第一話
「等身大の、生き人形を?」
唇へ持っていきかけた湯飲みをピタリと止めて、朱王は不思議そうな眼差しを目の前にいる初老の男へと向けた。
「そうなんですよ。あちら様から直々に、ぜひとも朱王先生に頼みたいとの事でして。こうしてお呼び立てした次第で」
目尻に笑い皺を刻み込み、手のひらで湯飲みを転がす男は、にこにこと人懐っこい笑みを朱王へ見せる。
ここはいつも彼が人形を納めている人形問屋、『木村屋』の奥座敷、昼も近くとなった頃この店の使いが中西長屋を訪れたのだ。
『主人がお話ししたいことがある』そう言われ、きっと新たな依頼が入ったのだと思い来てみると、思った通り仕事の話し。
しかし、今回はいつもと様子が違っている。
依頼主は朱王の同業者、つまり人形師だと言うのだ。
「朱王先生も、夏樹 秋扇という人形師はご存知かと思いますが?」
「直接お会いした事はありませんが、お名前は存じています。なんでも、人形師としての腕は確かだが少々癖のあるお方だと。……違いましたか?」
「いえいえ、全くその通りです。少々どころではなく『かなり』癖のある方でしてね。まぁ ……あんな作品は、そのような方でないと作るのが難しいでしょう」
微かな苦笑いと茶を啜る音が響く室内。
己の膝先に視線を落とした朱王は、手にしていた湯飲みを傍の茶托へと置く。
「その癖のある夏樹先生が、私にどのような人形を依頼したいと?」
「それを話して下さらないのですよ。いくら聞いても笑って誤魔化されてしまいます。とにかく、朱王先生に会いたい、口利きを頼みたいとの一点張りで」
心底困った、そう言いたげに主は眉を寄せ、軽い溜め息を吐いた。
「私も何度かあの方の作品を扱った事がありまして、その縁あっての頼みなのでしょうが……。こう言うのは失礼だが、あの方は得体の知れぬ所がある。朱王先生、私は無理強いするつもりは毛頭ありません。もし気が進まぬのなら、遠慮なく断って頂いて結構ですが……」
「しかし……あちら様の話しを聞かぬうち、断るのも失礼な気がするのです。それに木村屋さんにはいつもお世話になっておりますから……お顔を潰すような真似はできません」
「そんな、とんでもない! 朱王先生いてこそ、ウチの商売が成り立っていると言って過言ではありません。その先生にもしもの事があったら……。だから先生、どうぞゆっくりお考え 下さいまし」
恐縮しきった様子で深々と頭を下げられ、今度は朱王が困り果てた面持ちで頭を掻く。
そこまで言って貰えるのは、人形師として心底嬉しく有り難くもあった。
だが、相手は主の言う通り得体の知れぬ者である。
ここは一つよく考えねばならないし、勿論ここですぐ答えが出せる筈はない。
『近いうちにお答え致します』そう告げて、朱王は木村屋を後にした。
「で? 兄様は、その人に会いに行くの?」
固く絞った雑巾で母屋から離れに続く渡り廊下を磨き上げながら、海華が問う。
ピカピカと黒光りするそこにちょんと腰掛け、花の蕾が膨らみ始めた中庭を眺める朱王の黒髪が、柔らかな春風と戯れた。
「会うか止めるか……正直迷ってる。だからこうして相談に来たんじゃないか」
「迷ってるって、もう五日も経ったんでしょう? 早いとこ決めなきゃ、木村屋さんにも御迷惑がかかるわ」
ずれた襷を指先で直し、額に滲む汗を拭う海華。
その時、裏手の井戸から水を満たした小桶を持つ志狼が姿を現す。
木村屋からの頼みを引き受けるか否か、一人で決めかねた朱王は、こうして海華の元を訪れたのだ。
「朱王さんが仕事の件で相談に来るなんて珍しいじゃないか」
「そうよ。いつもはさっさと自分で決めちゃってたのに。あたしに相談してくれたことなんて、殆ど無かったわよ」
すっと目を細め、いささか意地悪な物言いをする海華に、朱王は少しばかり怒った様子で顔を背けてしまう。
確かに、彼女が始終側にいる時は、そう頻繁に相談などしなかった。
