第二話
腹から髪の束をはみだした人形が、ボトリと 地に落ちる。
声も出せずその場に固まった三人、やがて志狼 は思いきり眉をしかめながら身を屈め、人形を手に取った。
「なんだ、こりゃぁ……。気味の悪ぃ」
「志狼さん! 触らないでよそんなの……」
海華の制止も聞かずに人形の中から髪の毛を 摘まむ志狼、日に当たるそれは確かに人の髪である。
焦げ茶色をした、見るからに手入れもなにもさ れていない荒れ髪は、長さからみて女の物であろうか?
黄ばんだ和紙を細く切った帯で中程を束ねてあ る髪には先端に毛根らしき物が付いている物もいくつかあった。
「無理矢理引き抜いた、ってぇ感じはしねぇな。きっと年増の髪だろう。なんだってこんなモノ……朱王さん、悪ぃが部屋を貸してくんねぇか? これの中身をもう少し調べてぇんだ」
「中身を? あぁ、わかった」
髪のはみ出した藁人形を持ち、その場から立ち上がった志狼は、すぐ部屋に駆け込み朱王の作業机の上に彼がいつも写生で使用する紙を広げて、藁人形を乗せる。 そして、顔をしかめる海華の前で丁寧に人形の胴体を割り開いた。
まるで人間の腹から臓物を取り出そうとするような不気味さ。 背中に冷たいものが流れるのを感じながら、志狼が髪の束を取り去ったのを確かめて、朱王は空になった胴体の中へ視線を向ける。 納豆の苞そっくりに開かれた人形の腹の中には、取りきれなかった髪の毛が藁の間に絡み付いていた。
「他にはなにも……ん? ちょっと待ってくれ、頭の方に何か食い込んでいるぞ」
ぐいと顔を近付けて内部を覗く朱王は、人形の首から頭に掛けて白っぽい何かが突き刺さっているのを見付け、軽く摘まんでそれを引き出す。 よくよく見れば、それはくるくると筒状に丸められた紙だった。
「何かしら? 兄様、ゆっくりよ。ゆっくり開けてみて」
怖いのを通り越して興味津々なのだろう、志狼の背後から顔を覗かせる海華を煩そうに見遣り、その紙を広げていく朱王は、その紙面へ視線を落とした瞬間、軽く小首を傾げて怪訝な面持ちを作り出す。
蒲鉾板を一回り小さくしたくらいの大きさだ ろう薄い紙には、何やら訳がわからない漢字や記号が書かれていた。
「何でぇこりゃ? やたらと『口』があるじゃねぇか? こっちは、人の形か?」
「そうねぇ、あら、これって呪い、じゃない かしら? これは……恨む、ね。やだわ、これって呪いのお札じゃないの」
志狼の肩を両手で掴み、ブルリと一度身震いをした海華が生唾を飲み込む。 紙面に書かれた文字に何の意味があるのか、 はっきりはわからない。 しかし、何とか読める文字は『呪』だの『怨』 だの『恨』だのと穏やかではない字が並んでいる。
「俺が昨日捨てた藁人形には、髪も札も入ってなかったぜ。やっぱり、こりゃあ昨日とは別の人形だ」
「あぁ、そうだな。しかし、人形の残骸はどこに行ったんだ?」
納得いかない様子で眉を顰める朱王の袖を軽く引いたのは、海華だった。
「それは後で考えればいいじゃない。それより早く、さっきの人のところへ行きましょうよ。あたし達の手に負えるものじゃないわ」
こんな物を朱王に丸投げされも困る、神社なり寺なり然るべき所で処分してもらわなければ。 三人の意見は完全に一致した。 善は急げ、とばかりに藁人形を手拭いで包み、 先刻捨吉から聞いていた彼の住まい、六兵衛長 屋へと向かう。
今にも泣きだしそうな空の下、道を急ぐ三人。 やがて辿り着いたのは、中西長屋より幾分マシか、と思われる、世間で言えば『ボロ』と呼ばれる部類に入る長屋だろう。
風雨に曝され白っ茶けた板壁に、黄ばんだ障子紙が覗く。 四、五件連なった部屋、長屋の一番奥にある部屋が捨吉の住まいであった。
