四話②
「あれが茶蔵の城じゃな」
どこか観光気分なテオドルは城を見て、暢気な声を上げている。
「…ワシらどうなるんじゃろうなぁ」
「心配事?」
「そうじゃよ、グニルが彩鱗祭務の娘っ子に剣を向けてしまったんじゃ、心配がないわけなかろうて」
茶蔵の街まで来る最中、立ち寄った村々で白髪で空を飛ぶ女の子について訪ねてみれば、祭務の白烏だと必ずに返ってくる。この春にはあちらこちらに飛び回って儀式を行っているとも。
龍神神学に詳しい訳では無い彼だが、長く生きて旅をしていれば耳に届く情報も多いわけで、白烏が信仰の一部だということは理解できていた。
「大変だ」
そんな事が、と言わんばかりの他人事。
「いざって時はさっさと逃げるかのう。グニル、なるべく穏便にな」
「わかってる」
本当にわかっているのか不明だが、なんとかなるだろうと楽天的に城を眺める。
「ワシはテオドル・ブロムクビスト、こっちは妻のグニル。香月素楽殿と面会の約束があるんじゃが」
話は通しておく、との事だ、これでも問題はなかろうと城の衛兵に訪ねてみれば。
「あぁ、あなた方が香月祭務長の恩人ですか、話は聞き及んでいます。どうぞこちらへ」
(恩人?あぁ、そういう建前を用意してあるのか)
なんとなくの意図と、祭務の長という地位にいることを理解したテオドルは気を引き締めて、衛兵のあとに続く。
案内されたのは客室。素楽は仕事で農村まで飛んでいる事に加えて、茶蔵主たる翔吾も時間がかかるので、身なりを整えることになった。
何故に茶蔵主なんという大物が出張ってくるのか見当もつかない二人であったが、使用人に囲まれてあれやこれやと時間を過ごしている間に、考えはすっぽ抜けていた。
旅ぐらしで少しばかりの体臭やなんかが気になっていたので、湯浴みや衣装を借りられのは大助かり。持っている衣服も全て洗濯をしてくれるという至れり尽くせりだ。
ピカピカに磨かれた二人は、数日前に出会った彼女の影響力を窺い知った。
(身の危険はなさそうじゃが…どうなってしまうんじゃろうか。ここで腰を落ち着けられるようにしてくれるらしいが、対価は…あの門を開く手伝いかのう。よくわからんが)
テオドルが頭を回して考えている間、グニルは机に置かれた茶菓子を食んでいた。
―――
「ただいま」
「おかえりなさいませ、素楽様。ブロムクビスト夫妻がお越しです、お召し替えの準備は出来ておりますのでこちらへ」
玄関口で待ち構えていた使用人に連れられて自室戻れば、正に準備万端といった様子。
着せかえ人形に徹していれば着替えなど瞬く間に終わり、客間に向かえば時間を合わせていたのか翔吾と落ち合う。
「おかえり」
「ただいま」
扉を開けば先日にも見慣れた白髪の二人。翔吾と素楽のみが部屋に入り、お付きには人が寄らないよう人払いをさせる。
「ふふ、お久しぶりですね、先日はわたしが魔法の実験中に事故を起こした際は、助けて頂きありがとうございました。お二方が通りかからなければ、と考えると心が冬へと戻ってしまいそうです。お礼、というには少しばかり足りないかもしれませんが、お持て成しには満足いかれましたか?」
こういう設定だよ、と無いことをつらつらと語る。
「はっはっは、妻は大変喜んでおりますよ。特に茶菓子を気に入ったようで」
「そうですか、茶蔵の料理は美味しいものが多いので、晩餐も楽しんでいってくださいね。では改めて自己紹介をさせてください、先日は略式でしたので。わたしは香月素楽、中央祭事部祭務長、芽雪飾爵士です。そしてこちらの方が茶蔵主の常磐翔吾です、わたしの婚約者でもあるんですよ」
(常磐。……王族じゃのう!ひぃ。それの婚約者に剣を向けたのかワシらは!というか素楽ちゃんもとんでもない肩書じゃな…)
