74.
ファスからもらった保存食は、主にレオたちの腹に消えている。
そう多くはないので、普段は魔素を取り入れて過ごし、食べたくなった時に食べるようにしているのだが。ここ最近になってレオが、先生もどうぞ、と皿を差し出してくるようになった。レオだけでなく、トバリやクリームの時もあるし、かきやくりであったり……要は、五匹全員だ。
純粋においしいモノは一緒に食べたいと思っているらしく、キラキラまんまるの目で来るのだから、さしもの大魔導も突き返せない。春まで保てるように計算して与えていたが、そんな事もあり保存食は割と減っていた。
「明日、お菓子を作るんです。良かったらお裾分けしましょうか」
それを予測していたかのように、ファスはにこりと提案する。レオたちの尻尾がぴんと立った。ちゃんと聞いているようだ。
「でも、君の所もいるだろう。無理しなくてもいいよ」
「使わなければいけない材料が、結構あるんです。たくさんできると思いますから、是非」
台所を見れば、選り分けられた食材達がカゴに盛られている。弱った食材は、足が早い。余す事無く使い切るのが、最低限の礼儀なのだ。そして、おいしくいただくのも。
シドは頷いた。
「お返しは、魔道具がいいね。どんなのが必要だい?」
「?!い、いえ、そんな大それたのは…!」
「気にしないでいいよ。僕が作る物なんだし。そうだなぁ……」
遠慮するファスは置いといて、シドはぐるりと部屋を見渡す。一通りは揃っているようだ。台所の隅には、食べ物を長期保存する魔道具が置かれている。決して安い物ではないのだが、流石Sランクといったところか。
因みに、この魔道具が置かれたのは、お裾分けが来るようになってからである。
それにしても、仮とはいえ山の巣と変わりない程、居心地が良い。あの男のアパートなので、長居するつもりはなかったのだが。
環境が変わっても、過ごしやすいようにと努力したのだろう。レオたちがすぐ馴染んだのが、いい証拠だ。
「滞在するのは、冬の期間だけで……ずっと住む予定は無いんだね?」
「勿論です。あまり長居しては迷惑でしょうし」
「……そうかい?喜んで離さなくなると思うけどね」
こんなに近くに居ても、気付かないものなのだろうか。シドは、超絶鈍感の底力を垣間見た気がした。
「ところで、パクたちも今の時期は籠ると言っていたけど、春までそのまま、という訳ではないんだろう?」
「はい、毎日の周辺パトロールは欠かしません。でも、体力の消耗を避ける為、範囲は狭くなります。その分、匂いや気配に敏感になりますね」
「そういえば、外はよく見てたな…。無理に外に出すのは、避けた方がいい?」
「レオたちの意思に任せていいかと思います。今日みたいに、風の無い晴れた日は…」
「ファス!!」
バァン、と派手な音を立てて、家主が帰還。お茶会を楽しんでいたモフモフたちが、びくりと固まる。それを目にしたファスは、慌ててカイに駆け寄った。
「もっ、もう少し静かに…!レオたちが来てるんです、まだ慣れていないので、驚かせてはダメですっ」
怖い場所、と認識してしまっては、落ち着けない。シド、パクたちも居るので大丈夫かもしれないが。
分かってくれたか、無言で頷くカイに、ファスは安堵した。
「あ、お帰りなさい。早かったんですね」
「ん、ただいま。王都周辺の駆除だったからさ、大したのは居なかったし。……で、」
ファスには甘い笑顔、奥で何処吹く風とくつろぐ大魔導には、殺気をくれてやるカイ。
「随分失礼な奴だな。許可なく来るなんてよ」
「おや、君の許可が必要だったとは。此処は冬場の巣、としか聞いてなかったものだから」
うっかりしていたよ。と、白々しい大魔導を睨みつける。
ファスは、困惑しているレオたちに寄り添っていた。居ちゃだめなの?と見上げてくるので、大丈夫と撫でて落ち着かせる。パクたちも頷いた。
「折角、楽しんでいたのに……無粋だね」
「あ?」
青筋立てつつも、ちらと視線を動かせば、暖炉近くには小さなテーブル。お茶やお菓子が乗っている。そして、レオたちがファスにくっついたまま、此方を窺っていた。不安気な様子だ。
やってしまった。カイは内心引き攣る。
「あの、ごめんなさい。俺が勝手に……」
「いや、ファスは悪くない、レオたちもだ。悪いのはコイツ。アポ無しで来たコイツ」
「失礼な。弟子に伝言しておいた筈だよ。まぁ、少々耳に入るのが遅かったようだけど」
コノヤロウ。カイは拳を握り締め、耐えた。全く以て、面倒な相手である。いやそれよりもと、レオたちに向き直る。
「悪かったな、驚かせて。俺も入れてくれねーか?」
「……にゃい?にゃいにゃい?」
「楽しんでくれりゃ、それでいい」