「兄様、あそこみたいよ」
「そうだな、……誰か来ているみたいだ」
長屋門を潜り抜け、赤ん坊を背負い子守をしている少女に捨吉の住まいを尋ねた海華が、奥を指さす。 彼女の指先に目を遣った朱王は、薄っぺらい戸 口の向こうで蠢く人の気配に気が付いたようだ。
「さっき、巫女さんの格好した人が入って行ったわ。とっても綺麗な女の人と、若い男の人」
赤ん坊をあやしつつ、薄茶色の粗末な着物を着た少女が、円らな瞳で朱王を見上げる。
「巫女さん? 巫女さんがどうしてここに」
「トヨねぇちゃんがね、ずっと具合が悪くて寝込んでたの。そうしたら、さっき巫女さんを二人連れた男の人がきて、トヨねぇちゃんに悪いモノが憑いているから、お祓いをするって。 さっきまで、変なお祈りの声が聞こえてたけど、もう終わったのかしら?」
捨吉の部屋をチラチラ見遣っていた少女だったが、背中の赤ん坊が愚図り始めたため、慌てて部屋へと戻って行く。 彼女を見送った三人は揃って互いの顔を見合わ せた。 と、それを合図としたかのように捨吉の部屋の戸口がガラリと開き、『ありがとうごぜぇやしたぁぁっ!』と歓喜をまぶした男の声が長屋一 体に響き渡ったのだ。
「安心してください、娘さんはもう大丈夫ですよ。時期に身体の調子も良くなるでしょう。 ひと月の間は、この護符を枕の下に置いて眠るように」
白い狩衣を纏った、年の頃二十後半……きっ と朱王と同じくらいだろう男、捨吉に向かい小さく頭を下げて、和紙に包まれた細長い札を彼に手渡す。 男の横には、巫女装束を纏った小柄な女が二人 ひかえていた。
こちらに背中を向ける巫女の燃えるように赤い袴と、左側に立つ巫女の背に流れる束ねられた黒髪の艶やかさ、神主だろう男の纏う狩衣の眩いばかりの白さ。 全てが古びた貧乏長屋に突如として現れた三人は神々しくも感じるの色彩に身を包み、三人の 周囲だけ別世界のようにすら見える。
三人は捨吉に軽く会釈をすると、くるりと踵を返した。
「あれっ、朱王先生!」
深々と下げていた頭をひょいと上げた捨吉 が、すっとんきょうな声を上げて目を見開く。 神主と巫女の視線が朱王らに集中した。
「すおう? 捨吉さん、こちらの方はもしや……」
一度足を止めた狩衣姿の男がちょこんと首を傾げる。 彼の左隣に立つ、海華と同じ髪を短く切り揃え た巫女は、切れ長の目で朱王達を交互に眺め、 右隣にいる長髪を結わえた巫女は、胸に抱えた四角い何か、紫色の風呂敷に包まれた箱のよう な物をしっかりい抱き締めた。
「へぇ賢正様、そこの中西長屋におられる人形師さんです。朱王先生、お騒がせましてすぃやせんでした」
へへへっ、と照れ臭そうに笑い鼻の下を指で擦った捨吉は、朱王らに向かって軽く会釈をした。
「先生、あの藁人形の事はもう忘れてくだせぇ。こちらの賢正様が、呪い封じのおまじないをして下さいやしたので。あ……その人形は、もう捨てて頂いて構いやせん。どうもどうもお手間を取らせやした」
目を血走らせて怒鳴り込んできた先ほどの剣幕はどこへやら、慇懃無礼とも思えるくらいにペコペコ頭を下げる捨吉の無精髭にまみれた頬は、興奮のためにほんのり赤く染まっている。
「呪い封じのおまじない? 何なのそれ?」
キョトンとした面持ちで尋ねる海華。 彼女の問いに答えたのは賢正様、と呼ばれた男 だった。
「捨吉さんの娘さんに掛かっていた呪いを封じる祝詞と封じ札の事です。恐ろしいことに娘さんを呪い殺そうとする誰かがこの江戸にいる、その誰かが藁人形に呪いを込めて、この部屋の前に置いたのですよ。呪いはとても強力な ものでした、だから藁人形は捨てても捨ててもその力で舞い戻ってきたのです」
