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57. 時々、異界散歩




……そこは不思議な場所だった。

肌寒く、ちらちらと舞う落ち葉を眺める。それらは全て、夏に目にする色ではない。

ファスとパクたちは、思わず身を寄せ合った。

その姿を、御方サマは笑って見ている。






 「あっつ………」


 「ううぅ………」


すっかり暑さにやられている二人を眺め、トオヤは溜息を吐いた。

ギルマスに直接渡された依頼書片手に、さてどうするかと思案する。本来なら、この手の依頼は受け付けていない。が、ギルドも依頼者も、安心安全を確保したいのだろう。

トオヤ自身はどちらでも構わないと思っている。以前の依頼内容とは程遠いからだ。もう一度二人に目を遣り、カイに依頼書を渡す。


 「……あ゛?」


この反応は想定していた。だから、アレクも仲介を頼んだのだろう。

美形の不機嫌顔は、大変迫力があるのだ。


 「護衛?お貴族様の?……はっ」


 「報酬は充分過ぎる程出る。かと言って、難しい依頼でもない」


 「やだよ。感覚違うもん。ソノヒト達からしたら、私らなんてゴミクズなんでしょー、絶対ヤダ」


うららはソファを陣取り、拒絶した。彼女の貴族へのイメージは底辺のようだ。

まぁ、理由はある。

なんやかんやで冒険者は信用第一。受けた依頼はきちんとこなさなければ力はつかないし、ランクも上がらない。以前は文句も言わず受けていたのだ。しかし、三人が組んで間もない頃に受けた護衛依頼。それが最悪だった。

魔物を狩りたいと、我儘抜かしたとある貴族の次男坊……爵位は忘れた。が、依頼人でありお守相手。

アレク渾身の土下座がつく筈である。一言で言うならとんでもねぇ奴であった。

もう、魔物の巣に置き去りにしてやろうか。と、意見が一致する程であったとお伝えしておく。それに懲りた三人は、貴族からの依頼は受けないと固く決めている。

しかし拠点は王都。貴族からの依頼は割と多く、報酬額も太っ腹。

それに彼等は腕も確かな人気のパーティ、御指名も偶にあったりする。が、そこだけはアレクは頑張り、彼等も忙しいのでと躱しまくっていた。

一つのパーティが優遇されていると分かると、他の同業のモチベーションが下がる。依頼はあっても、王都に寄り付かなくなるかもしれない。それは困るのだ。

だがしかし、今回は事情もあり断り切れなかったアレク。穏便に事が運べるよう、トオヤだけを呼び出し、渾身の土下座再び。


 「安心しろ、うらら。前のゴミ……いや、アレと比べればマシな部類だ。避暑地までの護衛。そのまま滞在予定だから、行きだけだ」


うららは寝そべったまま、顔を上げない。カイもだらけたままだ。


 「護衛対象は身重だそうだ。王都は暑過ぎて、身体に負担になる。その道中も不安にさせたくない、という理由での俺達らしい」


 「……赤ちゃんいるの?」


 「それともう一つ。これは薬師ギルドからの依頼。その避暑地は、薬草群生地があるそうだ。そこでしか採れない薬草を頼まれた。まぁこれは、オマケだな」


 「それ、見せろ」


カイは無反応であったが、がばりと身を起こすと依頼書に目を通し始めた。

『夏でも涼しく、薬草が多く自生している土地』

その一文で分かりやすい程やる気を出したカイは、すぐさま引き受けた。うららは身重と聞き、守ってあげなきゃと此方もやる気。ならば、とトオヤは受付へ。確実に居るとは限らないのにな、と心の中で呟きながら。

階段の上で、アレクが手を合わせていた。






ソラはじぃと水面を眺めている。

ぐぐ、と限界まで近付けているので、傍目からは今にも落ちそうでハラハラする姿だ。仕方なしに、ダイチが側に控えている。

綺麗な小川には水草が。せせらぎと共に、右へ左へ身を任せている。そこにちょこんと咲いた、白い花が小川に広がり、まるで花畑のようだ。見ているだけでも涼しくて、みんなのお気に入りの場所。特にソラが喜び、今もあの姿という訳で。水草と共に、尻尾もゆらゆら。


 「んにっんににー…!」


楽しそうだ。

ファスはソラの愛読書、植物図鑑を取り出す。木陰に柔らかい敷物を広げ、お弁当も持って、ちょっとしたピクニック気分だ。ごはんも終わり、まったりと過ごす。

ソラを呼べば、ようやく顔を上げてけてけとやってくる。ダイチもやれやれと戻り、ゴロンと寝そべった。昨夜は珍しく暑く、全員少々寝不足気味。此処なら涼しく休めると思ったが、やはり正解だったようだ。みんなの寝息が聞こえる。


 「ソラは、大丈夫?」


 「んにっ!」


眠れていない筈だが、今は花を見たくて仕方ないようだ。ファスの膝にちょこんと座り、図鑑を覗き込む。ここなら小川の花も見える。


 「んにゃあ、にぃ」


 「うん、これだね。ミズバイカ、水が綺麗な所に根付くんだ」


 「んにゃにゃ?」


 「巣で育てるのは、難しいかも。流れがある所が好きみたい」


 「にー……」


ソラは残念そうに、ミズバイカを眺めた。可能なら、採って育ててみたかったが、巣に小川は作れない。


 「んにぃー」


ファスと花を眺め、図鑑を見る。こうしてのんびりする時間は、ソラの大好きなひと時だ。自然と喉が鳴る。いつもはみんなも居るが、今は夢の中。ひとり占め状態に、ソラは甘える。


