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84.




胎動が始まったらしい。

パクたちはぴくぴくと耳を動かし、外の様子を窺う。風が徐々に強くなり、身軽なパクたちでは飛ばされてしまいそうだ。巣の周りを点検し終えたファスとカイが戻ってくる。カイが風除けになり、ファスを中へ入れると戸を閉めた。


 「んにゃ、にゃあ!」


 「ありがとう、カイ。ソラ、鉢は大丈夫だったよ。これは飛ぶかもしれないから…」


 「他のは、一応固定しといたからな」


 「んにゃにゃあ」


育てている花たちを心配していたソラ、お礼を言って小さな鉢を受け取る。これは小さな芽が顔を出したばかり。無事な様子にくるる、と喉を鳴らし、隅に置いておく。


 「なぁ、なーおぅ」


 「にゃむむ」


 「ぶに、」


地震も起こるかもしれないのだ、力を合わせて棚からお皿などを全部出し、下の段に纏める。薬棚も同様に。割れては大変なので、タオルを敷き詰めた鞄に避難させておく。入らなかったものは、カゴに入れ床へ。


 「にゃん、にぃ」


 「にゃ、にゃあにゃあ」


薬作り用の器具。これはパクたちにとって、一番大事だ。ファスがやりくりしてお金を貯めて、特別に作ってもらった物なのだから。パクとしらゆきで慎重に運び、薬と一緒に置くと、その上にタライを被せた。これで大丈夫。

あとは、と巣の点検に勤しむ魔猫たち。大したものだと、三人も手伝いながら感心する。


 「にゃーあ、にゃ?」


 「倉庫も大丈夫。今日と明日の分も取ってきたし、戸も固定してきたよ」


微笑むファスの手には、カゴいっぱいの食糧。パクたちはおいしいごはんを期待して、喉を鳴らし合う。外は荒れているが、中は優しい風景が広がっている。

ダンジョンが変化している間は、何が起こるか分からない。此処は王都ではないので、町に避難させる訳にもいかない。泊まる一択だろ。とは、数時間前のカイである。

それに力強く同意したうらら、そしてトオヤも頷いていた。魔物も現れないとも限らない。頼もしいです、の一言で三人は泊まり決定。

外の兄弟は、頑なにパクたちが許可を出さないので、入れぬままであった。


 「エルドさん達、ちゃんと伝えてくれてるかな?」


 「その辺はちゃんとやってんだろ。心配か?」


 「うーん、まぁ。トオヤも言ってたでしょ、ついうっかりがあるって」


台所の片付けは、ごはんの後だ。手早く準備をするファスの後ろ姿を眺めながら、うららは眉を下げた。


 「オーベルのはな。でもあいつは、エルドに本気で釘刺しされたら、絶対に言わない。忘れているのかと思う程、言わない」


 「忘れちゃ駄目なんじゃ……」


 「あの二人はファスを……というか、ファスが作るごはんだな。それを気に入っている。だから心配はない。言ったら最後、冬場どころか王都での供給も消えるという事だからな」


絶対言わねぇ!!!!

……と、力強い顔で断言していた兄弟を思い出す。二人も見事に、胃袋を掴まれていたらしい。一体いつから。うららは、パクに味見を渡すファスを見た。着々と無自覚に、胃袋から落とす……恐るべし。


 「にゃあ!」


 「よかった、もうすぐできますよ」


 「やった!お皿準備するね!」


にゃあにゃあと運ぶモフモフに混じって、うららも笑顔でお皿を運ぶ。


 「あいつも立派に落とされているな……」


 「それ言ったら俺らもだろ」


 「そういえば……今回は焦ってなさそうだな、カイ」


ファスに知り合いが増えると、必ず不機嫌になるのがカイである。独占欲は落ち着いたのだろうか。


 「いや……何つーかな。あれだ、」


 「何だ」


 「野生の生き物に餌付けしてるようにしか見えなかった」


 「言い方」







ドンッと突き上げられるような衝撃と共に、地面がぐらぐらと揺れる。

うっかり眠ってしまっていたファスは飛び起き、辺りを見回す。が、すぐに抱え込まれ、床に伏せる形に。


 「じっとしてろ、パクたちはベッドの下だ」


 「は、はいっ」


カイだ。ベッドはうららに、自分達は床で寝ていたのだと思い出す。

まだ揺れは続いている。縦に、横に。家具もガタガタと音を立てる。テーブルが動き、椅子が倒れた。

ファスはカイにしがみつきながら、寝室に目を向けた。言った通り、ベッド下に光る目が。うららはシーツを頭まで被り、身を守っているようだ。

ほとんどの棚から物は下ろしておいたので、落ちてくるものは少ないだろう。

揺れは強く、弱くを繰り返し、ようやく治まった。ぎぎ、と梁が軋み、絡んでいた薬草束がゆっくりと解けていく。

ファスは恐る恐る顔を上げた。まだ揺れている気がする。


 「…大丈夫か?」


 「はい、なんとか。カイは、」


思いの外近いカイとの距離に、ファスは固まる。それはそうだ。カイはファスを守るように覆い被さっているのだから。それを理解すると、こんな時ではあるが、ファスは赤くなるのを止められなかった。


