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65.





 「ファス、俺には恋人は居ない」


 「……は、はい?」


 「周りは色々言うが、いや、過去に何も無かったとは言えないけども、本当に、居ない」


そもそも、本気になった事がないのである。その場限りの関係のつもりで。

そこまで正直に暴露してしまえば、軽蔑の眼差しを向けられてしまいそうなので、カイは踏み止まった。

また横槍を入れられたら、ややこしくなる。涼めて静かで邪魔が入らない、となると自分の家しかない。半ば引っ張るように連れ、部屋に押し込みついでに鍵も掛け、今二人は玄関にて向かい合っている。

両肩を掴まれ、真剣な表情のカイに迫られ、目を白黒させていたファス。何かしてしまったかと内心怯えていたが、飛び出た台詞に首を傾げ……ハッと気付く。

御方サマへ、いいお土産が見付かった嬉しさと満足感で、恋人疑惑を忘れていたファスである。見上げるカイには、嘘は感じられない。

信じられないか?と不安気な目を向けられ、首を振る。


 「…驚いただけで、疑ってません。変な事言って、ごめんなさい」


 「!…よかったー……、ファスにだけは誤解されたくねーから……」


ホッとしたカイに抱き着かれ、ファスは思わず固まる。

こうして抱き着かれる事は、前々からよくあった。想いを自覚してしまってからは、気恥ずかしくて距離を取ったりパクたちに協力してもらったりしていたのだが、今は完全に油断していた。

赤くなりながらも、さりげなく離れようとしてみるが、力では敵わない。逆に腕に力を込められただけであった。


 「カ、カイ、あの……の、喉乾いてませんかっ」


 「んー?」


 「っ俺、入れますから、や、休みましょうっ」


 「ん、そうだな。昼はどうするかなぁ」


どさくさに紛れて、久々にファスの感触を味わっていたカイ。耳まで赤くなっているのを横目に、可愛いと思いつつ満足気に離れる。今までなかった反応に、歓喜が止まらない。

折角の二人きり。もっと色々試したくなるが、やり過ぎて耐性の無いファスを泣かせては、黙っていない者らが居る。カイは一応、自重した。


 「……な、何か、ありますか?作れるようなら作ります。見てもいいですか?」


 「勿論。何なら今から買ってくるけど」


空に近い戸棚には、定期的に届くお裾分けと長期保存できるモノばかり。中身を確認したファスは、少し考えるように見渡し……自分の鞄から、包みを出した。大きめの丸い、ハード系のパンが出てくる。今朝焼いたという。


 「この暑さなので、作らずにそのまま持ってきたんです」


思い切った豪快な昼ご飯ではなく、お裾分けで持ってきたらしい。

いつもの調子を取り戻したファスは台所に立ち、手早く作り始めた。その姿は楽しそうで、カイは緩んだ顔で眺める。

乾燥野菜を取り分け、一方はスープに。もう一方は干し肉と炒められ、切って焼き目をつけたパンに乗せる。更に削ったチーズを。もう一つはドライフルーツを茶葉とあえて、蜂蜜ひとさじ……。


 「できました。簡単なものですけど、どうぞ」


 「なんでこんなにできんの?めっちゃうまそう。え?パン以外持ってきてた?」


 「いえ?パン以外は此処にあったものですよ?」


テーブルには立派な軽食が並んでいる。カイは思わず戸棚に目を遣ったが、増えた様子はない。


 「これは、良ければ食べてください」


残りのパンは、丁寧に包まれて棚に置かれた。礼を言い、優しさと思いやりが詰まった手料理をいただく。


 「うまい、ホントうまい」


 「よかった…。コレ、パクたちも好きなんです」


コレ、とはドライフルーツの方だ。意外と薬草茶との相性が良く、甘みと香ばしさがあって面白い。

瑞々しい果物とも合うとか。


 「あの、今更ですが、他に食べたいものがあったんじゃ…」


 「ファスの手料理なら大歓迎」


 「でも、王都にはたくさんお店があるのに」


 「あるはあるけど、俺は好みを分かってくれてるファスのが好き。今朝は外で食ったんだけど……あ、」


思い出した。カフェにて接客をしていた娘が、香水をつけていたと。

偶に外で朝食をとるのだが、例え朝でもよく声を掛けられるカイ。あの娘も、そうであった。挨拶から始まり、客が少ないのもあって、仕事そっちのけで終始話していた……という出来事を今更思い出す。

他の人間なら、余り無い体験かもしれない。しかし、カイにとってはよくある事。今日はデートで頭がいっぱいというのもあり、残念美形は全てを受け流していた。そのせいで記憶に残らなかったのだろう。