一切の表情を変えることなく内心で悲鳴を上げる。歳が十八で明らかに外つ国、いや外つ世界出身。そんな娘が祭務長という地位に王宮からの号付きの勲章まであるのだ、はっきりいって異常である。
「紹介に預かった常磐翔吾、茶蔵主、銀鶴公爵位だ。話によれは私の素楽が世話になったようで、きちんと礼を言っておきたくてね」
唯一事情を知っている翔吾も素楽の演技に同調し、笑顔で威圧をしている。
「翔吾様、こちらがテオドル・ブロムクビスト様で、お隣の女性がグニル様です。ご夫婦で旅をしているとのことですよ」
「丁寧にありがとうございます。紹介通りのテオドルとグニルにございます。気軽に名前で呼んでいただけると助かりますな、はっはっは」
「よろしくおねがいします」
互いの紹介も終わったので、と向き合うように腰をかけて当たり障りのない雑談を行う。専ら二人がどういったところを旅してきたのか、という部分に重点が置かれる。
「ちょっとした旅行くらいなら楽しそうですね、翔吾様」
「そうだね」
慣れない手付きで素楽が注いだ茶で喉を潤してから、本題に入りますよ、と居住まいを正せば三人も理解できたようだ。
「お二人は暫く腰を落ち着ける場所が欲しい、とのことでしたよね。この茶蔵はどうでしょう、住みやすい場所になると思うのですが」
(情報操作を行っているので)住みやすい場所になる。と本心を流出させている。
「…ワシらはあの門に対する知識は然程持っておらんぞ?ちっとばかし長生きな生き物程度と考えて欲しいのじゃがな」
部屋の外に聞こえることがないように、声を潜めてテオドルは告げる。グニルの方もそれに同意するがごとく首肯している。
「構いませんよー。彩鱗とも桧井とも違う魔法師、その視点が欲しいんです。上手くいけば、お二人の故郷へ帰るための手がかりが得られるかもしれませんし。……帰れなくなって思ったんです、故郷の大切さを。ですから協力していただけませんか?」
演技もない本心の表情は、照れくさそうで寂しそうであった。
「茶蔵主は良いのか?素楽ちゃんの婚約者なのだろう、帰ってしまったら」
「くく、私の婚約者の野心は大きくてね、その心配はないよ」
「ほう?」
「あの石門を行き来可能にしたいんです。きっと大変な旅路だと思っていますが、どちらか一つを選ぶことは出来なくて。ふふ、欲張りなんです、わたし」
頬を掻いて照れる姿はどこか楽しそうに見えていた。
「すん…テオ、わたしは協力したい」
涙もろい性格なのか、目尻に涙を浮かべて鼻をすすったグニルは、熱い視線を素楽へ向けて袖を引く。
(そういうとおもったわい)
「わかった協力しよう、ワシらには時間があまっているからの」
肩を竦めた彼は曖昧に笑って提案を受け入れる。
「ありがとうございます、テオドル様、グニル様」
握手を、と手を差し出せば二人は快く受け入れる。
「でじゃ、こっちのグニルなんじゃがな。素楽ちゃんの護衛にでもせんか?」
(実力は知っておろう?色々と根回しをしてもらったし、詫びる気持ちもある。どうじゃろう?)
外には聞こえないようひそひそといった小声での提案に、素楽は翔吾に視線を向ける。
(護衛か、城にいる分には足りているが、中央に行く時にはいくらでも欲しいか。特に建国祭の時は人も多いだろう)
「わかった、その手筈で進めよう」
「テオドル様は祭事部に所属してもらってもいいですか?白髪の方はいくらいても助かりますので」
権限そのものは無いが求心力は化け物だ、故に彼女の紹介とあれば簡単に所属させることができる。
「よくわからんが尽力しようかの。…あと、ワシらに様付けはいらんよ」
「ありがとうございます。そしてよろしくおねがいしますね、テオドルさんグニルさん」
「あぁ、よろしく頼むわい」
「よろしくね、素楽ちゃん」
素楽の手勢が二人増えたのであった。




