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第弐ノ巻
「上様」
鈴のような声が、 家茂の真後ろから聞こえた。
「よろしいのですか。 凛は貴方の側近では……」
艶やかな髪を『わらわ』に結い、 紅い打掛を身にまとった女人ーー家茂の正室である和宮である。
「良いのだ。 ーーどの道、 私はもう長くない。 親子、 私が死んだら……そなたと天璋院様で、 凛を支えてやってほしい」
「上様!」
和宮の口から、 悲痛な声があがる。
政略結婚とはいえ大奥に入り、 叔母とまだ馴染めぬ妻に投げかけるには、 あまりにも重い言葉である。
「私の最初で最後の願いーー聞いてくれるか?」
しかし、 家茂は懇願する。 有無を言わせぬ口調で。
しなければならない、 と思った。 これから先、 大きな戦いが起こる。 天璋院のまわりでも、 この日本でも。
和宮には辛い思いをさせるかもしれない。 だが、 仕方ないことなのだ。 人はいずれ死ぬ。 それがたとえ予期しない時でも。
「承知、 致しました……」
ぼろぼろと涙を流しながら、 まだ若い姫は平服する。
(すまぬ、な……)
家茂はそんな妻の姿をなんとも言えぬ複雑な表情で見つめていた。




