19.
今回ちょっと短いです。
「……」
「あぁ…、いいなぁ、おいしそう。きっとあのパンも、ファスさんの手作りだよ。いいなぁ…」
「うらら、ヨダレ」
二人は目立っている。主にカイのせいで。
トオヤとうららは、二人が居る公園の、外側から見守っていた。尾け回してはいない。偶然である。
本日は休みなので、身の回りの整理などをしていたのだが、買い物に出た途端、Sランクの話題に捕まったのだ。
あれは誰だ、あんなに仲睦まじく一体何者だ、あの彼が楽しそうに……等々。
今日は王都観光という名のデートらしいので、邪魔するなと釘を刺されたが、そんな気は更々無い。無いが…これは不味いのではと、こうして見守る事となった。うららも同様だ。
「やっぱりカイ、浮かれてるから気付いてないのかな」
「だろうな。中には過激な奴も居る。万が一にもバレたら騒ぎになるというのに」
彼ら三人組パーティは、腕が良ければ見目も良い、と王都でも中々の人気ぶりだ。加えてカイの飛びぬけた容姿。女達がきゃあきゃあと騒ぐ所に、必ず居ると言っていい程だ。
正直、三人が何処で誰と過ごそうが自由である筈なのだが、そう思わない者も居るようで、何故か目を光らせているのだ。例えば、奥でちらちらと視線を遣る五人組とか、木陰で隠れるように見ている三人組とか。
「外側からだとよく見える」
「ねぇトオヤ、何もしないの?見てるだけ?ファスさんに何かあったら…」
うららはオロオロと視線を彷徨わせる。
もし、ファスが怪我をするような事になれば、当然パクたちは怒る。威嚇され、触るのも拒否されるだろう。最悪なのは転移で姿を消される事である。危ない場所と認識されてしまったら、モフモフには二度と会えなくなるのだ。
「っっそんなのヤダようぅぅ……っ」
「その程度で済めばいいがな。…俺が心配してるのは、居場所が見つかってパクたちは捕まり、ファスは人質にされるか、殺されるかだ。人質にした方がパクたちは言う事を聞きそうだが……、大人しくしてなさそうだしな、ファスは。自分のせいだと思えば、命を絶つかもしれん」
最悪中の最悪である。うららの涙腺は崩壊した。
「…っっげどうっ!!!げど―――っっっ!!!」
「俺に言うな。仮説だ」
トオヤとて望んではいない。ファスとパクたちと過ごす時間は、穏やかで癒される。
殺伐とした冒険者稼業、足りないものはこれだったかと、実は噛み締めていたトオヤ。何としてでも死守するつもりである。
カイには自重して欲しい所だが、無理だろうなぁと内心溜息。
表面上の愛想はいいものの、特定の相手が居なかった男だ。時折見せる執着心は中々苛烈。諦めさせる方が難しいだろう。
「…トオヤ、うらら、偶然ですね。買い物ですか?」
「!あ、あぁ、ファス。いつの間に」
「うららの声が聞こえたので…」
気配を感じなかった事に、少々驚きつつ、トオヤは向き直った。カイの姿は無い。
ファスはうららが泣いているのを気遣わし気に見て、ハンカチを差し出している。
「カイはどうした?今日は観光なんだろう?」
「あ、カイなら…あの人達と」
視線の先を見れば、とうとう動き出したらしい。木陰に居たのは見た顔なので、同業だろう。遠目からでも分かる程、カイの表情は作り物だ。ファスは仕事の話だと思ったようで、邪魔してはいけないと離れた所、見付かったらしい。
「ありがど、ファスしゃん…、悲しいこと考えちゃってつい……」
例え話で泣いちゃったんだ、と誤魔化すうららに、ファスは安堵の笑顔。
「よかった、喧嘩したのかと…」
「ごめんね、もう大丈夫!ところで、何処行ってたのー?王都は広いから、一日じゃ回り切れないでしょ」
「はい、一人じゃ迷子になってたかも。見晴らしのいい広場や、面白い道具が置いてある店とか、沢山の食材がある市場も…、見るだけでも凄く楽しくて。次は商店街に行くそうなんですが…」
本当に楽しんでいるらしい。表情がイキイキしているし、声も弾んでいる。良かったなぁ、と二人は頷きながら耳を傾ける。見る限りでは、ファスは身軽だ。荷物も増えている様子はない。寧ろ弁当を腹に収めたので、減っただろう。
「…何か、パクたちにいいお土産があるといいんですけど」
「ファスさん、自分のは無いの?」
王都は大概のものは揃っている。滅多に来れないからと買い込む者が大半だ。うららも気になったか、首を傾げる。しかしファスは見るだけで充分と微笑むだけ。
この調子では、カイも何かしら買い与えたかっただろうに、まだ財布の中身は重いままに違いない。
「カイに買ってもらうといいよ。それも思い出になるしさ」
「えっ」
これでは本当に観光で終わる。そう危惧したうららは食い下がった。
手を貸すつもりは更々ないが、全く進展が無いというのも、見ている側としてはヤキモキしてしまう。
「平気だよ、Sランクだもん。稼ぎはいいし、散財してる気配はないから貯めこんでるよ、きっと」
「そんな…、こうして時間をもらえるだけで充分ですよ」
「ダメ、ダメだよファスさん。もっと踏み込まなきゃ。遠慮のし過ぎは相手も喜ばないよ。甘える時は甘える、離れる時は離れる、メリハリつけないと!」
「…め、めりはり、ですか…」
「そう!大丈夫!ファスさんなら家買ってってねだっても、あいつポンと買うと思う!」
「?!」
熱く語るうららに、ファスは押されている。
「いい?ファスさん。商店街に行くなら雑貨屋さんが何軒かあるから、覗いてみて!絶対コレイイっていうのあるから!見付けたらカイにアピールだよ!!ねっ!!」
「……は、…はい……」
助けを求めるように視線を送られたトオヤだが、うららの言う事も一理あるので、黙って見守る。
そしてカイの方も、ようやく終わったらしい。姿が見えないファスに慌て、此方に気付き早足でやって来た。トオヤは片手を上げ、出迎える。
「話は終わったのか?手間取っていたようだが」
「あぁ、大したモンじゃねーよ。ファス、待たせて悪かった、行こうぜ」
「…いえ、二人も一緒の方が……、」
「?!いいいよおぉぉ!!私買い物途中だし!トオヤもねっ?!」
「あぁ。俺達はここで。カイ、余り疲れさせるなよ」
Sランクが魔王に見えたうららは首を振り振り、トオヤを引っ張りその場を後にした。
本音は見守りたいが、首を突っ込み過ぎるのも野暮というもの。話は次の機会でいい。
二人に手を振りながら見送ったファスは、先程の助言を思い返す。
けれど、甘える、というのがよく分からない。何せカイは、初めての友人だ。言葉そのままではなく、助け合うといった意味でいいのだろうか。…と、首を傾げていると。
「……あいつらが、居た方がよかった?」
何故か、カイがピリ、とした空気を纏っている。機嫌が悪い?と更に首を傾げ、
「あの、カイの仕事の話だったんでしょう?それなら、二人が居た方がいいのかと思いまして」
「……、あ、そういう…。いや、いいんだ!あれは俺個人の話。ありがとな、ファス」
思っていたままを伝えると、彼は笑ってくれた。これから仕事なのかもと思っていたが、どうやら違うらしい。
まだ、一緒に居れるのだ。そう分かると嬉しくて、顔が緩んでしまう。
…余程変な顔になっていたのか、カイは赤くなって笑いをこらえていた。




