67.
「そろそろじゃない?」
依頼先からの帰り道。紅葉してきた山々に視線を向け、うららは声を弾ませる。
数日前に降った雨を皮切りに、気温は一気に下がった。今では上着が手放せない。北国の方では、もう雪が降り始めた土地もあるという。
三人が心待ちにするは、言わずもがな癒したちの存在である。
まだ暑い中、彼等が戻ってかれこれ三週間。まだひと月も経っていないが、楽しみがあると時間の感じ方が違うのだ。
「なんか、ずっと先越された感があるんだよな……」
「またか」
「俺はファスに一番頼りにされたいんだよ。パクたちは仕方ないとして、だ」
「一体何を言ってるんだ、お前は」
首を傾げ続けるカイに、呆れ顔を向けるトオヤだが。カイのそれは超人的野生の勘であって、本来は戦慄する所である。
彼等が出会って何度目かの秋。この時期はおいしいものに溢れている。今はきっと、冬の為の食糧集めをしている所だろう。
栗ごはんいっぱい食べたいな。うららの足は自然とスキップになる。浮かれているが、此処は魔物も出る。気を付けろよと声を掛け、トオヤはまだ考えているSランクを見遣った。
この男が妙な行動をして、断ち切られなければいいんだが。最近の心配はそれに尽きる。
やはり自分で作るより、慣れた作り手……つまりファスなのだが、彼が作った方が美味いのだ。これから出番が増えるであろう、おかゆである。リゾットとは違う、優しい味付け。
教えてもらい、何度か試みたトオヤだが、毎回なんか違うものが出来る。しっくりこないのだ。ファスは、充分おいしいですよと言ってくれたが。やはり作り手のやり方で変わるのだろう。
「ヒスイの実が入った混ぜごはん、ふかしたおいもに、あ、栗もいいなぁ。ちょっと焦げるくらい焼いたのもおいしいよね!」
うららの頭の中は、秋の味覚でいっぱいのようだ。
「今年は山の芋あるかなー…。柿ジャムもおいしかったしぃー、きのこスープもいい!!梨、確か梨もあった!どんなおやつあるかなぁぁー……」
さっきから食べ物の話しかしていない。食欲の秋を体現したかのような、今のうららである。
楽しみだなぁと、スキップ再開。平和なものだ。
しかし、彼等は知らない。ファス達は今、てんやわんやになっている事を。
ヒスイの実の下処理から始まり、渋柿を甘くする為干し柿作り。御方サマや守り神様へのお供え。
保存の為に野菜やきのこを干し、甘露煮や塩漬けを作り、果物でジャム作り……。ファスは台所に籠りきり、パクたちは材料を切らさないよう、群生地を走り回り採取に勤しんだ。
慌ただしくも楽しい保存食作りを終え、お世話になった御礼に秋の味覚フルコースを献上し、ようやっと戻ってきたのは、更に三週間後の事であった。
「……」
巣から顔を出し、周囲をぐるりと確認。人の気配は無し、結界も感じる。
無事、王都裏山に転移できたと安堵すると、腕の中のパクを撫でた。魔力切れで動けないが、にゃ、と小さく返ってくる。
リーダーとして、安全を確かめない限り、パクは休まないのだ。なのでいつもこうして、共に巣の外を見て回る。
「…大丈夫、無事に戻ったよ。お疲れさま、みんなと休もう」
「にぃ……にゃあ」
すりすりと体を寄せるパク。ゴロゴロが聞こえる。それに微笑むと、ふたりは巣に戻った。
裏山は、もうすっかり秋一色。保存食は困らない程あるが、此処の秋も少し分けてもらおうと思っている。パクたちには、回復の為にもしっかり休んでもらいたい。
毛布の上で丸くなる家族の側に、パクをそっと下ろす。用意していたお茶は飲んでくれたようだ。全員、規則正しい寝息なのを確認し、ふわりと薄手の毛布を掛けた。
さて、とファスは台所に立つ。
此方は群生地より冷えている気がする。暖炉に火を入れ、お米を研ぐ。
この気温なら、温まるおかゆがいい。お米を水に晒している間に、具材を切っていく。
「おいもに、きのこ。薬草も刻んで……卵を入れたいから、栗は別で炊こう」
ざくざく、とんとん。
パクは毛布の隙間から、そっと覗く。ゆっくり暖かくなっていく巣に、安心する。
今日はきっとおかゆだ、パクの目は輝く。ファスのおかゆはおいしい。優しくてあったかくて、トロリとした食感はたまらない。みんなも大好きで、寒くなるこの季節が、実は楽しみで仕方ないのだ。
ファスに出会わず、この巣も無く生きていたら、絶対そうは思わなかっただろう。
幸せな気分で喉を鳴らしていると、しらゆきたちも起きているのに気付いた。おかゆだよ、と言うとみんなも喉を鳴らした。
「……?」
いけない。パクたちは振り向かれる前に、ささっと毛布に潜る。ちゃんと休まないと、ファスが心配してしまう。
しばらく此方を窺う気配がしていたが、とんとんとん、と包丁の音が再開。全員ホッと息を吐いた。
実はここ最近、回復が早くなっているのだ。転移直後は魔力切れを起こすものの、お茶でもいい。何か、ファスが作ったものを口にすると、すぐとはいかなくとも動けるように。半日もあれば魔力も戻っている。ぽわぽわを常に取り入れているパクたちは、すぐに分かった。
ぽわぽわがレベルアップしている……!と。
それからよくよく観察してみると、ファスの魔素容量が増えているようなのだ。成長したからかと最初は考えたが、それにしては急だ。ファスに異変があっては一大事。パクたちは原因を探り、話し合い、体調を気遣い……気付いた。御方サマだ、と。
それ以前からも、ファスはカイ達にごはんを振る舞ってきた。ぽわぽわは、ごはんにも入っている。
入った分は当然減る。なので、自然と魔素を取り入れる頻度が増え、少しずつだが容量も増えていた。
そこに、御方サマと守り神様へのお供えだ。ぽわぽわについては、何も言ってなかったが気付いている筈。ファスは普段から丁寧に作ってくれているが、お供えや御方サマに作る時は、より気合を入れていた。ぽわぽわもマシマシだったに違いない。
そのマシマシ分、減る。当然ながら、減る。なので……、という流れではなかろうか。と、パクたちは結論を出した。御方サマ達が食べる量は、パクたちの倍以上だ。
まさか、ぽわぽわが鍛えられるモノだったとは。相変わらず、本人は気付いている様子は無い。
きっと、ファスの心の変化も関係あるのだろう。人との交流も増えて、山で閉じこもっているだけでは得られないモノも、得たのだ。
パクたちは喉を鳴らし合う。居なくなっちゃうんじゃないか、なんて考えていた不安は、今はもう無い。ファスは一緒に居ると伝えてくれている。
コトコト、ことこと。
おかゆが煮え始めた。これからまた時間を掛けて、トロトロにするのだ。
それまで、ちゃんと休もう。みんなが眠ったのを確認し、もう一度隙間から覗く。ファスが台所に居る。いつもの景色。幸せの景色だ。
パクは一つ頷き、毛布を引っ張り目を閉じた。




