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50. 時々、夏支度




日は段々と伸び、明るい時間が長くなっている。暑いぐらいの陽気な日も増え、初夏を感じる今日この頃。

ファスは雨が来る前にと、早目の夏準備を始めていた。

寒いのは苦手だが、暑過ぎるのも弱ってしまう。そんなパクたちの為に、少しでも風通りを良くしていく。毛布は次の冬の為に、しっかり洗って乾かして片付ける。代わりに薄手のタオルを出して、日に当てる。

薬草に湿気は大敵だ。小さな倉庫も掃除をし、風の通り道を小さく作っておいた。虫対策のハーブも、今回は追加。貰ったハーブ達は順調に芽を出し、すくすくと育ってくれている。


 「これで…、いいかな」


食料は腐らせないよう、干せるものは干して、保存できるようにしている。便利な魔道具なぞ無いので、いかに上手く保存できるかにかかっているのだ。

パクたちは木陰でお昼寝中。日差しも、時折吹く風も丁度いいのか、気持ちよさそうだ。

山は木陰が多くて、街よりは涼しく過ごしやすいだろうが、夏の暑さは例外なくやってくる。今年はどうしようか、とファスは思案する。

夏の盛りには、いつも薬草群生地にお邪魔しているのだ。あそこは比較的涼しい。秋近くまで過ごすのが、毎年の事だった。けれど今は、レオたちも気に掛かるし、友人達も。


 「…カイに、会えないのは…ちょっと寂しいな……」


勿論、みんなに会えないのは寂しい。けれど、いつも最初に思い浮かべるは、カイだった。彼に会えた日は心が温かいし、帰ってしまう時は、もう少し一緒に居たいと思ってしまう。迷惑かけてはいけないので、口にした事はないが。

どうしようかと一人悩むが、パクたちにも訊かなくては。ファスは気を取り直し、昼食の準備に取り掛かった。






王都の夏は、暑い。毎年倒れる者が出ている。酷い時は死者も。

木陰が少ないので、王都民は力を合わせ、こぞって大きな布を張る。影作りだ。

盛りの時には、それに定期的に水を掛け冷やす。ただの布ではなく、草木で何度も染色し、耐水性がある。

どうせならと、様々な色に染め上げられ、見目も明るく、路地を飾るように張り巡らされていた。今の時期だけの風物詩だ。

駆け出しの頃、やったなぁと、カイはその光景を眺め、しみじみ思う。

一つ一つが大きいので、中々の重労働なのだ。一般家庭に冷却魔道具なぞ無い。いかにして暑さを凌ぐか、庶民の知恵である。

王都程の色とりどりな華やかさは無いが、他の街でも影作りはやっている。低ランクは雑事でも何でもやらなくては、上へ行けない。目の前では、なり立てであろう同業達が布張りを頑張っていた。

カイはギルドへと足を向ける。

こうして、昔を思い出すようになったのは、落ち着いた証拠だろうか。根無し草をやっていた頃は、過去を思い返すなどなく、ひたすら前を見ていた気がする。

ファスと出会い、仲間を持ち、拠点を構え帰る家もできた。中々の変化だ。

嫌だとは思わない。何故なら帰ればファスが居るから。

これで一緒になれれば完璧なんだけどなぁ、と独り言ち、お馴染みの二人と合流すると執務室へ。


 「やぁ、だいぶ暑くなったねぇ。ちょっと待っててくれる?そこ座っててー」


ギルマス、アレクは朗らかに挨拶をすると、散らかっているテーブルを指した。

高ランク依頼はアレク直々に頼まれる。最近は魔物も大人しいので少ないが。


 「教会でも昨日、日除け作ったよ。畑仕事もあるし、休める場所は多くあった方がいいからさ」


 「冷却魔道具、まだまだ高いもんねぇ…。今年は涼しければいいけど。……と、あったあった。はい、コレが今回の依頼。南の砂漠地帯で魔物が増えてるらしい。巣があったら大事だから、その探索と駆除依頼」


 「ランクはAか。数は?」


 「確認できた限りで三十体ちょい。でも増える可能性があるね。移動が困難になりつつあるから、早急にお願いしたいそうだよ」


南。最も暑い国である。そして今の時期、よりにもよって魔物は活性化するのだ。

カイは毎年のように出ているが、うららは顔を顰めている。トオヤは…、静かに依頼内容を確認していた。仕事は仕事、と割り切っているのだろう。


 「あ、毒持ちが多いからね。毒消しは多目に準備しておいてねー」


久々の高ランク依頼だ。出発は明後日。本格的な暑さを迎える前に、移動しておいた方がいい。

行きと帰り、討伐。最低でも三、四ヶ月は見ておかなくては。カイは無言で指折り数える。


 「半年は避けたいな…」


もうすっかりベタ惚れになっている為、正直耐えられないカイである。







 「南…、だったら毒消しですね。あと、化膿止めもあった方がいいかな…」


 「にゃんにゃ」


 「そうだった、これも。はやて、お願い」


 「なう」


ファスとしらゆきで棚から薬を出し、はやてとソラでテーブルへ運ぶ。三人から遠征の話を聞き、必要な薬を確認する。パクとダイチ、オネムで薬効チェック。作り手として、効果が弱まっているものは渡せない。故に、全員の目は真剣だ。


