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傀儡奇伝(くぐつきでん) ~行路の章~  作者: 黒崎 海
第二十章 ヒトガタの悪意
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第一話

 人形は、古来『厄落とし』の形代かたし ろとして利用されてきた。 人形に切った紙で造られた依り代ろや流し雛も これに当たるだろう。


 愛でられるためでなく、良い想い、邪な想い を込められ、やがては『清め』の名のもとに打 ち捨てられる人形達。 どこか不気味でもあり、哀しくも思えるその人 形が、中西長屋に住まう人形師、朱王の元へ持 ち込まれたのは鼠色がかった綿雲が一面に空を 覆う、花曇りのある日だった。


 「何がなんだかわからねぇが、こりゃぁどう したらいいんでしょうかね?」


 胡麻塩に似た顎髭を指で擦りながら、朱王 の目の前に座る男は何度も小首を傾げて畳の上 に置いた『ある物』に視線を注がせる。


 「ねぇ先生、どうしたらいいンですか ねぇ?」


 「いや、どうしたらと言われましても……。 これは……」


 顔一面に『困った』との表情を張り付かせた 朱王は、眉間に深々とした皺を刻みつつ畳の上 の『ある物』を手に取る。 彼の男にしては滑らかな皮膚で包まれた手が拾 い上げた物、それは濃い琥珀色をした藁で造ら れた人形ひとがた、藁人形だった。


 「いくら遠くにぶん投げても、次の朝には必 ず戻ってきちまう。全く気味が悪ぃったらあ りゃしねぇ」


 「いえ、だからそれを私に言われてもです ね、達の悪い悪戯でしょうから、番屋に届け出 ては?」


 「そんなもん、とっくの昔に届けやしたよ! でもね、あいつらときたら、どっかのガキが悪 さしてんだろぅってンでさ。こっちの話しなん ざ、ちぃとも聞かねぇで、けんもほろろに追い 返されちまいやした」


 ゲジゲジ眉毛をぐぃと吊り上げて鼻息荒く言 い捨てる男を前に、はぁ、と頷いた朱王はます ます困り顔。 着古し、あちこち継ぎの当たった着物にほつれ た髷を結った、お世辞にも裕福とは言えない小 柄な中年男は、畳にある藁人形をじっと見詰めて、次の瞬間にはどこかすがるような眼差しを 朱王へと向けた。


 「この人形が来るようになってから、どうも 娘の様子がおかしいんでさ。日がな一日ボーっ としていたかと思やぁ、急に泣いたり怒り出し たりしやがる。医者にも診せたが、どこも悪く ねぇと。こりゃぁ、人形が原因なんだ。先生、 何とかなりやせんか? 先生は人形造るのが仕 事なんでがしょう?」


 『こいつをどうにかしてくれ』そう何度も頭 を下げながら頼み込んでくる男は、どうやら人 形師が何たる者かを勘違いしているようだ。


 「いや、貴方……確か捨吉さんと言いました か。確かに私は人形造りを生業にしています、 ですが藁人形は専門外、ましてや捨てても戻っ てくる物となれば尚更です。どうぞ神社か寺に でも持って行って、お祓いでもお焚き上げでも なさってみてはいかがです?」


 とんだ勘違いで部屋を訪れた珍客にいささか 苛立ちながらも、なるだけ丁寧な口調で藁人形 を押しやった朱王だったが、男は荒れて白く粉 を噴いた手で、再びそれを朱王へと押し返す。


 「そんな冷てぇ事を仰らねぇで下さいよ先 生。風の噂に聞きましたがね、先生は前も夜中 に動く人形や、死んだ女の霊が乗り移った人形 を持っておられたでしょう? 木目込み人形で も藁人形でも変わらねぇじゃねぇですか。ね、 この通りだ先生、後生ですから、コレを預かっ て下さいまし」


 お願ぇします、頼みます、そう繰り返し念仏 の如く呟いて男は半ば無理矢理藁人形を朱王に 押し付け逃げるように部屋を飛び出していく。 こんな訳のわからぬ不気味な物を置いて行かれ ては困る、そう男の背中に叫び慌てて表へと飛 び出した朱王だが、その時には既に男の姿は長 屋門の向こう側へと消えていた。


