四話③終
桜の満開となる晩春の頃。例年であれば夏至の辺りまで続くであろう儀式の繁忙期は終わりを告げていた。
「これも偏に香月祭務長のお陰です」
少しばかりの赤みを帯びた満面の笑みを浮かべるのは、茶蔵の祭務長だ。毎年毎年この時期は、花を肴に酒盛りをする余裕もないと愚痴を漏らす人なのだが、晴れて忙しさから解放され慰労たる花見の席では浮かれっぱなしだ。
「ふふ、みなさまの尽力あってこそ、ですよ」
素楽からすれば、ただただ領地内を飛び回っていただけにすぎない。故に謙遜ではなく、予定を組み上げ、事前に準備を終えて、潤滑に事を勧めてくれた祭事部全体の功績だと、順繰り見渡して皆を労う。
「みなさま、お疲れ様でした」
ニコリと可憐な笑みを浮かべて見せれば、酒の回った一部の男性陣はポッと頬を赤らめて、何かに目覚めそうになっていた。もしくは既に目覚めていたか。
とはいえ相手は未来の王子妃、下手なことをすれば首が飛ぶので理性という箱に感情を仕舞い込んで、酒の席を謳歌する。
「のう、素楽ちゃんや。ワシらはちとばかり場違いじゃなかろうか」
先日から配属になった新人祭務官は申し訳無さそうな表情を見せている。尚、妻たるグニルは女性陣に混じって食事を楽しんでいる。
「あはは、すみません。でも助かりましたよー。茶蔵の街は広いので、人手が欲しかったんです」
人口が増加傾向にあり、毎年毎年新たな家の建つ茶蔵の地は白烏の役を行う祭務官が常に足りない。特に四方八方から要望の飛んでくる春は。
二人が素楽と協力関係になったので、彼女は遠慮なしに祭事部へ放り込んだのだ。忙しい中で周囲の人との関係を築くことができ、受け入れ難い存在たる獣人、という印象を直様に払拭したのだから、彼からすれば万々歳なのだが思っていた仕事とかけ離れていると言ちる。
「案外のこと人使い荒いじゃろお主」
「ふふ、どうでしょ」
料理と酒を啄みながら素楽ははぐらかしながら笑う。
「それではわたしは御暇しますねー。みなさんは羽目を外しすぎないよう楽しんでください」
始まってそう時間も経たない頃に祭事部の会合から撤退し、衣装を着替えては別の食事会へ足を運ぶ。お次は茶蔵貴族のご婦人、ご令嬢を中心としたものだ。
花見の季節はあちらこちらから招待状が引っ切り無しに届き、ある程度選別して顔を出すことになっている。そうせざるを得ない立場に就いてしまったのだ。いずれ茶蔵常磐妃として立つ彼女には必要な顔合わせとなる。
(しばらくこういうのはなかったけど…やっぱ大変だねー)
途中参加で挨拶をしつつ、様々な感情を投げつけられる。口にも顔にも出すことはないが、翔吾の隣を狙っていたご令嬢などは、ちらりと棘を見せる。露骨な嫌がらせなどすれば数年後に報復される可能性があるのだ、愚かな行いなどするはずもない。
それでなくとも、今現在素楽の後ろ盾たる勢力を考えれば当然だろう。
先ずは法元家及び中央祭事部、中立系貴族の中では最大勢力で下手に喧嘩を売れば屋敷と土地を追い立てられる。彼らは彩鱗黎明から続く土地の管理者なのだ。
続いては翔吾を始めとする王弟勢力、木角家、八間川家、菅佐原家の三家。勢いがあるわけではないが、確固たる地盤と力を有している。
そして本人たちは認識していないのだが印南家だ。これは奈那子が侍っている事に由縁する。何も知らない外部からすれば、近衛長たる印南花乃子が後ろにいるように見えている。
これら三勢力が背後にいる素楽に手を出そうなどというのは自殺を意味している。いくら蛮勇なご令嬢がいても周囲がそれとなく止めるほどである。
「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
主宰たる財務長夫人へ慇懃に挨拶をして歓談へと交じる。凡そ一年半の猛勉強で言葉に不慣れな素楽は居らず、礼儀言葉ともに夫人の納得がいくご令嬢が立つ。
「お久しぶりですね香月様、気がつけば言葉がお上手になって、うふふ、立派な地位にも。あぁ、そうそう、聞きましたわ、最近は忙しく茶蔵中を飛び回っている、と。どうですか茶蔵の地は?」
「ふふ、この地に降り立てたことを嬉しく思うほどです。特にこの桜の樹以上に綺麗な花は故郷にはありません…風に舞う花びらに惜しいと思ったのは生まれてはじめてのことですよ」
財務長宅に立つ大きな桜の木。我が家の自慢です、と言わんばかりなので、早速とばかりに褒めちぎる。実際に綺麗に思っているのは確かであるが。
「まぁ、お上手ですこと」
「樹齢はどれほどなのですか?」
言葉とは裏腹に、そうでしょうそうでしょう、と歓喜を見せる夫人や参加者と歓談をしては、少しばかりの食事に舌鼓を打ち次へ向かう。