「一人で決めて、後から文句言われちゃかなわんからな。まぁ、俺の仕事だから、お前にはたいして関係の無い事なんだろう?」
「おいおい、そう膨れるこたぁねぇだろ? 海華、お前もそう可愛げのねぇ事言うな」
小桶を地面に置き、朱王の隣へ腰掛けた志狼は、互いにそっぽを向き合う兄妹を前に志狼が呆れを含ませた台詞を投げる。
「わざわざ兄妹喧嘩しにきた訳じゃねぇだろう? さっきから話しは聞いていたが、まずその夏樹とか言う人形師の事教えろよ。じゃなきゃ、賛成も反対も出来ねぇぜ」
もっともな志狼の言葉を聞いて、朱王はバツが悪そうに俯き、海華は何度か小さく頷き掛けていた襷を外す。
「大体、兄様とその夏樹って人は一面識もないんでしょう?」
雑巾を小桶に放り込み、海華が尋ねる。
あぁ、と小さく返した朱王は胸の前で軽く腕を組んだ。
「確かに会った事はない。だが、同じ生業だから、名前やどんな人形を作るのかは知っているよ。お前、去年夏祭りで一騒ぎあったの、覚えてないか?」
「夏祭り? 何かあったかしら?」
頬に手を当て大きく首を傾げる海華の横で、記憶を手繰るように宙へ視線をさ迷わせていた志狼。
そんな彼の手が、ポン! と勢いよく打ち合わされた。
「わかった! あれだろ、竜島屋の地獄巡り。確か……見せ物に出してた人形があんまり残虐で風紀良俗を乱すとかで、御上も出ての騒ぎになったよな? もしかして、あの人形作ったのが……」
「そうだ、夏樹 秋扇だよ。あの時は夏樹先生自身が牢屋にぶち込まれる寸前だと聞いた。無惨絵ならぬ無惨人形や化物人形が、あの人の得意とする所なんだ」
逆さ吊りにされ腹を裂かれた妊婦から胎児を引き擦り出り出す鬼、脳天を打ち砕かれ脳味噌を垂らして逃げ惑う亡者、耳まで裂けた口から鋭利な牙を剥いて亡者を喰らう地獄の番犬……。
噎せ返る血潮や亡者の絶叫まで忠実に現すその人形は、だいの男でも卒倒するとの噂も出たほど、とても女子供には見せられぬと悪い意味で大評判となり、ついには奉行所によって見せ物小屋は取り潰しとなったのである。
「そんな気味の悪い物作る人なの……。兄様に作らせたい『等身大の人形』って、どんな人形なのかしら?」
「それがわからないんだ。最初は、俺がどんな仕事をしているのか知らないのかとも思ったんたが……俺を名指し、となるとそうでもないらしい」
彼の目的は一体何なのだろうか? 疑問ばかりが膨らむなかで、行くべきか止めるべきか朱王は悩み、肺の奥から深々と溜め息を吐き出した。
「変な仕事受けて、そんな騒ぎになったら大変よ」
「だが、問屋の顔も立てなきゃなんねぇんだろう?」
代わる代わるそう口にする海華と志狼。
そんな彼らを横目にじっと自分の膝を見詰め、一度唇を噛んだ。
「おかしな仕事は受けられねぇが、問屋の顔も立てたい……。なら、方法は一つしかねぇな」
まるで自らに言い聞かせるように小さく呟いて、志狼は腰掛けていた渡り廊下からストンと地面に飛び降りる。
兄妹の視線が、彼へ集中した。
「方法、ってのは、こういう事だったのか……」
自分の隣を歩く人物をチラリと横目で見て朱王が呟く。
『いい考えだろ?』そう返した志狼は、右手に持っていた風呂敷包みを前後にユラユラ振った。
ここは小石川、療養所からかなり離れた場所にある人気の無い寂しい場所である。
朱王と志狼の二人が向かっているのは、件の夏樹 秋扇の住まいである。
彼は小石川の外れ、周りに人家の無い小高い丘の麓に居を構えているのだ。
彼からの仕事を受けるかどうか、迷いに迷っていた彼に志狼はある提案を出した。
それは、『自分も一緒についていく』と言うものだ。
朱王一人より安全であり、また、朱王の身内であるから少しは心強いだろう、と言うのが志狼の言い分である。
海華もその提案に一もにもなく賛成し、かくして朱王は今、彼を連れて夏樹の元へと向かっているのである。
