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閑話 受付嬢達の休憩




……男達は走っていた。息はとうに上がっている。足が縺れそうだ。

しかし、止まってはいけない。振り向く間も惜しい。とにかく、今はひたすら足を動かし、逃げるのだ。

ぎゃっ、と短い悲鳴を残し、また仲間が消える。荒い足音が、一つ、また一つと消えていく。

光が見える。男はそれを目指して走り続け……何かに、思い切り躓いた。庇う間もなく、顔から叩きつけられ、勢いそのまま転がっていく。身体をあちこち打ち付けるが、悲鳴を上げる気力もない。ただ頭だけを庇い、男は転がり続けた。

ざぁっと、身体が宙に投げ出される。視界に夜空が映る。

あぁ、森を抜けられたのだ。男はそのまま、草の上に落ちた。


 「……っぐ、うぇっ、」


生きていた。そこまで崖は高くなく、普段の己なら軽く飛び越えられる程度であった。

耳を澄ます。風の音ばかりで、他の気配は無い。……あぁ、助かったのだ。

男は笑う。やはり自分は運が良い、と。

体中痛みを訴えているが、動ける。命は拾った。


 「……へ、へへ、ざまぁ、ねぇな。あの、クソ虫ヤローが、」


待機している仲間に報告だ。男は何とか身を起こし、急ぐ。霞む視界には、ぼんやりと明かりが。

篝火だ。無茶苦茶に走ったが、運良く野営地に出られたようだ。男の表情が明るくなる。

あそこにはまだ、多くの仲間が居る。様々な戦場を駆け抜け、敵を屠り、勝利してきた腕自慢の精鋭共が。仲間にかかれば、あんな魔物なぞ、


 「―――は?」


男は止まった。篝火が男の影を揺らす。

そこには、何も無かった。

誰一人居ない。騒がしい筈の野営地は、静まり返っていた。

ただ、篝火だけが主張していて。


 「……っ、」


じゅ、と音を立て、一つ消えた。

じゅ、じゅ、じゅ、じゅ、 、 、

どんどん消えていき、最後に残るは男の隣だけ。

男は声も出ず、震えていた。逃げろ逃げろと本能は警鐘を鳴らし続けるが、身体は石のように動かない。

何かが、巻き付いている。体中を締め付けるように。

男は必死に、目だけを動かした。火が照らす。糸だ。白い、糸が、巻き付いて、

ぎし、と嫌な音が聞こえた。

男は口を開けたが、荒い息が出るばかり。

ひゅん、と男の身体が空に浮き、あっさりと千々に引き裂かれた。

じゅ、じゅ、じゅ、

糸から伝う血が、最後の篝火を消した………










 「怖いヤツじゃないですかぁぁ!!」


 「この程度で?!」


 「先輩いつもどんぐらいのホラー読んでるんです??!」


 「この程度でホラー?!」


メリアはもう限界のようだ。本から必要以上に距離を取り、目を覆っている。

無理強いはマナー違反。マリィは愛読書、『戦場の星降る夜』を片付け、別のジャンルを手に取る。王道の恋愛小説だ。


 「はい、これなら大丈夫でしょ」


 「大好きです。これに出てくる金髪の王子様、カイ様に似てるんです!」


 「……そうかしら。私はこっちの方が当てはまるし、似てると思うのよ」


 「初っ端から死んでるじゃないですか!」


 「違うわよ、あの後に出てくるの。プロローグに耐えてくれなきゃ、紹介もできないわ!」


 「出てくるとこだけ見せてくださいよぉ!私、グロ系はダメなんです!」


 「あの程度でグロ?!……おかしいわね。この作者も行き過ぎたグロ、卑猥表現が苦手な方で、できうる限り直接表現は避けて書かれているのに…」


やはり、個人の線引きだろうか。苦手な者はとことん無理なのかもしれない。

メリアは心の浄化、とばかりに幸せそうに読み進めている。恐らく、彼女の頭の中は、推しと自分に置き換えられているのだろう。最近知ったが、メリアは推しとも恋愛できる子だった。

自分には無理だ。想像するだけで何度でも爆ぜる。命がいくつあっても足りない。マリィは穏やかな推し活の為、日々を大切に生きる事を選んだ。


 「じゃあ、ざっくり語ると、主人公は傭兵なのね。大切な人を失って、生きる気力を無くしたまま戦場に立ち続けるの。生き急ぐようにね。それを心配して相棒のように側に居る親友……。その人がトオヤ様そのもの!!」