 「この……クソッ! 一体何だって言うん だ」


 あまりに身勝手な男に小さく、しかし口汚い 罵りの一言を吐き出した朱王は、仕方なしにそ のまま部屋へと戻る。 生憎の天気のせいだろう、普段より薄暗く感じ る室内には、今し方持ち込まれた藁人形が一 つ、ポツンと畳の上に放置されている。


 男曰く『捨てても捨てても戻ってくる藁人 形』は、この日の昼過ぎ、用事足しのついでに 部屋を訪れた志狼に発見されるまで、朱王の手 によって竈の隅に放置される事となったのだ。


 「なぁ朱王さん。これはなんだ?」


 竈の横に無造作に放られた藁人形を一目見る なり、志狼は目を丸くして朱王へと顔を向け る。 彼の定位置、作業机の前に鎮座して机の上に散 らばった木屑を纏めていた朱王は、いつになく 不機嫌な表情を見せつつ『藁人形だ』とぶっき らぼうに答えた。


 「藁人形って、そんな事ぁ見りゃわかるぜ。 どうして藁人形なんぞがここにあるのか、って 聞いてんだよ」


 先日、ようやく動くようになった左手で人形 を摘まみ上げた志狼は、胡散臭げな面持ちで土 間から部屋に入り、作業机の端にその人形を置 いた。 「まさか、丑の刻参りでもしようっ てんじゃねぇだろうな?」


「馬鹿言うな。そんな面倒な真似をするほど 暇じゃない。ついさっき来た男に、無理矢理置 いて行かれたんだよ」


 深く壁にもたれ掛かり、朱王は事の次第を 語り始める。


 件の藁人形を持ち込んだのは、ここから少し 離れた場所にある六兵衛長屋に住まう捨吉とい う男だ。 何でも野菜を売り歩き生計を立てているという 捨吉の部屋の前に藁人形が置かれるようになっ たのは、今から十日あまり前の事である。


 朝起きて戸口を開ければ、この藁人形がポツ ンと放置されている。 最初の一日、二日は、ただの悪戯だろうと思 い、戸口の脇に蹴飛ばしておいたのだが、なぜ か朝になると戸口の前に元通り置かれているのだ。


 何となく薄気味悪くなり、屑捨て場にもって 行ったのだが、それでも朝には戻ってくる。 これはおかしい、と捨吉が人形を川に放って も、翌日にはずぶ濡れの人形が戸口の前にある のだ。


 藁人形の出現と時を同じくして捨吉の一人娘 であるトヨの様子がおかしくなった。 夜中に突然起き出してはフラフラと立ち上が り、唖然とする両親や弟妹達の目の前で土間や 長持ちの中を引っ掻き回す、さっきまで楽しげ に母親と談笑していたかと思うと、次の瞬間に は魂が抜けてしまったように黙り込む、何て事 ない内容の話の途中でいきなりゲラゲラ笑ったり、時には顔を真っ赤にして起こりだす、等々 だ。


 最近では、昼間でも寝付いたまま、飯も食わ ずに独り言を呟いているらしい。 娘の変わりように女房は『藁人形の呪いだ』と 狼狽え、捨吉もついに河原で人形を焼き捨てて しまったのだ。 ところが……


 「燃やしたはずの人形が、今朝、また戻ってきたらしい。それが、この人形だ」


 そう言いながら、朱王は作業机に置かれた人 形を指先でつつく。 彼の話を黙って聞いていた志狼は、ますます怪 訝な面持ちで首を傾げて胸の前で腕を組んだ。


 「戻ってきたって、おかしいじゃねぇか。こ んな藁屑、焼いちまった跡形も、それこそ灰く れぇしか残らねぇはずだ。どこぞの誰かが新し い人形を置いたんだろうぜ」


 「俺もそう言ったんだ。だが、あの人は頑と して聞き入れない。とにかくコレを手放したく て仕方ないんだろうな」


 乾燥し、指で簡単に折れる藁を束ねて造られ た人形を右手で弄び、溜め息混じりに朱王は 言った。


 「俺の事をどこで聞いたのかはわからんが、 女の霊が憑いた人形を持っていただのなんだの と、よくもそんな昔の事を……」


 「女の霊? あぁ、海華が酷い目に遭った、 あれか。人形供養なんざ、畑違いなモン頼まれ ちまったな。適当にバラしてぶん投げちまえ よ」


 首の後ろを掻きながら何とはなしに言った志 狼に、朱王も『そうだな』と同調する。 藁を束ね、細い縄で括られただけの人形だ、解 体するのにそう手間も時間も掛からない。


