ゆっくり暮らしとふわふわおやつ
お久しぶりのお話です。
すっかり寒くなり、霜が降りるようになった王都裏山。薬草や実りは、次に備えて土の下だ。冬越えの為の備蓄は、みんなで頑張ったので充分ある。
この時期はいつも、薬作りは控え目に。代わりに包帯や布巾作り、知識の更新に充てている。
今日もパクたちは本に向かっていた。暖かい巣の中は、静かだ。
時折、ぺらりと本をめくる音の合間に、ぱちりと薪も音を立てる。
新しい本を手に入れた時は、大体こうなるのだ。すっかり読み込んでしまった薬草学の本も引っ張り出して、新しい知識と変わりはないかと見比べる。パクたちは真剣だ。
ぺら、とめくり、文字を追うまんまるの目は輝きっぱなしである。それを、編み物をしながら見守っていたファスはふと、顔を上げた。
窓に白いものが見える。いつの間にか雪が降っており、少し肌寒く感じる。暖炉に目を向ければ、火が小さくなっていたので薪を足しておいた。パクたちは集中していて、気にならないようだ。
「お茶、入れよう…」
暖炉の火をもらい、台所の窯に入れるとやかんを乗せる。
お昼はとうに過ぎて、おやつの時間。茶葉を用意しながら、どうしようかと考える。パクたちが集中している時は、邪魔しないように心掛けている。余り眠らないなら、話は変わってくるけれど。
「一応、準備しておこうかな。お茶も多めに……」
今日のおやつは、新しいものに挑戦してみた。うららから教えてもらったケーキ。
シフォンケーキという名の、柔らかくて繊細な、優しい味のふわふわケーキだ。本来は真ん中に穴がある大きな型を使うのだが、ファスはパクたちが食べやすいよう、小分けに。生焼けにならないよう注意を払いながら焼き上げ、しぼまないよう、逆さにして冷ましておいた。
生クリームは無いので、ジャムと花蜜を用意して。
「ドライフルーツも、合うかも」
小皿に入れ、テーブルを見る。変わらずに本から目を離さないが、耳がピクピク、鼻もすんすんと動いている。
「にゃっ!」
パクがしおり代わりの葉っぱを置いた。休憩の合図だ。おやつはみんなの大事な時間、それぞれきゅうぅ、と体を伸ばすとお片付け。しらゆきとオネムが布巾を取りに来て、ケーキを見付けて喉を鳴らす。
「ありがとう。お茶入れたら、すぐだよ」
「にぃ!」
配られたケーキを一目見て、初めてのおやつと気付いたらしい。まんまるの目が輝く。スプーンで触れるだけでも、柔らかいと分かる。今までの柔らかさとはちょっと違う。
わくわくしながら、まずは何もつけずに一口……、六本の尻尾がピンと立つ。
「にゃあぁぁぁぁ……!にゃあ!」
「よかった…、ゆっくり食べてね。ジャムかけてもいいんだって」
「なぅ、なーあ?」
「シフォンケーキっていうんだよ。うららが教えてくれて、王都には専門店もあるみたい」
はやての希望でフルーツを乗せ、花蜜をかける。ダイチはジャムがいいようだ。
うらら曰く、専門店は大人気でいつも行列だそうだ。種類も豊富で持ち帰りもあるが、すぐに売り切れてしまうのだとか。そろそろ冬に備え、店も閉まってしまう。中々行けない彼女は、春までお預けだと嘆いていた。冒険者稼業は楽ではない。
「にゃむむ?にゃー」
「ううん、食べた事ない。でも作り方が本にあって、聞いてるとおいしそうだったから作ってみたんだ」
「んにゃあ!」
「ふふ、ありがとうソラ」
ファスすごい!と素直なソラの賛辞に、照れたように微笑む。初めての試みであったが、難なく作り上げたファスの家事歴は長い。おやつも数え切れない程作り、もう計らずとも分かるという熟練の域に来ていた。しかし、相変わらず本人の自覚は薄い。
二つずつのケーキはパクたちを充分に満たし、ぽわぽわも満たされた。ゴロゴロとごちそうさまを告げる。ファスはお茶を注いで、お皿を下げていく。パクとしらゆきでテーブルを拭くと、台所へ。
洗い物をするファスに渡し、窯の上のケーキに気付いた。あれは、カイ達のだ。
確実に来るとは分からないが、おやつは必ず三人分も作られる。来なかった時は、全員で分け合って腹に収めている。今日はどうだろう。パクが首を傾げていると、人の気配。
「ぶにゃ、」
ダイチが来訪者を告げる。やはり来たようだ。
ファスは出迎える準備。パクたちはテーブルを譲る為、本と毛布を持って暖炉前へ。
せっせと整えていると、木戸を叩く音。
「ファスさーん!パクちゃんたちー!こんにちは、元気だった?」
しばらく顔を見せなかった、うららが先頭で入ってくる。続いてトオヤにカイ。
トオヤもうららも、恋人となった二人に気を使っていたのだろう。パクたちは挨拶代わりのスリスリで出迎える。
カイは真っ先にファスに抱き着いていた。毎度の事だが、中々慣れないファスは真っ赤。
「俺のファスが可愛すぎる」
そう言うカイも、これまた毎度嬉しそうである。見守り組の呆れ顔に気付いたファスは慌てて離れ、台所へ。パクたちも呆れ顔だ。
「少し自重しなよぅ。まさか、パクちゃんたちに見せつけてるんじゃないよね?」
「俺がやりたいだけですが?」
残念美形は、いつも通り残念だった。うららは切り替えた。
しばらくぶりの訪問だが、巣の中は相変わらず暖かく穏やかな空気。暖炉前の本を見付け、許可をもらい手に取る。
「新しいのと、見比べてたんだ」
「知識の更新か。最新の作り方に、同じ薬草から二種類の薬を作る……。あまり変化は無いと思っていたが、割とあるな」
ひょいと覗き込んできたトオヤは、目次を流し読み、もう一冊を見た。随分読み込んだのだろう、端が丸くなり、変色した部分もある。これだけで、いかに熱心かがよく分かる。
「お、お待たせしました。どうぞ…」
「え、わっ!これもしかしなくても、シフォンケーキ?!」
「専門の味ではないですが……」
「充分すごいよ?!ふっわふわでおいしそう……!いただきます!」
ファスはまだ恥ずかしいのか、頬が赤いまま。しかしそれには触れず、おやつに集中した。
前に話したのを、覚えてくれていたのだ。まさか、作ってくれるとは…!
