表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/107

閑話 生クリームの行方





 「ファスさん、フルーツサンドって食べた事ある?」


 「…見た事もないです。新しいサンドイッチですか?」


首を傾げるファスに、うららは大きく頷いた。






生クリームは、高い。

品質を保つ為には冷蔵が必須、入れ物や包み紙には、冷却魔法が付与されている特別なものが使われている。その分の値段も入って、少々お高い。けれど、買えない値段ではないのだ。

売られているのは、王都で人気の製菓用品店。此処に来れば、一通り手に入るという菓子職人御用達店でもある。とはいえ、庶民でも入りやすい店構えで、店員も皆丁寧で物腰柔らかだ。

うららは、自身は作れないが、こういった道具や食品を見るのが好きなのでよく覗いていた。

そして今日、ついに案内する事ができたのである。料理上手なファスを此処に連れて来る事が、うららの密かな野望であった。偶然出会った時は驚いたが、いつもさっさと連れて行ってしまうカイが居ない、絶好の機会。幸いにも、まだ時間はあるというので引っ張ってきたのだ。


 「こんなにあるんですね…」


 「ね、すごいでしょ。見るだけでも楽しくて、つい寄っちゃうんだぁ」


 「はい。何だか、色々作りたくなります。型抜きだけでも、たくさん…。あ、ケーキの型もこんなにある」


楽しそうにしているファスは、果物を買いに来たという。

山でも採れるが、いちごは流石に無いので、探しに来たのだとか。パクたちのお気に入りらしい。なんとか一盛り、手に入れたいちごは、丁寧に包まれ鞄の中だ。

そのまま食べてもいいが、ジャムもいい。前のようにケーキにしようか、いちごのタルトもいいかも…と悩むファスに、うららはフルーツサンドを勧めたのだ。聞いている内に食べたくなったとか、そういうのではない。決して。


 「あ、あったよファスさん。生クリーム。そういえば、前はどこで手に入れたの?」


 「お店の人に、ケーキ屋さんでも売ってる所があると教えてもらったんです」


 「へー、職人さんが使ってるなら、間違いなしだね」


二人が仲良く話す姿は、兄妹のようである。恋人というには、程遠い雰囲気なのだ。店員達は、ほんわかした気持ちで見守っていた。


 「…冷却魔法、三日保つように付与されてるけど…今日は暑いくらいだし…」


 「そ、その前に…、あの、勧めてもらったんですけど、手持ちが……」


ファスは困り顔だ。いちご以外の果物を買ったので、生クリーム代が足りないらしい。うららはニヤリと笑った。


 「任せて!報酬もらったばっかりだから、ここは私が払うよ」


 「い、いえ!そこまでしなくても、」


 「違うのファスさん。実はお願いがあるんだ。レオちゃんたちにも、作って欲しいの」


勿論自分も食べたい。正直に言っても、ファスは作ってくれるだろう。しかしだ、いつも食べるだけというのもどうか思う。なので出来るお返しもしたかったが、簡単には頷いてはくれない。ファスは意外と、意思が固い所もあるのだ。

そこで、依頼という形である。レオたちに食べさせたいのも本当なので、嘘など無い。


 「いつもすごく頑張ってるし、差し入れできたらって思って…。でも私は無理だから、材料費で手助けさせて…!」


これも嘘偽りない真実である。

 

 「うららは、優しいですね…」


ファスは、うららの真心に微笑んで、頷いてくれた。

これで自分も食べれる!という下心がちょこっとあったうらら、曖昧に笑った。









……カチャカチャ、と軽い音から、もったりとしたそれに変わる。

もうひと踏ん張り、とファスは腕を動かし続けた。その甲斐あって、ピンと白いツノが立ち、思わず微笑む。甘い匂いに気付いたパクたち、先程からうずうずと台所を覗いている。


 「次は…、」


昨日の内に焼いておいたパンを用意。

うららが言うには、たっぷりのクリームの間に果物どーんで、それがふわふわのパンに挟まってる、とのこと。

あんまり大きいと、パクたちは食べ辛いだろう。それに果物もどーんといける程、数はない。いつもより少しだけ、大きめに切ってみることにした。

ファスが作ったのは丸いパン。実物を目にしていないので、いつも通りの形だ。どう切ろうかとしばし考え…、真ん中に切り込みを入れ、ちょっと深めのV字型を作る。そこに先ずは、クリームを薄く塗り、半分に切ったいちごを入れる。そして隙間を埋めるように、クリームを詰めた。


 「これでどうかな…」


うららが言うには、見た目もキレイ、とのこと。キレイといったら、


 「しらゆき、どうかな?これキレイに見える?」


 「に?……にゃんにゃあ」


しらゆきは、いちごのキラキラした赤が好きだ。でも、これではよく見えない。


 「そっか…、入れ方変えてみるね。これは、味見用にしようか」


 「にゃあ!」


じりじりと、全員が集まっているのに気付き、ファスは小さく六つに切り分ける。にゃあにゃあと歓声が上がる中、ファスはキレイとたっぷりを心掛けて黙々と作り続けた。







 「これが、フルーツサンド?へぇぇ、見た目が凝ってる食べ物なんだね」


魔研には様々な魔道具がある。品質を保つ為、温度調節ができる魔道具を借りたうららは、バスケット型のそれに詰めてもらい、師ともふもふの元を訪れた。共に覗き込んだレオたちの目が輝いている。

丸いパンが行儀良く並び、上から見るといちごの花が咲いている。細く切って、花弁に見立てたらしい。一つ持ってみると、クリームがしっかり入っているのか、割と重い。


 「…これは食べ応えがありそうだ」


数的には、ひとり一つ。おかわりは残念ながら無いようだ。かきとくりが、走ってお皿を取りに行く。

レオとトバリはテーブルの上を急いで片付ける。クリームは布巾を持って走る。もう気持ちは、おやつ一直線だ。

仕方ないなと、お茶の準備を始めるシド。しかし、先程から静かな弟子が気になる。彼女は今も、目を閉じ微笑んだままだ。


 「どうしたんだい。まさか、違うモノなのかい?」


 「うん。違う」


まさかの返事だ。伝達の際、齟齬でもあったのかもしれない。レオたちも、動きを止めている。


 「私が想像してたものと全然違う。ファスさんは遥か高みを行ってた………!!」


 「つまり、おいしいんだね。食べようか」


 「にゃい!」


うららが言ったのは、生クリームと果物を贅沢にたっぷりと、パンに挟んだもの。

しかしその情報を元に作られたものは、形こそ違えど見た目キレイ過ぎるサンドだった。すごくおいしかった。


 「なんだかファスさんの腕がドンドン上がってる気がする……凄すぎるよファスさん!!」


今度は何を作ってもらおうか。それを考えるだけでも楽しくて仕方ない。

思いを馳せるうららは気付いていなかった。バスケットにはうららの分も入っていた事に。

師とモフ弟子が、小さく切って分け合っていた事に。






見た目はしらゆきのお墨付きをいただきました



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