「しかしまぁ、よくこんな不便な場所に住んでいられるな。猪でも出そうな所じゃねぇか」
「有名になればなるだけ煩わしい事も増えるからな。他人に干渉されない所に住みたいとでも思ったんだろう」
足元に生い茂る青草を踏み分け、先を急ぐ朱王から出た言葉に、志狼は納得したのか無言のまま小さく頷く。
「まぁ、そんなもんかね? でもよ、それを言っちゃあ朱王さん、あんたほど名前の知られたお一人なら、深山幽谷辺りに住みたくなるんじゃねぇのか?」
にや、と口角を吊り上げて茶化すような台詞を黒髪の流れる背中にぶつけてみるが、朱王は動じもせずに淡々と歩を進め、いや、と短い返事を返した。
「俺は……そう干渉されることもないな。大体、あの長屋に住んでいるのを知っている奴なんて、ほんの一握りだ。―― 逆に、住まいの場所を話すと驚かれる。何でだろうな?」
本当に不思議だ、そんな口調でしきりに首を傾げる朱王の背中を見る志狼の口から、ハァッと掠れた吐息が漏れる。
「確かに……普通は驚くだろうな」
一度に十両、下手をすれば百両を超す仕事を行う彼が、あんな崩れかけた貧乏長屋に住んでいるなど大抵の者は思わないだろう。
呆れを含ませた志狼の呟きは、吹き抜ける草むらを激しく揺らし吹き抜ける薫風により、彼方へと飛ばされていった。
照り付ける陽射しに顔をしかめ、汗を拭き拭き歩く二人の目の前が、突然大きく広く拓けていく。
綺麗に刈り込まれた雑草の向こうには、かなり年期が入っているだろうと思われる一軒家、そして大きな倉が二つ建ち並んでいた。
「ここか? 棲みかって言うよりお屋敷だな?」
「そうだな、こんな場所には不釣り合いだ。 ―― 元は地主か何かだったのかもな」
いささか驚きながらその屋敷の前に立つ二人。
広い玄関を抜けるとこれまただだっ広い土間が二人を出迎える、薄暗い中に目を凝らせば、遥か昔に打ち捨てられたのだろう、真っ白に埃をかぶった筵やら大笊、そして鍬に鎌等の農作業道具が土間の片隅に無造作に積まれている。
朱王の言葉通り、元は地主か百姓頭の家なのだろう。
しん、と静まり返った土間はヒンヤリ冷たく埃くさい空気が漂い、物音一つ聞こえてこない。
『ごめん下さいませ!』朱王が二度ほど大声で呼び掛けた時だった。
広い屋敷の奥の方から、バタバタバタッ!と酷く慌ただしい足音が響き渡り、網膜に突き刺さるような派手派手しい着物を引っ掻けた塊が、二人の前に転がり込んできた。
「はいはいはいはい! いやいや、お待たせして申し訳ない! はてさて、どちら様でしょうかな?」
まるで山猿の如きすばしっこさでその場にひれ伏し、板間に額を擦り付けた小男は、弾かれるようにヒョイと顔を上げる。
小判形の顔は仄かに赤らみ、墨で引いたような太い眉毛の下にはくるくる動く丸い目が、朱王と志狼へ交互に向けられる。
身のこなしばかりか容貌まで猿に瓜二つの小男は、紺色の股引きに女が纏う極彩色の着物を羽織るという、何とも奇妙な出で立ちだ。
「あ、の……こちらは夏樹 秋扇先生の、お住まいでしょうか……?」
突然現れた、奇妙奇天烈な男に、二人は唖然とした面持ちでその場に立ち尽くす。
恐る恐ると言ったように尋ねる朱王へ、男はニヤリと欠けた前歯を覗かせた。
「はいはい、そうでございますよ。私が夏樹 秋扇でございます」
「あなたが、夏樹 秋扇、先生……? あ…… いや、これは失礼致しました。私、人形問屋の木村屋さんへ人形を卸しております、朱王と……」
「いやいやいや! あなた様が朱王先生でいらっしゃいますか!」
ピョン! と、その場から飛び上がった小男……秋扇の瞳がビイドロに似た輝きを放つ。
ひどく興奮し、やたらと落ち着きの無い秋扇の様子に、もう志狼は唖然を通り越して呆れ顔、明後日の方向を見ながら手にした風呂敷包みをフラフラと振っていた。