松野で催す天夏祭後の社交では家ごとが上手く調整をしてくれるのだが、ここではそうではないらしく、これでもかと一日に詰め込まれている。桜の一番美しい時に催したい、という都合上、重なってしまうのだろう。
(キッツい)
あちらこちら飛び回って儀式を行っている方が、遥かに楽だと素楽は馬車で溜息を吐き出す。
(翔吾の隣に立つって決めた時から覚悟はしてたけども、…過密すぎる)
馬車窓から外を覗けば既に夕刻、次は夜桜を楽しむ晩餐会だ。そこまで大食らいではない素楽の胃は限界を迎えつつあった。
―――
(胃薬とかあるかな)
本日の全ての予定が終わる頃には夜中で。
「食べ過ぎちゃった時の胃薬とかってある?あ、もう医療部は閉まってるか」
使用人に話しかけながら自己解決する。
「大丈夫ですよ、奈那子様が用意してくれていますので」
「よかったー。それじゃ湯浴みの後に飲むからよろしくね」
「はい」
出来る侍女に感謝しながら、極楽たる湯を満喫する。茶蔵の城内では温水の魔石が浴場を中心に配備されているので、仕事が楽になったと大好評である。
「素楽様はお酒に強いのですね、あまり飲む印象がなかったので意外です」
「母さんが強いからかなー、お酒の強さって親に似るでしょ?それに移動が多くてそんな飲んでないから」
取り留めのない話をしながら、ご機嫌な素楽は鼻歌を奏でる。
―――
「奈那子、胃薬ありがとね」
「お安い御用ッス。しっかし、あたしが組んだんスけど馬鹿みたいな日程でしたね、まさか全部熟すなんて思ってなかったッスよ」
いくつかは断りをいれる事が前提の日程。「行こうと思ったのですけれど、どこもかしこも忙しくて、ごめんなさいねぇ」とする予定だったのだ。
「鍛えられてるから」
「うへぇ」
香月家は松野の二番手、文句なしの名門貴族である。
「すごいね素楽」
パチパチと目を瞬かせて感心するのはグニル。今日は休日なのだが、夫が酒に呑まれてしまい暇だと、帰ってきた素楽の後をついて回っている。
「わたしはもう寝るだけだから、グニルは下がっていいよ。また明日からよろしくね」
「わかった、おやすみ」
剣を三本重佩いた彼女は、踵を返して居住区へ足を進める。
「どう?グニルとは上手くやれてる?」
「まぁまぁッス」
城を離れている間はテオドルと行動していたグニルだが、外にでることの減るこれからは肩を並べる同僚のような存在だ。何かしら勘付いている奈那子をだが、公的には恩人にされているので折り合いを付けているようだ。
「…奈那子、気負わないでいいよ」
暴力沙汰に抵抗のある彼女に無理をしないように伝えてゆったりと歩く。
「っす」
どこか釈然としない様子。えいっ、と素楽は鼻を摘んでから悪戯っぽい笑みを浮かべて距離を置く。
「そういうのは似合ってないよー、スッス」
「ぷっ。…スッスって言ったッスね!いくら素楽様でも許さないッスよー!」
賑やかな二人は茶蔵の城を歩む。
―――
「鼠は捕らえられたかい?」
夜中に執務室で翔吾は問う。
「ええ、数名ほど。こちらに詳細が」
「案外少ないですね」
重忠の書に意外そうな顔を見せるのは直之。
「中央祭事と王宮からの手が入ってますからね、わかりやすいのは篩いにかけられ掃除されているのでしょう」
「逆鱗は私の監視から寄ってくる害虫の排除に切り替わったのか」
「祭事は想定どおりですね」
王宮貴族の一部には素楽が持つ魔導銃の戦果は知られており、仕組みや製法は秘匿されているが魔石魔法の有用性を意図的に広められている。いくらか前に王宮と中央魔法部に送られた、魔石魔法の報告書とも届いた頃合いだろう。
「ニーグルランドに通じる者が多いのは、先の戦で黒獅子の配下を討ったからでしょうかね」
「矢越の戦いでの活躍もありますから、単純に警戒されているのでしょう」
「中央も気がついているだろうけど…南東が臭いね。獣の臭いが」
情報を繋げてみれば南東からニーグルランドに加担する者が見られる。
戦は嫌だ、と溜息を吐き出してみても、血の気の多いお隣さんがやる気を削ぐはずもなく。
「あの二人は?」
「不審な動きはありませんね。テオドルさんの方は素楽さんに扱き使われているようで…祭事部に組み込まれています」
「「……」」
なんともまあ逞しい。それが執務室の相違だった。
「狐なので獅子に関与する疑いはありませんから、警戒で十分かと」
「ならこれで秋口までは落ち着いていられそうだね。勉学には励まないといけないけども」
何気なしに眺めた窓の外には、二つの月と星星が煌めいている。
第四編の四話はここまでです。