立て板に水とはこの事か。 そう思わせるほど饒舌な男に、海華はもとより 志狼までもが無言のままで彼の話に聞き入って いる。 藁人形に込められた呪いのせいで、捨吉の娘は体調が悪かったのだ。
コホン、と一度咳払いをする賢正、それを合図としたように髪の短い巫女がつり上がり気味の目で三人を一瞥する。
「昨日、賢正様がここの長屋の前をお通りになった際に、ここの奥から悪い気が放たれてい るとおっしゃったのです。ですから、今日私たちは悪気を浄化しに参りました。賢正様は神に選ばれた御方、神に一番近い御方です。この邪気、悪気溢れる穢れた世を浄化するため、神に遣わされた御方なのです!」
声も高らかに言い放つ巫女。 長屋に住まう者の中からは、旦那の痛風も悪気のせいだろうか。とか、女房が逃げたのも悪い ものに誑かされたかもしれない、などという声がちらほら上がる。
『馬鹿らしい』そう腹の中で思った朱王、そんな彼の気持ちを見透かすように、賢正はニコ リと笑って紅色をした唇を開く。
「世の中には人知の及ばぬモノが山ほどあるものです。人に益を成せば神、害を成せば邪と呼ばれる。朱王様、残念なことですが、人の心には邪の部分が多いものです。人に恨まれる覚えが無くとも、知らぬうちにどこかで激しく恨まれる……。妬み嫉みに逆恨み、恐ろしい事です、どうか……」
『充分にお気を付けください』そう含みを持たせた台詞を放ち、賢正は巫女二人を従えて長 屋を後にする。
「何でぇありゃ。気色悪ぃ事言いやがって」
次第に小さくなっていく三人の後ろ姿を見送りながら、志狼は忌々しげな呟きを一つこぼして唇を尖らせた。
「気味の悪い青瓢箪だったな」
長屋への帰り道、そうぶつくさ文句を言いつつ歩く志狼の隣では、未だに難しい表情を崩さない朱王が、手拭いで包んだ藁人形へ視線を落としている。
「ちょっと止めてよ志狼さん。兄様も、いい加減そんな物見るの止めてちょうだい」
二人の後ろを歩く海華は、思いきり眉をしかめて胸の前で腕を組む。 呪いだかなんだか知らないが、これを持ち込んできた捨吉が、もういいと言っているのだ。 これ以上自分達が首を突っ込む事ではない。
「後は、あの神主に任せておけばいいじゃない」
「まぁ、そうだな。強いていうなら、その神主が胡散臭ぇのが気になるが……」
「胡散臭い奴なんて世の中腐るほどいるさ。 とにかくコレはさっさと捨てる……いや、燃や してしまうか、それとも川にでも捨ててくるか……」
この時ばかりは二人も海華に同調したようだ。 これ以上面倒事に巻き込まれたくない、そんな三人の思いは同じ、彼らはその足で川原に向かい、朱王が大川へ力いっぱい藁人形を放り投げる。
滔々と流れる清らかな水、岩に当たって立つ白波に飲み込まれ、あっという間に見えなくなった藁人形。 さぁ、これで全てが終わった。 そう、終わったはずだった。 しかし、藁人形は後日再び三人の前に現す事となったのだ……。
「またか……」
白い朝の光が燦々と降り注ぐ勝手口、ギシギ シ軋む蝶番の音と共に戸が開いた瞬間、白っ茶 けた戸板の向こうから呆れと忌々しさをない交ぜにさせた声がにじむ。
戸の下から伸びる影が地面に屈み込む動きを見せる。 漆黒の手が掴み上げたのは小さなヒトガタ、 ゆっくり閉まる戸の向こうから姿を見せたのは顔をしかめた志狼だった。
きつく歪む彼の顔、その手に握られているのは土埃にまみれた一体の藁人形だった。
