閑話 生クリームの行方
「ファスさん、フルーツサンドって食べた事ある?」
「…見た事もないです。新しいサンドイッチですか?」
首を傾げるファスに、うららは大きく頷いた。
生クリームは、高い。
品質を保つ為には冷蔵が必須、入れ物や包み紙には、冷却魔法が付与されている特別なものが使われている。その分の値段も入って、少々お高い。けれど、買えない値段ではないのだ。
売られているのは、王都で人気の製菓用品店。此処に来れば、一通り手に入るという菓子職人御用達店でもある。とはいえ、庶民でも入りやすい店構えで、店員も皆丁寧で物腰柔らかだ。
うららは、自身は作れないが、こういった道具や食品を見るのが好きなのでよく覗いていた。
そして今日、ついに案内する事ができたのである。料理上手なファスを此処に連れて来る事が、うららの密かな野望であった。偶然出会った時は驚いたが、いつもさっさと連れて行ってしまうカイが居ない、絶好の機会。幸いにも、まだ時間はあるというので引っ張ってきたのだ。
「こんなにあるんですね…」
「ね、すごいでしょ。見るだけでも楽しくて、つい寄っちゃうんだぁ」
「はい。何だか、色々作りたくなります。型抜きだけでも、たくさん…。あ、ケーキの型もこんなにある」
楽しそうにしているファスは、果物を買いに来たという。
山でも採れるが、いちごは流石に無いので、探しに来たのだとか。パクたちのお気に入りらしい。なんとか一盛り、手に入れたいちごは、丁寧に包まれ鞄の中だ。
そのまま食べてもいいが、ジャムもいい。前のようにケーキにしようか、いちごのタルトもいいかも…と悩むファスに、うららはフルーツサンドを勧めたのだ。聞いている内に食べたくなったとか、そういうのではない。決して。
「あ、あったよファスさん。生クリーム。そういえば、前はどこで手に入れたの?」
「お店の人に、ケーキ屋さんでも売ってる所があると教えてもらったんです」
「へー、職人さんが使ってるなら、間違いなしだね」
二人が仲良く話す姿は、兄妹のようである。恋人というには、程遠い雰囲気なのだ。店員達は、ほんわかした気持ちで見守っていた。
「…冷却魔法、三日保つように付与されてるけど…今日は暑いくらいだし…」
「そ、その前に…、あの、勧めてもらったんですけど、手持ちが……」
ファスは困り顔だ。いちご以外の果物を買ったので、生クリーム代が足りないらしい。うららはニヤリと笑った。
「任せて!報酬もらったばっかりだから、ここは私が払うよ」
「い、いえ!そこまでしなくても、」
「違うのファスさん。実はお願いがあるんだ。レオちゃんたちにも、作って欲しいの」
勿論自分も食べたい。正直に言っても、ファスは作ってくれるだろう。しかしだ、いつも食べるだけというのもどうか思う。なので出来るお返しもしたかったが、簡単には頷いてはくれない。ファスは意外と、意思が固い所もあるのだ。
そこで、依頼という形である。レオたちに食べさせたいのも本当なので、嘘など無い。
「いつもすごく頑張ってるし、差し入れできたらって思って…。でも私は無理だから、材料費で手助けさせて…!」
これも嘘偽りない真実である。
「うららは、優しいですね…」
ファスは、うららの真心に微笑んで、頷いてくれた。
これで自分も食べれる!という下心がちょこっとあったうらら、曖昧に笑った。
……カチャカチャ、と軽い音から、もったりとしたそれに変わる。
もうひと踏ん張り、とファスは腕を動かし続けた。その甲斐あって、ピンと白いツノが立ち、思わず微笑む。甘い匂いに気付いたパクたち、先程からうずうずと台所を覗いている。
「次は…、」
昨日の内に焼いておいたパンを用意。
うららが言うには、たっぷりのクリームの間に果物どーんで、それがふわふわのパンに挟まってる、とのこと。
あんまり大きいと、パクたちは食べ辛いだろう。それに果物もどーんといける程、数はない。いつもより少しだけ、大きめに切ってみることにした。
ファスが作ったのは丸いパン。実物を目にしていないので、いつも通りの形だ。どう切ろうかとしばし考え…、真ん中に切り込みを入れ、ちょっと深めのV字型を作る。そこに先ずは、クリームを薄く塗り、半分に切ったいちごを入れる。そして隙間を埋めるように、クリームを詰めた。
「これでどうかな…」
うららが言うには、見た目もキレイ、とのこと。キレイといったら、
「しらゆき、どうかな?これキレイに見える?」
「に?……にゃんにゃあ」
しらゆきは、いちごのキラキラした赤が好きだ。でも、これではよく見えない。
「そっか…、入れ方変えてみるね。これは、味見用にしようか」
「にゃあ!」
じりじりと、全員が集まっているのに気付き、ファスは小さく六つに切り分ける。にゃあにゃあと歓声が上がる中、ファスはキレイとたっぷりを心掛けて黙々と作り続けた。
「これが、フルーツサンド?へぇぇ、見た目が凝ってる食べ物なんだね」
魔研には様々な魔道具がある。品質を保つ為、温度調節ができる魔道具を借りたうららは、バスケット型のそれに詰めてもらい、師ともふもふの元を訪れた。共に覗き込んだレオたちの目が輝いている。
丸いパンが行儀良く並び、上から見るといちごの花が咲いている。細く切って、花弁に見立てたらしい。一つ持ってみると、クリームがしっかり入っているのか、割と重い。
「…これは食べ応えがありそうだ」
数的には、ひとり一つ。おかわりは残念ながら無いようだ。かきとくりが、走ってお皿を取りに行く。
レオとトバリはテーブルの上を急いで片付ける。クリームは布巾を持って走る。もう気持ちは、おやつ一直線だ。
仕方ないなと、お茶の準備を始めるシド。しかし、先程から静かな弟子が気になる。彼女は今も、目を閉じ微笑んだままだ。
「どうしたんだい。まさか、違うモノなのかい?」
「うん。違う」
まさかの返事だ。伝達の際、齟齬でもあったのかもしれない。レオたちも、動きを止めている。
「私が想像してたものと全然違う。ファスさんは遥か高みを行ってた………!!」
「つまり、おいしいんだね。食べようか」
「にゃい!」
うららが言ったのは、生クリームと果物を贅沢にたっぷりと、パンに挟んだもの。
しかしその情報を元に作られたものは、形こそ違えど見た目キレイ過ぎるサンドだった。すごくおいしかった。
「なんだかファスさんの腕がドンドン上がってる気がする……凄すぎるよファスさん!!」
今度は何を作ってもらおうか。それを考えるだけでも楽しくて仕方ない。
思いを馳せるうららは気付いていなかった。バスケットにはうららの分も入っていた事に。
師とモフ弟子が、小さく切って分け合っていた事に。
見た目はしらゆきのお墨付きをいただきました