 「えー…、カイ様はそんな後ろ向きじゃないですよ」


 「そうかしら。今はそうでもないけど、前の無気力無関心ぶりを当て嵌めると間違っていないと思うのよ」


 「いーえ!違います!こればっかりは先輩でも譲りませんよ!」


 「えー…ここからが面白いのに…。いえ、押しつけは駄目ね。推し活は楽しく笑顔で慎ましく、だもの。これは私個人で楽しむ事にするわ」


できれば好きになってもらいたかったが、好みばかりはどうしようもない。地雷を踏んで、修正不可能までになってしまったら、目も当てられないのだ。

言い過ぎてしまった、としゅんとするメリアにお茶を渡す。

因みに此処は、ギルマス執務室。主は所用で出ている為、気兼ねなく休憩しながら語れるのである。

今夏のふざけた暑さも終わり、過ごしやすくなってきた王都。ようやく秋の気配も感じられるようになった。秋といえば読書の秋。二人はお気に入りを持ち寄り、こうして互いに薦め合うのが最近の楽しみであった。


 「次の休みに、新たな物語を開拓しに行く予定なのよ。メリアは?」


 「私は、この間買ったのを読破するつもりです」


 「あぁ、確か北国の乙女達に大人気だっていう?」


 「はい!向こうでは、もう続編が出てるそうなんですよ。やっと此処にも入ってきてくれて、待ってた甲斐がありました!」


 「どんな話なのかしら」


メリアはピタ、と笑顔で固まった。不自然な静寂。


 「メリア?」


 「冒険譚です。主人公と仲間達の友情展開がアツイとか」


 「へー、面白そう。感想聞かせてね?よかったら私も読みたいわ」


不自然な静寂。固定された笑顔。


 「メリア?」


 「先輩の望むホラーグロ展開は無いかと…」


 「私そんな趣味持ってないわよ?!……何か隠してるわね?白状なさい。他にどんな趣味があろうとも、驚かないわよ」


 「あ、イエ、その……読む人を選ぶ内容、と言いますか。初心者でもスッと入れる物語で、人によっては行き過ぎた友情、と捉えられる内容かもしれないと」


一瞬の間。静寂が二人を包む。

正しく伝わってしまったのかどうなのか。メリアは笑顔を固定させたまま、内心冷や汗を流す。

マリィはしばし、真顔を向けていたが、徐に頷いた。


 「……それは、百合が楚々と寄り添っているのかしら。それとも、薔薇が美しく咲き誇っているのかしら」


 「……薔薇です、先輩」


伝わった。がしりと熱い握手を交わす。


 「嫌いじゃないわ」


 「ありがとうございます!!何があろうとも必ず先輩の元へ持って行きます!!」


 「あれ、お疲れー。何ー、何の話ー?」


絆がより強くなった所で、ギルマス、アレクが戻ってきた。

その後ろから続けて、カイ達が入ってくる。受付嬢二人は、変な声が出そうになった。


 「んんっっ!!……お疲れ様です。すみません、すぐ出ますので」


 「折角休憩してたのにごめんね。あ、これお昼?後でいただくよ」


 「あ、ああ温めた方が、おいしくなりますよ!でででは、」


すぐに仕事モードに切り替えたマリィとは違い、メリアは分かりやすい程動揺している。

なんとか私物を抱え、そそくさと出入口へ……、


 「待った、これもそうだろ?」


 「え、   」


振り向けば、輝く金髪の美形が目の前に。メリアは一瞬で意識を飛ばした。

カイの手には、マリィの愛読書が。機械的にそれを受け取る。


 「それ、昔読んだ事あるわ。割と面白かった」


 「へー、カイも本読むんだ」


 「俺を何だと思ってんだよ」


元気印のうららが入ってくれた御蔭で、受付嬢達は何とかその場から脱出できた。

二人は無言で足を動かし……、着替えに使っている小部屋へ。

美形の破壊力よ。推しと並ぶと更にえげつない。

マリィはどっと噴き出した汗を拭う。まるで一仕事終えた後のような疲労感がある。だが幸せだ。後半戦も頑張れる。


 「先輩、」


振り向けばメリアの目は、何時になく真剣だった。


 「この聖書……ください」


 「待って娯楽小説よそれ。苦手なんでしょ?いくら推しが面白いと言ったとしても無理は、」


 「カイ様が触れたそれすなわち聖書!飾って家宝にします!!」


 「いや読めよ。てか駄目よ。それもう売ってないんだから」


いくら可愛い後輩の頼みでも、読まずに飾られるだけなら渡せない。

マリィは本気の後輩から、本気で愛読書を死守し続けた。






……因みに、後に借りた全三巻なる冒険譚は乙女の心に深く刺さり、ずぶずぶと嵌まり込んだという。




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