閑話 五年前に、
「よかったなぁ、キレイな顔に傷が付かなくてさ」
またか。
カイは表向きは曖昧に笑い、心の中では盛大に顔を顰めていた。
「何よその言い方!私をかばってケガしたんだよ?!カイが動いてくれなかったらどうなってたか…」
ヤメロ。こいつはお前に惚れてんだよ。
相手の顔が歪んだのを見て取ったカイは、げんなりする。いつもこうだ。
「待って、今治癒を」
「俺は平気。だから仲間の方治してやってよ。薬も持ってるしさ」
「で、でも私のせいだし」
「誰にでも起こる事だし、俺が勝手にやったことだから気にしないでいい。自分で何とかできるから、アンタの力は仲間に使えよ」
「コイツもそう言ってんだし、ホラ呼ばれてんぞ!」
半ば引っ張るように立たせ、仲間の少女を奥へ押しやると、リーダーの少年はカイを睨み付けた。
乱暴にしないでよ!と文句を言い、こちらを気にしつつも、少女は仲間の元へ。それを見送るカイの視界を塞ぐように、リーダーが前に立つ。明らかな敵意。
早くも面倒くさくなったカイは、自分の荷物を探る。
「調子に乗んなよ。少し腕が良いからって、出しゃばんな。リーダーは俺だぞ」
「……だから、何?じゃあ俺は何もせず、突っ立ってりゃ良かったの?魔物に気付けなかったのは、離れた位置だったからだろ。動ける奴が動いた、それだけだ」
冷めた紅い目に射抜かれた少年は、怯んだように後ずさる。
「いちいち指示なんて待ってられるかよ。命かかってんだぞ」
「……」
「この程度で出しゃばり、ね。あの子に近付く奴全員に、そう喧嘩吹っ掛けるつもりかよ。リーダーさん」
仲間を守られて、礼も言えない。それどころか嫉妬剝き出しで、敵意と嫌味を飛ばしてくる。
小せぇ器。……流石にそこまでは口には出さず、カイは手当てもそこそこにその場を離れた。居心地が悪すぎる。
……十四年も生きていれば、流石に分かる。自分の容姿が整っている事に。
周りの異性は騒ぐし、同性からは疎まれる。それでもカイは、冒険者として一人前になる為、努力を惜しまなかった。稼がなければ明日も生き抜けない。必死だった。
最初はパーティを組もうとしたのだ。実際、何組か声を掛けられ、仲間入りした事もある。けれどほとんどが、腕ではなく見た目で誘っていた。
カイを取り合い、あわやパーティ崩壊の危機まで発展した事もある。カイ自身は何もしていないし、特別な感情を抱いていないにも拘わらず、だ。
それなのに、今回のように此方が悪いと敵意を向けてくるのだ。同年代だと更に酷い。
事情を知り、苦笑いで済ませてくれるのは大概、年上の冷静なリーダーであった。経験も豊富で、カイとしては近くで学びたかったのだが、崩壊させてしまうのは本意ではない。
『お前はー……そうね、ソロがいいかもしれんな。腕は悪くないし、視野も広い。それなりに場数踏めば、やっていけるだろ。パーティ討伐の時は、助っ人として入れば問題ない、うん』
ソロを勧めてきたのも、経験豊富な大人達だった。
一人の美形を巡って、血で血を洗う騒動に発展するのはギルドとしても大問題だ。それで若い芽が摘まれるってどうよ?…という意見の一致であった。
「いって……」
傷口を水で洗う。ジクジク痛む上、血が止まる様子が無い。これは、毒も入り込んだかもしれない。
川辺に座り、洗い続ける。荷物を探るが、毒消しは切らしているようだった。
カイは辺りを見回す。薬草があれば、応急処置にはなる。
「……ん?」
小川の向こう側、人影がある。此方に背を向けて、しゃがみ込んで。近くに村があるので、そこから来たのだろう。
一応、周りの気配は探っていたが、気付けなかった。
「…あった、みつ、けた」
小さな声で、その人影はようやく顔を上げた。手には草、薬草だろう。フードを目深に被り、顔はよく見えないが、隙間から見えた目は紅かった。そして、視線が合う。
びくりと肩を震わせ、固まってしまった。カイとて驚かせる気はなかったのだが、求めているものを向こうが持っているのだ。
「……、」
「ま、待った!悪い、いきなりだけど、怪我してるんだ!薬草、分けてくれないか?!」
逃げ出しそうな素振りを見せたので、慌てて声を掛ける。また肩を震わせ、固まってしまった。
けれど、恐る恐ると振り返ってくれたので、カイは息を吐いた。
「……、け、けが、してる、の?」
喋り方が拙い。子供が一人で?と考えながら頷く。
ためらう様子だったが、来てくれるようだ。ガサガサと近付き、小川に気付いて立ち止まった。オロオロと見渡し……意を決したか、踏ん張って飛び越えた。
ばしゃ、と真ん中に着地したが。
「……」
幸い、浅い川だ。ばしゃばしゃとそのまま、無事に渡り切った。
「大丈夫か?」