首を傾げるファスに掻い摘んで話すと、幸いにも納得してくれたようだ。

喋りながらも完食。想い人が作ってくれる…それだけで、充分な満足感を得られる。

ファスは微笑みながら食後のお茶を入れ、そういえばと振り向いた。


 「香水が流行ってるって言ってましたけど、外に付けていけるものなんですか?」


 「いや、あくまで街中で楽しむものだ。その点は、店側も注意してる筈。ギルドにも確か、張り紙してたな」


 「お店の場所を教えてくれませんか?パクたちは匂いに敏感なので、近付かないようにしたいんです」


まかり間違って、魔物を引き寄せてしまったら危うい。帰る時は念入りにチェックするつもりだが、今後も考え、場所も知っておいた方がいいだろう。


 「じゃあ、帰りにな。この後はどうする?買いたいものとか、無いか?」


太陽は真上。外は眩しいくらいだ。窓から覗いても、歩いている人影は少ない。今出るのは、危険だろう。


 「……日が落ち着くまで、休みたいです」


休憩は大事だ。お土産は手に入れたので、用事は終わっている。このまま帰ってもいいが、もう少し涼しくなってからでもいい。二人で片付けを終えると、座ってくつろぐ。


 「そーいや、ファス。パクたちと一緒で、ファスも鼻がいいんじゃないか?」


 「え…?そんな事はないと思います。俺は、毒を嗅ぎ分けられませんし」


 「いや、そこまでいかなくともさ、俺も気付かなかった香水の移り香に気付いただろ」


ファスの比べる基準は、野生感覚を持つパクたちらしい。首を傾げている。


 「充分、五感は優れてると思う。山暮らしだし、勘とか感覚ってあながち無視できねーよな」


 「あ…、それは、パクたちにも言われました。大事だって。でも、先に感じたのは違和感、かな……」


 「違和感?」


 「なんて、言ったらいいのか……いつものカイじゃないような気がして。普段とは違うから、知らない人になったような。なんだか落ち着かなくて、ここがモヤモヤする感じで……」


 「………」


 「ご、ごめんなさい、変な事言ってしまって……カイ?」


カイは両手で顔を覆い、天を仰いでいた。

ファスは自分の気持ちに気付いていないが、胸のモヤモヤは、間違いなくやきもちだ。自分の知らない誰かの匂いに、あのファスが。鈍感極めた超絶鈍感のファスが、……妬いた。

カイは今、心の中で拳を天に突き上げている。何なら感動の涙すら流している。

今の今まで、異性と話していても何の反応も無かったのに。まさかの移り香で。

正直そこ?と思いはするが、常人とは感じ方が違うのかもしれない。ともかく今は、可愛いが過ぎるやきもちに浸りたい。


 「カイ、大丈夫ですか……?」


 「押し倒したい全身愛でてやりたいいや違う全然平気ちょっと待って」


全然平気ではない、やべぇ状態の残念美形。

ぶっち切りそうな理性と戦い続けるカイを、ファスは困惑顔で見守り続けていた。









夕刻……。

お帰り!と、にゃあにゃあ出迎えられ、ファスはようやっと安堵した。

いつもより何故か、倍以上に優しいカイとの帰り道。妙に緊張してしまい、落ち着かなかったファスである。決して、嫌という訳ではないのだが。

ちらと窺うと、いつもとは違う優しい笑み。直視できず、パクを抱き上げ毛皮に顔をうずめた。


 「にゃ?にゃあにゃ?」


 「……うん、だいじょうぶ…。あのね、いいお土産見付けたよ。後で見せるね」


にゃあ、と揃っていい返事。巣を守ってくれた二人にも、御礼を言わなくては。

顔を上げ、ようやく気付いた。トオヤは遅れて出迎えてくれたが、うららはテーブルに突っ伏したままだ。


 「腹が減ったそうだ。ずっとパクたちと料理本を見ていてな……」


 「単純過ぎねぇか」


呆れ顔のカイは、いつものカイだ。

ファスは内心で安堵し、パクたちと共に台所へ移動した。


 「今から何か作ります。よかったら食べていってください」


 「よろこんで!!」


がばと起き上がったうららは、いい笑顔だ。ファスはつられて、にこりと笑った。





 「……で?随分機嫌がいいが、告白したのか」


 「そのつもりだったんだけどな。ファスが可愛過ぎて襲わないようにするのに必死だったぜ……」


 「耐え抜いたのは褒めてやる。だがお前、それでいいのか」


やり遂げた感を出す残念美形に、トオヤは憐憫の色を濃くさせた目を向けていた。




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