中西長屋での藁人形事件から数日後、今度は桐野邸の勝手口に件の藁人形が出没するようになったのだ。 生き物ではないから、出没ではない、ただ置かれて戸口前に置かれているだけなのだが、捨て ても焼いても翌日には元通りとなっている藁人形。 一度中を開いてみたが、先日のように髪の毛やお札は出てこなかった。
なぜこんな悪戯をされるのか、さっぱりわからない。 苦虫を噛み潰す表情でそれを懐に捩じ込んだ志 狼。 と、背後から彼の名前を呼ぶ海華の声が響く。 彼の厳しかった表情が一気に緩んだ。
「どうした? 今行くから待ってろ!」
手早く木戸を閉め、庭の中を小走りに離れまできた志狼は、渡り廊下に佇む寝巻き姿の海華へと駆け寄った。
「何かあったか?」
「ううん。ただ、お食事の支度はどうなったかと思って。今日はあたしもやるから……」
「何言ってんだ、まだ本調子じゃねぇんだろ? 無理しないで休んでろ」
渡り廊下に立つ彼女を見上げて言った志狼に、海華はすまなそうに肩を落として寝巻きの 前を掻き合わせた。
最近、海華は風邪っ気が抜けず倦怠感や微熱が続いている。 いつもの季節の変わり目にある体調不良だろう。 具合の悪い彼女に藁人形の事を話し余計な心配を掛けさせたくはない、と志狼は彼女に勝手口に置かれている人形の件を伝えていなかった。
「ごめんなさいね、迷惑掛けて……」
「気にするな、ほら、長く風に当たってちゃ熱が上がるぜ」
急き立てるように海華を部屋へ戻らせた志狼は、懐にあった藁人形を一度屋敷内にある物置小屋に隠し、何食わぬ顔をして一日の仕事を終える。 そしてその日の夜、桐野が湯屋から戻ったのを見計らった彼は『急に用事ができた』と告げて一人、屋敷を後にしたのだ。
『邪魔するぜ』そう一言告げて部屋の戸口を開けた志狼。 部屋の主、朱王はちょうど仕事も食事も一段落 し、一人で晩酌を楽しんでいる最中だった。
「何でぇ、一人酒かよ寂しいなぁ」
「他に誰を呼べと言うんだ、志狼さん、相手でもしてくれるか?」
小さく笑って酒瓶をちょいと掲げる朱王の隣に胡座をかき、志狼はありがたくその申し出を 受ける事にした。
彼から湯飲みを受けとり酌を受け、さて本題に入ろう、と思いつつ志狼は懐から例の藁人形を引っ張り出す。
「また来たのか?」
「あぁ、これで三日目だ。捨てても燃やしても『戻って』きやがる」
「そうか、で、海華はこの事を?」
「いいや、知らねぇ。あいつ、最近調子が悪ぃんだ。余計な心配描けさせたくねぇはから、黙ってる。朱王さんもこの事は内緒にしてくれよ」
そう言って湯飲みの酒を一口含んだ志狼へ 『わかった』と一言、朱王は藁人形へ手を伸ばす。
「これがいつ頃置かれるのか、全然わからないのか?」
「わからねぇんだ。きっと夜中だと思うんだが、この間は、俺が留守にしてる昼間に置かれていた時もある」
怪訝そうに顔をしかめて小首を傾げる志狼。 一体何が目的なのかはさっぱりわからないが、 この藁人形が置かれるとほぼ時を同じくして海華が体調を崩しているのだ。
「海華のこと、やっぱりコレと関係あるのかな?」
「まさか……ただ藁を束ねただけの人形だろう?」
「でもよ、捨吉ンとこの娘もそうだったじゃねぇか大事になる前に、この藁人形をどうにかしなければ。 眉根を寄せて人形を眺めていた志狼は、『今夜、見張りに出てみる』そう一言呟き藁人形を 懐へ突っ込む。
「一人でか? 桐野様や海華には……」
「旦那様は、もうこの事をご存知だ。海華は……早めに寝かせるさ」
まるで子供を扱うような志狼の言い方に、小さく苦笑いをこぼす朱王だが、妹の事を気遣ってくれるのだから悪い気はしない。
「すまないな、あいつが手間を掛けさせて」
「手間なんかじゃねぇや。大病になる前に休ませてやらなきゃ可哀想だろ? これ以上心配 かけさせたくねぇしな」