 「また何かあったら面倒だ、塩と酒くらいは かけてやるか。―― あぁ、それと、この事は 海華に……」


 「海華には内緒だろ? わかってらぁ。また 余計な心配かけさせるからな」


 「いや、心配よりも、また余計な事に首を 突っ込んで大騒ぎされちゃかなわん」


 また胡散臭い祈祷師だの魔除けのお札だのを 持ってこられても困る。 そう表情一つ変えずに口にした朱王に『そっち かよ』と苦笑いしながら答えて人形を朱王から 受け取り、そのまま部屋から出て行った。


 そして、長屋裏にある塵捨て場で志狼の手に より藁一本一本にまで分解された藁人形は、そ のまま木切れや茶碗の欠片と同じく、地面へば ら蒔くように棄てられる。


 気味の悪い代物ともこれでお別れだ、そう 思っていた二人。 しかし、彼らの思いは明くる朝、とある人物の 訪問と共にあっさり裏切られる事となったの だ。


 さて、志狼が藁人形を処分した翌日、彼の妻 である海華はしとしとと春雨の降る中を兄が住 まう中西長屋へと急いでいた。


 最近、屋敷での掃除や洗濯を済ませるとすっ かり疲れるようになってしまい、朱王の世話は ほとんど志狼に任せていたのだ。


  今日は雨、洗濯もできなければ畳の水拭きもで きない天候だ。 食事の支度や桐野の部屋の掃除を粗方済ませれ ば、後はそこそこ時間が空く。 疲れもそう感じないこんな日くらい、志狼に 代って兄の面倒を見なくては。


 そんな事を考えながら志狼に留守を頼んで屋 敷を出てきたのだが、出掛けには既に灰色をし た雲の向こうからポツリポツリと冷たい雫が降 り始めてきた。 帰りには大降りになるかもしれない、早めに暇 を請うて買い物を済ませ帰ろう、そんな事をつ らつら考えつつ、中西長屋の傾きかけた長屋門 をくぐった海華。


 そんな彼女の目に飛び込んできたのは、兄の 部屋の前に群がる人々の姿、そして激しく鼓膜 を打ち震わすのは、開け放たれた戸口の向こう から響き渡る悲鳴じみた男の叫び声だった。


 「どぉしてコレがまたウチにきてんだ よぉっ!! なぁ先生! こいつをなんとかして くれって、昨日あれほど頼んだじゃねぇ かっ!!」


 「ですから! こういった物を処分するのは 私の仕事ではないと、あれほど……それに、昨 日の藁人形はとっくに捨ててしまいました よ!!」


 男の叫びに負けじと朱王は声を張り上げる。 その聞き馴染のある声に、呆気に取られてその 場に立ち尽くしていた海華は手にした傘も放り 出し、慌てて人混みへと駆け寄った。


 「ごめんなさい! ちょっと、ちょっと退い て! 」


 「あぁ、海華ちゃんが来たよ! ほら、あん た前を開けておあげな!」


 斜向かいの部屋に住まう大工の女房が、自分 の前に立って部屋の中を覗いていた亭主の肩を グイと手前に引っ張る。 大柄な男の身体が傾き、僅かに空いた隙間から 身を滑らせるように室内へ入り込んだ海華は、 泥だらけの草鞋を履いたまま、畳の上に仁王立 ちになる小汚い中年男と、こめかみに薄ら青筋 を浮かばせて男と対峙する朱王の姿に、目玉が こぼれんばかりに大きく目を見開いた。