 「これも、大丈夫。……ありがとう、それは…」


にゃあにゃあと厳しいチェックをクリアした薬を、ファスが最後に確認し、予備も忘れずに詰めていく。

相変わらずの…、優しい世界だ。本人達は真剣なので口には出さないが、三人は暫しお預けになる光景を、静かに眺めていた。


 「ぶーに、ぶにゃ」


 「え、この間の?そうか砂漠だし…、丁度いいかもしれない」


 「ファスは、向こうにも行った事があるのか?」


薬の棚をゴソゴソしているダイチを見、トオヤはファスに視線を向けた。


 「土地事情も、魔物の生態も知っているようだが…」


 「実際行ったのではなく、パクたちが教えてくれたんです。どの土地に、環境に、どんな魔物が居るのか…たくさん教わりました」


 「にゃあ、にゃーにゃ」


生き抜く為、パクたちは幼いファスに、惜しみなく教えた。戦う術を持っていない、魔猫と人の子。

いかに逃げ切るかは、何処に何が居るか、分かっていなければならない。それと同時に、気配の消し方も教え込んだ。必死に訓練した御蔭で、街に行っても気付かれない程上達したという。


 「それでも見付かって、追い掛けられて川に落ちたり、爪で引っ掛けられて怪我をしたり、罠に嵌って食べられそうになったけどなんとか、」


 「生きててくれてありがとう」


カイはたまらず、抱き締めた。

今はのんびりしているが、中々なサバイバル生活を送っていたらしい。トオヤは何度も深く頷き、うららは涙目だ。本当に生きててくれて良かった、と。

三人の反応に目を丸くしていたファスだが、そっと身を預ける。


 「…無事に帰って来てくださいね」


 「ちょっと本気で全滅させてくるわ」


Sランクの目がやべぇ程マジだ。この分なら、滞りなく依頼は達成できるだろう。最速で終わるかもしれない。二人が呆れ顔で眺めていると、目的の物を見付けたダイチがやってきた。


 「ぶにゃー」


 「あ、ありがとうダイチ、……あの、カイ…」


 「もう少し充電」


 「…そのままでいいから、説明頼む」


引き離す方が骨が折れる。早々に放置を決めたトオヤは、手のひらサイズの薬瓶を覗き込む。無色透明の液体だ。ファスは困り顔だったが、やはり力の差でどうにもできないようだった。


 「目を洗う、薬液です」


 「え?目を?」


 「どうしても、目をこすってしまう時ありますよね。かゆくなったり、砂埃が入ってしまったり…。あんまりこするとよくないので、洗えるのがあれば、傷付ける心配もないかなって……」


発端は、穴掘り大好きダイチとソラだ。

ふたりは熱中する余り、土を触った手で目をこすったり、うっかり飛ばした土が目に入ってしまったりと、その度に痛い思いをしていた。心配したファスがあれこれ調べ、目に良い薬草を探し……、そうしてできた薬液は、水で洗うよりもよく効いたという。


 「余り沁みないから、大丈夫ですよ。向こうは砂埃で大変ですし、良かったら使ってみてください」


 「にゃ!」


パクたちはででんと胸を張る。

ファス一人がこっそり作っていたものなので、ぽわぽわは勿論、効き目はばっちり。初めてのものだからと、何度か自らに使い調節して作られた、心がこもった薬なのだ。

疲れ目にも効く優れもの。パクたちも使い、何時にも増してキラキラうるうるなのだが、ファスは目の汚れしか落としていないと思っているようだ。


 「ファス…、俺の為にそこまで」


 「せめて話はちゃんと聞け。でもいいのかファス、俺達にまで…」


 「そうだよぅ、ありがたいけどパクちゃんたちのだし」


 「まだありますし、それにダイチも持って行って欲しいみたいですから…是非」


実際、戦闘時限らず、砂漠地帯では常に砂埃との戦いだ。有ると無しでは全然違う。

カイはようやく離れ、そして手を握った。


 「ありがとな、大事に使う」


 「はい」










……その効果の程は三人が思っていた以上であった。

討伐の折に負傷者が。

地元の案内人で慣れていたのだが、毒霧を喰らい視界を奪われた。それは毒消しでも癒えないタチの悪いもので、下手をすると失明してしまう。過去に何人もの人が、それで命を落とした事も。

幸いトオヤの治癒で大事には至らなかったものの、目に痛みは残ってしまった。見えないよりはマシだという案内人に、少しでもと薬液を使ったのだが。

なんと翌日に完治。三人は度肝抜かれた。

案内人は歓喜。治癒魔法の御蔭だと思い込んでくれたので、追及されはしなかったが……、これは話し合う必要がある、と荷物の奥底に薬液を隠すのであった。




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