 「俺は平気。それより、本当に大丈夫か。どっか怪我して我慢してんじゃないよな?」


撫でるように体を触られ、驚きつつも首を振る。


 「…そう?いや、ちょっと隅々まで、」


 「何やってんだお前は」


トオヤはカイの頭に手刀を入れた。モフモフたちが二人の間に滑り込み、固まって動けないファスを押し出してやると、抵抗なく転がっていく。


 「びっくりした、結構揺れた……、どうしたのファスさん!初めて?!地震初めてだった??!」


 「い、いえ……あ、びっくりは、しました……」


 「にゃー」


 「あ、ありがとうパク……」


ファスは落ち着く為、パクたちを代わる代わるモフる。それに首を傾げたうららだが、トオヤによる手刀乱打を転がって避けるSランクを見て、なんとなく察した。

あの男は隙あらば、ファスに意識させようと仕掛けているようだ。会えないと思っていたのが、偶然にも拠点が重なり、こうして共に過ごせている。少々枷が外れてしまうのも、無理はないかもしれない。ないのだが……、


 「ファスさん、嫌な時はちゃんと言った方がいいよ。嫌われる心配はないから」


 「え?は、はい…」


 「パクちゃんたちにも、勿論私とトオヤにも、頼っていいからね」


あの男の行動がエスカレートするなら、此方も動かねばならない。しかし、うららはそこまで心配はしていなかった。

ファスは流されるようで、流されない。こうと決めたら動かない、意志が固い部分もある。それを力で従えようとする真似は、カイは絶対にしないだろう。何せベタ惚れだから。

オネムを抱えたまま、御礼を言うファスに、うららは頷く。

とりあえず状況把握だ、と切り替え、うららは照明魔法を使う。ふわと浮かび上がった巣の様子は、思っていたよりも散らかっていなかった。

物を徹底的に下ろし、家具の重心を下に集中させたのが良かったようだ。全員怪我もなく、何よりである。


 「外はどうだろう。まだ暗いから、朝になってからが良さそうだね」


 「戸は……開くな。巣も歪んではない」


 「……良かった、薬も無事です。器具は…」


 「にゃあ!」


器具もお皿も、無事なようだ。被害は最小限、対策しておいてよかったと喜び合う。

しかし、これで終わりとは限らない。ダンジョンが生まれ変わる迄は、警戒を崩さないようにしなければ。


 「なんか、目が覚めたな」


 「そうですね、お茶入れましょう……か」


カイと目が合い、ファスは思い出してしまったか、赤い顔のまま台所へ向かった。それをニヤニヤと眺めるSランクの顔は、満足気だ。更にそれを眺める見守り組の目は呆れており、モフモフたちはとりあえずガード強化を決意した。






翌日。

町にも影響が出たが、幸い大きな揺れではなく、建物の倒壊などはなかったようだ。ただ驚いて転んだり、落下物にぶつかるなど、怪我人は多く出た。

各ギルドは被害状況を調べる為、人員を割り振り速やかに対処する。冒険者達も駆り出され、ダンジョン調査に出られたのは昼過ぎであった。


 「よぉ、遅かったな」


軽い挨拶で出迎えるSランクに、文句の一つも言ってやろうとしたエルドだったが、その周りの景色を目にして、口を閉じた。


 「此処、どこだ?」


オーベルが首を傾げるのも無理はない。

昨日までポカリと口を開けていた、ダンジョン入り口が消え、その周辺の木々も綺麗になくなっている。根こそぎいかれたか、大地がひっくり返されたように荒れ、不自然な空き地が広がっているばかりだ。

鬱蒼としていたのに、今は晴天が眩しい。


 「こりゃー……開拓でもしてたかってぐらい、様変わりしてんな…」


他の面々も、唖然とした様子で見渡している。


 「入口どこ行った?」


 「今トオヤが居る所だ。開くのは、七日後」


 「それは確実な訳ね。その時色々吐き出すんだよな、また地震あったり?」


 「多少はな。調べた限りでは、確かに休眠状態。でもまだ、生きてるのが居るんだろうな。偶に地面から悲鳴が上がる」


ゆっくり取り込まれてるんだろうなぁ。とカイは涼しい顔をしているが、もし何も知らないまま此処に居たら、悲鳴を上げているのは自分達だったかもしれないのだ。それを考えると、流石のエルドも笑えなかった。

ファスには、魔猫たちには感謝しかない。命拾いした。

深い溜息の後、生きている実感を噛み締めている兄を、オーベルは不思議そうに見ている。


 「兄貴、道間違えたんか?」


 「だまらっしゃい弟よ。お前も生きている事に感謝しろ、そこでいいから。ちょっとだけでいいから」


兄弟は揃って、太陽に向かってお祈りポーズ。揃って秒で立ち上がると、ざわついている同業達へ説明しに向かった。カイはそれを見送り、トオヤの元へ。

彼は地面に触れ、動きを探っている。周辺を見回っていたうららも戻ってきた。


 「ありえないくらい静かだよ。何の気配もない」


 「この状態だ。全部地下だろうな」


時折、下から声が響く。重く、低い。それはどんどん小さくなり、消えていく。

さっきからその繰り返しだ。うららは顔を顰めた。


 「コレ、夜に聞いたら怖いやつだよ……」


ざわつきが大きくなる。

一生に一度、見れるかどうか分からない貴重な現象だ。残りたいヤツー、というエルドの呼びかけに、次々と挙手する冒険者達。全員であった。

トオヤが立ち上がる。


 「随分奥に潜っているようだ。危険レベルも上がりそうだな」


 「此処の最下層は、八十八。それ以上か…。とりあえず報告はしねーとな」





……報告を聞いたギルドマスター、俺も見たい!と執務室から脱走を図ったが、副ギルドマスターにすぐに捕まり、書類の束の前に縛り付けられたそうな。






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