 「海華、っ!」


 「兄様! 一体どうしたの? 何の騒ぎなの よ!?」


 たかが数畳の狭い部屋が、天地をひっくり返 したような大騒ぎだ。 何が何だかわからぬまま、朱王と男の顔を交互 に見比べている海華の背後から、ここ、中西長 屋の大家とその女房が血相を変え、息を切らし ながら土間に駆け込んできたのだ……。


 大家夫婦に間を取り成してもらい、何とか男 を落ち着かせた朱王は、後で彼の自宅を訪問す ることを約束し、部屋から送り出した。 さて、一難去ってまた一難、男の次は自分の隣 で眉をしかめっぱなしの海華をどうにかしなけ ればならない。


 周りの野次馬達や大家夫婦に、お騒がせしま した、と何度も頭を下げ、戸口を閉めた彼女 は、戸板の向こうに人の気配が無くなったのを 確かめるやいなや、何があったの、あの人は 誰? と早口で朱王へ詰め寄ってきた。 こうなれば、もう誤魔化しや嘘は通じない。 彼は昨日何があったのか、そしてあの男は誰な のかを、すっかり海華に話して聞かせた。


 「どうしてそんな事をあたしに隠してるの よ!? 」


 案の定、眉を逆立て大声を張り上げた海華 は、腰に手を当てその場に仁王立ちになる。 彼女の足元には男が草鞋のまま踏み込んだ泥足 の跡がクッキリ残っていた。


 「仕方ないだろう、まさかこんな事になると は思わなかったんだ。あの藁人形が、またあの 人の所へ戻るなんて……」


 あの藁人形は昨日、志狼が確かに解体して捨 てたと言った。 彼が嘘をつくはずがない。 しかし、朝起きたらこの藁人形がまた部屋の前 にあったと捨吉は目を血走らせて怒鳴り込んで きたのである。


 朱王の話を聞いていた海華は、軽く片眉をひ くつかせ、ふぅと小さく息を吐いた。


 「藁人形が歩いて戻っていったとでも言いた いのかしらね、あの人。馬鹿馬鹿しい、きっと 誰かが別の藁人形を作って置いていったのよ。 そうだ、昨日捨てた物を持ってきてみましょう か」


 そういうが早いか土間に降りた海華は、朱王 が止めるのも聞かず表へ飛び出していく。 これは不味い事になった、そう心中で思った朱 王。 すると、幾ばくもしないうちに海華が戸口の陰 からひょっこりと顔を覗かせる。


 「兄様、藁人形なんて無いわよ」


 「ない? 志狼がバラバラにしたから、形と しては残っていないぞ。藁屑くらいはあるだろ う?」


 「だから無いってば。藁も屑も何にも無い わ。本当にちゃんと捨てたの?」


 眉根を寄せてこちらを見詰める海華の台詞 に、朱王は彼女と同じ表情をつくり土間へと降 りる。 彼女と連れ立って裏の塵捨て場へと向かった朱 王。 確かにそこには、欠片となった茶碗や紙屑ばか りが捨てられているだけ。 藁どころか藁屑一つ、縄の一つも落ちてはいな かった。


 「俺は確かにアレを捨てたぜ?」


 屋敷へ戻った海華から、長屋で何があったか を聞いた志狼は、奥二重の目を何度か瞬かせ て、そう言い切った。 彼は昨日、確かに藁人形をバラバラにし、完全 に人形の形を留めない状態にして塵捨て場へ捨 てたのだ。


 しかし、当の塵捨て場には藁人形の残骸一つ 残っていない、それを聞いた彼は、おかしいと は思いながらも海華と共に中西長屋へ向かう。 長屋門をくぐりぬけた二人は、一度朱王の部屋 を覗いてみるが、そこに彼の姿はない。 彼は、未だ長屋裏の塵捨て場に佇んだまま、足 元に転がる塵へ視線を落としていた。


