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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第四編 石に魔はさす。
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五話①

 暖かな春の陽気に包まれて、うつらうつらと舟を漕ぐ。


 忙しさが落ち着き、魔石魔法の講習をそれなりの頻度で行っている今日この頃。なんどか顔を見せては頭角を表す者が現れる。

 杵島春生きしまはるお敏春としはるの長子にあたる息子だ。齢十四で思春期の真っ只中、生意気しきりのやんちゃ坊主で、喧嘩騒ぎで叱られた末「ちったあ香月かづきの嬢ちゃんでも見習って勉強をしろ!」と放り込まれたのだ。


 最初こそチビガキに学ぶことなんて無いと不貞腐れていたのだが、王族やら魔法部の長やらが真剣に取り組んでいる姿を見て、周りを見返してやろうと筆を執った。

 若さ故か驚くほどの速さで文字を覚えて、式を組み立てる段階までやってきた。計算に関して他の者が算盤を使っているため、あえて素楽の十露盤を拝借して器用に珠を弾いている。


「おい、出来たぞ」

 それはもう尊大な態度で胸を張るのは春生、手に持つのは魔法陣として組み上がった式。


「ちょっと見せてねー」

 式を配置した魔法陣というのは制作者毎に個性がでる。あれをこうした方が、なんて思うこともあるが、それは魔法として発現させてから調整していくものなので胸に秘める。


「うん、問題はないねー。流石だね春生くん。それじゃあ粉末状の魔石を絵の具にして実践してみようか」

 今しがた制作した陣は石の鏃を作る魔法陣。成形、硬度、魔力の消費等が目に見えてわかる初心者向けの魔法だ。

 魔石絵具で陣を作ると恐ろしく魔力を消費するのだが、いきなり立体的な魔法陣を組ませるのも酷というもの。桧井であれば指先に魔力を集めて描くのだが、竜人はそういった技術を持たないらしい。

 逆にテオドルとグニルも詠唱という行為は理解できず、再現も不可能とのこと。一〇〇年もこちらにいて出来ないのなら、何かしらの隔たりがあるのだろう。


 チビガキに褒められていい気になっている思春期くんは、ご機嫌な様子で魔石を擂り潰す。

 対して大人たちはなかなかに苦戦を強いられている。険しい顔で筆を遊ばせているのは翔吾、隣に立って共に責任を負うとまで言った彼に成果があるかと聞かれれば否だ。茶蔵主として暇ではないのも原因なのだろうが、向き不向きの問題だろう。ただ最近は素楽に褒められている春生や他の者へ妬いているのだが。

 そして魔法陣というものに理解のあるテオドルは、面白がって魔石絵具で彼らの魔法を再現している。グニルも魔法を扱うようだが、興味がないのか部屋の外で警備という名の昼寝をしている。


「そろそろ時間ですねー。みなさんお疲れ様です」

 詰め込み過ぎは良くないですよ、と付け加えて三々五々に散っていく参加者を労い見送る。


「ちょっとまって、あと少しでできるから!」

 視線を紙から外さずに声を上げるのは春生、手元を見てみれば言葉の通りに完成間近だ。粗暴、やんちゃ、生意気で悪童とも呼ばれることがある彼だが、手先は器用なようで綺麗な魔法陣を描くのだ。


「よしっ出来た!どうだ?」

 見直してみても間違いはなく、合格点であろう。


「合格だよ。魔力を注ぐのは春生くんがやってみる?」

「ああ!見てろよ!」

 なんとも良い決め顔で魔力を注ぎ始めた彼だが、魔法師ですらないため使える量に限りがある。玉のような汗を浮かべて踏ん張るが、限界は限界。これ以上ない所まで振り絞ってへたり込む。


「くそー」

「ふふ、それじゃ変わりにわたしが注いでおくね」

 何の障害もない、とでも言いたげな素楽は涼し気な顔で魔力を注ぎ、石のやじりを発現させる。ここ暫くで底なしなどと呼ばれるようになった彼女からすれば屁でもない。


「ふむ、いい形だし…硬度も十分。春生くんは本当に上達が早いね」

「…当たり前だろ」

 どこか小っ恥ずかしそうに顔を背けては、尻尾をゆらゆらと揺らして忙しそうである。


「それじゃ次に来るときまでには、次の段階の教本を用意しておかないとねー。今日はお疲れ様、気をつけて帰ってね」

「おう、じゃあな。せんせ」

 さて、優等生を見送れば残るのは、暗雲でも纏っていそうな先生の婚約者なのだが。彼は口から漏れそうになる弱気な言葉を飲み込んでは、吐き出してしまえ楽になれると葛藤する。口約を反故にした所で素楽は幻滅などするはずもないのだが、自尊心がそれを許さない。


「素楽は…魔石魔法の式を難しいと思ったことはないのかい?」

「あるよー。沢山ね。わたしは小さな頃から兄ちゃんの遊びに付き合わされていたし、騎兵の試験にも必要な勉強だったから。年度が違うんだ」

「くく、年季だよ」

「そうそう、それそれ。遊びついでに覚えられたのは、やっぱ大きかったって思うよー。…そうだ」

 周囲を見回してから、椅子に腰掛ける翔吾の直ぐ隣にやってきた素楽は、耳に口を近づけて吐息混じりの言葉を吐き出す。


「上手に魔法陣を組めたら、特別にご褒美あげるよー。翔吾だけの特別ね」

 苦戦していることは目に見えて明らか、ならばと見える場所に宝箱を置く。内容を聞きたくなる心を最大限の自制心で抑え込んだ翔吾は、ゴクリと唾を嚥下して小さく息を吐き出す。


「期待しているよ、素楽」

「わたしもね」

 楽しげに、太陽の様に笑みを浮かべる愛しい婚約者をみて、王弟の心臓は跳ねる。

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