「どうもどうも朱王先生! こんな小汚ない所へようこそお出で下さいました!ま、ま、ま、どうぞお上がり下さいまし! おや、そちらのお方は……?」
赤い頬を更に赤くし、鼻息も荒く朱王を中へ招き入れる秋扇。
その輝く瞳が志狼へと向けられる。
「あぁ、私の義弟で志狼と言います。今日は、その……」
「私はただの荷物持ちです。どうぞお構い無く」
どうでもいいから、早く話しを進めてくれ。
心の中で切実に願いながら、志狼は精一杯の愛想笑いを秋扇へ向ける。
『さようでございますか』そういやに短く返した秋扇は、満面の笑みで二人を中へと招き入れた。
外から見てもかなり年期が入った建物だが、中もそれなりに古く、大人が二抱えもあるような太い柱や、天井に走る重厚な梁、そして歩くたびにギシギシ軋む廊下は黒く変色し、鈍い艶 を放っている。
あちこちに掛かる蜘蛛の巣は白い埃で化粧され、黄ばんだ障子紙はところどころが破れて、あまり手入れが行き届いていないことが如実に伝わってきた。
「先生は、ここにお一人で?」
「はいはい、そうでございます。二親が亡くなりましてからは独り身でして、世話をしてくれる年寄りが一人、通いでいるだけです。こちらが私の仕事場になるんですが……少しばかりお待ち下さいまし」
にこにこと盛大な笑みを残し、秋扇は目の前にある障子戸を跳ね開けてると、『お末!』と女の名らしきものを叫びながら中へ姿を消す。
人一人が入れるほどの隙間が開いた障子戸。
何気無くその隙間へ目をやった刹那、視界に飛び込んできたのは擦り切れた畳にゴロリと転がる、血の気の無い女の片腕だった。
ギョッと目を見開き、その場に立ち尽くした朱王。
まるで大根のように無造作に転がるそれを掴み上げ、胸に抱いた秋扇は、女の名前を呼びながらこちらを振り返る。
「さぁどうぞお入り下さい! あ、お末さんすみませんね、大事なお客様がいらっしゃったもので……続きはまた明日」
「あら、先生にお客なんて珍しいじゃない。 どれ、どんな方なのさ?」
はすっぱな喋り方の高い声、ふと声の方へ目をやった朱王、そして志狼。
その目に飛び込んできたのは、壁際で手足から胴体までを朱の紐でぐるぐる巻きに縛り上げられ畳に横たわる半裸の若い娘の姿だった。
赤い襦袢をだらしなく羽織ってはいるが、その豊満な乳房や下生えは丸見え、結い乱れ顔に一筋垂れる髪が紅を塗った唇を撫でる。
濃いめの化粧を施した丸顔が、妖艶な笑みを作った。
『おぉっ!』と裏返った叫びを上げながら目を見開き身を乗り出す志狼の脇腹に、朱王が渾身の肘鉄を一発食らわせる。
声にならない呻きを漏らして身を捩る志狼にもお構い無しに、秋扇は笑顔のままで女を拘束している紐をほどき始めた。
「あらぁ、随分イイ男が来たじゃない。ねぇセンセ、どなたなのよぉ?」
「この前から話していたろ、人形師の朱王先生だよ。さぁさ、早く着物を着てくれ」
「そんなに急かさないでよォ。それじゃぁセンセ、また明日ね」
襦袢の前を掻き合わせ、弾む足取りで朱王らの横を通りすぎる刹那、女は色っぽい視線を彼らへ投げる。フワリと鼻を擽る女の体臭と白粉臭さに頬を引 き攣らせ、朱王は白い腕を抱いたまま辺りに散 らばる絵筆や雑紙を広い集める秋扇を眺めた。
「先、生? 今のご婦人は……」
「あぁ、アレですか? 写生用に雇っている女ですよ。なかなか色っぽいでしょう?」
そう言いながら、秋扇は手にした紙を降る。
大胆な太い線で描かれていたのは、確かに先ほどいた女だ。
あんな人形ばかり作っていたのでは、御上に目を付けられても仕方ない。
そう心中思っていた朱王の前に、擦り切れ、あちこちから綿が飛び出した座布団が二枚突き出された。
「散らかっていて申し訳ありません。ささ、どうぞ」
満面の笑みを崩さない秋扇は、持っていた腕をポンと背後へ放り出す。
当たり前だが、それは本物の腕ではなく、荒削りされた人形の腕だった。