 「朱王さん!」


 息を切らせて朱王の背後へ駆け寄った志狼が 朱王の背中に一声かけると、彼はハッとした様 子で後ろを振り返る。


 「志狼さん、来ていたのか?」


 「あぁ、海華から何があったか聞いたんだ。 あの藁人形が消えて、捨吉とかいう男の部屋の 前に置いてあったんだって?」


 「そうなんだ、さっき部屋に怒鳴り込まれて な。まいったよ。海華にも知られちまった」


 どこかバツが悪そうに肩を竦め、志狼の横に いる海華に視線を投げる朱王。 と、海華は柳眉をつり上げ鋭い眼差しで兄を睨 み付けた。


 「何が『知られた』よ。二人してあたしに隠 し事するなんて! だからこんな訳のわからな い……」


 「海華、それは後でもいいじゃねぇか。それ より、本当に藁人形はねぇのか?」


 海華を片手で押し留め、一、二歩朱王へと歩 み寄った志狼は昨日自分が人形を捨てた場所を 見る。 確かに、そこには藁屑一本落ちてはいない。


 「本当だ……。だが、俺は確かにここへ捨て た。縄もほどいてバラバラにして、嘘じゃねぇ よ」


 「誰も志狼さんが嘘をついているなんて言っ ていないさ。それより志狼さん、一つ見て欲し い物があるんだが、いいか?」


 そう言いながら袂をまさぐった朱王は、そこ からあるモノを取り出し志狼の前に突き出す。 春雨も止み、ひんやりと肌寒い空気に煌めく陽 光に照らされたソレは、薄い鼈甲色に輝いた。


 「朱王さん、コレは……」


 低く抑えた声色で尋ねる志狼と、彼の後ろか ら顔を突き出す海華の視線は『ソレ』に集中す る。


 「昨日、志狼さんが捨てた藁人形は、これ か?」


 朱王の問いに、首を縦に振りかけた志狼は動 きをハタと止め、小さく首を捻った。


 「たぶん、そうだと思う……特に目印や特徴 もないモンだったからな。絶対にこれだとは言 い切れねぇ。それより、これはどこから? 捨 吉か?」


 「そうだ。俺に預けた藁人形と同じだと言っ てな、投げてよこしたんだ。俺も、これが昨日 の藁人形かどうか自信がないんだ」


 藁と縄があれば比較的簡単にできてしまう人 形だ、目に付く特徴がない限りは、どれも一緒 に見えてしまう。 どこぞの悪戯者が、新しい藁人形を捨吉の部屋 の前に放置した、という事も十分考えられる。 しかし……。


「ここにあった残骸は、どこに消えたって言 うの? わざわざ塵捨て場をあさって藁一本残 さず綺麗に持ち出すかしら? そんな面倒臭い 事する必要がどこにあるのよ?」


 胸の前で腕を組み、首を傾げる海華の言い分 は最もだ。 ただの悪戯で、そんな手の込んだ真似をする必 要があるのか? 一体、藁人形を置く目的はなんなのだろうか? 人気のない塵捨て場に立ち尽くし、一様に首を 傾げて思案に暮れる三人。


 と、海華は志狼が持つ藁人形の胴体部分から 一筋の黒い線が伸びている事に気付いた。


「あら、何かしら? 志狼さん、ちょっとそれ を貸してくれる?」


 何気なく手を伸ばして志狼から人形を受け 取った海華は、その黒く伸びる線を指先で摘ま み、軽く引っ張る。 スルスルと何の抵抗もなく抜ける長い線、箸一 本分ほどの長さがあるだろうそれを人形から抜 き取った海華の表情が、みるみる曇りだす。 いち早く彼女の異変に気が付いたのは、彼女の 正面に立つ朱王だった。


「海華? どうした、それはなんだ?」


「髪の毛……」


「なに? 髪?」


「う、ん。中から、髪の毛が……兄様、まだ 中に入ってる……」


 頬を引き攣らせ、藁人形をこちらへ差し出す 海華からそれを受け取り、朱王は縦に束ねた藁 で作られている人形の胴体を指で縦に割り開 く。 ぐぃ、と力を込めて胴体を開いた刹那、目の前 に現れた漆黒の髪の毛。 親指ほどの太さで束ねられた、艶も失せたバサ バサの毛髪の感触を指先で感じた朱王は、反射 的に人形を地面へと放り投げていた。

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