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魔猫と人の子 時々、  作者: 原田 和


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66. 時々、豊穣と収穫




 「なぅ!」


すぱん、と切り離された朱い実は、どんどん落下していく。下で待っていたパクたちは、広げた布で次々キャッチ。無事に落とさず回収できた。

降りてきたはやてを撫で、礼を言うと、ファスは一つ一つ確認。


 「どうじゃ?そのかきはあまいか?」


 「こっち、かな…」


表面に、黒ずんでいる部分が点々とあるものを選び、皮を剝き小さく切って口に入れる。


 「…甘い、食べてみますか?」


 「もちろんじゃ!」


ファスは期待の目を向けるパクたちの分も切り分け、配っていく。ゴロゴロと喜びの声。


 「うむ、ほどよいかたさでうまいぞ!しかし、ぜんぶがおなじというワケではないのだな」


 「はい。場所や土の栄養、手入れ。色々関係しているのかもしれませんが、木によって違います」


 「おおきさでわかればよいのに……むずかしいくだものよの」


御方サマは小さな手で、比べ見る。形はひし形もあれば楕円もある。綺麗なモノをつい、選びがちになるが、渋柿が混じっているのだ。

これら全てを見分けるのは大変だ。パクたちの鼻ならどうか、と試したものの、匂いはそこまで違いはないようだ。

……一時帰省から、一週間経った。

無事に群生地に戻り、予定より遅れた事を詫び、またのんびり薬草採りの日々を楽しんでいたファス達。

今日は御方サマのお誘いで、秋の世界にお邪魔している。

今年は実りが鈴生り状態なのだそう。他の年よりも、随分出来がいい。正に、豊作の秋。

採るものも居ないので、このまま放っておくのも勿体ない。御方サマの希望で、全員で収穫しに来たのだ。今回はしっかり準備をして、パクたちも張り切っている。


 「採り過ぎてまた、実りが無くなってしまいませんか?」


ファスは少し心配であったが、御方サマはあっさりと首を振った。その銀の髪には、お土産の髪飾りが付けられている。気に入ってくれたようで、こうしてずっと付けてくれているのだ。

薄紫の花を選んだのだが、やはりよく似合っている。思わずパクたちと拍手を送った程だ。


 「こうしてみのりがでた、ということは、このとちがおぬしらをかんげいしておる。わらわはそうみたのじゃ。それにとりすぎとはいっても、ささやかなものじゃろう。きにするな」


 「そう、ですか。じゃあ……大切に使わせて頂きます。ありがとうございます」


恵みに感謝を、生かしてくれる事に感謝を。

ファスは静かに祈っている。それを御方サマは満足気に見る。

こうして自然に感謝できる人間は、そうそう居ないのだ。慣れて当たり前になると、最初に忘れてしまう事。ファスはパクたちと暮らし、不便すらも楽しんでいる。当たり前が当たり前でない事を、よく分かっている。


 「おぬしのようなニンゲンがまだいてくれた。それだけでも、うれしいのじゃろうな」


 「え?」


 「さて、むこうへいくか。つぎはなんじゃ?」


栗も柿も、充分過ぎる程ある。お供え分も含めて。これだけで冬が越せそうだ、と思ったファスだが、カイ達の分も入れると、もう少し採っておいた方がいいかもと考え直した。慌てて先を行く御方サマに付いていく。


 「にゃん、にぃー」


 「あ、しらゆき。それ梨…傷があるけど、大きくて立派だねぇ」


 「にぃ!」


しらゆきが持ってきた梨は大粒で、甘い匂いが漂っている。

あそこに落ちてた、と白い手が指す先には切り立った岩壁。全員で仰ぎ見ると、同じ実をたくさん枝にぶら下げた大木があった。


 「なしは、みずみずしいくだものであったな。ここにもあったのか」


 「でも、登るのは無理ですね…。危ないです」


パクたちは登ろうと試みているが、足場が無いので苦戦している。回り道はないかと辺りを見回すファス。


 「まかせよ」


御方サマは金の目をキラリと光らせ、糸を走らせた。

あっという間に到達し、しなっていた枝ごと巻き込むと、綺麗に切り落とす。そして重さを一切感じさせず、するすると下ろし地面に置いた。ものの数秒である。


 「……す、凄いです、御方サマ……」


 「にゃー……」


 「ふふふ、このていど、ぞうさもない。それより、これもかしになるのか?」


 「は、はい。ジャムもできますし、ケーキに入れても美味しいと思います。あとは…クリームと合わせてパンケーキに乗せるのもいいかと。他は、本を見てないと…」


 「うむうむ!よいではないか、たのしみじゃのう」


話している間も、みんなでせっせと梨をもいでいく。最後に残った太い枝は、端に寄せておいた。これまた大収穫である。パクたちは一つ抱えてファスを見た。味見がしたいようだ。


