にゃむー」
「なぅぅ」
オネムが見せてきたは、ふにゃふにゃと独特な形。大きさも色々だ。はやてのは全部棒状になって、長さも太さもまちまち。ぱっと見、何が何だか分からないだろう。しかしファスは、
「オネムは雲を、はやては風だね。ふたり共、表現が上手!」
はやてとオネムはででんと胸を張る。…流石である。付き合いの長さは伊達では無い。
黙々と作るしらゆきは、大きさを揃え形も整っている。けれど物足りない、とファスを見上げた。
「にぃ、にゃんにゃあ」
「にゃーあ?にゃにゃ」
夢が詰まった大きめクッキーを二つ作ったパクも、何かしたいと頷く。
「じゃあ、これ乗せてみる?」
と、持ってきた小さな瓶には、山で見付けた春の花。赤や青、薄紫に黄色と艶やかだ。
「このアオボシノメなら、熱に強いから色は落ちなかった筈…」
「にぃ!」
「にゃあ!」
「アカボシノメも」
色違いの小さな可愛らしい花。パクとしらゆきは喜々とクッキーに飾っていく。ファスはその上に、少し卵液を塗っておいた。焦げないようにだ。
「ソラはどうする?」
「んにゃ…、んーにゃ」
ソラは花の形を作っていた。飾ればキレイになるだろう、けれどソラは自分の花を見てもらいたいようだ。ファスは頷くと、可愛いお花だねと優しく撫でた。
お花見の場所は、去年も行ったさくらの古木の所だ。
そこへ行く道すがらでも、春の花々は顔を出している。みんなで作ったクッキーを詰めたカゴを持ち、景色を楽しみながら歩く。見つけた花をのんびり眺め、寄り道しながらであったので、着いたのは昼を少し過ぎていた。さくらは、去年と変わらず、堂々と枝を広げて薄桃色を纏っている。まだ蕾の部分もあるが、その姿は惚れ惚れする美しさで。
「にゃあ……!」
「本当、何度見ても、キレイだねぇ……!」
ソラも、今は御機嫌に喉を鳴らしている。みんなでしばし、うっとりと眺め、それからおやつの用意だ。
地面を乾かし、敷物を広げ、お茶を入れる為、しらゆきとオネムに頼む。それから木皿を出すと、割れないよう持ってきたクッキーを配る。
それぞれ大きさも形も違って、焼き加減に細心の注意を払いながらの完成品。飾りの花も、焦げずに済んだ。パクたちの目が輝き、揃っていただきます。
「にゃあぁぁ……!」
さくりといい音。夢のクッキーに、パクの目はキラキラだ。ダイチも負けじと輝いている。しらゆきとオネムは、お互い一つ交換。はやては置き方にこだわりがあるらしく、うまく配置すると満足気に頷き、ぱくりと食べる。ソラは、花の形を一つ一つ眺めて選り分けていた。
「…?ソラ、食べないの?」
「んにゃ、んにゃにゃにゃ。にゃあ」
「あげるの?みんなに?」
ソラは首を振る。パクたちではないらしい。
そういえば、とファスは思い出す。前も、ソラはさくらの下で何か見上げていたと。つられて目を向けたが、何も見えなかった。でも、戻ってきた時はとても嬉しそうだったので、ソラにしか感じられない存在が居るのかもと思ったのだ。
ファスはさくらを見上げる。長い年月を生き、それでも毎年、生命力の強さで魅せてくれる。精霊が宿っていたとて、おかしくはない。ソラは、いや、パクたちには、その姿が視えているのだろう。
ファスはもう一つ木皿を出すと、自分のクッキーを数枚入れ、ソラに渡した。ソラが首を傾げる。
「俺からも、お裾分け」
「んにゃ!」
ソラは嬉しそうに受け取った。それを見ていたパクたちも、自分たちもと差し出す。パクとダイチは大きかったので、割ってからそっと入れていた。
喜々と運ぶソラを手伝い、パクもさくらの元へ。ファスはニコニコと見守っていた。
『……あら、かわいいお客様。たくさん褒めてくれて、ありがとう』
「んにゃ!」
「にゃーあ、にゃにゃにゃ?」
『去年……?ごめんなさいね、ワタシたちは、毎年違うワタシたちなの。でも……フフ、前のワタシは楽しかったでしょうね。こんなかわいいお茶会が見れたのですもの』
さくら色の髪をふんわりと靡かせ、さくらの精はパクとソラを優しく撫でる。ふわと、艶やかな匂いが鼻を掠める。ふたりは喉を鳴らし、はい、とクッキーを渡した。
「んーにゃ、んにゃ」
『……まぁ、そうなの?じゃあワタシも、もらおうかしら。ありがとう……フフ、かわいい形ばかりね』
さくらの精は、はむと口に入れた。途端に、さくらが揺れる。さくさくさくと食べ続けているので、気に入ってくれたのだろう。パクとソラはででんと胸を張る。
『………っおいしい、おいしいわ!こんなにくれるなんて……ありがとう!なにかお返しできたらいいのだけどっ……!』
「にゃ?」
思いの外、気に入ってくれたらしい。でもこれは、キレイな景色を見せてくれた御礼。パクは、お返しなんて…と思いながらソラを見る。しかしソラは耳と尻尾を立て、さくらの精に耳打ちしていた。
「にゃ?」
『いいわよ、でもそれだけでいいの?大好きな人を傷付けたのでしょう?』
「んにゃ。んーにゃにゃ、んにゃにゃあ」
『…アナタたちも大好きな人も、優しいのね。フフ、分かったわ。ほどほど、ね』
さくらの精はニコリとキレイな笑顔を向け、消えた。クッキーも忘れずに。
しばらくさくらを見上げていたパクだが、何を言ったのかとソラに問う。
「んにゃ、にゃー」
ほどほどの、仕返しがしたいから手伝って欲しいって、言った。
ソラは御機嫌にそう答えた。
……くしゅんっ、くしゅんっ。冒険者達は馬車の中で苦しんでいる。
「なんだよ、風邪かぁっっぶしょうんっっ!!」
「きったねぇなこっち向くへぶしょあぁんっっ!!」
「目……目がめっちゃかゆい……、頭ぼーっとする……」
「わた、ワダジも……ぐしゅうっっ!!」
「見えない……涙で霞んで見えない……」
「君らそれ、花粉症じゃね?」
「あ、そうなのごめんね?!何で花運搬護衛引き受けてくれたの??!」
花屋の親子は困惑しながら、慌てて手持ちの薬を渡し介抱する。
馬車の中では、さくらの枝が揺れていた。
地味に効く、復讐




