閑話 受付嬢達の日常
12月って、なんでこんなに忙しいんでしょうね……
「…そんなつもりはなかったんだ」
ぽつりと呟く男の声は小さく、悲愴な面持ちだ。対面する男は、黙って耳を傾けている。
「でも、俺は不安でっ…、もし、もし……!」
「恋人が、浮気をしていたら?」
「っ!……、あぁ…。彼女は、魅力的だ。俺が居たって、声を掛ける奴が後を絶たない。でも、彼女は俺を選んでくれた。そう、思っていたのに……」
テーブルに、コトリとグラスが置かれる。
男は深い溜息を零し、それを眺めた。
「彼女は、俺より稼ぎのいい男を見付けて……出てったよ。遠征ばかりで、ロクに帰ってこない男より、いつも傍に居て…優しく抱きしめてくれる男の方が、信用できるってな」
「それは酷い」
「…いいや。彼女の言う通りなんだ。思えば俺は、金さえあれば彼女を幸せにできるとそう…思い込んでいた。彼女が本当に望んでいるのは何か、なんて考えもしなかった」
「全ては、その彼女の為だったんだろう?」
「あぁ…。でも、空回りだったんだな。結局、捨てられちまった。せめて…彼女が余計な苦労しないよう、金は全部渡した」
「え、全部?」
「あの時、俺が出来るのはそれぐらいだった」
「全部渡す必要なくね?」
「え、」
気付けば、酒場は静まり返り、全員が男を見ていた。
対面していた男の表情も、困惑している。
「お前…、別れ切り出されたのどんなタイミングよ?」
「…え、遠征から戻って…すぐに」
「疲労困憊で思考が鈍ってる時に、んな別れ話されたら正常な判断できねぇよな?」
全員が揃って頷いた。
「そもそもなんだが…、お前、質素な暮らしで満足してただろ。金が金がって言い始めたの、付き合い始めてからだぞ。何言われたんだ」
「いや、彼女が…、一緒になるならもっと大きい家に住みたいわって…。それに、彼女の親が病気で医者代と薬代が必要で……」
「親と会った?」
「会ってない…、遠いからって…」
全員が男を悲しい目で見ている。中には耐えきれず、人目憚らず涙を流している者も居た。
異常な程の沈黙が続き……、溜息。
「お前それ、騙されてるよ」
「う、嘘だ!!」
「信じたくないだろうが、その女は初めから、お前の稼ぎを巻き上げるつもりで近付いたんだろ。男もグルだな。今頃どっかで笑いながら金数えて、いい酒飲みまくって、口にするのも憚られる程の悪口雑言でお前を馬鹿にしているであろう…」
「嘘だ聞きたくない!!」
「逃げるな!現実を見ろ!!そして周りも見ろ!!此処に居る奴らは決して、お前を馬鹿だと思わねぇ!!勿論俺もだ!理由はどうあれ、お前は誰かの為、愛する者の為に戦える人間だ!!そんな、そんないい男を……っ誰が笑うかよ!!!!」
「っっ!!!」
うををををををっ!!と野太い声が上がる。怒涛の拍手が巻き起こる。男に熱い声援が送られる。
誰も笑わない。そう……、此処に居る皆は、仲間なのだ。
頑なになりかけていた男の心はほぐれ、そして、泣いた。
ちょっとおかしーなぁって思ってたんだよなんか顔合わすたびに金の話ばっかするしぃぃぃぃ………
…………、
……………、
…………………
「あれ、何ですか……?」
「毎年この時期はああなるのよ。気にしなくていいわよ。女に手痛い程に騙された男達の集い、もとい男子会だから」
「あっ…、じゃあ、向こうは…」
視線の先には、酒場の盛り上がりも気にせず、女達が華やかにお酒を楽しんでいる。
「リアルな男はしばらくいいや、もとい女子会よ。推しを語り合ってるんですって」
「へー…、冒険者の皆さんも、そういうのするんですね……」
「推しが居るって、人生に潤いがあっていいと思うわ」
「はい、私もそうです!」