お店の方は相変わらずの行列で、やはり無理そうだと諦めていたので、うららの喜びはひとしおだ。
器からそっと掬い、口に入れると柔らかく、優しい甘さが広がる。
「……おいひい!じわぁって広がる丁度いい甘さ…!何個でもいける!!」
「逞しい感想だな。うん、これだけでもスゲーうまい」
「よかった…。また、作りますね」
「大変だったんじゃないか?卵白を泡立てるのは」
トオヤ自身、お菓子は作らないが、知識としてなら頭に入れている。相当泡立てないと、柔らかく仕上げられないとあった筈だ。それに、ファスは微笑む。
「慣れてくると、面白くて楽しいんです。それに頑張った分、見た目で分かるので」
「そういうものか」
「はい。…そうだ、あの、トオヤの都合がいい時でいいので、一緒に料理作ってくれませんか?」
二人は料理についてよく話す。偶に効率的なやり方を教わるので、ファスはとても感謝している。前よりも腕が上がった気がするのだ。教え方が上手いというのもあるだろう。
「学ぶ事がたくさんありそうで…」
「それは構わないが。……カイに言ってくれ、予定を合わせる」
Sランクの鋭い眼光に気付き、トオヤは身の安全を優先する。
実際やるのならば、巣では狭い。カイのアパートを借りる形になるだろう。自分のアパートに引っ張り込む真似はしないし、するつもりもない。
「次も楽しみにしてるね!材料必要なものがあれば言ってね、手に入れてくるから!」
「あ、ありがとうございます。お茶、どうぞ」
「ありがとう!」
うららはキレイに完食。もう次に思いを馳せているようだ。カイの牽制も落ち着き、トオヤは溜息一つ。
関係が変わっても、カイは相変わらずだ。ファスに近付く者を警戒している。疲れないのだろうか。
そんな真似をしなくとも、ファスはカイ以外になびきはしないのに。と、トオヤは思う。
見ていれば分かるのだ。
優先度はパクたちの方が高いが、カイも同等になっているし、眼差しも優しい。そして、空気も違う。ファスも、想いを行動や空気で示すのだ。言葉が少ない分、補うように。カイ程あからさまではないが。
一緒になれば落ち着くかと思われたが、加速している。最近はパクたちも呆れているように見え……カイの愛情はそれほどであった。
……おやつの時間も終え、片付けも終えると、それぞれゆっくり過ごす。
うららは邪魔にならないよう、癒しのモフモフを眺め。トオヤは読書、カイはファスを独占。今はそんな形に落ち着いている。会話する時もあれど、巣の空間が非常に穏やかなせいか、自分の家以上にまったりしてしまう。
「にゃむぅ……」
オネムが覚束ない足取りで、ファスの膝を目指している。眠気が勝っているのだろう、うまく登れず服を掴んでうつらうつら。ファスは優しい笑顔で、そっと抱き上げた。
温かさに安心したか、すぐに寝息に変わる。パクたちも同じ状態だ、満たされたのだろう。うららもつられたか、椅子に座ったまま舟を漕いでいたので、トオヤは肩に毛布を掛けてやる。
温かく、優しい空気に満たされたこの場所は、心地いい。
世の中は変わっていく。それが当たり前で、遅れる時もあれど、ついていかなければと足を動かし続けてきた。
でも、急がなくていい。足並み揃えなくてもいい。自分が行きたい方向へ、行ったっていいのだ。何より、自分自身が納得して、満足して進めているならそれでいい。
そう思わせてくれる、この場所だけは変わってくれるなと、願ってしまう。
「……」
らしくないなと笑いつつ、トオヤは今日も本を読むフリをして、巣の居心地に浸るのであった。
久々のモフモフたち。
実は色々考えた末、こっそりオマケ話を置くところを作ってます。
その名も『オマケの魔猫と人の子』。そのまんまですね。
主にモフモフが書きたくなった時に更新される、のんびり頻度になると思われますが、時間がある時に楽しんでくだされば幸いです。