『藁人形を置いていく輩は、絶対俺が捕まえてやる』 そう鼻息荒く言い残し、志狼は長屋を後にした……。
中西長屋から帰ったその日の夜、屋敷の雑事や火の始末など全てやり終えた志狼は、主であ る桐野へ早々に暇を乞い、自室へと下がる。 既に海華は、部屋に延べられた布団に横たわり、行燈のボンヤリした光に包まれウトウト微睡んでいた。
まだ微熱は下がりきっておらず、伽南からもらっていた煎じ薬を飲ませると、幾ばくもしないうちに彼女は夢の世界に旅立ってしまう。 室内に広がる柿色の光に溶けるスゥスゥと穏やかな寝息を聞いていた志狼は、母屋にいる主が床に就いたのを見計らい勝手口へと向かった。
いつも藁人形が置かれているそこは、当たり前だが人ッ子一人居はしない。 白っ茶けた戸の脇に生える庭木と木塀の間に身を隠した志狼は、そこで藁人形を運んでくる輩 を待つことにした。
静寂に包まれる世界、時おり聞こえる犬の遠吠えがやたらと寂しげに響く。 春も中頃とはいえ、夜気はシンと冷たく、手足に鳥肌が立つのを感じつつ冷たい塀に背中を預ける志狼は、薄墨色をした天に登る細い三日月をお供に時を過ごした。
見張りを始めてから、ちょうど一刻(約二時間)ほど経った頃だろうか、志狼の耳に笛の音にも似た甲高く弱々しい音が届く。 ヒューッ……ヒューッ……と、少しばかり間を 空けて響く音は隙間風のようでもあり、鳥の声のようでもある。 初めて耳にする奇妙な音は、すぐ近くで鳴って いるようにも、遥か遠くから夜風に乗って響くようにも思えた。
一体何の音なのだろう? 表情を引き締めて、まずは塀の向こうに神経を集中させるが、 どうやら人の気配もしなければ足音一つ聞こえ てこない。
何より音は、塀の向こう側からではなくどうやら反対側、ちょうど屋敷の中庭辺りから聞こえるような気がする。 まさか、何者かが忍び込んでいるのか、この音は賊同士が連絡を取り合う時に用いる口笛か。 嫌な予感が胸の中に渦巻き、咄嗟にその場から駆け出した志狼は一直線に桐野が休んでいるだろう部屋へと向かう。
まず最初に海華の事が頭に浮かんだ、しかし主を差し置いて行くなど許されない。 幸いなことに桐野の部屋は静まり返り、なんら 不審な点は見当たらない。 よかった、そう胸を撫で下ろしつつ、海華が待つ離れへ向かおうと志狼が踵を返す、それを見計らったかのように、『ガツッ!!』と何か硬 いものを力一杯殴り付けるけたたましい響きが、夜の静寂をぶち壊した。
何事だ!? そう思う暇もなく志狼の足は地を蹴り飛ばす。 音は、今しがた来たばかりの勝手口の方から聞こえた。 空飛ぶ鳥の勢いで勝手口へついた志狼が、その戸へ手を掛ける。 その刹那、彼の背後で再び先程と同じ『ガ ツッ!!』と物を殴る音が、しかも二つ同時に響いてきたのだ。
「何だ!? 何事だッ!!」
「なに……キャッ……イヤ――ッッ!!」
あまりに大きな音に桐野、そして海華も気が付いたのだろう。 突如バタバタ慌ただしくなる屋敷、そして耳をつんざく海華の悲鳴に、今度ばかりは志狼も転がるように離れへと走る。
「海華ッッ! 海華、どうしたッ!?」
草履を履いたまま渡り廊下へ飛び上がれば、 庭に面した縁側にへたり込む寝巻き姿の海華が見える。 慌てて駆け寄り抱き起こせば、細かな震えが伝 わってきた。
「どうした!? おい、大丈夫か!?」
肩に手を掛け強く揺さぶれば、海華は目を一 杯に見開いたまま、ガクガク首を縦に振る。
そんな彼女が震える指で差した縁側の柱には、腹からダラリと黒髪を垂れ覗かせた藁人形が、錆び付き赤茶けた五寸釘で打ち付けられていたのだ。