「…へ、いき」
薬草は濡らさないよう、両手で抱えている。よく見れば小さなカゴを下げており、そこからも薬草が顔を出していた。体のサイズに合っていない服を纏い、布で縛って調節している。小柄な少年だ。かと言って、同業にも見えない。
「この辺に住んでるのか?」
少年は無言で頷き、傷口を見ている。血はまだ止まらない。
「きず、どく、はいった。だから、さきとる。それから、きずなおす……」
カゴを探り、手にしたはお馴染みの毒消し草。それを手ですり潰し、ペタと直接貼り付けてきた。
「いっっ……!!」
「とっちゃ、ダメ。しみるの、どくとれる、しょうこ」
拙いが、動きは迷いが無い。手当てに慣れているのだ。カイは大人しく、傷口を押さえた。
ゆっくりだが、痛みが治まっていく。見れば、青々としていた毒消しが黒くなっていた。少年が戻ってくる。ずっと地面を這って何かを探していたが、目的のものを見つけたらしい。また大事に抱えている。
「おさまってきた」
「……だいじょぶ。つぎ、コレつける。ちどめ、なる」
「ちどめ……あぁ、血止めな。へー、これそうなんだ。よく見かける」
「おぼえる、べんり。しょうどく、なる」
川で土を落とし、揉んで柔らかくすると、また貼り付ける。
相変わらず顔は見えないが、此方を心配している空気は読み取れた。余裕が出てくると、フードの下が気になるカイ。じぃと少年を眺める。
「なぁ、見えにくくねーの?それ」
「 、……とら、ないで、ごめん、なさい」
「ふーん……」
伸ばしていた手を引っ込める。少年から強い拒絶を感じたからだ。
「悪い、されて嫌な事は誰にだってあるよな」
「……」
ふるふると首を振り、包帯を出すと器用に巻いていく。本当に、慣れている。終わる頃には痛みも落ち着いていた。カイは礼を言い、少年にお金を握らせた。
「相場は分かんねーけど、今それぐらいしか持ってなくてさ、」
「いら、ない」
「え?」
少年は首を傾げていたが、あっさりと突き返した。普通の子供なら喜んで受け取るのに。
一人で薬草を探していたのは、生活費を稼ぐ為ではないのか。売り物を使わせたのだから、返すのは当然だろう。カイはそう伝えたのだが、また首を振る。
「さがした、じぶんの、ため。うりモノ、ちがう。……おにいちゃん、つかう」
「いや、ここまで世話になってさ、」
「おにいちゃん、げんき。それで、いい」
フードの隙間から見えた、紅い目が細められる。ぎこちないが、笑ったようだ。
カイに兄弟は居ない。それどころか、家族というものが無いと言っていい。周囲は大人ばかりで、同年代には嫉妬の対象にされている。
思わぬところでの『お兄ちゃん』呼びに、カイは少し感動した。なら、せめて送っていこうと提案しかけた時、此方を呼ぶ声。
もう、置いて行ってくれて構わないのだが、そういう訳にもいかない。一応、組んでいる状態だ。カイは溜息を吐いた。
「……れ、?あ、おいっ」
目を離した隙に、少年は川を渡り切っていた。手を振ってくるので、思わず振り返す。
「さよ、なら」
呼ぶ声が近くなる。少年は森の奥へと姿を消した。……意外と、素早い。
真後ろからぞろぞろと五人組が出てきた。一気に賑やかになる。あぁそうか、とカイは気付いた。
一人でも怯えていたのだ、これだけ纏めて来られたら、怖いのだろう。
「……そういや、名前聞いてなかったな…」
我先にと声を掛けられるし、相変わらずリーダーは睨んでくる。
けれど今は苛立ちも覚えず、カイの気分は穏やかだった。
……にゃあにゃあと賑やかな中、カイは懐かしい薬草を手に取った。
記憶は朧気になっているが、これは何度か助けられたので覚えている。
「にゃーあ?」
「ん?ちょっとな、思い出があってさ。元気にしてっかな」
「チドメグサですか?」
「効能教えてもらって、助かった時が何度かあったんだよ。恩人だな」
カイがこうして過去を話す事は少ない。ファスもパクたちも興味深そうに聞いている。
あちこち旅をしていたせいか、今は場所も思い出せない。ただ、フードを被っていた姿は。
「……」
ファスも、出掛ける時は必ず被っている。最近外している頻度は増えたけれど。
身体の線が見えない、大きめな服も。
「にゃ?」
「……?何か付いてますか?」
「まさかな……」
特徴が恩人とピタリと合わさったが、カイは自分の思考に笑い、首を振った。
お互い気付かぬまま再会し、こうして過ごしているなんて。何かの物語でもあるまいし。
「なんでもない」
「そうですか?休憩、しましょう。お茶入れますね」
「にゃあ!」
「うん、おやつもあるからね」
にこりと笑うファスに、今日も可愛いと頷き。カイは笑みを返した。
まさかです。




