閑話 守り神の日々
守り神は、今日も今日とて縄張りを巡回している。
此処もだいぶ冷えてきた。冬も間近だろう。夏が涼しい分、雪深い土地なのだ。
広い縄張りを見渡す。楽しそうに薬草採りをしていた、魔猫共と人の子が居なくなると、静かなものだ。ざぁ、と木々が揺れる音しかしない。
しかし守り神は元来、静寂を好んでいる。自然の音に耳を傾けている時が、一番心地いい。………時折聞こえていた、にゃあにゃあきゃっきゃ、が無いのは少し、ほんの少ぅし物足りないが。
居ないのだから当然だ。守り神は寝床に戻った。
雪で閉ざされてしまえば、人間が辿り着くのは容易ではない。流石にその時期は、侵入者もなく……もし来たとしたらそれは、ただの遭難者だ。それを助ける理由は守り神には無いので、基本放置か処分としている。そのやり方も、他の縄張りを守る同胞に言わせれば『甘い』らしいが。
『甘い』つもりは毛頭無いが、それで今のお供え生活があるのだから、やはり己の意思を貫くのは大事だ。
さて、今日はどれを食べようか。
守り神は寝床に作った簡易棚を、わくわくと眺める。そこには、人の子が作った保存食が並んでいる。
時と共に腕を上げていった人の子のお供えは、守り神の楽しみの一つになっていた。
お主らが来ぬ間は、つまらんのぅ。そう零し溜息吐いたは、我等が長の御方サマ。
冬は長い。美しい景色は拝めるが、毎日では少々飽きてしまうのだ。
魔猫共と人の子も、雪が少ない土地へ行ってしまうし、その間は戻らない。つまりお供えが無い。確かにそれはつまらない、と守り神はこっそり同意していた。
しかしそれを聞いた人の子が、保存食を作り献上。長い冬も楽しめるようにと、魔猫共と人の子の精一杯の気持ちであった。御方サマは喜んだ。守り神も隠れて喜んだ。
楽しみがあると、気の持ちようも変わる。保存食は、大事に食べるつもりだ。
今日はコレにしよう。
糸で器用に袋を開け、取り出したるは干した果物。どらいふるーつ、というモノらしい。
日干しにしてしまったら、美味しくなくなるのではと思っていたが、口に入れてみると甘味酸味がギュッと詰まって美味かった。カリカリでツヤツヤなのは、花蜜に漬けていたからだろう。こうしておけば、カビも防げて長持ちすると人の子は言っていた。
得意気にしていた魔猫共曰く、人の子はいつも試行錯誤し努力を怠らない。
何事も、継続が大事なのだ。例え亀の歩みでも、続ける事を諦めない。それも一つの才能であると、守り神は知っている。
人間は認めないが、あの人の子の姿勢は認める。守り神はポリポリ味わいながら頷いた。
おっと、いけない。今から食べ過ぎていては、冬の途中で尽きてしまう。
飢えはしないが、自己を戒め袋を棚へ戻す。その隣は、ちょうど一つ分の空間。守り神は忌々しく、その何も無い空間を睨んだ。
少し前、同胞が訪ねてきた。
何でも縄張り近くで、人間が集団で屯して侵入してきたのだとか。恐らくは、冬前の食糧目当てであろう。
ひとりでやるのも疲れるし、ちょっと手伝えよマモリガミサマヨー。
と、からかいつつ雑に誘ってきやがったので、一晩で片付けた守り神。同胞が森で狩りをしている間に、拠点を潰しておいたのだ。同胞は少ししか狩れなかったと文句を言ってきたが、誘ったのは向こうである。
なのにしつこく文句を言い続ける同胞に閉口していると、寝床のお供えを見付けられてしまい、挙句一つ強奪されてしまった。
守り神は激怒した。
一つぐらいいいだろいっぱいあるんだからヨー。同胞は逃げながらそう宣ったが、許せるものではない。数の問題ではないのだ、少なくともお供えが何たるかを知らないモノに、
……同胞は空の袋を投げて寄越してきやがりました。うめーなもう一個くれヨーと催促付きで。
守り神は一周回って冷静になった。
戦争だ。もうこれは互いの命を懸けた戦いの始まり。でっどおああらいぶ。
縄張りも貴様も焦土と化すがよいわァァァァァ!!!!
!!!……
…………!!………?!
…!……!!……??!…………
……………………………長、御方サマ降臨。
守り神と同胞は、為す術無くぼこぼこにされ転がされた。
馬鹿馬鹿しい理由で、簡単に戦を起こすでないわ。と、お怒りの御方サマに、守り神は負けじと切々と訴えた。お供えの大事さは、御方サマが一番知っている筈だ。
我等が生きるは弱肉強食。
同胞相手とはいえ、寝床に入られ宝を奪われたは全てお主の落ち度。大事と思うなら厳重に保管し、隠しておけば良かったのじゃ。
お主の油断が招いた事を、大声で晒すで無いわ。恥知らずか。
……守り神は撃沈した。現実は無常である。
しかし、やはり御方サマはお供えが如何に大事かを分かっていた。もし自分が奪われたらと考えてくれたのだろう、プスス、と笑っていた同胞に太めの釘をぐっさり刺してくれた。
同胞の怯え顔に、少し溜飲が下がったのである。
また奪われるなど、あってはならぬ。
一つ分の空間は、己を引き締める為に必要だったのだ。同時に怒りも再燃してしまうが、そこは根性で抑えている。
さて、巡回に行こうか。
守り神は寝床から降りると、罠を施す。同胞には破れない、強力な罠だ。
冬を越えれば春がやって来る。また、魔猫共と人の子は顔を出すようになるだろう。弱いモノ共が安心して過ごせるよう、守り神は些細なものも見逃さないようにしている。
ひやりとした空気。見上げると、薄曇りの空。ちらちらと、白いものが降り始めた。初雪だ。今も静かな縄張りだが、これからもっと冷たく、静かになるのだろう。
毎年の事だと、守り神はひとり、巡回を続ける。
今日は温かいお茶を入れてみよう。
寝床に帰れば楽しみがある、守り神の足取りは軽かった。
食べ物の恨みは恐ろしい。