多分、居てもいいの?と言っている。カイは肯定も込めて、優しく撫でてやった。レオたちは顔を見合わせ、ちょこんと頭を下げパクたちの元へ。お茶会再開だ。
そんな姿を見せられてしまうと、衝動に任せて突っ込んでしまった自分を恥じてしまうではないか。
何とも言えない顔になっていると、ファスが微笑んできた。
「ありがとう、カイ。すぐにお茶、入れますね」
「あぁ、うん」
楽しんでね、とモフモフたちにも笑顔を向け、台所へ。気を取り直したカイも、手早く片付け椅子に腰を下ろした。
「……余裕がないね。そんなんじゃ、見限られてしまうよ」
大魔導は、喧嘩でもしたいのだろうか。挑発しかされていない気がするカイである。
「君はもう少し、ファスを信じた方がいいんじゃないかな」
「俺がいつ疑ったってんだ」
「…むやみやたらに嫉妬するとは、そういう事だよ。違うかい」
にゃあにゃあにゃいにゃい。
お茶会は賑やかだ。Sランクと大魔導が放つ空気に負けてはいない。これ以上水を差したくないのだろう、カイは無言のまま一瞥するだけだ。テーブルにお茶とクッキーが置かれる。
「…お疲れ様です。これも、良かったらどうぞ」
「ありがとな、うまそう」
ファスはにこりと笑うと、パクたちの元へ。
カイは添えられたクッキーを眺める。甘さ控えめの、食べやすい特別なモノだ。少しでも楽しめるようにと、試行錯誤して作ってくれたモノ。ファスはいつだって、小さな事でも気に掛ける。相手を思いやりながら。
だからこそ、疑われたと気付けば悲しんでしまうだろう。カイとて、そんなつもりはないのだ。ただ、周りの人間がファスの優しさを知れば、放っておかない。横から掠め取られてしまったらと、心配になるのだ。
それはつまり、繫ぎ留めておく自信が無いから……?
「……いや、俺以上に想うやつは居ない。居ても消す」
「……」
「つまりは、俺はもっと、ファスに愛されている自覚を持てと…そう言いたいんだな」
「そこまで言ってないよ」
「いや、いいんだ。そうだ……ファスは俺を選んでくれた。それ以上の気持ちで応えなきゃ夫とは言えないな」
「君は自重した方が丁度いいと思うよ」
「やっぱり頼れる男が、心身共に安心できるよな」
「知らないよ」
「当たり前だ。お前がファスの好みを知っててたまるか」
シドは無表情で眺めていた。弟子から聞いてはいたが、実際目にすると凄まじい残念ぶりだ。いい感じではあるんダケド……、と、言葉を濁していた理由はこれかと思い当たる。
向かうところ敵なしのSランク。受けた依頼は最後までやり抜く徹底ぶり。相手が困っていたら、さりげなく手を貸す優しさも持っている。その上、十人中十人が振り返るであろう美形。とまぁ、文句のつけようがない男である。外から見れば。
トオヤ曰く、ファスが関わると寒気を覚えるポンコツ。
うらら曰く、ファスが関わると恐怖を感じる残念ぶり。
シドは虚無顔で眺める。……不安しかない。本当に大丈夫かコイツ。
「どうかしましたか?」
そんな男に気に入られてしまったファスが、首を傾げて此方を見ていた。その手には、お菓子を乗せた皿。パクたちのおかわり分だろうと思っていたが、どうぞと一つずつ渡される。
「スコーンです。本に載ってたので作ってみました」
これをつけてください、とジャムと花蜜も置いて、キラキラの目で待つモフモフたちの元へ。
一拍置いて、ゴロゴロ大合唱。気に入ったのだとよく分かる反応である。
気を取り直したシドは、スコーンを手に取った。まずはそのまま、半分に割って食べてみる。ほんのり甘く外側はさっくり、内は少しふわりとして、軽い食べ応えだ。
これなら、ジャムをつけると丁度いい。と、手を伸ばし少量つけて、一口。
「…うん、おいしい。小さくても満足感があるね」
「よかった…。これも、お裾分けしますね」
微笑むファスに、礼を告げる。レオたちも喜ぶだろう。にゃいにゃいとそれぞれ好みの量をつけ、かぷりと食べ続けていた。
カイはゆっくり、目の前のお菓子を楽しんでいる。甘味の類は苦手であったが、ファスの手作りに限り食べられるようになった。酒だけではなく、純粋に紅茶などを楽しめるようになったのは、嬉しい誤算だ。
「ウマイ。あったかい菓子も、いいなぁ」
「まだ少しありますよ、」
「私も食べたいです!!」
全力で挙手するはうららだ。
いつ来たのか。玄関に通じる戸は開け放たれ、ノック音とトオヤの声がする。追ってきたはいいが、おいしそうな匂いに食欲が勝ったようだ。
……二人がどうなるにせよ、このゆっくりできるお茶の時間は捨て難いね。
家主にデコピンされる弟子を眺めつつ、シドはそう思いながらスコーンを口に入れた。