 「待ってね……、はい、どうぞ。御方サマも」


 「うむ」


梨は果汁がたっぷりで、喉の渇きを癒してくれる。みんなで食べながら、少し休憩だ。


 「これいじょうは、もってかえるのもほねがおれる。ヒスイのみでさいごにしよう」


 「はい」


 「にゃあ」


手分けして運んでいくと、他の実りと共に木の下へ纏めておく。今まで見たことが無い量だ。

全員で巨木の元へ移動すると、ファスは準備を始める。

やはりいつ来ても美しく、圧倒されてしまう。ざらりざらりと枝をしならせ、金色の葉と実を落とす。地面はすっかり金に覆われ、上等な敷物のようだ。


 「……はい、できたよ」


 「にゃ!」


今日はマスクも手袋も忘れていない。それに加え、パクの頭には布が巻かれている。

万一落ちてぶつかっても、緩和されるようにだ。


 「んにゃ!」


最後にソラの準備ができると、たくさん拾うべく飛び出していく。匂いも物ともせず、無心にぽいぽいカゴに入れている。

少し、肌寒い。ファスは腕をさすった。此処は時が止まっているというが、いずれは巡るようになるのだろうか。実りが戻ってきているように。


 「雪は、降るのかな」


降らない土地を選んで冬越えをしてきたが、それでも去年のようにどっさり降り積もる時もある。

巣の点検をして、必要なら直して、準備しなければならない事はたくさんある。

忙しくて良かったと、頭の片隅で思う。冬が近付くにつれ、思い出してしまうからだ。多分、一番辛い記憶。

幼い自分が、雪の上に転がる。扉は乱暴に閉められて。

冷たくて寒くて、必死に丸くなって耐えた。朝に、やっと開けられた。その時にかけられた言葉は、なんだ、生きてたのかよ、と。それだけだった。

何でもないように、当たり前のように、そう言われた。

自分はそこに必要ないのだと思い知らされ、ただ悲しくて、痛くて……。


 「どうしたのじゃ、つかれたか?」


気付けば、御方サマがじぃと覗き込んでいた。

金色の目は、何もかも見透かしていそうで、ファスは曖昧に笑んだ。


 「ふゆは、キライか?」


そんな顔をしておるぞ。

あっさりと見破られ、今度こそ強張ってしまう。


 「好き、ではないです。……昔は」


 「そうだの、いまはまびょうどもがおる。……のぅ、ファス」


御方サマの金色が射抜いてくる。今なら、復讐できるぞ。


 「おぬしをいためつけたモノ。ないがしろにしてあざわらったモノ。それらすべてに、おぬしのうけたいたみやくるしみを、ばいいじょうにかえせるぞ」


ファスは言葉も出ず、呆気に取られ固まっていた。

そして……言葉の意味を理解して、ゆっくりと首を振る。真っ直ぐな紅い目が、御方サマを映した。


 「…優しいですね、御方サマ」


 「やさしさではない。おぬしはえらんでもよいのじゃ。のぞんでもよいのじゃ」


ファスはもう一度、首を振った。


 「ニンゲンは、おのれがいたいめにあうまで、おのれをかえりみたりはせんぞ」


 「…はい。でも……分かって欲しいとか、謝って欲しいとか、思わないんです。それに俺は、御方サマにそんな事頼みたくないし、してほしくありません」


楽しそうに、秋を収穫する家族を眺め、微笑む。


 「俺は今、幸せです。パクたちが居て、優しい友達が居て。御方サマも、守り神様も居てくれて。おいしいって、ごはんを食べてくれて。みんな大事で、大好きな人たちで……これからも、こうして過ごしていきたい」


 「……」


 「昔の事を忘れた、と言えば噓になります。まだ、辛いですから。でも、なんとか向き合って、考えて、自分で答えを出して……。時間は、掛かると思いますけど、そうやって乗り越えられたら、強くなれるかなって……思うんです」


せめて、パクたちを守れるくらいには、強くなりたいんです。

そう言って、ファスは笑った。御方サマは無言で見上げていたが、やがて息を吐いた。


 「やれ、それがほんねか。おぬしはとことん、ひとがよいとみえる。……ためすようなものいいをした、すまぬの」


 「いえ、心配してくれたんですね。嬉しいです」


 「あらためていっておくぞ。おぬしやまびょうどもにてをだすバカモノがあらわれたら、わらわみずからがてっついをくだしてやる。おぬしらとわらわは、もうゆうじんなのだからな」


 「はい。ありがとう、ございます。すごく、心強いです」


 「たよりにするがいい」


小さな姿で胸を張る御方サマは、可愛らしい。けれどこうして、頼れと言ってくれる存在がどんなに嬉しく有り難いことか、ファスは身に染みて知っている。


 「…本当に、ありがとうございます……!」


少し泣きそうになり、誤魔化す為に深く頭を下げる。御方サマは、気付いているかもしれないが。


 「にゃあ!にゃー!」


こんなに採れた!と、パクたちが呼んでいる。

自然と笑顔になる。幸せだと感じる瞬間だ。冬はもう、嫌いではない。

大好きな家族と過ごせる季節だから。


 「御方サマは、此処に居ますか?」


 「む。なにもせずもらうだけなぞ、せぬぞ」


ひょいひょいと御方サマが肩に乗る。笑い合うと、パクたちの元へ向かった。




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