 「ソラは本当にお花が好きだね。でも分かるよ、こんなに綺麗な景色……寝るのが勿体ないって思っちゃうよ」


ソラは頷く。そうなのだ、ずっと見ていたくなるのだ。すぐには無くならないとは分かっていても、好きなヒトたちと見る風景は格別なのだ。


 「今年はたくさん、見つけられるといいね。図鑑にあるの、まだ全部じゃないし」


 「ん-にゃ」


いつか全部を、自分の目で見てみたい。みんなと一緒に。ソラはうきうきと尻尾を揺らす。

けれど、流石に眠くなってきた。膝の温かさと風の涼しさは丁度良く、トロンとなってしまう。でも、まだ。とソラは頑張るが、睡魔は払ってもすぐ戻ってくる。


 「みんなもまだ寝てるし、ソラもゆっくり休んで」


頭を撫でる手は優しく、ソラはついに負けた。ファスに身を預け、スヤスヤと幸せそうだ。

ファスは起こさないよう、そっと座り直し、眠る家族を見回す。穏やかな時間。いつもは涼しい、今の時間に薬草採りをしているが、偶には休んでもいい。暑さは顕在しているのだから、無理は禁物だ。

ファス自身も眠れなかったが、それは暑さ以外の理由。思い返すだけでも、頬が熱い。

御方サマから言われなければ、ずっと蓋をしたまま気付かなかったかもしれない、自身の気持ち。


 「……離れてて、よかった……」


意識して、普段通りにできる気がしない。カイに不審に思われてしまう。

今は、ゆっくり考えたい。ファスは家族の寝息を聞きながら、ぼんやりと小川を眺めた。






睡眠をとり、ばっちり元気になったパクたちと巣の掃除をしていると、御方サマがやってきた。

うめのお酒や甘露煮は喜んでくれたらしく、みんなで笑い合う。


 「それでの、たのみがあるのじゃ」


 「はい、なんでしょう?」


 「しろっぷにあう、たべものをつくってほしいのじゃ。ぱんけぇきのような」


 「それは、構いませんが……。俺も、余り知らなくて」


 「よいよい。ぱんけぇきも、みなたべたことがないからの」


守り神が持ってくるものは、全て御方サマが食べていた。なので、あんなに嬉しそうに食べているからおいしいんだろうな、が眷属らの認識である。

シロップを配った折に、パンケーキに合うと口にしてしまった為、食べさせない訳にはいかなくなったのだ。御方サマのうっかりである。


 「……あ、御方サマの所には、氷はありますか?」


 「あるぞえ。あついときに、ちょうほうしておる。それがどうかしたか?」


 「かき氷、というのがあるんです。氷を雪みたいに削って、ガラスの器に盛って、シロップを掛けて食べる……氷菓子ですね。夏限定の食べ物ですが、それもおいしいらしいですよ」


 「なんと、」


氷菓子。夏限定。

人間の世界には、季節限定の菓子まであるという。しかも氷を削ってシロップをかけるだけ、というお手軽さ。それなら御方サマでも作れそうである。


 「よいことをきいた!かえったらさっそくつくってみるぞ!……らしい、ということは、おぬしらはたべたことがないのかえ?」


 「はい……。力を合わせれば作れるんですけど、主に冷やすので使い切ってしまうので」


パクたちも残念そうだ。魔力が少ないので、大量には作れないのだ。ファスも無理はさせまいと、別のお菓子を作っている。


 「すぐに作りますね、」


 「あぁ、よいよい。それはあとじゃ。きょうはでかけるぞ、ついてまいれ」


御方サマに手招きされ、首を傾げながらも付いていく。


 「とおいゆえ、てんいをつかう。まびょうども、もうすこしくっつくのじゃ。おいてってしまうぞ」


 「に、にゃあ」


パクたちはファスの足にぎゅ、と掴まる。御方サマはひょいと飛び上がり、肩へ。

光と共に魔法陣が広がり、ファスは思わず目を閉じる。浮遊感。

こんなに小さいのに、難無く転移を発動させる御方サマは、やはり凄い。


 「ついたぞ」


 「……わっ、わわっ」


足元にパクたちが居たので、踏んでなるものかと頑張ったが、尻餅をついてしまった。パクたちは無事だ。ひとりたりとも欠ける事無く、全員居る。

それを確認し、ようやく辺りを見回した。


 「え……、」


はらりと黄色い葉が舞う。思いもかけない風景に、ファスの目も、パクたちの目も釘付けになる。

はらりはらりと舞い、地面に幾重にも落ちる赤、黄。見上げた木々はざわと揺れ、役目を終えた葉を枝から放す。この風景はまるで……いや、秋そのものだ。


 「おどろいたか?」


楽し気な声に振り向けば、御方サマが笑っていた。


 「ここはの、とまっておるのじゃ。きせつはめぐるモノじゃが、このとちは、あきでとまったままなのじゃ」


ファスたちは、顔を見合わせた。




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