炭色の着流しに突き刺さるささくれた畳、ふと視線を上へ向ければ、ヒビの入った白壁の四方には灰色のシミが浮き出ていた。
女を拘禁していた紅の紐が蛇のようにうねる。
乱雑に束ねて積み重ねられた雑紙が山と乗せられた文机、普段整理整頓に頓着しない朱王でも、ここまで散らかしはしないだろう、というほど乱雑な部屋だ。
『お茶をお持ちします』そう一言残し、文机の脇に転がる湯飲みを掴み、いそいそと部屋から出ていった秋扇。
彼の姿が破れた襖の向こうへ消えたと同時、座布団に座った朱王と志狼は、揃って深々と溜め息を吐き出したのだ。
申し訳程度に水洗いされ、水滴が付いたままの湯飲みが二人の前に並べられ、ようやく腰を落ち着けて話ができる段階となった。
が、この秋扇、朱王に会えたのがよほど嬉しかったのだろう、ここへ来てくれたことに対する感謝の言葉ばかりを喋り立て、なかなか話が本題へ入らない。
いい加減痺れを切らしたらしい志狼は、正座した足の膝先を指先で何度も叩き、不機嫌そうな視線を横にいる朱王へチラチラ向ける。
それを痛いほど感じた朱王は一度咳払いし、秋扇の話を止めてから困ったような面持ち、苦笑いを彼へと投げた。
「それほどまで喜んで頂けて光栄に思います。 それで……私にどんな人形を作れ、と?」
「あぁ! そうでしたそうでした、まずはそこからお話しせねば。すみませんなぁ、いつも他人から、お前の話は回りくどいとボヤかれますよ」
ケラケラと高笑いを放った秋扇はやおら懐をまさぐり、一枚の雑紙を引っ張り出す。
そこに描かれていたのは……。
「これは……お釈迦様、ですか?」
差し出された雑紙を覗き込み、朱王が呟く。
それを聞いた秋扇は、満足そうな面持ちで何度か頷いた。
「そうです。さすがは先生ですな。少々出来は悪いですが、仰る通りお釈迦様です。先生には……お釈迦様の人形をこしらえて頂きたいのですよ」
笑みを崩さない秋扇の口から出だ言葉に、思わず朱王と志狼は互いに顔を見合わせる。
「お釈迦様の、人形……。差し出がましいようですが、その人形を何に……?」
「はい、先生のお作りになったお釈迦様に、是非とも私の作る『世界』の最後を飾って頂きたいのです。私には、先生のような美しい人形は作れませんのでね」
恥ずかしそうに、しかしどこか自嘲気味に頭を描く秋扇。
やがて彼はその場から立ち上がり、背中に面した襖をガラリと開け放つ。
「いきなりそう言われてもよくわからないでしょうな、よろしければ『世界』を御覧になって下さい。と、言いましても、まだ半分程も出来てはいないのですがね」
そう言って襖の後ろに消えていく秋扇、その後を追うように自然とその場から腰を上げた朱王と志狼。 彼らが秋扇の屋敷を出たのは、昼も近くになってからの事だった。
「……で? 志狼さんがこんなになっちゃったのは、その人形のせいなのね?」
眉間に深々と皺を寄せた海華は、ひどく不機嫌そうな声色で呟きつつ縁側に腰を下ろす朱王を睨む。
そんな彼女の隣では、青い顔をした志狼が無言のままで湯飲みに満たされた水をガブガブ飲み干していた。
「だってお前、仕方無いだろ。まさかあんな物を見せられるとは思わなかったんだから。 ―― 俺も久し振りに吐きそうになった」
げんなりした様子でそう口にし、頭を抱える朱王。
彼に同調するように、フウッと大きな溜め息を吐き出して湯飲みを畳に置いた志狼は、口元を手のひらで乱暴に拭いつつ、ぶるりと一度身震いする。
「あいつぁ、やっぱりおかしいぜ。あんな気味の悪りぃ人形を山ほどこしらえるなんて…… しかも、笑いながらだ。あんな屍の山……笑いながら眺めてるんだぜ」
抑揚の無い声で呟く志狼の目には、得体の知れない恐怖の色が浮かんでいる。
それ以上何も話さなくなった志狼を心配そうな眼差しで見遣りながら、海華はそっと朱王の隣へ腰をおろした。