新人受付嬢、メリアは明るい笑顔だ。うん、イイコが入ってきてくれた。先輩受付嬢、マリィは微笑み返す。
此処は冒険者ギルド。荒くれ者が多く争い事も絶えないギルドである。
男率が高く、短気な者や粗暴な者が多い。そんな所で受付嬢なんかやっていると、怒鳴られるナンパされる見下される事、しばしばだ。気が強く、メンタルが強靭でないと長くは続かない、中々ハードな職場である。
しかし此処、王都の冒険者ギルドは比較的穏やかで働きやすい。強面だが優しい者が多いのだ。たまに、労いの言葉と共に他国のお土産をくれたりする。労いたいのは此方の方だ。体を張って、魔物と戦っているのだから。
だから、きつくともマリィはこの仕事は好きだった。有給もちゃんとあるし。
「ごめんなさいね、入って間もないのに残業させて」
「先輩が謝ることないですよ。仕事、早く覚えられていいです!あ、これはこのファイルですか?」
「ええ。完了依頼は纏めて、後で執務室に持っていくわ」
酒場は相変わらず騒がしいが、残った書類を片付けておかなくては。朝、何もない机の方が仕事し易い。
「新規依頼、掲示板に貼ってきます」
「ランク間違えないでね」
メリアは積極的に動いてくれるので、助かる。新人なので担当は初級冒険者だが、あの様子なら、すぐに戦力になってくれそうだ。マリィはほっこりしながらも、手を動かし続ける。そして、気付いた。
あれ、あの子踏み台忘れてないか?と。掲示板は見やすいよう巨大なので、踏み台は必須である。
「やっぱり…」
定位置で見付けたそれを手に、マリィも向かう。
「ここでいいか?」
「あ、ありがとうございますっ」
「いや、いつも遅くまでありがとう。…踏み台あった方がいいと思うが」
「あ、ありますありますっ!取ってきますっ」
目の前には、恐縮しきりのメリアと、蒼みがかった黒髪の、長身の男。酒場の男らとは違い、知的な雰囲気すら感じられる端整な顔立ち。
「どぉふっっ、………トオヤさん、お疲れ様です」
「マリィ先輩っ、踏み台、ありがとうございますっ」
「はい、二度手間になるから忘れないこと」
メリアはペコペコ頭を下げ、仕事を再開。トオヤはその姿に、少し笑った。
「必死に背伸びしていたから、つい手を貸してしまった」
「分かります。一生懸命だから、私もつい…。覚えは早いですが、まだ新人なので、お手柔らかにお願いしますね」
「あぁ、どうりで。いい先輩達が居るから、すぐ成長するだろうな」
「え、」
「色々見てきたが、王都の受付嬢の仕事が一番丁寧だと俺は思う。いつもありがとう」
「とっっ……んでも、ないです」
「依頼を見に来たんだが、また出直す事にしよう。じゃあ、お疲れ様」
「 」
「先輩?せんぱーい、貼り終わりましたよっ」
「 ………はっっっっっっ!!!いかん、気を失っていたわ」
「器用ですね??!えっ…どうしたんですか、実は体調が、」
「その前に訊きたい。あなたの推しは?」
「急?!え、えと、えへへ…カイ様、です」
「そう。私はトオヤ様よ」
「なっ??!じゃ、じゃあさっきのは神様からのプレゼント……?!」
「私が意識を手放してしまった理由、分かってくれたかしら?!」
「めっっっっっさ!!分かります!!」
「メリア、明日休みよね?」
「はい!私、語りたいです!!!」
「いい子だ!仕事、片付けるわよ!!」
「はい!」
…聖誕祭。
人の数だけ、過ごし方がある。家族と、恋人と、友人と。
「聖誕祭がなんぼのもんじゃぁぁぁい!!!」
「なんぼのもんじゃぁぁい!!」
…同じ傷を持つ、仲間達と。
「私はねわたしはね、あのクールな所が……」
「私はあの惚れ惚れするカッコ良さですぅぅぅ……」
共通の、趣味を語れる親友と。
願わくば、皆が笑顔でいられますように。




